「ぷっはーっぁ!!くぅ〜っ、やっぱり年越しは蕎麦に限るね!」
 どこぞのおやぢがビールのジョッキを空けた後のようなリアクションをしながらナナが言った。
 その手には。
 訂正、
 その両手には、なんだか緑のたぬきとか赤いきつねとかが出てきそうなプラスチックの容器。
 とどのつまり彼女が持っているのは。

「何が悲しくてインスタント麺で年を越さなきゃなんないんだよ……」
 同じくプラスチックの容器を手に持ったフレアがぼそっと呟いた。
 さてはて、今年も早いものでもう終わろうとしている。
 一月から十二月まで、きっちり月は12個分ある筈なのに、もっと少なかったように思うほど月日が流れるのは早い。正直1年は6ヶ月くらいだったんじゃないかと思ったりもする。いや、そんな事は無いんだけれど。
 それはさておき。
 今年ももう終わりなのである。

「という事で!!」
 終学活の後、何やら発表があるとの事で教卓へと出てきていたナナが言った。
「今年も終わりですねぃ!学園も今日で終わりなワケだけども、皆は年末年始の予定はどうなってるのかなー!」
 バムッ、と教卓を叩きながら教室を見渡す。
「えー、大掃除とか初詣とか……」
 誰かがそう言った。
「そぉ!それだよソレぇ! 初詣!」
 大掃除はどこへ行った。
 思わずそうは思ったが誰も口にはせず。言ったってどうせスルーされる事がわかっていたからだ。
「一応さー、毎年皆で初詣とか行ってるワケですが!今年も行きませんか、っていうお誘いなのですよ!」
 再度、バムッという音を立てて教卓が叩かれた。



「……で、やはりこのメンバーなのか」
 終学活の後、参加したいと思う人達がナナの机の周りに集まってきていた。
 上の台詞はその中の1人、フレアが言ったものである。
「いーじゃん、いーじゃん、どうせわかってた事だよぉ〜!」
 むしろ今年もこれだけ集まったんだしイイ事よ!と上機嫌のナナ。
 ちなみにメンバーの内訳は、
 首謀者のナナ、美沙君、山下君、ビスター、ファルギブ、刳灯、ココロ、フレアの8人である。
 山下君に恋する乙女な沙雪さんも参加したかったようだが、今年はどうしても実家に帰らなければならないとかで泣く泣く帰っていった。
「てか毎度の事なんだが、私は参加したくないんですけどナナさん」
 フレアがぼそっと言う。
 何だかよくわからないが、フレアは毎年別の会合(?)に参加したいらしく誘われる度に断っているのだが……
え?何?よく聞こえなかった!
 絶対聞こえてるのにすごくにこやかな顔で返される。
 その顔を見てフレアは一瞬眉間のしわを濃くしたがすぐに取り払って、
「あー、いいよいいよ。参加させて頂きマス」
 小さくため息をついたのだった。

「それよりも今年はどこの家でやるんだ?言っておくがウチは無理だからな!はっはっは!」
 美沙君が無駄に高笑いを付けて言う。
 同じく山下君も無理、と告げる。 もちろん高笑いはついていなかったが。
「んむ〜、そぉだねぇ!えっと、前々回がフレアの家でしょ、前回がくーちゃんの家。だからその2つは除くとして……」
 メンバーの顔を見渡して考える。
 後残っているのはビスター・ファルギブ・ココロ・そしてナナの4人であるが前3人は一体どこに住んでいるのか……?
「あ!俺らントコも無理!だってホラ、パラレルワールド無理に渡ってきたからさぁ、世界が別だしかなり遠いし!」
 む、疑問に思っていた事が伝わったのか(いやそんな事は無いと思うが)、ファルギブが慌てて言った。
 “俺ら”という事がビスターも入っているのだろうか。
 まぁ、意味はよくわからないが結局は無理という事なのだろう。
「じゃあ後はココロか私の家だけどー……」
「僕の家も無理かな。ちょっと人を招くには条件が難しくて」
 ナナの言葉を遮ってココロが言った。
 これまたよく意味がわからないが……とりあえず言える事は。
「ええええーーー、じゃあ私の家?!?!」
 残る家はナナの家だけ、だという事だ。
「ん?何か問題があるのかい?」
 山下君が訊いた。
「んむ……も、問題は無いけどさァ。流石に私んトコのマンションが広いからといってもこの人数はちょっとばかりキツいかなぁ、なんて思ったりするワケで」
 ごにょごにょと返すナナ。
 マンションというのはナナが現在住んでいる場所で、確かに一人暮らしには勿体無い広さだが、大人数がおしかけても悠々という広さでは無い。
 するとフレアが不思議そうな顔をして、
「は?何言ってんだお前。当然実家の方だろ」
 と、言った。
えええええええ!!!!そっちのがヤだよ!!!正月に実家に帰るなんてどんな家出!」

 そう、実はナナさん、今は絶賛家出中なのである。
 とは行っても同じ市内、その上家出先のマンションは家の金を使っているというのだから世間的には家出とは思えないのだが。

「つべこべ言うな!私は新年早々人数過多で暑苦しい部屋なんぞに居たくないんだよ!」
「はっはっは!私もそれには同意だな!」
「僕はナナの実家見てみたいし、そっちのがいいなー」
 相当嫌がってはいたが、皆口々にそう言ってくるので
「う、うぐ……し、仕方あるめぇ……じゃ、じゃあ!今年の暮れは私ん家に集合じゃー!!」
 半ばヤケクソにナナは叫んだのだった。



 * * *



 そんなワケで12月末日。
 一向はナナの実家、カルラ邸へと集まっていた。
 学園から電車で駅数個、そこからお迎えのリムジンに乗って数分。
 閑静な住宅街の中の豪邸の中に車が入って行く時は皆思わず「ほわー」だの「うえー」だの漏らしてしまった程だ。

 兎に角、無駄にデカい。

「無駄って言うな!」
「……え?何が……誰も言ってないけど……?」
 突然叫んだナナに驚いてココロが返す。
 おっと、こちらの声が聞こえるとは予想外。
「あれ?言わなかった……なんか聞こえたような気がしたんだけど」
 おかしいなー、と呟きながらもまぁ、いっかと笑った。
 そしてくるりと振り返り、両手を挙げて高らかに言い放つ。

「さて、皆様!カルラ邸へようこそ!今日は正直ウザいから召使一同、暇を取らせました!
 だから私達しか居ないし、思う存分はっちゃけよ――」


ナッナちゃーん!!! パパですよー!!!!!


 ピキ

 全てを言い終わる前に扉が開いて声が飛んできた。
 “パパですよー”という事は……。
「――クッソ親父、なんでてめぇがココに居んだよ!!!
 正月は海外出張に行ってて居ないっつーから帰ってきたのに……!!!

 そこまでして会いたくないのか、と一同胸の中。
「酷いなぁ、ナナちゃん……僕がそんなヘマをやらかすように見えるのかな」
 しくしくと泣きまねをするリーゲン=カルラ、4○才。“○”なのは作者が深く考えていないからである!正直キャラの年齢とか考えるのって嫌いなんですよね!!! ……っと、げふげふ、話が逸れましたな。
「見えるわ!思いっきしな!! だから帰れ!海の藻屑になってろ!!!」
 実の親を前にすると唐突に口が悪くなるナナさん。
 けれど皆の方へ振り返ると、
「じゃ、行こっか!家の中には誰も居ないから!」
 満面の笑み。
 そしてリーゲン氏を見えないモノと扱う事にしたらしく、扉を開けて皆を招き入れたのだった。



 通されたのは広間……?兎に角広い空間だった。
 庶民の作者には到底言葉に出来ない、よくわからないくらい広い場所なので、各々で想像して頂けるとありがたい。
 各所にテーブルが設置され、その上には豪華な料理の数々が。
 ……当然ナナが1人で作ったものではない。 暇を取らせた、といった召使さん達が最後の仕事をして行ってくれただけなのである。
「わ〜、すごい!美味しそう〜!」
 パタパタッと走り寄って目を輝かせたのはココロ。別に食い意地が張ってるワケでもなく、本当に美味しそうなのだ。
「えっへん!すごいでしょー!ウチのシェフの作ったモンはどれも最高なんだよーう!」
「……“ウチのシェフ”ね……」
 胸を張るナナに美沙君が遠くでぼそっと呟く。
「どうしたんだ?」
 その呟きが聞こえたのか、フレアが訊いた。
「いや、ナナってホントにイイとこのお嬢さんだったんだな、と思って。その割に言動が怪しいけど」
「ははは、確かに」
 頬をかきながら返した美沙君にフレアも苦笑しながら同意した。
「まぁ、アイツも小さい頃から色々あったからなー、性格捻じ曲がってるのも仕方ないと思うよ」
「何だソレ?」
「ん……いや、まぁ、な」
 答えをはぐらかすフレアに疑問を覚えながらも美沙君は「ふぅん?」とだけ言った。

「んと、もぉそこらの食べながらテキトーにって感じでいいんだけどさ。
 肝心の初詣!今年はどこの神社に行こうか?」
 既に何やらパクつきながらナナが言った。く、くそう……美味そうである。
「どこでもいーぜっ!ていうかオレ様はこっちの事はよくわからんからまかせるーっ!」
「僕も同じく。皆にまかせるよ」
 ファルギブとビスターが同じようにパクつきながら答える。
「私はあんまり人が居ない所がいいな。そんなに有名じゃ無くてもいいから。あと、景色が綺麗だと尚ヨシ」
 そう言ったのはフレアで、周りも「そうだな」と頷いた。

「ふむー、じゃあ穴場なトコ探してみますか!」
 ナナは、うっし、と気合を入れると部屋の隅の方へ行き、カチッとスイッチを押した。
 すると壁が上がっていき、その向こうにはパソコンが並ぶ部屋があった。
 その1つの前に座り電源を入れる。
 起動音が聞こえ、しばらくしてOSが立ち上がった。
「じゃあテキトーに検索してみっかなー、っとぉ」
 カチャカチャとキーボードを操り目当ての結果を探していく。
 色々見ている間、皆はそれぞれ食べたり飲んだりしゃべったり。
 好きな事をしていたが1人だけナナの方についてきているヤツがいた。
「どうしよっか。どこがいい?くーちゃん」
「そうだなー……神社なんざどこでも一緒な気もするけど。 あ、でも一応社務所が開いて、おみくじが出来るトコがいいな。ホラそれくらい無いと淋しくないか?」
 狐耳がピョコンと動く。 くーちゃんこと、刳灯である。
「あっはぁ〜、にゃぁるほどぉ! 初々しい乙女心の持ち主のくーちゃんはぁ、一年の吉凶をおみくじで占いたいというワケですな!特に恋愛運を!」
「っ!!! っるせ!!悪いか!」
「おあ、否定しないんだ? そうかぁ、くーちゃんも大人になったねぇ……」
 顔を紅くした刳灯は、しみじみと語ろうとするナナの頭をこづいて広間の方へと戻って行ってしまった。

「そこで軽くスルー出来るんなら、もっと大人なのにねぇ……」
 くす、と笑って画面に向き直る。
 カチ、カチとしばらくマウスを操る音だけを響かせて検索結果を見ていく。
 少し語句を入れるだけでこれだけ結果が出てくるんだから、世の中便利になったもんである。
「……お?」
 その中の1つにふと目が留まった。
 何の変哲も無い普通の神社だが、お守りを売ってるらしかった。
「……へぇ?」
 今年の干支にちなんだ可愛い絵柄が刺繍されていて、ご利益はオーソドックスに学業、健康、恋愛などなど。
 でも一番目を引いたのは“家庭円満”。
「……。円満、ねぇ」
 ふぅ、とため息をつく。
 ナナは家出中というだけあって、あまり家庭円満とはいえない状態にあるからだ。
 自分は悪くない、全ての現況はあのクソ親父にある、と思っているものの、家を勝手に飛び出している自分にも非はある。
「――どーしたもの、かなぁ……」
 ナナは画面を睨みながら、再びため息をついた。

 っと、ここであまり意味がわからない人が多いと思うので、軽くカルラ家の事を話しておくことにしようか。

 ---

 カルラの名を持つ人間は現在3名。
 ご存知ナナさん、ナナ=カルラ。
 そしてその父、リーゲン=カルラ。妻、ミウナ=カルラ。

 ナナが小さい頃は近所でも評判の中の良い家族だった。カルラ家の有するCKLカンパニーは大きい会社でいくつもの分野に関わっており仕事は忙しかったが、それでもリーゲン氏は家庭を一番に考える心優しい父親だった。そしてミウナもそんな夫を支え、娘ナナを愛してやまない良き母親だった。
 そんなカルラ家に暗い影が差し掛かったのはナナが8歳になった頃。
 突然ミウナが原因不明の病にかかり、余命僅かとの宣告を受けたのだ。
 その時主治医だった人に紹介して貰った魔術師のおかげで“魂を移し変え”生き延びる事は出来たのだが、諸事情によりナナにはそれを伏せて、ミウナは死んだ事になっていた。
 幼い時の親の死。それだけでも十分に辛い事だったのに、それに加えて父親が誰か別の人と付き合い始めたという噂。――これは“ミウナ”本人だったのだが、当然ナナは知らないので父親の早すぎる心変わりとしか映らなかったのだ。
 その為ナナは心を閉ざしていき、家族仲は最悪。
 リーゲン氏が当時魔術師に言われた約束を破って“新しい体”のミウナと再婚した時に堪忍袋の緒が切れて家出したというワケである。

 ---

 ……て説明してもよくわかんないけどね!
 とどのつまり、母親が死んでまもなく(誤解とはいえ)他の女に走った父親が許せなくて家出しちゃったのだ!

「……いい加減、許してやってもいいかも、しんないけど……」
 ぼそりと呟くが、すぐに首を横に振る。
「いやいや、こんな簡単に許せるようじゃここまでムカつかないでしょ!大体あのバカそうなナリが嫌いだし」
 ぽわわんと頭に思い浮かぶのはいい年こいて本当にバカそうな行動しかしない父親の図。あぁ、嫌だ、あんな大人にはなりたくない、と思わずため息をついた。
「でも……お母さんは何も悪くないし。勝手に家出たりして、悪かったかな」
 額に手をついてうなる。

 そんな事をしていると一人が輪を抜けてこっちへやってきた。
「おい、ナナ?」
 フレアだったようだ。
「ん……、どしたのフレア」
 くる、と首だけそちらへ向けて返答。
 するとフレアはやや言いにくそうに切り出した。
「いや、実はミウナさんなんだけど――」
「ん?お母さんなら今日明日とあの親父とは別のトコに出張に行ってるハズだけど」
 フレアの言葉を遮ってそう言うと、今度はもっと言いにくそうに頬をかきながら、
「――今、こっちに親父殿と一緒に来たけど、初詣とかも一緒に行くのかって訊こうと思って」
はぁ?!
「……ん、だから、今、ここに……」
 つい、と手で示した方には確かに今回のメンバー以外の人間が2人程いる。
 先ほど玄関辺りで無視してきた親父殿こと、リーゲン氏とその奥さん、つまりナナの母親のミウナさんである。
「ちょ、まっ、いや、だって今日は居ないって!!!」
「そんな事言っても、リーゲンさんも居ただろ……お前、だまされてんじゃないのか」
 確かに。
 今日ここに着いた時にも自信を持って“家に誰も居ない”だの言っていたのだから、何か確証があったハズなのだが。
「……ちなみに、そのご両親の予定とかは誰に訊いたんだ?」
 フレアがそう訊いた途端、ナナはハッと顔を上げて部屋を見渡した。
 そして目当てのものが見つけられなかったのか、今度は窓際へと歩み寄り、この寒いのに窓を開け、外に叫んだ。


かねもとーー!!!!!!!!

「はっ、ここに」


 その叫び声に答えて男が一人、暗がりから出てきた。
 黒スーツに横長眼鏡、この寒い中外に居たというのに全く寒そうに見えない辺りがすごく怪しい。
「はっ! じゃないよ!……っ、兎に角寒いから中!入って!!!」
 シュタッと忍者かお前は、というような身のこなし。男はすぐに部屋へと入ってきた。
 ナナは窓を閉めると男――金本の方へと向き直り、指を突きつけた。
「お前……ウソ教えたでしょ。この、私に!!
 えぇ?!たかだか使用人がこのナナ=カルラ様に逆らおうたぁ、いい度胸じゃあねぇかっ!!」
「ナナ、お前それどこの悪代官……」
 フレアのツッコミも無視してナナは続ける。
「どうせあのバカ親父に何か言われたんだろうけど……ていうか大体お前も今日明日は家に帰るって言ってたじゃんか!何でいるんだよ!」
「う、……そ、それは、し、仕事だからです!」
 しどろもどろになっていた金本だが、開き直ったのかのように自信満々に告げた。
 ちなみにこの金本、ナナが小さい頃からのこの家の執事のような存在で、今はリーゲン氏の秘書もやっているのだ。
「――ほぉ、……後で覚悟しとけよ金本
 完璧目が据わってます、ナナさん。腕を組んで自分より背の高い金本を無理やり上から見下し視線で見た。
 が、
「……まぁ、いいや。あの2人が居るだろうって事はある程度予測してたし。こっちにもそれを想定した作戦があるしね〜」
 パソコンの前の椅子に座りなおして、にこやかに告げた。
 そして印刷ボタンを押して、何やら印刷を始める。
「金本、お前ヘリは運転出来たよね?」
「はい出来ますが……?」
 その答えにヨシと首を縦に振って、印刷した紙を渡す。
「じゃあ、これ渡しとく。もう少ししたらバカ親父がヘリ使って出かけたいって言い出すから、そしたら行き先無視してココに連れてってね。あ、近くに電気部門の工場があるから、そこのヘリポート使って」
 テキパキと行動するナナに金本は呆気に取られ、フレアは何だか背筋がゾッとした。
 何を考えているのかわからない――それが一番似合うような笑顔が張り付いていたからだ。



 その後、パソコンを消して部屋の壁を元通りにしたナナは広間の方へと駆けていった。
「あ、ナナ。どっかイイ神社見つかった?」
 部屋の一角にあったテレビでゲームをしていたココロが気づいて声をかける。
「んむ!だぁいじょうぶ!バッチリだよん!」
 ぐっ、とガッツポーズをしながら答えるナナ。
 そしてココロと一緒にゲームをしていた刳灯の方を向き、
「くーちゃんの要望も満たす場所だから安心したまい!」
 と言った。
「お、そ、そうか……」
 若干顔を紅くした刳灯を不審に思ったココロが“要望”を聞き出そうとするが、その前にナナが刳灯に話しかけた。
「ところでさ、くーちゃん」
「ん?何だよ」
「今年は華南さん、来なかったけどどうして?」
 ――華南さんというのは、刳灯のお兄さんでナナ達ともお知り合いな人である。
「兄ちゃん?ん、今年は大掃除が忙しいとかで出かけられないって言われたよ。
 でも初詣は近くのトコに行くって言ってた」
「そっかー。うーむ、残念っ!今年も華南さんのおいし〜い年越し蕎麦食べれると思ってたのになぁ」
 そう、この華南さん、めちゃくちゃ料理が上手な人なのだ。
 前回の年越しの時に食べた蕎麦はすごく美味しかったらしい。
「しかしそうなると困ったなぁ」
 そう言いながら顎に手を当てて、うーん、とうなりだすナナ。
「何が困るのさ、ナナ?」
「実はねぇ、華南さんが来てくれると思ってたもんだから今年は年越し蕎麦の用意してないんだよねぇ。シェフ達も帰しちゃったし、どうしよっか!」
 やっぱり年越しに蕎麦は必要だよねぇ、と付け足して再び考え込む。
「んと、それじゃあもう遅いかもしれないけど、買出しに行こうか?開いてる店もきっとあるよ」
「そうだな。聞けば尚吾も料理が上手いらしいし、キッチン借りれるんなら皆で作れる」
 2人がそう提案すると、ナナは深く頷いて、
「だね!んー、でもホントにもう遅いし、歩きとか車とかじゃ間に合わないかも……ウチにヘリならあるんだけど、誰か行ってくれないかなぁ〜」
 なんて、わざとらしく大声で言い放つ。
 そしてそれに気づいてしまったこの人は。


ふっふっふ、それならパパに任せなさいナナちゃん!!
 何が必要なんだい!ひとっ走り行ってきてあげよう!


 たったか、と駆けてきてリーゲン氏は満面の笑みでそう言った。
 後からミウナさんもついてきて、にっこりと笑う。
「皆楽しんでるからね、そういうのならわたし達が行ってくるわ。何が必要なの、ナナ?」
「わ〜、いいの?お母さん!ありがとうー!」
 母親に抱きつくナナを見て、父リーゲン氏もわざとらしく両手を広げるが無視して話は進められる。
「えっとね、どうせなら鴨南蛮がいいから、鴨肉でしょ、それに美味しいお蕎麦と薬味のネギと、七味とかもあるかわかんないから買ってきて欲しいな〜」
「はいはい。じゃあ行ってくるわね」
 よしよし、と頭を撫でてから、横で固まっている夫の手を引く。
「金本君、操縦お願い出来る?」
「はい!かしこまりました」
 そして部屋の隅に居た金本に声をかけ、部屋を出て行った。
 ナナも部屋の外までついていき、
 3人が廊下を少し進んだ時に声を上げた。



お父さん(……・)!!



 普段なら親父だのクソ親父だの言われているので一瞬固まったが、リーゲン氏はすぐに振り返った。


今から行くトコで、私が欲しいもの、間違えずに買ってきたら許してあげる!


 それから、ビッと指を突きつけて、
「金本ぉっ!空気読んで行動しろよな!」
 と捨て台詞を残して、部屋の中へと消えた。

「――……え?、い、今、聞いた? お父さん(……・)って言った、よね?」
「えぇ、聞いたわ。それに許すって言ってたわね」
「……やった!長年の思いが通じたんだね!よし、言われた通りに鴨肉買ってくるぞー!!!」
 意気揚々と先を行く主人の後、金本はそっと後ろを振り返り
(つまりは2人っきりにしてさしあげるように、という事でいいんですよね……ナナ様?)
 先ほど渡された紙を見た。
 そこにはさっきナナが見ていた神社の地図が印刷されていた。



 * * *



「さて、と。今度こそ邪魔モノも居なくなった事だし、年越し蕎麦でも食べよっか!」
 にこやかに告げたナナに皆は思わず目が点になる。
はぁ?!今、お前、だって、ご両親に買出しに行って貰ってるんじゃないのか!!
 慌てふためいて言ったのは美沙君。
 しかしそれに動じる事もなく、ナナは部屋の隅で何やらごそごそしながら言った。
「何言ってんのさ、みっちゃん。当然このワタクシ、ナナ=カルラにぬかりはなくってよ!大体31日も終わるってのに年越し蕎麦の用意を忘れるなんて有り得ないじゃないですかぁ〜」
 いやいや、お前、じゃあ、さっきのアレは――
 皆の視線と、その意味を感じ取ったのかナナはこう付け加える。
「あぁ、もっちろんお芝居ですよ? こーでもしなきゃ、あの人達居なくなんないんだもん」
 にっぱぁ〜!と後光が差しそうな程にこやかな笑顔。
 薄ら寒いモノを感じるのは気のせいではないハズだ。
「んー、兎に角さ。お蕎麦食べようよ」
 固まっている皆を無視して、んっ、と何かを差し出す。
 ちょっぴりガサガサ音がするビニール袋に詰められたソレは……。


マジで?
「うん、マジだよ。一回食べてみたかったんだぁ〜、コレ」
 所謂、インスタントのカップ麺だった。


「あ、お湯ならいっぱいあるからねー。皆好きなの選んでくださいな!
 私はコレっ!CMでもいっぱい見かけるし、どれくらいの味なのか知りたかったんだよね♪」
 それは暗にどれだけマズ……いや、げふんげふんっ!!
 周りの皆も仕方ない、というような感じで各々好きなモノを選び、お湯を注いでいった。

 そして約3分後。
 湯気が立ち上るカップ麺をいざ食す!!

 …… 間 。。。

「ぷっはーっぁ!!くぅ〜っ、やっぱり年越しは蕎麦に限るね!」
 どこぞのおやぢがビールのジョッキを空けた後のようなリアクションをしながらナナが言った。
 その両手には、なんだか緑のたぬきとか赤いきつねとかが出てきそうなプラスチックの容器。
「何が悲しくてインスタント麺で年を越さなきゃなんないんだよ……」
 同じくプラスチックの容器を手に持ったフレアがぼそっと呟いた。
「えー、でも今年はこれにしようっ、って前から決めてたし。だからその前にすっごく美味しい料理用意したんだよぉ〜」
 それに後味悪くてもアレでお口直し出来るようにね!とナナ。
「お前……それってすっごい失礼な発想だぞ……」
「ん、でも仕方ないじゃん。マズかったらヤだもん。思ったよりも食べれたけどね!」
 完食しといてこの言い草である。
 他の人達もそれなりに堪能し、またはお口直しにシェフの料理を食べなおしたりしている。
 それを見渡しながら、ふと時計を見上げた。
「おおっとぉ、もうこんな時間か。じゃあそろそろ出かけよっか!」
 すっくと立ち上がってナナはそう言い放った。



 * * *



 てっくてっくてっくてっく。
 ――時計の音では無い、念のため。
「イイトコ見つけた、って結局近所の神社かよ。まぁ、おみくじとかもやってるけどさ〜」
 初詣は近場の神社に行く事になったらしく、その道中刳灯がぼやいた。
「そう堅いこと言いなさんな!いいじゃん、あの神社、人少ないし、景色綺麗だし、おみくじもやってるし、今日はきっと甘酒とかも振舞ってくれるから最高じゃん!皆が言ってた条件にも全部当てはまってるし」
 それに返すはナナさんで。刳灯はうぐ、と詰まる。
「まぁ、そりゃそうだけどよ……」
「でしょーっ。 あ、そういえば華南さんはどこの神社に行ったの?」
 それを聞いて刳灯は再び詰まる。
「……ウチから一番近いトコって、たぶん同じトコなんだよ。 だから、居ると思う」
「え、そうなの?! わお、偶然ー!」
 そして「そうだ」と何か考え付いたらしく、ピポピポと携帯を弄りはじめた。
「何やってんだ、ナナ?」
「んー、ちょっと知り合いにメール。初詣するから来い!って送ったの」
 命令系スか、と刳灯はその“知り合い”に軽く同情したのだった。

 それから数分、なっがい階段も上がってやっとお堂が見えてきた。
「おっ、来てるきてる!」
 誰かを見つけたようでおーいと手を振る。
 相手も気づいたらしく、手を振り返そうとして……
「げっ!フレアまで?!」
 と叫んだ。
 彼女の名前はシオ。ラクラスという少年と一緒に、ナナに呼び出されたのだ。
「おい、ナナ。アイツ等が何でいるんだ?」
 どうやらフレアとも顔見知りのようで、若干イラついたような表情でそう訊いた。
「ん、今呼んだの。なんか近くに用があって来てたみたいだから、初詣するから来い!ってメール送った」
 にこやかにそう返されて、フレアは思わず額を押さえた。そして、
「……まぁ、いいけど」
 諦めたような口調でそう言った。

 上まで上がりきると、ちらほらと居る事は居るが、大手(?)の神社に比べると圧倒的に少ない参拝者。社務所もちゃんと開いていて、おみくじやらお守りやらを売っているようだった。
 丁度人も居ないので、先にお参りに向かう事にしたようだ。
 賽銭を入れ、鈴を鳴らし、パンパンと両手を鳴らしてなむなむなむ。
 願う事は人それぞれに。
(私は……色々あるけど、やっぱり)
 ナナも皆と同じように両手を合わせて目をつむった。

(家族が皆、健康でいられるように。皆が、幸せでありますように――)

 願いを込めて、ただひたすらに想う。
 この、幸せが壊れませんように、と。



「さてっと、お参りもしたし。おみくじとか引く?」
「そうだな……一応引いておくか」
 周りの皆を連れ立って社務所へ向かう。
 おみくじを引いている間に隣で売られていたお守りもチラリと見る。
 パソコンで見たのとはまた違う、可愛らしいねずみの絵が描かれたお守り。
 “家庭円満”のお守りを手にとって、ナナはふと思った。
(……あの人達、ちゃんと神社に着いたかなぁ……)
 と。

 蕎麦の買出しに出かけた両親だが、その前に金本に言っておいたので、今頃渡した地図の通り、神社に行っている頃だと思う。
 パソコンで見ていた、可愛いお守りが目に留まった神社。
(欲しいもの――わかったかな)
 そこまで期待はしていないけれど、出来る事ならわかってほしい。
 ナナはお守りを見ながらギュッと手を握り締めた。

「すみません〜、これ1つくださいな!」
 巫女さんにそう言って、お金を払う。
 渡された小さな袋を持って小さく笑った。

 ちゃんと買って来てくれたら、コレを渡して。
 ――もう全部、許してあげよう!

 袋の中には、“家庭円満”のお守り。
 願いをこめて、握り締める。



「ナナー?引かないのー?」
「あっ、うん、引く引く!!」
 カラカラと回してからエイッとひっくり返す。
 出てきた棒を巫女さんに渡して紙を受け取った。
「皆もう貰った?」
「あぁ。じゃあ、中見るか」
 パサリと紙を開く音がして、
おぉっ!これはすごい!!
 第一声は美沙君だった。
「ん?何だったんだ? 私は吉だったんだが……」
 と、フレア。訊かれたミサ君はバッと文字のある面をこちらへ向けた。
「これで4回連続“大凶”だ!!これってある意味すごいんじゃないのか!!」
 口調はいつものように自信満々だが、顔は半泣きである。
 しかし4回連続同じ、しかも大凶とか……何かあるのだろうか、と思わず勘ぐってしまう程だ。
「はは、美沙君も相当呪われてるようだな。日頃の行いのせいかい?」
 からかうように言った山下だが、その顔もどこか優れない。
「なんだと!そういう貴様はどうだったんだね、ん、山下君よ!」
 そう言って本人が言う前に紙をむしり取る。
「……。 ――貴様だって大凶じゃないのか。ふっ、日頃の行いが悪いのは君もだという事だな!」
 そう、何気に山下君も4回連続大凶なのだ。
「……ま、まぁ、案外正反対かもしれないしなっ!きっとこいつはすごい事だぞ……っ!」
 もう負け惜しみ状態である。
「そ、そうか……それはよ、良かったのか?……。 ……まぁ、いいか」
 それを見ていたフレアは引きつった笑顔で言ったのだった。

「僕は末吉だったー。んー、なんかあんまり良い事書いてないなぁ……ショックだぁ」
「俺は中吉。でも結構良さそうだし、いっかな」
 ココロと刳灯。 刳灯はその言葉通り、良い事が書いてあったようでにんまり笑顔だ。
「オレとビスターはどっちも小吉だった!まぁ、こんなモンかなー」
 ファルがそう言って、ビスターも「可もなく不可もなく、ってトコ?」と付け加える。
 シオ、ラクラスの呼び出され組や途中で合流していた華南も同じように小吉だったようで、お互い文章の違いを見せ合っていた。

「ナナはどうだったの?」
 沈黙しているナナにココロが訊くと、「ふっふっふ」という不気味な声を発しながら、文字面を皆に見せた。
 そこに書かれているのは“大吉”の文字。
「おぉー!すごいなー!」
「大吉だったら今年は何か良い事ありそうだな?良かったじゃないか」
「えへっへ〜、そう思う!?私も何だか幸先良いなーって思うんだ!」
 にこっと笑ってナナが言う。
「じゃあ、取り合えず結びに行こっか?」
 ぞろぞろと皆が移動していく中、ナナはもう一度紙を見ていた。
 紛れも無い、大吉。
 ふっ、と空を仰ぐ。
 そして満面の笑みで右手をぎゅっと握り締めた。

 うん、ホントに今年は良い一年になりそうだっ!
おまけ

「ナナちゃーん!!!! パパ、ちゃんと、ナナちゃんの欲しいもの、買ってきたよー!!」
 家に戻った途端、リーゲン氏が大声で叫びながら走ってきた。
「……っはぁ、はぁっ。 ……っふー」
 いい年こいて全力疾走するからである。切らせた息をなんとか整えてから、彼は小さな袋を取り出した。
「はい、これ! 蕎麦の買出しなのに神社に連れて行かれたから何かと思ったけど、アレ、ナナちゃんが言ってくれたんだってね?おかげでお母さんと一緒に初詣出来たよ、ありがとう。
 で、神社って言ったらやっぱりお守りでしょ!だから買ってきたよ!」
 渡された袋は、先ほどナナが神社で買ったのと同じくらいの大きさ。
 中身はリーゲン氏が言っているようにお守りなのだろう。
「合ってるかどうかわかんないんだけど……」
 その言葉を聞きながら袋を開けていった。
 そして裏向きに入っていたお守りをひっくり返し――

学業成就御守!! きっとコレだよね!!

 ……。
 …………。

 静寂が場を支配した。

「……あ、アレ? 違った?絶対コレだと思ったんだけ――」
 おずおずとリーゲン氏が切り出すと、ナナが大きく息を吸った。


なんで!!!なんで、絶対コレだと思うんだよ!おかしいだろ?!
 私頭悪くないよな?!ぜんっぜん悪くないよな?!今更神ごときに守ってもらわなくたって大丈夫なことくらいわかると思うんだが!
 やっぱお前、脳みそ腐ってんじゃねえのかあああああ!!!!!



 神ごときとは酷い言い草である……が、それ以上にナナの表情が酷い。
 悪代官を通り越してこれでは立派に悪魔である。むしろ魔王だ。

あーもー、決めたっ!絶対、何があっても、ぜぇ〜ったい、許してやんないからな!!
ええっ!!そ、そんなっ、ナナちゃあぁぁぁーーん!!!!


 * * *


 数時間後、さり気なく言ったフレアの助言により“家庭円満”のお守りを買ってきたリーゲン氏だが、それは一向に受け取ってもらえなかったらしい……。
 ちなみにナナが買ったお守りはミウナさんにこっそりとプレゼントされたとか。



幸先良いんだか、悪いんだか。
まぁ、何はともあれ今年もどうぞよろしくでっす!
ここまで読んでくださってありがとうございました!
今年でコレ、4回目なんですが毎回毎回わけのわからない小説もどきで申し訳なく……;;
今回も例に漏れず何が言いたいのかよくわかりませんが……ん、と取り合えず家族は大事に、ね!

それでは皆さん、良いお年をお過ごしくださいませっ!!

2008年 元旦  「既視感」 れんた