雨降りな水曜日。
 5時間目に用意されていた学級会は虚しくも室内で執り行われる事に。

 ――手に汗握る フルーツバスケット

 それが今日の演目となった。



「皆!雨だ! だから昨日終学活で決めていたベースボールは出来ない。
 ……誰か雨の日でも楽しく遊べるモノ知ってるか?」
 守山先生があつくるしいジャージ姿で教卓のところに立っている。その横には委員長のフレア。……かなり不機嫌そうである。実は昨日ベースボールにしようと言い出したのはフレアだったのだ。それが思わぬ雨の襲来で潰れたのだから、まぁ、不機嫌になるのも仕方がないだろう。
 だが、その不機嫌さを人に当てるのはよくないと思う。
「おぃ、コラてめぇら。 何か考えてんのか? ちゃんと考えろっ!!」
 うっわー……機嫌ワルー……、クラスの皆は思った。
「はいっ!!」
 教卓の前から2番目の席、沙雪さんが手を挙げた。
「ん、さゆちゃん何か意見があるのか?」
「うん、やっぱり室内で出来る事って言ったらフルーツバスケットしかないと思う!」
 フルーツバスケット……それは全員の人数より一つ少ない椅子を輪のように並べ、一人が発言者になって次々と動いていくものだ。例えば発言者(ここでは鬼と呼ぶことにしよう)が『黒ずくめの人ー!』と言ったら座っている人の中で黒ずくめの人たちは席を立ち、今まで座っていた席とは別の席を探し、座らなければならない。このとき鬼も座ろうとするので当然一人余る。その余った人が今度は鬼となりそれが永遠と続いていく。
 このクラスの場合『黒ずくめの人!』といったら特定の人物を指していることが丸分かりなので、もしかしたら規定違反になるかもしれないが。規定違反とは特定の人に向けた発言をすることだ。例えば『沙雪さん!』などと言う事である。

 永遠に続く……だが普通ならば『○回鬼になったら罰ゲェム!!』という物がある。
 大抵は尻字、モノマネなど。別にこれは決められているわけではないのでそれはそれぞれで違うのだろう。

「フルーツバスケットね……うん、いいんじゃないか」
 顎に手を当ててフレアが頷く。守山先生もウンウン頷いている。
「よし!!それじゃぁフルーツバスケットをするぞ! 皆、用意しろー」

 ガタガタガタ
 ざわざわざわ

「用意出来たなー。それじゃ各自座って! 最初の鬼は私からでいいな?」
「「「OK!!」」」
「ふむ……何にしようかな」
 フレアは腕を組み考えた。
(黒ずくめ……ダメだ。それじゃ美沙特定になってしまう。羽、エルフ耳、……どうしようかな。
 ん?今日はちょっと寒いから長袖の人が多いな。よしそれにするか)
「決めた!! 今日、長袖を着て来ている人!!」
 フレアはそう言い放つと、さっと動き空いてる席を探した。
「うわ、俺今日長袖着てきちゃったよー」
「あたしも!!だって今日の朝寒かったんだもん!」
「ヤバイ〜〜」
 クラスの半分は立ち上がっただろう。教室内は一気にざわめいた。フレアはそんな人たちを尻目に機敏に動き空いてる席をゲットした。「よしっ!」小さくそう呟いて。
 結局座れなかったのはナナだった。かなりオドオドしていたので狡猾な他の連中に全て席を奪われてしまったのだ。
 ナナは考えた。一人以上の人ががなっていてなおかつ自分の近くの席はどこか……と。
 考えた結果、一つのことを思いついた。
「上半身が黒の服の人!!」
「何っ!? 私の事かっ!」
 真っ先に美沙君が立ち上がる。クラスの皆は「他に黒服のヤツいるか?」と全体を見渡していた。
 ……少し遅れて(時間にしたら0.5秒くらいだろうが)また一人立ち上がった。
 ライドだ。彼は今日上半身に黒のタートルネックを着ている。その顔はまゆげが八ノ字に曲がり、頬には冷や汗が出ていた。……焦っているのだ。
 と、もう一人立ち上がった。名前はダグラ。何だか悪の宗教の親玉みたいな名前だが彼自身はそんなものとは一切関係のない善良な市民だ。まぁ見かけは俗に言う『不良』のような感じだったが。……そういえばカツアゲをしていて捕まったこともあったか。

 3人は慌てていた。立ち上がった瞬間ナナはさっと動き、今までダグラの座っていた席に身を沈めていた。
 ダグラはと言うと一瞬の内に自分の背後にあった席がなくなったという恐怖心と、あまりにも他の二人の席が遠いのとで冷や汗ダラダラだった。
 美沙君とライドは普通に動いた。ライドは美沙君が元いた席へ、美沙君は円の真ん中へ。
 ――って、なんでやねん。
「はっはっはっは!! この天才的な私がアホなダグラに席をゆずってあげよう!」
「えっ? マジ!?」
 ダグラが思わず歓声を上げた。
 もう既に鬼になる事は決定だと思っていたから、その顔は一気に晴れ渡りダッシュでライドの座っていた席へ走った。
 が!! ここで美沙君が人間業とは思えない速さで動いた!!

 シュタッ

 しーーーーーーん

「はっはっはっは、お頭(おつむ)の悪いダグラ君は運動神経もなかったんだなぁ〜。 可哀想に」
 美沙君はライドが今まで座っていた席へ座り、目の前まで来ていたダグラに見せびらかすように言った。その声には明らかにからかい……そしてわずかだが、軽蔑が混じっていた。美沙君は不良紛いのダグラの事が嫌いなのだ。
「くっ、くそ、覚えてろよ!!」
「はっ、生憎馬鹿のいう事を記憶する部分はないんでね!!」
 ダグラは何か言い返そうとしたが、お頭の悪い彼には次の言葉が思い浮かばなかったらしい。眉間に皺を寄せしぶしぶ円の真ん中へ向かった。

(どうするかな……ここは妥当なとこでエルフ耳とでも言っておくかな……)
 ダグラは考えた。
 そして言った。
「耳が人間のじゃないヤツ!!!」

 ガタガタガタッ

 ミストにピスティア、シーミナとオルドも立ち上がる。彼らは俗にエルフ耳と呼ばれる耳をしていた。
 ……シーミナとオルドについては紹介しておこう。シーミナは妖精と呼ばれる人種で、水色の髪に黄色の瞳の綺麗なお姉さんだ。性格もとても良く学園内にはファンクラブが密かに開設されているとか。
 オルドは見るからに暑苦しい。赤色の髪の毛に赤色の瞳。肌は褐色で熱血兄ちゃん!というような感じだ。性格の方はその外見と正反対で、至ってクールだったが。
 他に立ち上がったのはラーファンにココロに刳灯。
 ラーファンは耳が羽になっている天使の一種だ。夏は大変露出度が高いが、秋に入りかけの今はまぁ、普通の格好をしていた。深紅の髪の毛に同じ色の瞳。季節が変わっても必ず持っている紅い布がトレードマークだ。
 ココロは……説明しなくてもいいだろうが一応しておこう。オレンジの髪の毛にオレンジの瞳。獣耳と呼ばれる耳と羽の色は黄色。眼がくりんとした可愛い子である。
 そして刳灯。読みは『くるび』、愛称は『くーちゃん』。妖狐族の末裔だそうだ。耳は狐のように尖っていて、頬には赤色でペイントがしてある。

 この7人が席争いをする事となった。

 ダダダダダダッ

 それぞれに目当ての席へと走り寄る。運良く目当ての席がかぶらなかった者は良いが、かぶってしまった人たちはじりじりと目で牽制しあっていた。
 7人は5人になり、5人は4人になり……次々と減っていった。
 そして席が全て埋まった今。そこに残ったのは……

 2人。

「はぁ? お前ら何やってんだよ。 どっか空いてるだろー?」
 フレアが問う。と、そのフレアを無事席に座れたココロが突付いた。
「あぁ?何だよ」
「あ……、あのさフレア。 なんかね。 僕の隣にさ、違う人いるんだけど」
「は?」
 フレアはココロの指差す方を見た。そして顔をしかめた。
「学長、何でいるんですか」
 ココロの横の席に……絶対に居るはずがない……学長が座っていた。
「ふっ、いやぁ僕も童心に帰ってみようかと思ってね」
「勝手に参加しないでください。邪魔です」
「もうっ、フレア君ってばつれないな〜。 でも言う事聞いてくれないと秘密バラすよ?」
「私に一体何の秘密があるって言うんですか」
「アレ? 言っちゃっていいの? あの魔法使いの こ と v」
 その言葉を聞いた途端、フレアの顔色が変わる。
「……わかりましたよ」



「皆〜、ちょっと聴いて!!」
 パンパンパンと手を叩き、フレアが周りを静める。
「なんかいきなりえぇ年こいて一緒にやりたい、とか言い出す馬鹿が来たから入れてやって〜。
 あ、山下、椅子増やしてくれ」
 山下君が手近にあった椅子を輪の中に加えた。円の真ん中に取り残されていた2人……ピスティアとオルドはじゃんけんをした。どうやらピスティアが勝ったようだ。ピスティアは山下君が用意した椅子の所へ行く。当然簡単に済ますため新しい椅子は山下君の座っている席の隣に位置していた。ピスティアは悪態をつきながらも顔を真っ赤にしてその席に座った。

 オルドは実にクールだった。すぐにいう言葉を決め、言った。
「夏休みの宿題を8月31日にしたヤツ」
 ………………情けない事に、ほぼ全員が席を立った。
 立っていないのは美沙君とダグラだけだった。美沙君は持ち前の頭脳でなんと夏休み前に仕上げてしまったらしい。 ダグラはというと……コイツは新学期はじまってから先生に怒鳴り倒され、やるタイプだ。

 ん?ちょっと待て。中には学長もいるはずだ。
 ……あの人には『宿題』というものは存在しない筈。
 ――何故立っている?

 皆が動き回り大半の人が席についた時、学長の声が聞こえた。

「山下ぁぁっ!!お前、何、沙雪君の隣に座ってるんだよ!!」
「いや……そんなこと言われてもたまたまだし」
「許さん!!今すぐ代われ!」
「そんな無茶言わないでください」
「なぁにぃっ?!?!」
「それよりも早く座らないと鬼になりますよ……ともうなってるか」
 どうやらわざわざ動いたのは沙雪さんの隣に座るためだったらしい。だが、その苦労も虚しく、隣に座れなかっただけでなく鬼にまでなってしまった。
「何てことだ。この僕が鬼だなんて」
 学長は頭を抱え込み、ブツブツと言った。

「酷い……酷い!!父さんにだって殴られたことなかったのに!!」
 ………………誰も殴ってません。 というか、このネタがわかる人はいるのだろうか?

 学長は顎に手を当て考えた。口を……開いた。
「生きる犯罪山下みたいな山下!!」
「「「アカン、アカン」」」
 皆の突っ込みがハモる。 この間の先生方もすごかったが、生徒もまたすごい。
「何でダメなんだ?」
 学長が不思議そうに問う。しかたなしにフレアが口を開いた。
「あのなー、このゲームでは特定の人物を指す発言はダメなんだよ。小さい頃にやらなかったのか?」
「ふっ、天才的な僕はこのような低俗な遊びに興じたことはなかったからな」
「ほほぅ、低俗な遊び……と。今、それに興じているアンタは何なんだ」
 フレアはかなりむかついたようで、ちょっぴしこめかみあたりがピクピクいっている。
「それは……沙雪君のためさ!!」

「………………………………………………………………学長」
 その沙雪さんは長い髪を前に垂らし、まるで貞●のようにして言った。

「フルーツバスケットやろうって提案したの、私なんですよね………………」



 空気が

 凍った。



「なっ、なんて面白いんだこのゲームは!!!!」

 学長が声を張り上げた。所々声が裏返り、内心の動揺を露にしていた。



 その後学長は適当に考えて言ったのだが、さっき沙雪さんに言われた言葉がそんなにショックだったのか、体がロボットのように動いている。……当然、席には行き着かない。
 それが何回も続き、皆いい加減に飽きてきた時、ある人物が声をあげた。
 オルドだった。
 冷静な彼は、学長が何回鬼になったかを数えていたのだ。

「学長……鬼もう5回もなったけど……」
 その言葉を聞くや否や、クラス中から『ばっつゲーム!!』というコールがかかった。
「な、なんていうクラスだ!学長の僕に罰ゲームをやれというのか?!」
 あいかわらず体はロボットのようなのに、やたら饒舌な口がアンバランスだ。
「え、それじゃ学長は罰ゲームを放棄するっていうんですか?」
 沙雪さんが声をかける。途端、学長の体は戒めが溶けたようで一瞬のうちに沙雪さんのところへ行き、気づいた時には手を握っていた。
「沙雪君……この僕に罰ゲームをしろと言うのかい? まさか……この僕に?」
 セリフがなければ一流かもしれないが、セリフを入れると三流……いやまるで4流のメロドラマだ。顔だけ見ると情を誘いそうな表情をした学長だったが、沙雪さんはそんなもの全然関係なしに言った。

「………………学長って最低ですね」



 ダダダダーーーン!!!

 ダ ダ ダ ダーーーン!!!!



 音響設備などない筈のこの教室に、突如ベートーベンの『運命』が……かかった。
 空耳ではない。教室中の皆が、聴いた。

 もしかして、もしかしなくても確信犯なのか沙雪さん?と思わせるほどに学長の扱い方が上手い。学長は今度はロボットにもなりきれず、海面を漂うワカメと化していた。その様は余りにも情けなく、拾ってゴミ箱に捨てたくなるくらいだ。
「でも……モノマネぐらいだったらしてくれますよね。 ね?学長」
「もももちろんだとも!!! 沙雪君のためなら何のモノマネだろうとするさ!」
「わぁっ、本当ですか!それじゃぁ、ゴリラのモノマネしてください!!」
 目の前で繰り広げられる沙雪さんによる学長ショーを見ながら生徒たちは考えた。
 ――やっぱり沙雪さんって確信犯かなぁ……、と。



「ねぇねぇ、皆!学長がゴリラのモノマネしてくれるんですって!」
 満面の笑みをうかべて沙雪さんは言った。他の人たちはわざわざ言ってくれなくとも見ていたので知っていたが、心底関わり合いになりたくないと思い、黙って頷いた。
「さ、学長! してくださいv」
「よ……、よし。やるぞ」

 ゴクッ

 一同が見守る中、学長は手を胸のところへ持って行き……モノマネを……した。



「う、ウッホ!ウッホ!!ウッホ!ウッホ!」



 皆、何も言わない。

 否、何も……言えない。

 学長はその間も胸を叩き「ウッホ、ウッホ」と言っていた。
 ……………………余りにも悲しい。

 フレアが口を開いた。

「帰れ。 帰れアンタは」





 外は……いつのまにか晴れ渡っていた。
学長が可哀想です。こんなキャラなのかアンタ!!(お前が作者だ
沙雪さん確信犯でしょうか?……天然ですかね? 本編では天然です。

「ウッホ、ウッホ」書いたあたりはかなり爆笑してました。
実際に人がやったらどれだけアホみたいか想像したもんで……ぷっ。

2003.8.21 - 執筆 / 2004.1.30 - 加筆修正