「ぶえぇっくしょいっ!!!」
 少女はまるでオヤヂのようなくしゃみを派手にかました。辺りを見回すと幸い人は居なかったのでそのくしゃみを聞かれることはなかったが、何だかナナは恥ずかしくなった。
 周り……道に人がいなくても家の、部屋の窓から見られていたかもしれない。
「はっ、恥ずかし///」
 きゃぁっ、と少し赤い頬に手を当てながら小走りにその場を去る。
 もちろんお約束通り部屋の窓から見ていた人はいたのだがその人物もまた――
「っくしゅんっ」
 くしゃみをしていた。そしてすぐに手近のティッシュボックスからティッシュを引き出す。服はパジャマのままで額には熱さましのシート。いつもなら勉強をするはずの机の上には土鍋に入ったおかゆと梅干。
 彼女もまた、風邪っぴきさんだったようだ。



「おっはよぉ〜〜v」
 いつもと同じココロの元気な挨拶。けれどそれが“いつも”と違うことに気づいた。BGMがない。ナナが登校するのは大抵がギリギリに近い時刻。だから既に教室にはほとんどの人が居て、皆が口々に喋っているものだからその音が大きい。
 けれど、今日はそれがなかったのだ。
「はれ・・?皆は?」
 ナナは鞄を自分の席に置きながら教室を見渡した。
 今教室の中にいるのは自分の隣の席のフレア、そして1個前の山下君に2個前の美沙君。先ほど挨拶をしてきたココロに刳灯、沙雪さん……だけだった。
「んー……何か皆お休みみたいなんだ」
 元気はつらつ!といった感じのココロがそれに答えた。よく見るとフレアやココロ、美沙君以外の3人はなんだか赤い顔をしている。そしてナナも。
「にゃんで……?風邪がはや……っくしゅん……ってるのかなぁ?」
 そう言いながら自分もくしゃみをしている。
「さぁ?よくわからないが……たぶん学級閉鎖になるだろうなぁ」
 横からフレアが口を出した。フレアはいつもと同じように、机に突っ伏して寝ていたのだった。けれどそれは体調が悪い、とかではなくてただ眠い、暇、なだけなのだが。
「とりあえず、先生が……来たようだし。席に着いとけよ?」
 指で鼻先を突付くフリをするとフレアは教卓へと歩いていった。いつもならこのときに「うっせぇぞ、コラ」とか言って黙らせるものなのだが今日は人数が少ないうえに半分がダウンしてるのですごく静かだった。
(……新手のウィルスなのか?)
 心の中で呟く。でもそれを思うとピンピンしている自分は、そしてココロと美沙君は何者なのかと考えてしまう。
(日頃の行いがいいんだなっ!!)
 額に脂汗が出てきたがフレアはそう決め付けるとあと5秒ほどでくる筈の担任……守山滋を待った。

 ガラガラガラ
「センセ、おっはよ〜」
「…………お早う…………ゲホゲホッ」
 ドアを開けて入ってきた守山先生はいつにもまして酷い顔……じゃなくて表情だ。
 その上すごい厚着で手にはカイロらしき袋も持っている。
「せ……先生……人間ですか?」
 ヨロヨロと教卓の方へ歩いてくる守山先生に酷い言葉をサラリと投げつけるフレア。いつもならば「おぃ」だの「うっうっ……」だの言っていそうなのだが今回は何も言わない、どころか教卓へつくとへたりと座り込んでしまった。
「……ゴホッ……すまない……どうも……風邪みたいなんだ……」
 小さい声で呟くように言うとまたヘロヘロと立ち上がり椅子に座った。
 肩で息をしているところを見ると、どうやら重症なようだ。
「ん?父さんどうしたんだ?風邪だったのか?」
「……家族だろ?何で知らないんだ」
 教卓の影からひょいっと覗き込んだ美沙君の言葉にフレアが突っ込む。
「いやぁ、最近父さん見ないからてっきり死んだものだと思っててさっ☆」
 “☆”で可愛くごまかそうとしているのか、はたまた“地”なのかわからないが、てへっと言って舌を出す美沙君。フレアはそれにまた突っ込もうと思ったのだがキィーン、という音と共に校内放送がかかったので口を噤んだ。

『皆ぁ〜……元気に……ゴホッ……してるかぁい?』
 かかってきた放送、どうやら学長も体調が悪いらしい。
『ゲホゲホッ……えっとだな……実は……ほとんどの僕の可愛い生徒が休んでしまっている……。なので今、登校している生徒も家に帰るように……お、終わりぃっ!!』

「学長も重症みたいだな……」
 ふぅ、とため息をつきフレアは教室内を見渡した。
 すぐそばには人間を退職してしまった禿げのおっさん。そして2列目の席には赤い顔をして肘をついてぼーっとしている山下君と沙雪さん、山下君の後ろには同じようにぼーっとしているナナ。そして後ろの方には刳灯……。
「はぁ……」
 無意識にため息をついてしまう。
「ん?どうした、フレア。何か悩み事でも?」
「悩み事……ってお前なぁ……」
「ふっ、どうせさゆちゃんとナナを除いた馬鹿たちの事でため息なぞついているのだろう?刳灯はともかく他のは人間じゃないから大丈夫だろうっ!」
 うーみゅ……自分の親はどうでもいいのか。まぁ、さっき『死んでると思ってた』とか言ったのだから当然と言えば、当然なのだけど。
「……たぶん、ナナと山下は大丈夫だと思う。けどさゆちゃんと刳灯が心配だな。一人で家までたどり着けるか……」
 腕を組んで考える。まぁ、考えたところでやるべきことはもう決まっているのだけど。
「仕方ない……さゆちゃんと刳灯、家まで送ってくか」
「うむ。頑張れ」
「―――――………………お前も手伝うんだよ」
「なぬっ?!」
 美沙君の首の部分を掴んで引きずり戻す。と、そこへナナがやってきた。
 顔は赤いがちゃんと歩けるのならまぁ、大丈夫だろう……。
「どうした?」
「え……あのさ、さゆちゃんがすごいしんどいって……っしゅん……言ってる」
 指差した先には先ほどの赤い顔と正反対の青ざめた顔。
「なっ……!!!!さゆちゃんっ、おぃっ、大丈夫なのか?!」
 フレアと美沙君、それにココロ。つまり元気な人が駆け寄る。
「熱いな……熱すぎる。ちょっとヤバイかもしれないぞ……」
 額に手を当てた後、脈を図る。
「何だこれ……早すぎだぞ……」
「ちっ、何でこんなに悪いのに学校なんて来たんだ・・」
「だ、大丈夫なの?さゆちゃんっ、しっかり!!」



 あ……あの時と一緒だ……。



「おぃ、美沙!とりあえず保健室まで運ぶぞ!ココロは元に戻っとけ!」
「うんっ」
 言われてすぐにココロは何かを唱え始める。……“元”というのはココロの本来の姿。本来ならココロはフレアより少し高いくらいの背の高さなのだ。
「さゆちゃん?立てるか?とりあえず保健室まで行くぞ?」
 フレアと美沙君は左右から呼びかける。手を取るとその手は余りに冷たかった。美沙君はその冷たさに驚き、教卓のところまで歩いていくと父親、守山先生のカイロを取り上げて沙雪さんに渡した。……つくづく身分の低い父である。
「ご、ごめんね皆……」
 沙雪さんはよろけながらも席を立った。立てるのなら大丈夫かもしれない……、誰もがそう思った。歩けなくても立てればなんとかなるかもしれないから。

 けれど、やっぱり無理があった。



「危ないっっ……!!!!」
 そう言って慌てて腕を伸ばして支えたけれど、その体は意思を亡くしゆっくりと落ちていった。
 酷くゆっくりと、それでいて早く落ちていく体を見ながら恐怖心にかられた。

 ―――――………………“死”………………?

 そう、思わずにはいられなかった。
 だって、余りにも昔の記憶と似ていたから。



いやぁあぁぁぁあっっっっっ!!!!!!!!



 意識の続く限り叫んでいたように思う。そしてふっ、と目の前が暗くなると悲鳴と共に床に崩れた。
 ……床に倒れたのは突然二人になってしまった。

「お……おぃ、ナナ?ナナっ?!」
「さゆちゃん!!!!」
 フレアはナナへ、美沙君は沙雪さんへ、それぞれへ駆け寄って呼びかけたが返答がない。赤い顔をしているがどうやら大丈夫そうな山下君もノロノロとだがやってきた。
「くそっ、何だってんだよ……何かの症候群なのかっ?!」
「知らんっ!けど何処かへ運ばねばならんだろうな。床じゃ冷たすぎる……」
「そう……だな……」
 そう言って一旦ナナと沙雪さんから離れるとフレアは何かを唱えた。そして手を叩く。
 するとナナ、沙雪さん、それにフレアまでもが何処かへ消えてしまった。
「んな……っっ?!?!神隠し?!」
 いやいや、ンなわけないでしょう。……いつもならば他の生徒がツッコミを入れてくれるのだけど今日は誰もいないのでナレーターとして入れておくことにしよう。
「……たぶん、先に保健室に言ったんだと思う」
 本来の姿に戻ったココロが美沙君を見下ろしながら言う。
「…………だっ、誰だ?」
「……え?」
 ずざざざっ、と後ずさり、さっと山下君の後ろに隠れる。
「誰だ、お前!!どうやってきた?!」
 ―――――…………んん??
「おぃ……アレが誰だかわかんないのか?」
「ん?誰かって?不法侵入者じゃないか!しかもココロのコスプレまでしている!変態だ、変態!!だいたいコスプレなんて……コス……プレ?」
 美沙君はふと、思いついたように山下君を盾にしながらココロを見た。
「もしかして……ココロなのか?」
「あ、うん……そういえばみっちゃんは知らなかったっけな」
 はは、とどこか照れたように笑うココロ。
「なぁ〜んだ、それならそう言ってくれればいいじゃないか。はっはっはっはっは」

 ……………………。

「ってそうじゃないだろうっ!!!!」
 おぉ、自分ツッコミである。けれど一般の人と美沙君の違いはやはり明確なものだった。突っ込む際に山下君を蹴り飛ばしたのだ。……仮にも病人の山下君を。
「こうしちゃおれん!!いくぞっ、ココロ!!」
「うんっ!!」



 ガラガラッ

   ダダダダダダダダダダダ



 あっという間に行ってしまった。
 取り残されたのは3人。
 山下君、刳灯、そして守山先生。
 3人とも、病人なのに――寒い、寒い教室に取り残された。

「うっ、寒っ!!」
 廊下から吹き込んでくる風が病気の体に堪えた。
うっふっふっふ……はっはっはっは!!!(大丈夫ですか
ナナ達の事はこの次のヤツで書きます!!
続きモンですか、先生!!(先生って誰さ

話がまとまらなくてかなり苦しんでみました。(何

2003.10.18 - 執筆 / 2005.3.20 - 加筆修正