「ねぇ、お母さん」
 まだ幼さを残した声。
「なぁに?」
「うーん……っと。 ううん、何でもないっ!」
 声だけじゃなく、仕草も……まだ子供じみてた……。
「まぁ、どうしたのナナったら」
「えへへ〜〜」
 ふんわりと頭を撫でてくれるその手を求めるために、私はいつも些細な事でも話しに行った。
 何を話しても、例えそれが自分にとって悪い事だったとしても……お母さんはいつも、笑って頭を撫でてくれた。その手は暖かく、安心させてくれる。だから……その手が、お母さんが居なくなるなんて、考えた事もなかった。



「ん……?」
 目を開けて、まず目に入ったのは無機質な白い天井。そして、その次には白いカーテンとベッド。それに横たわる自分の身体と、覗き込むようにベッドの淵に手をかけている誰か……。
「あ、気が付いたみたいだよっ」
 ひょいと覗き込む“誰か”はオレンジ色の頭をしたココロだった。ココロはナナがうっすらを目を開けているのに気が付くとすぐにフレアと美沙君を連れて戻ってきた。
「大丈夫なのか?」
 フレアが心配そうに見てくる。その横には氷嚢を持った美沙君。
「う……、うん」
 ナナはゆっくりと起き上がろうとするが身体が言うことをきかない。無理に起き上がるのは危険なので美沙君がそれを制した。そして持っていた氷嚢を頭の上に置く。冷んやりとした感覚が頭から身体全身へ伝わる。
「ったく、いきなり倒れるから吃驚したんだぞっ。 倒れるときは前もって言え」
「……や、そんな無茶な」
 相も変わらず横暴な美沙君が腰に手を当てて言った。ココロがそれにすかさず突っ込む。フレアはというと漫才をはじめそうになる二人をど突き倒して、ベッドの脇にある椅子に座った。
「一応、体温測っとけ。さゆちゃんはもう家に帰したから」
 そう言いながら体温計を渡す。どうやら耳で測るタイプらしい。設定を見るともう初期状態になっていたので、ナナはそのまま耳の中に突っ込みボタンを押した。
 ピッピッピッ
 すぐに測れる事が自慢の耳温計。確かに、早い。取り出してみると体温計は38.3℃を示していた。
「……やっぱり熱が高い。 今日は家に帰って早く寝るんだな」
 測られた体温を見ながらフレアが呟いた。美沙君もココロも意見が一致したようで首をブンブン縦に振っている。
「うんっ、そうした方がいいよ!さゆちゃんもさっきお母さんが迎えに来たし。 ナナのとこは?電話する?」
 フレアが体温計を元に戻しに行ってる間にココロが椅子に座り、訊いた。横で何か考え事をしていた美沙君だったがそれを聞くや否や、はっ、と我に返りココロを殴った。
「バカココロっ!!!」
「な……何すんだよ、みっちゃん!!」
 突然頭を殴られたココロが抗議の言葉を上げた。その声に気づいたフレアが戻ってきた。
「どうしたんだよ。漫才はじめるなら他所でやれ」
 呆れ顔で廊下を指差す。ココロは膨れ顔で言った。
「漫才じゃないもんっ。 みっちゃんが突然殴ってきたんだもんっ」
 美沙君の方を指差して、プンプンと怒っている。普通ならば高笑いとともに反論、もしくは復讐をはじめる美沙君だが……今回は何も言わずフレアに目配せをした。
 それをキャッチ(!)したフレアは「なるほど……」といった様な顔つきをし、ココロの頭上に手を上げた。その手はそのままココロの脳天をぶち叩く……はずだったのだが……。
「いいよ、大丈夫。 叩かないで」
 ベッドからの声。ナナが今度こそ、起き上がると言った。
「ごめん。 でも、大丈夫だから」



 * * *



「ねぇ、お母さん? 何時になったらお家に帰って来るの?」
 無邪気な顔を少し歪ませて、少女は訊いた。そんな我が子の様子を見て母親は少し、微笑んだ。
「まだわからないわ。 でも、きっともうすぐよ」
「そうだよね!お母さんが帰ったらパーティにしようって皆で言ってるの! 花壇にもね、お母さんの好きなチューリップがいっぱい咲いたんだよ。ピンクも黄色も白も、もちろん赤も!すごく綺麗なの」
 少女……幼い頃のナナはへへ、と笑うともう一度母親の方を向いた。
「だからね!お母さんに早く帰ってきて欲しい」
 それを聞いた母親は瞳を少し潤ませたものの、すぐに笑みを作り、我が子の頭を優しく撫でた。
「そうね。お母さんもチューリップ見たいわ」
 カチャ
 ドアが開き、年配の女性が入ってきた。
「ナナ様、そろそろお帰りにならないといけませんよ」
「そう……、うん、わかった。 それじゃ、また来るからね!」
 年配の女性に促されてナナは病室から出て行った。廊下を行く足取りは、軽い。
「ミウナ様、お体の調子はどうですか?」
「……えぇ、最近はいいわ。けどね、もうダメみたい」
「そ、そんな事を仰っては駄目でございます!! 家に……帰って来ると約束したのでしょう?」
 大きな声でまくし立てようとしたけれど、ここは病院。声のトーンを落として、少し厳しく言う。
「そうね。ごめんなさい……」
 その後、年配の女性……ナナの教育係のファルナは、何時ものナナの様子や家の様子を伝えると、お大事にと言って病室を後にした。ミウナはその姿を見送った後、ベッドから立ち上がり窓際へと寄った。
「――ごめん、ファルナ。本当に……もうダメなのよ……」
 ため息を吐いた口にその後浮かんだのは、自嘲気味な笑みの形だった。
「……私の……体は、もうダメなのよね……」



 コン コン
「あ、はい。居ますわ」
 数日前、ミウナの元へ担当の医師とこの病院の院長、そして見慣れぬ子供がやって来ていた。
 見慣れぬ……というか、全然知らない子供が自分の病室に来る理由はない。すると……、院長のお子さんかしら?、とミウナは首をかしげた。
「調子は、どうですかな?」
 年配の担当医師がゆっくり、でも優しく訊いた。
「えぇ、先生のおかげでだいぶ楽です。ただ……――」
「ん? 何でも仰ってくださいよ?」
 口ごもるミウナに、院長が言った。何か言いにくそうにしていたミウナだったが……口を開いた。
「ただ……最近、頭痛が酷くなっているような気がするんです」
「頭痛が?」
 その言葉に、横に居た“子供”が驚いたように口を挟んだ。
「……え、えぇ。 と言っても気のせいかもしれないのですけど」
 “子供”の表情が余りにも深刻そうな驚きだったので、ミウナは顔の前で手を振って言い直した。
 しかし、担当の医師と院長、そしてその子供は顔を見合わせると深く頷いた。
 それからミウナの方を見て言った。
「カルラさん、これからお話することがあります。ご家族を呼んで頂けますか?
 子供さん以外の……そうですね、旦那さんだけで結構ですので」
「主人……だけで良いのですね……?」
「えぇ。お子さんにはちょっと難しいことですし、……辛いかもしれませんので」

 それから10分後、リーゲン=カルラ氏が病室にやって来て、話は始まった。

 病室の横にある小さな、でも5人が話をするのには十分の大きさを持つ部屋に移動した。
 部屋の中にあった向かい合わせのソファにカルラ夫妻、担当医師と院長が座り、そのソファの片側に位置している一人掛けソファに“子供”が座った。
「カルラさん。これからお話するのは……本来貴方に話したらいけないことなのかもしれないです。しかし、今回は異例のことですのでご本人にもお話しておこうと思いまして。ですから――」
 何か焦った様子で院長がまくし立てた。額に汗が浮かんできているのを見ると、緊張しているらしい。
 その院長を見て、“子供”が小さく息を吐いた。
「いい、私から話そう」
「しっ、しかし……」
 ハンカチを取り出して額の汗を拭きながら、院長は言い縋った。
「……君には荷が重いだろう。私が話すから、……リューイ。悪いけど二人、席外してくれるかな?」
 リューイと呼ばれたミウナの担当医師は自分より一回りも年下の上司の肩を叩き、静かに部屋を後にした。
 パタン
「ふぅ……。 さて、と何から話せば良いのやら……」
 二人が出たのを確認すると、“子供”は結んでいた髪を解いて頭を振った。茶色い髪が宙に舞う。
 ……頭が痛かったのだろうか、後頭部をぽんぽん叩いている。
「あ……の、一体何なんですか?」
 そのようすを見て、リーゲン=カルラ氏(以下リーゲン)が心配そうな面持ちで訊いた。なかなかダンディな中年のおじさまであるのだが、その表情のせいで聊か劣って見えてしまっている。
「んー……そうですね。 あ、私の事は「L(エル)」とでも呼んで下さい。通り名を言ったら驚かれると思いますので」
「L……ですか」
「えぇ、L。 別にMでも良いんですけど……時期が合わなくって――と、関係のない話でしたね」
 コホン、Lは咳払いをすると夫婦の向かい合わせになるようにソファを変え……口を開けた。
「話ですが……率直に言いましょう。――奥さんの体は、あと1週間程で死にます」

「…………は……い?」
 リーゲンの口から漏れた呟きをかき消すように、Lは続けた。
「私は医者としての資格は持っていませんがそっち方面は他の者より長けている自覚はあります。
 奥さんの体は……恐らくあの馬鹿院長は“ただの風邪の悪化”だとかぬかしていたんでしょうが……たぶんもう持たないと思います。中の方の機能が死滅して来ています。幸いリューイが――」
 淡々と続けるLに、夫婦は顔を見合わせた後手を握り締めた。
「ちょ、ちょっと待ってくださいLさん。 ……死滅ってどういうことなんですの?」
 ミウナが切羽詰った声で訊いた。
「……死滅。つまり、死ぬことです。わかりますよね? ご自分でわかってらっしゃるかもしれないが、中の機能はもうほとんど奪われています。……御飯が食べれない、なんて事ありませんか?」
 やはり淡々とLは言った。
 リーゲンは何も言わずに前を見つめている妻の顔を覗き込んだ。
「ま、まさか、ミウナ。 そうなのか……?」
 真っ青になった顔、見開かれた目がその答えを出していた。
「た……しかに最近御飯を食べるのが辛くなってきて……時々、点滴をしてましたわ……」
「そうでしょうね。そうしないと栄養を体に補給することが出来ず死期を早めるだけですので」
 ミウナの言葉を聞いたLがため息をつきながら言う。
「で、でも……どうにかなるんでしょう?!そんな、まさか妻が死ぬという事だけを言いたいわけじゃないのでしょう!?」
 二人を交互に見ながら、リーゲンが必死にLに訊いた。
「何かっ、望みがあるから僕達を此処に呼んだんですよね? 何か……あるんですよね……っ?」
 そのリーゲンを見据えて、Lがきっぱりと言い放った。
「当然です。 もし……私に任せて貰えるのなら、奥さんの体以外は守って見せます」
「体以外……。 でも、それじゃどうすればいいって言うんですかっ!体がなきゃ生きてはいけない筈です!」
「……それはこれからお話します。 ――ミウナさん、どうされますか?」
 視線をリーゲンからミウナに移し、答えを待った。
 息をする音だけが聞こえる部屋の中を沈黙が支配している。
 その沈黙の後、ミウナが小さい声で答えた。
「――……お願いします」
 そして、無理やり作った笑顔でLに訊いた。
「その代わり、教えてくださいます?」
「……私の答えられる範囲でしたら」
 その答えに、本物の……でもちょっと切なく微笑んでミウナは言った。
「貴方の本名と、通り名。 その二つを教えてください」
 妻と、目の前の“子供”にしか見えない二人の会話に置いてけぼりにされたリーゲンはただただその会話を横で聞いてるしか出来なかった。
 Lが笑う。
「なんだ。そんな事でしたら、喜んで。――驚かれても、知りませんがね」
「驚く……?」
 やっと会話に入ることが出来たリーゲンが呟いた。
「えぇ、一般の人には特に、ね。 ミウナさん、ご希望通りお教えしましょうか。
 私の名前は――」
 その言葉の後に夫婦は驚いた顔をして、すぐに微笑んだ。
「それなら、安心してお願い出来ますわ。 どうぞ、先をお話になってください」
 ミウナは夫の顔を見て「大丈夫よ」と微笑んだ後、もう一度Lに言った。
「よろしくお願いします」
「お任せください」
 それにLはちょっと悲しげな微笑で返した。



 ――1週間後

「やだ……嘘……。 嘘だよね? ねぇ、お父さん! お母さんが――!!!!!」
 病室の外の椅子に腰掛けている父に向かって、ナナが叫んだ。
「ねぇっ、お父さん! お父さんってばぁ! お母さんが……死んじゃう……っっ!」
「……ナナ、ここは病院だ。落ち着きなさい」
「そっんな事言ったって……、だって!お母さん、さっきから何もしゃべんなくて。 ナナが話しかけても返してくれなくて……冷たいの。 ねぇ、お父さん!! お母さん、どうしたの? 死んじゃったの……?」
 瞳に涙をいっぱい溜めて縋り付く我が子に、リーゲンはすっと手を差し伸べた。
「ナナ。母さんはな、いつもお前の傍に居る。 だから……、泣いてちゃダメなんだぞ? 母さん、ナナの泣き顔見るのは好きじゃないって、ナナには……いつだって笑ってて欲しいって言ってただろう?」
「……言ってたけど……、でもそれは……お母さんの口から言ってたから笑えたんだもん! もう聞けないのに笑うなんて出来ないよ……っ! 出来るはず……ないよっ!!」
 小さな手を握り締めて泣く姿を見て、リーゲンは差し伸べた手で顔を覆った。
「ごめん……、ごめん。 ナナ、父さんが母さんの分もやるから……。 だから……母さんの為に笑ってくれ……」
 父の方から発せられた、父らしくない弱弱しい声を聞いて、ナナは押し黙った。
 そして先ほどから口にしようとして、出来なかった言葉を言った。
「お父さん。 ――お母さん、本当に死んじゃったの……?」
 …… こくん
 縦に振られた頭が、肯定の印になった。

 パタパタ、と医者と看護婦がやってくるのが見える。
 ナナはよろよろと病室へ戻ると、眠るように……でも息をしていない母の横に立った。
「……嘘つき。――お母さんの嘘つきっっ!!!!」
 医者が病室に入ってきて、何やら看護婦に指示をしている。
「帰ってくるって……、帰ってきてチューリップ見るって。 そう約束したのに――!!!」
 脈をとって、瞳孔を見る。そして、首を振った。
「嘘つき……。 帰ってきてよ……お母さん……っっ」
 看護婦が外に居たリーゲンを呼んできて、医者が白い布をミウナの顔に乗せる。
「お悔やみ申し上げます……」
 ――ナナが8歳の時だった。



 * * *



「馬鹿、何が大丈夫だ。そんな泣きそうな顔しやがって」
 フレアが振り上げた手を下ろしながらナナに言った。そしてココロに話す。
「ココロ。ナナのお母さんはな、もう亡くなられているんだ。お前にも……わかるだろう?」
「っ! ……ごめん、……僕知らなくって……」
「大丈夫だってば。 もう私の中では吹っ切れてるしさ。 ね、ほらもう大丈夫!」
 まだ少しぎこちない笑みで、いつものような口調にする。
 フレアと美沙君は目を合わせて、ため息をついた。
「ったく、どっちにしろ熱があるんだからおとなしくしてろっつの。……んで、どうすんだ?」
 いつの間に取ってきたのやら、美沙君の右手には電話機が握られていた。
「それじゃお父さんに迎えに来てもらったら? 一人で帰ったりするのは危険だしさ」
 お父さんは家に居るの?、とココロが無邪気に訊いた。
 しかしナナはいつもの……そう、いつもの黒い笑みを浮かべて言った。
「父さんなんかに電話してやらない。さっさと再婚しやがった親父なんか用ないもん!!」
「――……へ?」
 完全に元に戻ったのであろうナナは、ココロのその呟きにすごい剣幕で答えた。
「そうだよ!信じられる?!嫁さんが死んだら次〜みたいなノリで再婚しやがったんだあの親父ぃっ!!」
「なっ、なんて酷い親父さんなの!?!?! 信じられないっっ!!!」
 ナナの答えに驚き怒ったココロが、見たことも無い“ナナの親父さん”を批判しはじめた。
 当然、ナナも一緒に……だ。
「……とりあえず電話しておくか?」
「あぁ、家政婦さんにファルナさんってのが居るから。その人に迎えに来て貰ってくれ」
 ベッドの上と横でぎゃーすか喚く二人を他所に、美沙君とフレアがげんなりした顔つきで話していた。
「ファルナさん? 家政婦……? 何、ナナん家ってそんなに金持ちなのか?」
「……お前知らないのか? リーゲン=カルラ。CKLカンパニーの総帥」
「――マジ?」
「マジ」

 喚くのにも飽きたのか、少しおとなしくなったココロが未だに怒り狂っているナナに問いかけた。
「そういえばさ、ナナ。倒れるときにすごい叫んでたけど……あれ、どうしたのさ?」
「――叫んだ……? はて、私叫んだりした?」
「したよーっ! もうすんごい吃驚したんだからっ!!」
 言われてふむ、と首をかしげた。……叫ぶ?……ターザンみたいにか……?、ナナの想像力はある意味すごい。
「いやぁぁぁ……って。 覚えてないの?」
「い……やぁぁぁ……。 ……。 ……。 ……。 ――……あ、あぁ!!」
 ぽんっ、と手を叩いて首を縦に振った。
「あれね。 んー……何かなぁ、さゆちゃんの倒れ方が昔の記憶とダブってさ。それでちょい倒れてみましたv」
 にゃっはっは、と豪快に笑うナナを見て、ココロはため息をついた。
 ――倒れてみましたじゃないっつーの、そんな事を思いながら。



 * * *



「魂を移動させます」
「……そ、そんな事が可能なんですか?」
 紙を机の上に広げて説明するLに、ミウナが疑問を投げかけた。
「可能なんですよ。 大丈夫、実験結果は正常に出ています。それに貴方が初めて、ではありません」
「初めてじゃない……。 ということは既にそうしている人が居るんですか?」
 リーゲンもまた、口を挟んだ。
「えぇ、身近な所に居ますよ。 例えばミウナさん、貴方の主治医のリューイ=マステア。彼もその一人です」
「……そ、それは確かに身近ですね……」
「ですから、失敗する確立はほぼ0%です。万が一悪条件が重なった場合を考えて……そうですね、失敗率は0.2%くらいでしょう。 でも大丈夫、失敗なんてさせません」
 口の端を少しあげただけの微笑みをして、Lは説明を続けた。

 そして全てを言い終わった後、リーゲンに向かって忠告をした。
「いいですか、リーゲンさん。 間違っても魂がミウナさんになった女性(ひと)と再婚なんかするんじゃありませんよ?いくら奥さんが恋しいからって……それだけはご法度ですから」
「わ、わかってます!……でも、その……――」
「はい?」
 何故か口ごもるリーゲンにLは首をかしげた。
「……その、“体”は何処から調達するんですか……?まさか霊安室、とか言わないでしょうね……?」
 そう言ったリーゲンの横で、ミウナが心配そうな表情で二人を見た。
「――霊安室? はっ、見くびらないでください。 それ位、作れます」
「作る……って……」
 思わず口に出たのであろう言葉を聞いて、Lは不適に笑った。
「私を誰だと思ってんですか。 ンなもん楽勝です」



「ナナ、紹介したい人が居るんだ。今、いいかな?」
「ん? 別にいいけど……誰?」
 部屋で寛いでいたナナのところへ、やけにソワソワしたリーゲンがやって来た。
「ま、まぁ……来てくれ」
 言われて、下の階の応接間へ行った。
 そこで待っていたのは、過去の記憶だけに生きる人の姿だった。
「……お父さん、性質(タチ)の悪い冗談は身を滅ぼすよ?」
 そしてさっさと部屋に戻ろうとする。
「いやっ、待てナナ! 彼女はレイナさんと言ってな! すごく素敵な方なんだっ!!」
「――もっとタチ悪ぃわ、クソ親父」
 やはり、部屋に戻ろうとする。
「ま、待ってくれ!! 父さんな、再婚しようと思うんだ!!」
「……は?」
 部屋の外で繰り広げられる親子喧嘩(?)を話題の主、レイナさんは心配そうに見守っていた。

「再婚……だ? 父さんは、また、母さんと結婚するのか?」
「母さんと、じゃない! レイナさんと、だ!」
「――母さんと、じゃないか。 何がレイナさんだ。 ……ふざけんなっ!」
 そう言って、近くにあった棚を蹴飛ばした。上に乗っていた高級そうな花瓶と綺麗な花は見るも無残に飛び散った。
「ナ、ナナ……?」
「……別に再婚でも何でもすりゃいいじゃないか! 私は関係ない! こんな家、出てく!」
「出て……って、ナナ!!」
 突然突拍子もない事を言い出した娘に、父は慌てた。
 しかしこの後、もっと慌てることになる。
「もうウンザリだ! 何も話してくれないくせに、そうやってまた隠すんだ! 全部知ってるんだぞ!母さんが……、母さんが死んだワケだって――知ってるんだっ!」
 そう捲くし立てた後、おもむろに応接間に入って父曰く“レイナさん”の前に立った。
 そして、口を開いた。

「お帰り、お母さん。 チューリップ、見る?」

 泣き笑いの顔になって、でも必死でそれを隠して……ナナは言った。
「ただいま。 チューリップ、見に行こうかしら。 案内してくれる、ナナ?」
 レイナ……いや、ミウナは笑って答えた。



 * * *



「ナナ様! 大丈夫ですのっ?!」
 しばらくして、息を切らしたファルナが飛び込んできた。
「あー、ファルナに連絡したのか……。 大丈夫だって!すぐに下がるから、家には帰らないよ」
「そんなっ! 旦那様、心配しておられますよ? 昨日だってミウナ様相手に「ホントに出て行っちゃうなんて〜」とか仰られてましたし。……一度、帰って来てはくれませんか?」
「や〜っだ! まだ許してやらないもん!」
 ぷんっ、と顔を背けるナナにファルナが泣きつく。
 そんな事を少しの間続けていたのだが、横から出た言葉で一瞬静まり返った。
「ナナ、帰ってあげなよ。 いくら酷い親父さんでも……会える内に会っとかなきゃ」
「……」
 言われたナナは、ちょっと頬をかくと頷いた。
「――帰ろっかな」
 てへっ、と笑って小さくココロに耳打ちをする。
『実は、帰りたかったんだよね』





「ねぇ、お母さん」
「なぁに?」
「んー……、ううん。 いいやっ! ただ呼んでみただけ!」
「まぁ、どうしたのナナったら」
「にゃはは〜」
 一度亡くした手。 亡くした後で気づいて、でもどうしようもなくて。
 ――だから、事実を知った時に余計に腹が立って。
 でも、今、この手が此処にあって、こうして私の頭を撫でてくれる。
 それだけでいい。その事実だけで、他は関係ない。
「たまには……父さんとも話してあげようかな」
 小さく呟いた声に頷いて、ナナは歩き出した。

「再婚するなっつったのに……何考えてんだあのおっさん」
 背後で言葉は、誰の物だったのだろうか――
やった……!! やっと終わった…………!!!!!(涙
前回より軽く3ヶ月過ぎてます。ぬっはっはっは!続きモンだとかぬかしてたのにこのザマか!(自分だろ
ってぇことで、ナナやんの過去のお話。異様に長くなってしまいました。
なんかもう、何時にもまして支離滅裂でごめんなさい。頭ん中へにょへにょになってたんですってば!(言い訳
お題の「涙」は所々で見せるナナの涙ってことで。

結局、まとめますと。
ナナさんは家出中 / ミウナさんはレイナさん / リーゲンは馬鹿 / “子供”は○○○。
みたいな感じで。(全然まとめられてないってとこが素晴らしいよね/爆

2004.1.25 - 執筆