プルルルッ プルルルッ

 バイブレーションの設定のされてない……初期設定のままの携帯電話。
 静かな、静かな教室で鳴り響く。



「……誰だ?」
 守山先生が珍しく怒った声で問う。
 その間も携帯電話は鳴り続けている。
「こらぁ!授業中は電源切るか、バイブにしとけっていつも言ってるだろ?! 誰なんだ! 授業を妨害するヤツはーーー?!」
 守山先生は学校特有のでかすぎる三角定規を振り回しながら(守山先生は数学の担当なのだ!)怒鳴りつけた。
 するとそこへ誰かが声をかけた。
「先生」
「ん? フレアなのか?!ったくダメだって言ってるだろ、早く切りなさい!」
「誰も私だなんて言ってないんですけど?」
 眉間に皺を寄せ、かなり鋭い目つきで睨むフレア。 フレアの正体を知っている守山先生はつい目を逸らし、ため息をついた。いくら教師とはいえ命は惜しいのだ。
「わ、わかった。 ところで何だ?」
「私の後ろの席の人は今日休みのはずです。 何故座ってる人がいるんですか?」
 フレアの後ろの席……それはシーミナで、今日は風邪っぽいとかいうので休んでいるのだった。シーミナは生まれつき体が弱いらしくよく休む。……よく言う『美人薄命』というヤツなのだろうか?
 まぁ、兎に角休みなので、今そのシーミナの席は空いているはずなのだ。
 だがそこにはフードを目深に被った人物が座っている。
 しかも……下を向いているので顔はわからないがどこからどう見ても変態である。
「だっ……誰だ?」
 守山先生が呟きながらその人物に手を伸ばそうとする。
 が、それをフレアが止める。
「だいたい予想は付きます。先生が触ると将来に関わりますよ」
「う……やはりあの人なのか……」
 先生は引っ込めた手をそのまま顎のところへ持っていきながら言った。
「どうするかな、唯一対抗出来る館山も具合が悪くて保健室だし。 山下も保健委員で一緒にいってるし……美沙はたぶんサボリか……はぁ」
「まぁ、そう落ち込まずに。落胆すると顔が余計に酷くなりますよ」
「…………」
「私が何とかしますよ。 仮にも委員長なのでね」
 にっこりと微笑むとその人物の回りの席の人たちを非難させ、自分も少し離れた場所に立った。
 刳灯とココロが近くに来て「大丈夫なのか? 退学になったりしないのか?」としきりに訊いていたが、「大丈夫だ」と言ったきり押し黙った。

 パンッ

 手を叩く。
 そして右手で円を描くように空中でその人物の回りをなぞる。
 するとそこは薄い膜で囲われシャボン玉のようになった。 その後また手を叩き、今度は両手の間に水を生んだ。 そしてもう一度手を叩き、水の珠を潰すと同時に……人物を取り囲んでいたしゃぼん玉の中に水が溢れる。

「ほっ、ほわぁなんあぁ?!?!」

 ワケのわからない言葉を叫びながらその人物……学長は飛び起きた。
 その間にもシャボン玉の中には水が溜まっていく。あっという間に、首のあたりまで溜まり――いまや全身を包み込もうとしていた。
「お、おぃフレア。いくらなんでも死んだらヤバイぞ? 葬式代がかかる」
 刳灯がフレアの横に立ち呟く。
 最後の所は全然関係ないのだが遠まわしに『後味が悪いぞ』と言いたいのであろう。しかしフレアはそんな事聞いてもおらず少し微笑みながらもう一度手を叩いた。

 パンッ

 その途端シャボン玉の中の水は紅色に染まり、学長の首が、跳んだ。
 女子が悲鳴をあげる。その悲鳴も一瞬のことでもう誰も声を出せない。
 改めて確認したのだ、フレアが怖いことを。
「おぃ……おぃ!フレア!!!!」
 刳灯はフレアの正面にまわり、肩を掴んだ。
「何?」
 フレアは視線の定まらない目を向けにっこり微笑む。
「何?じゃないだろ!お前……殺したら葬式代がかかるって言っただろうが!!」
 いや、そこは怒るところじゃないと思う、今まで顔を真っ青にして固まっていた生徒達だったが、その言葉についつい心の中でツッコミを入れる。
「はははは」
 明らかに危ない笑いをするフレア。
 するともう一度手を叩いた。

 パンッ

 すると紅色に染まっていたシャボン玉は弾け散り、後には学長だけが残った。
 ――ちゃんと首の付いている学長が。

「「「……えぇっ?!」」」
 皆は驚きの顔をして学長を見て、そしてフレアを見る。
「いやぁ、授業面白くない上に、後ろに変な学長いるからちょっとストレス溜まっちゃって。 イリュージョンしてストレス発散してみちゃったv」
「……良かったぁ……僕フレアが刑務所に入っちゃうのかと思ったよ」
 ココロが涙目になりながら呟いた。
「バカだな、ココロ。私は刑務所になんか入んないよ」
「そうだよね!僕ったら何を心配し」
 ココロがまだ言い終わらないうちにフレアが続けた。
「ムショなんざすぐにぶち壊してやらぁ」
「………………そうだね、フレアだったらやりそう」



 ずっと放心状態だった学長だったが、フードを取ると「はっ!」と言って、突然懐を探り出した。
 そして携帯電話を取り出す。
「あぁっ!なんてことしてくれるんだ! 携帯が壊れてるじゃないか!!」
 第一声がそれですか、いい加減学長にも飽きてきた(!)クラスの皆は自分の席に戻り、先生の出した問題を解きはじめていた。
「壊れる?なんで」
 フレアが不思議そうに問う。
「何でって!携帯は精密機械なんだぞ!水に濡れたらおじゃんなんだぞ!折角沙雪君と楽しいメル友になってもらおうと大金はたいて買ったのに! その次の日に壊れるなんて!!! ……弁償しろいっ!」
 一気に大声で捲くし立てるため煩くて仕方ない。フレアをはじめとして、教室にいた人は無意識の内に手を耳のところへやっていた。……もちろん先生も例外ではない。
「あのなー、さっきのはイリュージョンだぜ? そうじゃなきゃアンタ今頃死んでる」
 フレアが言う。手は耳から離され、顔の前でハタハタと振られている。
「何?!イリュージョン?ふっ、そんなことが出来るはずがない!それに見てみろ! 画面が付かないんだ!!!」
「……見せてみろよ」
「どうだ!わかったか! わかったら弁償しろ!」
「充電……したか?」
「したとも! 買ってきてからすぐに10分ほど充電した!」
「……アホが、10分ぐらいじゃ全部いくはずないだろう」
 心底あきれ返った顔で携帯と学長の顔を見る。
「何?! そんなこと説明書には書いてなかったぞ?!」
「普通は読まなくてもわかるし、この携帯は赤いランプが緑になるまでやるのが相場だろ。ちったぁ考えろ」
 ホラ、と言って携帯電話を投げ渡す。
 それに付け加えてもう一言。
「それにさゆちゃんは具合悪いから、山下に付き添われて保健室に行ってる。 ……さゆちゃんの為を思うんなら絶対に邪魔すんじゃねぇぞ」
「なぁんだってぇぇ?!?!沙雪君が危ない!!!!!」
 全然聞いていない学長は一目散にドアのところへ走りよる。
 そして余計な音――例えば『メキッ』だとか『バリンッ』だとか――を立てながらドアをぶち開け、廊下を全力疾走に保健室へ向かっていった。
 守山先生はその様子を見ながら呟いた。
「あー……この修理代って学長持ちだよな?」
 無残に壊されたドアの残骸を見ながら、そう、呟いた。



「さて、ちょっと風の通りがよくなったが授業を続けるぞ。次の問いだがー……」

 ド グ オ オ ォ ォ ン ッ

「「「おぉっ?!?!」」」
 突然、下の方から爆発音が聞こえた。
 皆は窓際へ詰め寄り窓から身を乗り出して下を見た。
 すると保健室が位置するあたりから煙が出ていた。
「何か保健室が変なことになってるみたい。 怖いねー、テロかなぁ?」
 他の生徒と同じく窓から様子を見てきたココロがフレアに話しかけた。
「いや、あれはさゆちゃんに頼まれた魔法撃」
「…………え?」
「さゆちゃんが『山下さんと二人きりになりたいの!誰も来ないように保健室に爆弾しかけて!ね、フレアなら出来るでしょ!?』って言うからさ。 『爆弾は本職じゃないから無理だけど爆発魔法かけといてあげるよ』って言ってかけてあげたんだ」
「ってことはさゆちゃんって確信犯だったの? つか仮病?」
「まー、そういうことになるかな……」
「うわぁ……」
 ココロは可愛く笑う沙雪さんの顔を思い浮かべながら冷や汗をかいた。 そしてこれからは見る目を少し変えなきゃいけないな……、と思った。
「あ、そういえばさ、学長の携帯って止まってたんでしょ? 充電切れで」
「あぁ」
「それじゃあの時鳴ったのってなんだったんだろうね〜?」
「あぁ、あれか。私だ」
「…………え?」
 会話をはじめてから2回目の同じ疑問符。
「ちょっと知り合いからかかってきててな、暇だから学長に濡れ衣を着せてみた」
「……ダメじゃん」





 秋風に乗って

 遠くからの消防車のサイレンが聞こえてきていた。
やっぱりフレアは主人公ですかね?
……うー次は頑張ってナナ主役にします!おぅっ。

今回はいつものより若干短いかもしれん。
というかいつものが長いというべきなのか……。

結局学長は黒こげになりましたとさ。

2003.8.26 - 執筆 / 2004.6.9 - 加筆修正