『イッツ ア ミラクルッッッッッツ!!!!!!』

 まぁ、人生とは不思議なもので良いこともあれば辛いこともある。
 ホラ、あの某有名時代劇でも『人生楽ありゃ、苦もあるさ』と歌っているじゃないか。
 でも『良い事』と『悪いこと』の基準は人それぞれで、誰かに『良いこと』だったことが全員に『良いこと』か?と言われればそれには『違う』と答えるだろう。
 つまり、だ。彼にはとても『良い事』だったのだけれど他の人には『嫌なこと』もしくは『辛いこと』であって、彼にとって『悪いこと』は皆にとって、とても『良いこと』だったのだ。

『……うっそぉん……』

 人生とは不思議なもので、たった今幸せだったのに次の瞬間には絶望の淵に立たされることだってあるのだ。反対に絶望が一気に幸せに変わることもある。
 人生とは、常に摩訶不思議な動きをする。
 だからこそ、奇跡が生まれるのだ。



 * * *



 その日は一日、平穏に過ぎると思っていた。
 普通の時間割、特別に休み前や休み明け等ということもなく行事が控えているわけでもない。ただ、授業を受け、友達と他愛もないおしゃべりをし、先生に挨拶をして帰る。最近、そういう日が続いていたからこそ在る意味の“確信”を持って今日一日平穏にすぎると、誰もが思っていた。

 でも、まぁ、人の心とはわからないもので。
 その確信は見事にぶち壊されることになる。



『ぐっもーにんっ!!やぁっ、今日も元気に生きているかぃっ!?』
 突如鳴り響く校内放送。1時間目の授業の真っ只中だというのに遠慮もクソもなく、大音量で聴こえてきた。……声の主は言わなくてもわかるだろうが言っておこう。
 諸悪の根源、夏に喧嘩を売っている黒ずくめの美沙君……と知り合い(ほぼマブダチ)だった学長の鉦山誠吾だ。彼もまた、諸悪の根源のダチをやっているだけあって変人で、世界を敵に回しても高笑いをしてのけるような精神の持ち主だった。
『ふふふ、朝から僕のこの美声が聞けて嬉しいだろう!さぁ、諸君。遠慮なくスピーカーの音量を最大にしたまえ!!!僕からの重大発表を聞かせてや……』
 ブツッ
「……山下……いくらなんでもヤバくないか?」
「いえ、全然」
 ここはR学園の名物(変)クラス。4階に位置するこの教室では丁度数学の授業をしていた。なので当然、非常識に大きい三角定規を持った守山先生が教えている。
 先ほどまでクソ面白くない数学の授業の上に朝ということもあってほぼ半数が寝ていたのだが……あの放送によって何人かは起こされたようだった。
 そして、その内の一人……山下君はその放送がはじまったかと思うとすぐに席を立ち、出入り口近くにあるスピーカーの電源を切った。
「いや……電源……のな?スイッチ、切ったら学長室でわかるんだよ……」
 守山先生が困ったように頭をかいて言った。
「そうですか、へぇ」
 山下君は目を辛うじて開いていたが、席につくやいなやすぐに睡眠モードに入った。
「……来るぞ……?」
 守山先生はふぅ、とため息をつき教卓の影にある椅子に座った。

 ダダダダダダダダダダ
      ガラガラガラッッッ
 バヒュンッ

「ふっふっふっふ、今スピーカーを切ったのはどこのどいつだね、山下よ!!!」
 守山先生が言ったとおり、その5秒後には教室内に学長がいた。なぜか命綱のような物をつけ、ご丁寧にヘルメットまでかぶっている。そして手にはやたらと長い綱。先ほどの『バヒュン』という音はそれをカウボーイよろしく山下君の首にかけた音だ。
「く、くるしぃ……」
「ふふふふふふ!!貴様の苦しみは誰にもわかるまいっ!!」
 ―――――……そりゃぁ、わからんわな、クラスの面々は深く、深くため息をついた。普通、あの場合だと『私の苦しみ』だと思うのだが。まぁ、なんにせよ他の人にはわからない苦しみである。再びため息をつき、綺麗にハモると皆はその様子を見守ることにした。なるべく目立たないように……。
「が、学長……何なんですかその格好は」
 守山先生が三角定規を教卓の上に置きながら言った。その顔にはうっすらと汗が出てきている。
「ふむ、教えて欲しいのなら教えてやらなくもないぞ!!」
 髪をかきあげ……られずにヘルメットの上を手が素通りする……。
「えー、コホン。君達以外の生徒にも教えてあげなくてはいけないのでな!……とここらへんだったかな……んー?どこだぁ……?」
学長はヘルメットの上を素通りした手を今度は教卓の中へと向けた。しばらくして『ぽちっ』という音がし、突如校内放送用マイクが現れた。
「……いつ取り付けたんですか」
 いつも終学活などで教卓に立つ機会の多いフレアが思わず呻いた。
「備えあれば憂いなし、と言ってな。全クラスの教卓についている」
 何故か勝ち誇ったように胸を張り言い放つ学長。右手には既にマイクが握られていた。……左手にはあいかわらず山下君の命が握られていた。
 そして、電源が入る。

れっでぃぃすあんどじぇんとるめんっっ!!

 ぐわわわわわわわーーーーーーん……・
 余りにもでかい声と非常識にでかいスピーカーの音にやられクラスの半数は耳を押さえた。残りの半数はもう耳が機能しないか何故か平気だった者だ。
『ふっ、先ほどはアクシデントにより放送が一時中断してしまったが……改めて僕からの発表を聞かせてしんぜよう!』
 ダンッ、と教卓に足をかけ左手を上にかかげると(くどいようだが左手には山下君の首付きロープが握られている)またもや大きな声で言い放つ。
『実は昨日の夜中に工事をして屋上にバンジージャンプを取り付けた!!!』
「―――――………………あ゛ぁ?」
 先ほどまで眠っていた(!)ナナも余りに煩いので起きたようだった。寝起きということもあるのか、すこぶる機嫌が悪い。周りを見渡して視界に学長が入ると思わず悪態をついた。
「うっせぇな、いい加減にしろよ万年ボール拾いが……」
 意味が全く通じないという説もあるがナナは自分が何を言っているかわからないのでそのまま続ける。
「朝っぱらからマイク片手にDJの真似事やってんじゃねぇよ。あぁ?バンジージャンプだぁ?……んなもんロープなしでやってこいやぁっっ!!!」
 ―――――……キレてるんでしょうか?、誰もが思わず思った。
「……えーっと……確かカルラ君。今……なんと……?」
 流石の学長も一旦マイクを口から離し、ナナの方へ向き直った。
「万年ボール拾い」
「あ、いや違う。もうちょっと後」
「朝っぱらからDJの真似事やってんじゃねぇぞクソボケがぁっ……?」
「……ちょっとセリフ変わってないかい?もうちょい……後」
「ロープなしのバンジージャンプ」
 ナナがソレを言い終わるやいなや、学長は再びマイクへ口を近づけると言った。


それだぁっっ!!!!!


 キーーーーーーーン

 あ、決して某ア●レちゃんではない。マイクがあまりの大きさに耐えかねて奇声を発したのだ。ナナは近くにいたという事もあって今や放心状態であった。
 そしてもう一人……学長に命を握られている可哀想な山下君。彼もまた(別の意味でだが)放心状態であった。というよりも、別の世界への旅をしはじめている処だった。
 既に白目剥いて、口から泡を吹いているけども学長の放送は続いた。

『諸君!!バンジージャンプだが、今カルラ君から素敵な意見が出た!!
 このバンジージャンプというのは普通ならば命綱をつけてやるものなのだが、命綱をつけず、そして装備も一切つけずにやったほうが斬新かつ、面白いというんだ!僕も今までそれを考えた事はあったのだが些か良心が痛まないでもなかった……。けれどこうして僕の可愛い生徒から要望があったのなら仕方がない!!!』
「学長、それ同義語で自殺っていうんですよ」
 思わず守山先生が口をはさんだ。だが、その発言をあざ笑うかのように学長は先を続ける。……マイクに向かって。
『ふっ、ここで頭の中からも外からも色々と絶滅しかけている守山先生からの発言をご紹介しよう!!『それ同義語で自殺っていうんですよ』だそうだ。
 確かにこのままだと自殺になってしまう……私も学長としてのプライドや責任や椅子の事を考えるとこの学園から自殺者を出すわけにはいかない。
 そこで、だ!!僕はとても素敵で素晴らしい事を思いついた……!!!』
此処で一旦マイクから口を遠ざけるとまた、左手を上にあげた。山下君が小さく「うっ」と呻いた……。
『自分から死ななければ、自殺とは言わない!!!
 そこで此処に天が与えた生贄がいるからソレを落としてみようと思う!!!
 あぁっ、何ていい案なんだ!!!自分の手を汚さなくて済む上に自殺者は出ない!
 そしてその生贄は当然、山下だ!!!!ふっふっふ、はぁーーはっはっはっはっは!!!』

「「「つか、他殺やん」」」

 その場に居た人間は全員同じツッコミを入れる。
 ……確かにどこをどうみても『他殺』である。『他殺』の場合『自殺』なんかよりよっぽどニュースとして取り上げられやすいし、その上被害者が生徒で加害者が学長だなんてマスコミの恰好の的だろう。
「先生、あの馬鹿止めなくてもいいんですか?」
 フレアは教卓のそばまで行くと必死で頭を抑えほんの少し涙目になっている守山先生に訊いた。
「え?あ?……も、もういいんじゃないか……あはははは……」
 だらしのない。たがが頭の中身と外見の事を言われたぐらいで凹むようではとても碧さんのダンナなんて務まらないぞ。……まぁ、実際に務まっていない気がするが。
「……ったく……。これだから大人はダメだな」
 はぁ、とため息をつくとフレアは沙雪さんのところへ行った。そして二三言交わすと窓際に行き、窓を開ける。空は快晴、綺麗な秋晴れだった。
『どうだ!この素敵な案は!早速、今から綱なしバンジーを実演してみようと思う!
 なに、もう生贄は僕の手中だ!!』
  トントン
『ん?何だね?』
 誰かが、学長の肩を叩く。そして学長は振り向き……マイクを取り落とした。
「おぉーーーっ!!麗しの沙雪君!!!元気にしていたかい!!!!!!」
 誰か、とは沙雪さんのことだった。にっこりと笑い学長の肩を叩いたのだった。まぁ、当然の如くその“笑い”には裏があるわけだが。
「学長、お早うございますv」
 いつもより若干高い声で挨拶をする。
「実はバンジーのことなんですけど〜、此処、4階じゃないですか?高さはほとんど屋上と変わらないから此処でやったらどうです?私も生を近くで見てみたいですし〜。ね?どうです?やって頂けますぅ?」
 やたらとウザったいしゃべりをする沙雪さん。だが、コレは作戦であり普段はこんなのではない……ハズだ。そして当然といえば当然なのだろうが学長は気づかない。
「あああああ当たり前だとも!!!えぇいっ、動かんか山下!!!」
 左手の綱を引っ張ると山下君がよろける。
 その目はそのまま怪奇映画に出ても大丈夫なくらい……人間離れしていた。
 引っ張られるまま窓際へ行く山下君と、沙雪さんの方ばかり見つめている学長は周りの人間が取り囲むように集まってきたのを知らなかった。
「はいっ、もう窓、開けておきましたから♪」
 沙雪さんは両手で窓の方を指すとまたもや作った笑顔で笑う。
「な、なんて素敵な心配りなんだ……!!!!」
 ぎゅうぅぅぅぅーーー
「う、うぇ……ぐるじぃ……」
 感激の余り学長は綱をもう二重ぐらい手に巻きなおし、思いっきり引っ張った。……痛かったのだろう、山下君は人間に戻った。
「はっ!?僕は一体なにを……うっ……」
 一瞬、どこぞのセイシュンドラマみたいなセリフをほざいたがまた非人間へと変わっていった。その様子を見て、沙雪さんは思わず涙ぐんだ。
「ささ、学長!どうぞこちらへ!」
 その涙をやっとのことで押し込むと沙雪さんはさり気なく、窓の桟に学長を立たせた。
 そして大声で言い放つ。

「フレアっ、ナナちゃん!準備オッケーよ!!」



 ドンッ

うわぁぁぁぁぁあぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁーーーーーーっっっっっ!!!!!

 ベシャッ

   ドクドクドクドクドク……



 まぁ、説明するのも億劫になるくらいの物なのだが、簡単に言うと殺人である。
 窓の淵に居た学長をフレアとナナが押し、下へと落とす。あの学長も一応人間だったらしく頭や体の到るところから血を流している。よくあるサスペンスモノで例えると橋の上から落とされた時のようなモノだ。

「ふぅ、これでやっと静かになるな」
 額にでた汗を拭き、フレアが言った。けれどナナと沙雪さんは未だに外……下を見ていた。
 そして他の人も皆、下を見ていた。
「ん?……どうかしたのか?」
 フレアも気になり、窓の外を見る。そこには学長の死体が……ない?



「イッツ ア ミラクルッッッッッツ!!!!!!」

「……うっそぉん……」



 先ほど、確かに死んだはずの学長は少しばかり血は流しているものの、ちゃんと立っていて上にガッツポーズまで送って来ている。フレアは無意識の内に呻いた。
「……あー……うー……どうする?」
 ナナが困り果てた表情で訊いてくる。フレアには返す言葉もない。ただ、下を見つめていた。……人間ではありえない回復力を持ったその人間を。
 と、その時沙雪さんが動いた。手には厚さ15Cmはある辞書。

 そして誰も、何も訊けない内に辞書を投げた。



 ガッ

           バタッ

                       ドクドクドクドクドク



「うっわぁ、色んな意味でクリティカルヒット?」
 ナナは学長と沙雪さんを交互に見ながら呟いた。





 まぁ、人生とは不思議なもので良いこともあれば辛いこともある。
 つい先ほどまで思い人がやけに優しくしてくれていたのに、次の瞬間には4階の窓から突き落とされたり。
 それを根性で克服し、立ち直り皆の注目を浴びたかと思えば分厚すぎる辞書の角に脳天を直撃されたり。

 人生とは、常に摩訶不思議な動きをする。
 だからこそ、奇跡が生まれるのだ。



 だが、奇跡とは“普通は”そう簡単に生まれるものではない事をここに記しておく――
一体何が言いたかったんだか……。
と、兎に角久しぶりに学長登場です!!久々なのでやけに浮かれてます!
そして山下君がありえないほど酷い扱いを受けています。

なんていうかモノカキさんの沙雪さん……どんどん黒くなっていくなぁ。

2003.9.19 - 執筆 / 2005.3.20 - 加筆修正