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▼ 第1章 第1話 「新生活始まる!」

「よいしょ、っと!」
 車のトランクから荷物を引っ張り下ろす。
 大きなスーツケースが一つと、中くらいの手提げバッグ。それらを取り出してトランクを勢いよく閉めた。
 バタンという音が響いて、ちゃんと閉まった事を確認する。
 それから私は荷物を引いて運転席の方へと回った。
「万理(まり)ちゃん、荷物下ろしたよー」
 そう話しかけると、運転席に居た女性はパッとこちらを見るや否や座席から身を乗り出し――
「ぐッ!!」
 ――シートベルトしたままでそんな体勢になれるワケも無く。
「ちょっ、大丈夫?」
「う……だ、大丈夫」
 勢いよく動いたものだから、相当お腹に負荷がかかった事だろう。
 彼女はお腹をさすりつつ、今度はシートベルトを外してからぐいっと身を乗り出した。
「それで荷物は全部だっけ?大丈夫?忘れ物とか無い?全部持った?」
「うん、持ったと思う」
 スーツケースと手提げ、そして肩掛けの鞄を見せながら言った。
 実際、忘れ物が無いようにと念に念を重ねて準備をしたのだ。これで何か忘れているようならちょっぴり頭がヤバイような気がする。
「そういえば寮では二人部屋なのよね。菓子折りとかいらなかった?」
「……や、同い年だし、そんなのはいいでしょ」
 ひらひらと手を振って笑うと万理ちゃんは心配そうに「そうかしら」と呟いた。……ホント、心配性というかなんというか。
 ちなみに、運転席から乗り出すという体勢は地味にキツいだろうに、彼女がそうしてるのは“すぐに発車出来る様に”しているからだ。なんでも昔、路上駐車をしていたらどこぞの怪しい集団に絡まれそうになったそうで。
 それ以来、万理ちゃんは駐車場なんかの絶対に停めても文句を言われない場所でしか運転席から降りてこない。まぁ、不必要に路駐しないってのは良い心がけだとは思うけど、もうちょっと融通が利いてもいいのになぁ、とも思う。
 ふぅ、と小さく息を吐くと
「疲れてるの?やっぱり学校まで送る?」
 と、これまた心配そうに言ってきた。
「ううん、大丈夫だって。ここから大して距離も無いし、ちょっと辺りも見てみたいしさ。
 それより――」
 チラッと腕時計を見る。
「仕事の方は大丈夫なの?」
「あ゛っ」
 おお、サーッと青ざめていくのがよくわかる。そして素早く身を引っ込めると、エンジンのギアを入れ替えた。
「ごめんね、ごめんね美波ちゃん!今日はどうしてもやらなきゃいけない仕事があるのよ!あぁ、なんでこう効率が悪いのかしらあたし!じゃあ行ってくるね!」
 早口でそう言いきって彼女はアクセルを踏んだ。
 周囲に人が居る時の発車は危険デス。そう教習所では習わなかったのだろうか。しかし、長年の経験から彼女がこういう行動に出ることは予測済みだったので、私は既に車から離れていた。
 ゴオォッと音を立てて車は走り去っていった。……と思ったら、
「……あれ?」
 少し行った先で急停車した。キキーッという音がここまで聞こえてくる。おいおい、危ないなぁ。
 なんて思っていると、万理ちゃんが停まった向こうでまたもや運転席から身を乗り出した。
「明日の入学式にはちゃんと行くからねー!芳也(よしや)さんと二人で!!」
 大声で叫ぶ万理ちゃんに苦笑しつつ、
「わかったー!ありがとーね、万理ちゃん!!」
 とこちらも大声で返す。
 それへの返事だろうか。プッと軽くクラクションを鳴らして車は今度こそ走り去ってく。
 危なっかしい運転だなぁ、とやはり苦笑しながら、車が見えなくなるまで私は手を振っていた。

「さて」
 スーツケースと手提げバッグを持ち直し、カラカラと道路を行く。
 閑静な住宅街だ。あまり他は知らないけれど、それでも一般よりは大きいんだろうな、と思わせるくらいには広い敷地の家々が立ち並ぶ。隣り合う塀や生垣の間には隙間が無く、まさに住宅“街”だ。
 前に住んでいた所では隣の家との間に田んぼや畑があって、数百メートル離れてるのはザラだったからなんだか不思議な気分。
 そんな風にして周囲を観察しながら歩いていると、程なくしてそれは見えてきた。
 普通の家とは違うちょっと高めの塀が続いている。中には樹木が生え揃っていて少し向こうには綺麗に桜が咲いている。今は綺麗だけど、もう少しして葉桜になったらあの下を通るのはやめよう。そう思うくらいに道にせり出していた。
 そんな桜の下を歩くと塀より更に一段高くなっている門柱が目に入る。
 門柱にはどこの学校でもあるように、大きく学校名が刻まれていた。
 私立風倉学園。
 ――これが、これから私が通う学校か。
 試験は別の学校を借りてのものだったから(借りると言っても上が同じトコらしいんだけど)こうして学校に直に来るのは初めてだったりする。……まぁ、試験云々置いといても一度くらいは見に来るべきだったかな、と思うけどね……。
 まだ建物は見えないけれど、それでも学校という雰囲気を醸し出していて、少し気圧されてしまう。
 私は深呼吸を一回してから、
「よしっ!行くぞー!」
 気合を入れて、一歩を踏み出したのだった。

 * * *

 気合を入れて一歩踏み出した後も、する事はそれまでと一緒。
 ただひたすらに歩く事だ。……荷物が重い。
 静かな空間にガラガラとスーツケースを引きずる音が響く。
 何故学校に行くのにスーツケース?と疑問に思うかもしれないが、その理由は実に簡単。
 私は学校の敷地内にある寮に入る事になっているのだ。

 さっきもチラッと言ったけど、私は隣家との距離が数百メートルな田舎に住んでいたワケで。そんな私から見れば寮があるような学校なんてのはほとんど意味がわからないってなくらい縁の無いものだった。
 ……だって中学校はともかく、小学校なんて定員数足りなくて廃校になっちゃったもんね。厳密に言うと少し離れた所と合併したような形なんだけど。それでもかつて校舎だった所がもう、そうじゃない、っていう事実は結構堪えたものだった。
 だから寮生活が成り立つくらいに生徒数の多い学校というのはいまいち実感がわかなかったりする。ましてや自分がそこに入る、なんてね。

 なんて色々思いつつ歩みを進めていると、やっと建物が見えてきた。
 学園のサイトで全景は見てきたけど、実際に歩くとなると相当広いなぁ……。
 ここまで来ると人もちらほらと見えてきた。制服を着てる人がほとんどだ。ぽわわんと日程表を頭の中に思い浮かべる――そういえば新学期はもう始まってるんだっけ。新一年生は明日の入学式からだけど。
 えーっと門から入って最初に見える建物が二つあって、その内一つが校舎。で、も一つが……なんだっけ、色々やってるトコ。受付とか、事務とか?まぁ、とにかく、寮はそっちの受付の建物の方へ進んだらいいんだよね。
 さて、どっちがどっちなんだろう。
 校舎って言うくらいだし見た感じわかりやすいものかと思ってたんだけど、どうにも判断がつかない。
 と、悩み始めそうになった時に、よく考えれば簡易地図を持っているんだという事に思い至った。入学手続き云々とかでごそっと送られてきた中に入ってたハズ。
 ポンと手を叩き、道の端に寄ってからバッグの中を漁る。えっと……確かこの辺に、入れた――ような、……あれ?
 探せど目当ての物は見つからない。
 もしかしてスーツケースの方に入れてしまったんだろうか?しかし周囲に人が少ないとは言え、こんな場所で服やら何やら入ってるケースを開けるのもなぁ……。
 そう思っていると、ふいに声をかけられた。
「あの、どうかしました?」
 慌てて顔を上げて振り向くと、そこには男子生徒が一人立っていた。
 温和そうな顔つきが、心配そうな表情で私を覗き込んでいる。
スチル表示 「えっ、あ、あの、えっと――……その、寮って、どっちに行けば、いいんでしょうか」
 突然話しかけられた事に動揺して、しどろもどろで何とか答えると、その人はにっこり笑って、優しく言った。
「あぁ、新しく寮に入るんですね。新入生かな?」
「は、はい!」
 そういうこの人は制服を着ているからきっと上級生なんだろう。
 中学では学年別で細部が違ってたからわかりやすかったけど、ここはそういうのは無いみたい。だから学年まではわからない、か。
「寮はね、右手の建物の横にある道をずーっと行けばあるからね。建物の横に看板みたいなのも立ってるからすぐにわかると思うよ」
 スッと指でそちらを指し示しながら説明してくれる。口調が若干変わったのは年下だとわかったからだろうか?でもそういった変化に全く反感を覚えさせない辺り、人の良さが滲み出てるんだな、と思う。
 私は「ありがとうございます!」と頭を下げて鞄類を抱えなおす。
「重そうだね、大丈夫かな?」
「あっ、はい!大丈夫です!ありがとうございます!」
 手伝ってくれようとしたんだろう、差し伸べられた手に感激を覚えながら私はそう言った。
「そう?まだもうちょっと歩かなきゃいけないから、頑張ってね」
「はい!ありがとうございました!」
 今度はもっと深く頭を下げてお礼を言う。
「いいええ、どういたしまして」
 にっこりと笑って、その人は去っていった。

「っはー……、良い人もいるんだなぁ」
 こんな事言うと田舎丸出しかもしれないけど、どこか漠然と都会の人は冷たいってイメージがあったので、あの人がしてくれた事には驚きと嬉しさを感じられずにはいられなかったのだ。
 まぁ、そんなのは地域関係無く、人によるんだって事はわかってる……つもりだったんだけどね。やっぱり偏見は持ってたらしい。
「名前も訊かなかったけど、素敵な出会いをありがとうカミサマ!」
 なんて言いつつ南無南無と手を合わせる。宗教が違うとかそういう事は気にしない方向でお願いしたい。
 とにもかくにも再び歩き出した。
 建物の脇を抜け、道を行く。これが本当に学校の敷地なのかと問いたいくらいに遠い。
 ――問いたい、どころかこの広さに文句を言いたくなってきた頃、やっとそれは見えてきた。
「う、わ……」
 あの人が言っていたように看板が立っていて、“風倉寮”と書いてある。……が、まぁ、看板が無くてもわかるよね、っていうくらいに大きい。寮を見るのは初めてだけど、他もこんなに大きいんだろうか?
 数えてみるとどうやら4階建てのようだ。縦にはあまり無いが、横に広い感じの建物。上空から見るとカタカナの“コ”の字のようになっていて、縦線の部分が寮管理人さん達の部屋や共通スペース、そこから上下(建物だと左右ね)で男女が別れているらしい。
 私は真っ直ぐに入り口へ向かう。男女別々に玄関はあるようだけど、こっちは所謂正面玄関。入寮の手続きはここでするんだそうだ。
 行ってみると同じように手続きをしているのか、私服の人が数人居る。大抵はもっと前に入るらしいから、私みたいにギリギリ派の人達か……と思って勝手に親近感を覚えてみたり。
 受付で事務の人に声をかけて簡単なシートを書くように、と手渡された。入寮手続きと言っても細々したもの――ぶっちゃけて言うとお金とか諸々の支払いの事ね――は済んでるので、名前と部屋番号の確認くらいのものだった。
 書いたシートを渡した後に事務の人が簡単に館内の説明をしてくれる。
 4階建ての内、1階は食堂や浴場、多目的室などの男女別の共有スペース。2階から上はそれぞれ学年ごとの部屋振りになっているそうだ。
 学年ごとだし1年生は2階。……という事は無く、4階なんだそうだ。そして学年が上がると1階ずつ下がる、と。上下の行き来が階段なので、上級生の方が近くなる、とそういう事なんだろう。
 私は館内地図と部屋番号、それにネームプレートを持って一度建物から出る事にした。
 ここからでも女子寮には行けるのだが、下駄箱確認とかもしておかなきゃいけないからだ。
「よし、じゃ行こうかな」
 と小さく呟いてバッグを持ち、
「説明ありがとうございました。これからよろしくお願いします!」
「えぇ、こちらこそよろしくね」
 事務の方へと声をかけてから颯爽と正面玄関へと向かっ

 ビターン!!!!

 ……た、ハズなんだけど!!!!
 玄関から上がって履いてたお客様用スリッパが思いのほかよく滑り――
「ったたたた、……っくぅーッ!」
 思いきり転んでしまった。ひ、久々だぞこんな派手にコケるの……!
「あらら、大丈夫?」
 パタパタとさっきまで話していた事務員さんが駆け寄ってきてくれる。そしてそれと同じくして、別の人も来てくれていた。
「大丈夫ですか?随分派手に転んだようですが……」
 すっと差し出された手の主に思わずさっきの人を思い出す。
 でも顔を上げたその先に居たのは別の人。クールな顔つきの、でもこうして気にかけてくれるって事は同じように優しい人なんだろう。
「あ、は、はい、大丈夫、です」
 制服を着ているから上級生だろうか?
 差し出された手に掴まる事なく立ち上がろうとしたけれど、それを断る前にぐいっと手を引っ張られそのまま立ち上がる形になる。
「すっ、すみません」
「いや。怪我は無いですか。ここは昨日ワックスかけたんで滑りやすくなってたんですよ」
「そうなのよ、ごめんなさいね何か張り紙でもしておかなきゃと思っていたんだけれど……」
 早速作るわ!と事務員さんはぐっと握りこぶしを作って言った。え、えぇ……是非そうしてクダサイ。
 ワックスをかけた事を知ってる人はある程度慎重になってるだろうけど、知らない人は転びやすい気がするもんな……そう、私みたいに。
「怪我してるようだったら医務室まで連れて行きますが」
「だ、大丈夫です。大した事無かったみたいなんで!」
 音は確かに派手だったが、少なくとも立ち上がれない程では無い。数分はジンジンと痛むかもしれないが、まぁ、大丈夫だろう。
「そうですか。――もし後で痛んできたら医務室に行ってくださいね。場所はわかりますか?」
「えっと……」
 口ごもるとその人は簡単に行き方を教えてくれた。寮内にも簡易救護室はあるけれど、先生の居る時間なら学校内の保健室に行った方が早いという事も。
「じゃあもし痛くなってきたらそうします。色々とありがとうございます」
 心配してくれる二人にお礼を告げ、床を慎重に踏みしめながら――今度こそ私は玄関へ向かったのだった。

 *

 女子寮の下駄箱に行き、自分の部屋番号が書いてある所にさっき貰ったネームプレートをくっつける。ヨシ、っと。
 そして階段を上がってこれから一年を過ごす部屋へとやってきた。……大荷物で4階分はキツいな、コレ。
 部屋番号の下にはネームプレート入れが二つ。その内一つにはもう名前が入っていた。
 秋ヶ谷恵梨歌。……私のルームメイトになる人。
 どんな人なんだろう、仲良くなれるといいなぁ。なんて思いつつドアをノックしようと手を伸ばす。
 コンコンという音が響くハズだったけど、その前に

「ぶッ!!!」

 向こうから開いてきた扉が、伸ばしていた手に当たり、更にその手が顔まで飛んできた。……さ、さっきの大コケと言い、今日は運が悪いんだろうか……。
 顔への痛みを感じつつ苦笑いをすると、扉の向こうから「えっ」という小さな声。
 開いた扉の隙間から、女の子が顔を出した。
「ごっ、ごめんなさい!すごい音がしたけど、もしかしてぶつけてしまった?!」
 オロオロとする女の子に「へへ、いや、まぁ……」と苦笑しつつ返すと、扉が大きく開かれ(もう当たらない位置まで避難していた)腕を掴まれた。
「ごめんなさい!すぐに冷やさなきゃ!ええとタオルタオルッ!」
 ものすごい速さで部屋の中に連れ込まれ、あれよあれよと言う間に水で冷やされたタオルで顔は覆われていた。
「本当にごめんなさい。足音がしたから出迎えなきゃって思って……ノックがあるまで待てば良かったよね」
 平謝り状態の彼女に片手を上げて大丈夫だから、という事を伝える。……が、うまく伝わりそうになかったのでタオルを取って言った。
「ううん、大丈夫だって。単にタイミングが悪かったってだけだし。――それよりさ、えっと……その、同室の人、だよね?」
 本当はちゃんと名前で訊くべきなんだろうけど、なにぶん人の名前ってのは難しい。
 “あきが……たに?”だとは思うんだけど、違ってたら困るので、言わない形で話を進める。
「あ、うん。初めまして、秋ヶ谷(あきがや)恵梨歌(えりか)です。これからよろしくね」
 ……。
 …………。
 ふっふっふ――――ほら、やっぱりねー!!!!あきがたにさんとか言わなくて良かったあああ!!!
 内心では間違ってたという焦りと、それを口に出さなくて良かったという安心が膨れ上がっていた。
 でもそれを表には出さずに、私は笑って返す。
「高科美波です。こちらこそよろしく!」

 タオルで冷やしている間に荷物を運び入れてくれていたらしい。それを整理しながら寮について色々と話を聞いていた。
 この寮は基本的に二人一部屋で、ベッドと勉強机とタンスが一体になってる家具(最近よくある子供向けのヤツ、と言えばわかりやすいだろうか)がそれぞれ部屋の両端に置いてある。
 真ん中のスペースには共同の本棚と小さなテーブル。小さいながらもクローゼットもある。部屋を入ってすぐ横の小部屋は洗面所とトイレ・バスルームだった。造りとしては簡易ホテルのような感じかなぁ。
「朝と晩のご飯は1階の食堂で。お風呂はなるべく下の大浴場で入る事。シャワーも使っていいんだけどね、ここ熱くなるの遅いから夏場以外は結構厳しいの。就寝はともかく、起床は守った方がいいかな。朝ご飯抜きはキツいよー。多目的室はその名の通り色んな事やっていいし、団欒室みたいな感じかな。テレビとかパソコンもここにあるの。
 まぁ、実際過ごしたら詳しい事はわかっていくと思うよ」
「ふむふむ……それにしても色々詳しいね。シャワーとか。そんなに早く寮入ったの?」
 入寮日は期間があって最短だと春休みに入った頃からいけたハズだ。
「うん、入るのも早かったんだけどね。わたしは持ち上がりだから色々話聞いてたの」
「持ち上がり?」
「風倉学園は幼稚舎から大学まで揃ってる学園で、わたしは小学校からずっとここなんだ。それで“持ち上がり”。だから先輩の話を聞いたり、ね」
「なるほど……」
 デカいとは思ってたけど、まさか全部揃ってる所だったとは。
 ちなみに同じ敷地内に小学校以外の全てが入っているんだとか(小学校はここから離れた所に飛び地みたいに建ってるらしい)。大雑把な区画分けがあるので基本は自分の通う所にしか行かないみたいだけど。
「持ち上がり組みが多い所だからむしろ高科さんみたいな人の方が珍しいよ」
「高科さん、だなんて。下の名前でいいよ~!私も恵梨歌ちゃんって呼んでいい?」
 今まであだ名か下の名前で呼ばれる事が多かったので、苗字呼びはちょっと気恥ずかしい。だからそう言うと、彼女はパッと赤くなって小さく頷いてくれた。おお、照れてるのかな?かわい~。
「でも、そっか。じゃあアウェイって感じなんだなー。や、まぁ、これからホームにする予定なんだけどさ」
「ふふ、大丈夫だよ。確かに少ないけど、持ち上がりじゃない人も4割くらいいるし」
「4割……半分以上は持ち上がりなんだ……」
 ぼそっと呟くと、恵梨歌ちゃんはピンと人差し指を立てて付け加える。
「この4割の内の1割は所謂スポーツ推薦の人ね。だから実際には純粋な受験外部は3割ってトコかな。美波ちゃんは何か特別な理由があってこの学校を選んだの?」
 そう言われて私は首を横に振った。
「ううん、ただ家から近いからかな。最近引っ越してきたんだけど」
「……?家近いんだったら通学でも良かったんじゃない?」
 この学校は寮が基本だが、一応通学でもいける事になっている。だから家が近いならそっちでもいいんじゃ、という恵梨歌ちゃんの疑問はもっともだった。
「んー、まぁ、色々あってさぁ、家出たかったんだ。寮無かったら一人暮らししてやる!ってなくらいで。丁度良く寮があって助かったよー」
 いやぁ、と頬をかきながら言うが、
「えっと……訊いちゃマズいかな。――もしかしてご家族と何かあったの?」
 深刻そうな顔をして神妙に訊いてくるので私は慌てて両手を胸の前で振った。
「いや、別に悪い方向の話じゃなくてね!実はウチ、ちょっと前に再婚してさ。親がもー新婚のラブラブなの。ピンクオーラっていうかアツアツ空気っていうか。だからそのなんとも言えない空間から逃げ出したかったってワケで!」
「ふふ、らぶらぶかぁ~」
 ほわんと彼女は笑う。
 ええい、わかってない。わかってないぞ!!
「ほんっとーにキツいんだよあの空間!二人の世界だし、親が歯の浮くような台詞を言ってるとか、見てるこっちが恥ずかしくて死ねるもん!……長年の夢が叶って大っぴらにイチャイチャ出来るのが嬉しいんだろうけど、思春期の娘にはキツいんだよー!」
 バシバシッと手元にある手提げバッグを叩きながら力説する。
 恵梨歌ちゃんはそれを見ながらやはり笑う。……でも、さっきと違い、どこか遠い目のように見えるのは気のせいだろうか。
「わかるなぁ、それ。結構キツいよね……」
「? 恵梨歌ちゃんのトコも新婚さんか何か?」
「ううん、結婚してからかなり経つけどね、未だにラブラブって感じで。
 こないだまでお母さんと一緒に住んでたんだけど、わたしが寮に入る事になったらすぐさまお父さんの所に行っちゃったもの。
 あ、お父さんはここ数年単身赴任しててね。毎日長電話ばっかりで、よく話が続くなぁってよく思ってたくらい。今は一緒だから電話は無いだろうけどきっと前以上にすごい事になってそう」
「なるほどー。……お互い苦労するね」
 なんて笑いつつ、それからしばらく如何にラブラブか、そしてそれがどれだけ大変かを二人で語ったりして。
 両親が仲良いのはすごく素敵な事なんだけど、犬も食わないなんとやら、だ。正直その場に居合わせた第三者はキツいのである……。

 そんなこんなで他の話題でも会話は弾み、いつの間にやらとっぷりと日が暮れていた。
 晩ご飯を取り、お風呂にも入って明日の準備。
 制服を取り出してハンガーで吊るしておく。
「へへっ、なんかワクワクしてきた~。明日はクラス分けと入学式だよね。他に何かあったっけ?」
「色々説明とかはあると思うよ。教科書の配布もあるから、行きは軽いけど帰りは重そうだね」
「うわー、肩こりそう」
「何言ってるの、若いでしょう。それにやっぱり近いから随分楽だと思うよ」
 確かに。敷地がいくら広いと言っても、たかが知れているもんなー。
「じゃあ、そろそろ電気消すね」
 恵梨歌ちゃんが電気のボタンに手を伸ばす。私は頷いてベッドに入った。
 程なくして電気は消され、部屋が暗闇に包まれる。
「おやすみ、恵梨歌ちゃん」
「おやすみなさい、美波ちゃん」


 * * *


 翌日、真新しい制服に身を包んで私達は学校へと向かう。
 入学式は普通授業よりも始まりが遅いから上級生とは時間が被らなかったらしい。
 同じ時間帯に寮から出てきたのは、昨日食堂や浴場で見た顔ばかり。あ、ちなみにどっちも学年ごとで大体場所や時間が決まってるのだ。
 寮から少し歩いた所にある高校の校舎。その入り口付近には長い看板が立っていて、クラス分けが発表されていた。
「えーっと……あ、恵梨歌ちゃんはB組か~」
 Aから順番に見ていってBの最初の方に恵梨歌ちゃんの名前があった。
「同じクラスがいいなぁ、ええい、頼みます!」
 今更神頼みしても遅いという事は重々承知しているけれど、ついつい手を合わせてしまう。そして祈りを籠めつつ順番に見ていって――
「あ、美波ちゃんもB組だよ。ホラ」
 横で恵梨歌ちゃんの声がした。指し示す所を凝視する。……おぉ!
「ホントだー!やった~。恵梨歌ちゃんこっちでもよろしく~!」
 知ってる人が全くと言っていい程居ない学校で、貴重な知り合いな恵梨歌ちゃんと一緒になれたのは正直心強い。まぁ、誰も居なくてもそれなりになんとかするつもりではあったけど……でも一緒で良かったぁ。

 B組の下駄箱に行くと自分の名前の靴箱を発見。外履きを入れて中履きに履き替える。
 校舎は寮と違い、学年ごとではなく数クラス単位で1階と2階に分かれていた。B組は2階の奥から2番目。A組とC組に挟まれている形だ。
 私達は教室に入り、黒板に貼ってある座席表をもとに自分の席へと向かう。
 程なくして先生がやってきた。若い女の先生だ。
「もう少ししたら入学式の為に移動してもらいます。時間になったらまた声をかけに来るので、それまで静かに待つように」
 担任の先生かと思ったが、どうも連絡係なだけのようで。
 思い返してみれば、小学校も中学校も入学式の後に担任発表があったような気がする。
 一体どんな先生になるんだろう、と考えていたらガララと扉が開いてさっきの先生が戻ってきた。……ん?
 何事かと思えば、その先生はちょっと顔を赤くして、
「……出席を取るのを忘れていました。名前を呼ぶので返事してください」
 ――照れてるのがかわいいなぁ……。何だかぎこちない感じがするし、もしかしたら新任の先生なんだろうか。
 次々と名前が呼ばれていく。恵梨歌ちゃんもさっき返事をしていた。
「~、ええと次は……春日井(かすがい)君」
「はい」
 後ろの方から声がする。
 その声を聞いた瞬間、何か引っかかった。聞き覚えがあるような気がしたのだ。
 かす、……がい。いや、まさか、そんな。
 そろーりと後ろを見るために首を動かした。その先には――……げっ、マジで?!

 田舎から引っ越してきた上に、知り合いが誰も居ないような土地の学校に来たのだ。
 まさか同郷の人間が居るなんて思わないだろう。……そう、万が一にも無いと思って、た、んだけど。
 振り返った先には嫌というほど見覚えのある顔が。
 春日井(かすがい)櫻(さくら)。――見間違えようも無い、私の幼馴染がそこに居た。
「高科さん。……高科さん?」
「あっ、は、はい!」
 しまった、気を取られていて気づかなかったらしい。慌てて大声で返事をした上に条件反射で手を上げてしまったもんだから、えらく目立ってしまった。
「良い返事だけど、別に手は上げなくて大丈夫ですよ」
 クスと先生が優しく笑って言ってくれたのは果たして救いだったのかどうなのか……。羞恥で顔が熱くなるのを感じながらギッと後ろを見た。
 ち、ちくしょうめぇ、おのれ櫻!許すまじ!――とこんな風に。逆恨み過ぎる、とかは言ってはいけない。
 その変な返事の仕方でヤツもこちらに気づいたようだ。
 目が合って、でもさして驚く様も見せずに口だけを動かして見せた。
(……ば・あ・か。)
 ……。……。……ッ?!?!?!
 ぶっこ、ろおおお!!!!!
 ――す、とまで思って握りこぶしを固めた時だった。
「城崎君」
「はい」
 ん?また引っかかりを覚えた。これもどこかで聞いたような……?
 一瞬で櫻への殺意を忘れ、声の主を探した。確か窓際の方からだった――。
 視線を移動していくと……あ、やっぱり見た顔だ。
 それは昨日、寮ですっ転んだ時に手を貸してくれた人だった。制服を着てたし、雰囲気から上級生かと思ってたんだけど、同い年だったのか!
 赤いフチの眼鏡をしていて、それが窓際だからだろうか、キラリと光る。
 ほけーっと見ていると向こうも気づいたようで、こちらを見てそしてちょっと驚いたような顔をした。
 私は慌ててペコリと小さく頭を下げる。昨日もお礼は言ったけど、なんとなくってヤツだ。
 その後先生は全員分の出席確認を終えて再び教室を出て行った。多分すぐに呼びに来ます、と付け加えて。
「美波ちゃん」
「あ、恵梨歌ちゃん」
 恵梨歌ちゃんが席を立ってこちらに来ていた。見ると他の数人も同じようにして、顔見知りの人達と話をしているようだ。
「ふふ、さっきはどうしたの。何か不思議な物でも見つけて、それ見てたの?」
 お、おぉ……出会ってまだそんなに経っていないというのに何故そこまでわかってるんだー!
 ある種の尊敬の念を向けながら、コクリと頷く。
「……うん、ちょーっとヤなモン見つけちゃって」
「その“ヤなモン”って俺の事かよ」
 ?!
 ガバッと振り返ると――まさしく“ヤなもん”が立っていた。
「櫻!何でアンタがこんなトコに居んの?!」
 ビシィッと指差し言うと、それをぺいっとどけられた上に大きくため息をつかれる。
「ハァ、冷たいねぇ。出てきた都会で同郷と会えたっていうのに――嬉しくないの?」

選択肢1

「は?ンなワケ無いじゃん。だって会えた同郷がアンタじゃねぇ……」
 ぷぷーっと笑ってやると冷ややかな目で見られる。
 そしてそのままスッと手を顔の方に伸ばしてきて――ちょ、な、何?!

 むにーっ

「……ちょっと、何してくれてんのかな……?」
「悲しい事言ってくれる美波におしおきしてんの」
 むにむにっとほっぺたをつねってきやがる櫻さん。
 するとその様子を不思議そうに見ていた恵梨歌ちゃんが口を開けた。
「あれ?美波ちゃんと――えっと、サクラ、君?は知り合いだったの?」

櫻 +1

 ……ん……。そう言われると確かに嬉しいような気がしないでもないような気がしないでも(以下略。
「まぁ、絶対知り合いなんか居ないと思ってたしね。少しは嬉しいかな?少・しは」
「そう“少し”って強調すんなよな。俺は嬉しかったぜ、また美波と一緒のトコ来れて」
 ニカッと笑う櫻にこっちも笑う。
「そうだね、嬉しいよ。
 ――――――なんて、言うわけないでしょーが!意味わかんないよ、ホントになんで居んの?!」
「あー、やっぱり美波はそう来るよなぁ」
 あっはっは、といつもしているような皮肉な笑みを浮かべて櫻は言った。
 さて、そんなやりとりを隣で不思議そうに見ていた恵梨歌ちゃん。首を傾げながら口を開いた。 
「あれ?美波ちゃんと――えっと、サクラ、君?は知り合いだったの?」

選択肢1 終わり

 ◇

 もっともな疑問だった。
 知り合いの居ない学校で~云々と昨日恵梨歌ちゃんに話していたというのに、こんな風にしゃべってるのを見れば誰だって変だと思うだろう。
「ん、知り合いっていうか……どういう偶然か、――幼馴染デス」
 つい、と櫻の方を示して言う。
「美波は違うだろうけど、俺はスポーツ推薦で前から決まってたんだぜ、ここ強いからな。ていうか一緒の所に行くって知ってたし」
「は?なんで?!」
 ケロッと言う櫻に驚きを隠せない。私、誰かに行く高校言ったっけ?!……いや、仲の良い友達には言ってたけど!
「芳(よし)くんに教えて貰った。ついでに言うとこれからも美波の事頼むね、って言われた」
 “芳くん”っていうのはウチのお父さんの事だ。高科芳也(たかしなよしや)。幼馴染だし、コイツと面識は十二分以上ににあるけど……。
「頼むって……何を頼むってんだか……」
 がくーっと肩を落としていると、ぽんぽんと恵梨歌ちゃんが肩を叩いた。
「でも良かったじゃない美波ちゃん。やっぱり知り合いが誰も居ないっていうのは心細いと思うもの」
「ううー、でもその知り合いがこんなんじゃなぁ……」
 私と櫻は幼馴染。と言うよりもくされ縁と言った方が近い気がする。

 家は隣同士(と言っても数百メートルある)、小学校も中学校も全部同じクラス、更には中学の時の部活も一緒だし――なんたって、しょっちゅうウチに入り浸ってたのだコイツは。
 櫻の家は大地主で、その辺りを治めてた何とかっていう偉い人の子孫らしい。そんな家だからとても厳格な家で、他所から嫁いで来ていた奥さん――櫻のお母さんだ――は、姑のいびりに耐え切れずに家を出て行ってしまった。
 そしてそんな奥さんを追いかけて行ったご主人諸共、崖から落ちて死亡。数日行方不明扱いだったが、その後崖下から無残な姿で発見された。
 しかし息子夫婦がそんな事になっても祖父母達の態度は変わらず今度は櫻に辛く当たるようになり、それから守るようにウチが預かってたってワケ。中学にもなると流石にちょこちょこ家に帰るようになってたけどさ。

 と、まぁ、まるで昼ドラ状態な家のせいで、私は四六時中コイツと居なきゃいけなかったワケで!
「ようやく離れられたと思ったのにさー!くっそー」
 家の事はともかく……、
「俺もやぁっと美波のお守から解放されると思ったのにざぁんねぇん」
 コイツがもっと性格の良い人だったらもうちょっと違ってただろうに……!
 ニヤニヤ笑って櫻は言う。
 ち、ちくしょー、お守ってなんだお守って!誕生日は私の方が早いんだぞ!……1日だけど!
 そんな風にキーッと怒り狂っていると、
 ガララッ
「そろそろ移動するから廊下に並んで」
 扉が開いて先生がやってきた。

 言われた通りに廊下に並ぶ。てっきり名前順かと思いきや、大体で良いから身長順で並んでくれ、との事。
 恵梨歌ちゃんとちょっと離れてしまった私は手持ち無沙汰に周囲を見ていた。
 やはりほとんどが持ち上がりというのはなかなかに手怖い。
 身長順で並びなおしたというのに、またすぐにグループを作っておしゃべりをしている。
 誰かに話しかけようか、とも思ったけど……無理にする事も無いか。
 ふぅ、と小さく息を吐き、両手を腰に添えて伸びをした。
「……昨日の怪我が痛むのか?」
「ん?」
 突然話しかけられた。
 声の主は横に並んでいた。――赤フチ眼鏡がキラリと光る。
「あ、昨日の!えーっと……んーと……」
 さっき呼ばれていた名前は何だっけ?
「城崎だ。城崎冬輝(じょうさきふゆき)という」
「あ、どうもご丁寧に。えっと、高科美波です」
 ぺこりと会釈をする。
「そう、高科さん。……で、もしかして昨日の所が痛むのか?」
「へっ、何で?」
「いや……さっき、腰辺りに手をやっていたから……」
 うおっ、伸びの体勢を見られていた、という事だろうか。ちょっと恥ずかしいぞ。
 私はフルフルと首を横に振る。
「あ、そういうんじゃなくて!ちょっと疲れたかなーって感じで伸びをしてたっていうか……」
「そうなのか。それならいいんだが……」
 そう言いつつも未だに心配するような表情の城崎君。
 はて、そんなに深刻になる程のモンだったかな?
 疑問に思ったので訊いてみる事にした。

選択肢2

「あ、あのさぁ……そんなに心配になるほど、派手なコケ方してたかな?」
「ん……まぁ、そう、だな……」
 どこか歯切れの悪い城崎君。
 彼は私の不思議そうな視線を受け止めながら、小さく口を開いた。

冬輝 +1

「ね、訊いてもいいかな?――何でそんなに心配してくれるの?」
 首を傾げながら言うと、
「え」
 と言って彼は固まった。
 そして瞬間、顔を赤くする。
「い、いっ、いや、その――……」
 ……ん?そんな動揺させるような事言ったっけ?
「すまない。アレとは違うとわかっていたんだが――」
 そう前置きをして、彼は口を開いた。

選択肢2 終わり

 ◇

「実は前にも同じようにあそこでコケた人が居たんだ。その時はワックスをかけてたりしたワケじゃ無いんだが……君と同じように、激しく臀部を打ち付けてな……」
 おー、似たような人も居るもんだ。
「最初は大丈夫大丈夫と言って笑っていたんだが……次の日になって激しく痛むと言い出して」
「ふむふむ、それで?」
「病院に行って検査したら、骨折していた」
 ……。
「え゛っ」
「所謂臀部骨折というヤツだな。患部が腫れてきてしばらく生活が困難になる程だったそうだ」
 淡々と語る城崎君の話に、私はサーッと背筋が凍るような思いを体験していた。
 骨折には経験がある。
 やった直後は大した事が無いと思っていたのに、後からものすごい痛みを発し始めたのだ。その時は手の指だったんだけど、それが臀部――つまりお尻という事になると……。
 か、考えるだけでも恐ろしい!
「ちゃ、ちゃんと病院に行って検査した方がいいかな?!」
 ガクガクと腕を掴んで揺さぶる。
 ほとんど初対面な人にそんな事をするなんてなんて馴れ馴れしい!……と平静な状態の自分ならそう思うだろう。
 しかしその時はそんな事考えもしていなかったのだ。
 城崎君は怯えまくる私を真剣に見つめて言った。
「あぁ……そうだな。でも、その人は80を越えていた」
「……は?」
「いや、寮に入っている生徒のお祖母さんだったんだが、運悪く転んでしまって。ご年配の方は骨が弱いと言うからな。
 まだ若い君と同じように考えるのも失礼かと思ったんだが――」
 口ごもるように彼は言う。
 ははーん、なるほど。じゃあそのご老人と同じく、私が骨折してるんじゃないかと思ったワケだ。
 っはー、何だか一気に気が抜けてしまった。
「……確かに派手に転んだけど、流石に骨はその人より丈夫だと思うよ……」
「そ、そうだよな……」
 苦笑いをする城崎君を見る。
 むー……あまりにも年齢の違う人と一緒にされたのは腑に落ちないけど、心配してくれたのには変わりない。(ま、骨折に年齢は関係無いから本当に折れてる可能性もあるんだけど、痛みは無いから大丈夫だろう)
 私はニコッと笑った。
「でもありがと、心配してくれて」
「あ……いや、礼を言われるものでも無いよ」
 照れたように顔を赤くして、彼もまた、笑った。


 * * *


 入学式は思った以上に早く終わった。
 吹奏楽部の演奏で入場、学園長の話やら代表の話やらが終わった後に校歌を歌う。かぜくらのー♪とかなんとか言うヤツだ。
 チラリと後ろの方を見ると若干ながら保護者も来ている。
 ほとんどが持ち上がりだし、寮生活可能とあって遠方から来ている生徒も多い。だからか、思っていた以上に多くなかった。
 そんな中に両親の姿もある。
 万理ちゃんは大抵スーツだけど、芳くんのスーツは珍しいなぁ、なんて思ったり。
 ちなみにウチでは父さん母さんでもパパママでも無く、名前で呼んでいたりする。物心ついた時にはもう、こう呼んでいたらしく、それを直される事も無かったので今でもそのままなのだ。

『では次にこれから一年間、皆さんを担当してくださる先生を発表します』
 司会進行の先生の声が響いた。
 そう、式の後はお待ちかねの先生発表だ!
 よぉし!良い先生でありますように!
 高校ともなるとあまり担任の先生など関係ないのかもしれないが、それでも良いに越したことは無い。
 学年主任、副主任が発表された後はクラス担任に移る。
『A組、川北翠(かわきたみどり)先生』
 呼ばれて出てきたのはさっきB組に連絡係りとして来ていた女の先生だった。
 ぺこりと頭を下げてA組の前に立つ。
『B組、百瀬勝俊(ももせかつとし)先生』
 ……ん?
 本日3回目の引っかかり。――この名前は、すごく聞き覚えがあるぞ!
 出てきたのは青ジャージを身にまとった男の先生だ。
 さっきの川北先生同様、B組の前に立った。
 うわー、マジかいな……、とそんな気持ちで前の方を凝視していると、ふと先生と目が合って。
「!」
 うっへぇ!ウィンクっすか!
 なかなかのイケメンじゃないと様にならないソレを軽やかに決めた人――それは親戚のお兄ちゃんだった。

 *

「ようし、じゃあ改めて出席とるぞー!」
 教室に戻って再び点呼。
 それが終わった後、私はすかさず教卓の方へと向かった。
「先生」
「ん?何だ、高科」
 ニカッと笑うその顔は昔見たそのままだ。
 確信を持って――それを持っているからこそ、小声で問いかけた。
「……俊兄ちゃん、だよね?」
「あぁ、そうだぞ。久しぶりだな美波」
 同じく小声で返してくる。
「びっくりしたよ!教師になってたんだ?しかもこの学園だなんて!」
「……びっくりも何も、昔からの夢だったし。それにここ、母校だしな。昔オレが通ってた頃、何回か遊びに来たろ?」
 え?そうだっけ。
 首を傾げると、肩を竦めて苦笑された。
「仕方ないか。まだ小さかったもんな。文化祭とかだいぶはしゃいでたんだけど」
「うーん……」
 あんまり覚えてないなぁ。俊兄ちゃんの学生の頃って事は……9年前くらい?ううむ、思い出せそうで思い出せないぞ!
「ま、思い出は追々話そうや。とりあえず席つけ、席」
 パッパッと手で追いやられ、渋々と席に着く。
 ふと視線を感じてその主を探すと、恵梨歌ちゃんが首を傾け口をパクパクしている。ええと……?
(も・し・か・し・て、ま・た・し・り・あ・い?)
 コクコクと頷き返した。
 さっきの櫻の事と言い、恵梨歌ちゃんは鋭いなー。
 それにしても驚きだ。櫻だけじゃなく、俊兄ちゃんまで居るなんて。異郷の地で一人、とかちょっと考えてた自分がアホらしい。――厳密に言うと家は近くにあるから、もともと全然1人じゃないんだけどさ。
 色々考えつつ前に立つ俊兄ちゃん、もとい百瀬先生を見る。
「今から教科書配布だからな。自分の必要なモノを取りに各自で行動するように。その後はもう帰っていいからなー」
 という事なので一応帰りの挨拶も済ませた上で、私達は教科書を手に入れる旅に出たのだった。

 必要リストは家に郵送で送られてきていた。私の場合は基本的に全部だけど、中にはお下がりがあったりする子もいるから、そういう場合新たに買う必要は無いらしい。
 配布場所はいくつかに別れていて、それを全部回って教科書を手に入れた頃には肩が悲鳴を上げていた。
「くっ……お、重い!」
 気分はピラミッド建設に借り出されている奴隷のようだ。……いや、こんなナマッチョロイもんじゃないだろうけども。
「大丈夫?少し持ってあげようか?」
 恵梨歌ちゃんが心配そうに言ってくれる。
 彼女はお下がりがあるらしく、随分と身軽そうだった。
「ううん、大丈夫!気合だよ、気合!」
 フンヌッと些か女の子らしからぬ掛け声で抱えなおしたんだけど、
「バカか、お前」
 声がしたと思った瞬間、肩が軽くなった。
 見ると櫻がギッチギチに詰まった教科書袋を持ってくれている。
「おぉ……“筋肉モリモリ小僧、人助けをする”の巻、……だ」
 既に自分の教科書群も持った上で私のを持ち上げてくれたのを見て、ついついそう言ってしまった。
 いや、実際にはモリモリじゃないだろうけど、でもすごいなぁって思ってさ。
 すると櫻は大きく息を吐いた後、
「感謝の気持ちが無い。却下」
「ぐはっ」
 持ち上げてた袋から手を離してしまった。
 当然その重みは一気にこちらへ戻ってくる。
 っくー!一度解放された後だから、戻ってきた時にはそれが倍にも感じられるよ!
 ギリリと櫻を睨むが、そんな視線はなんのその。スタコラサッサと行ってしまった。
 私があそこであんな事言わなければ持ってってくれたんだろうか?なんて考えるけれど――いや、そいつは違うぜ!
 アイツはなんのかんのと文句をつけて最終的にはこの状態に持っていったに違いない!!
「ちくしょうめぇ、櫻のバカァ!」
 ――結局、心優しい恵梨歌ちゃんに少し持ってもらって、私達は帰途につきましたとさ。

 * * *

 途中、両親と会って少し話をしたりした。
「君がルームメイトなんだね。ふつつかものですが、よろしくお願いします」
「やだ、それじゃ芳也さんが恵梨歌ちゃんの所に行くみたいじゃないの!」
 ぺこっと頭を下げる芳くんに万理ちゃんがつっこむ。
 そうだよ、その使い方はおかしい。大体その文面じゃ、私が恵梨歌ちゃんに言わなきゃ意味無いよ!
 て、事で!
 くるっと恵梨歌ちゃんの方に向き直って声を上げる。
「恵梨歌ちゃん!」
 そしてさっきの台詞を続けようと思ったら、クスクスと笑われた。
「美波ちゃんったら、それだっておかしいんだからね。うちにお嫁さんにでも来るつもり?」
 と。
 一拍置いて、そりゃ変か、と皆で笑う。
 その後、他愛も無い話をしながら歩き、寮の前までやってきた。

「美波」
 芳くんが私を呼び止める。
「ん?何?」
 振り返ると、くしゃっと頭を撫でられた。
「美波が居ない生活は寂しいけど、僕ら頑張るから。美波も精一杯頑張りなさい」
「……うん、頑張る」
 ニヘッと笑って大きく頷く。
 ……うん、ホント、頑張るよ。

 *

 両親と別れ、一路寮へと向かう。
 部屋につき、それからさっき貰ってきた教科書をずらっと部屋に並べ、私は深くため息をついた。
「勉強……大変そうだなぁ。寮生活だし、勉強漬けの日々になったりするのかなぁ」
「ん?寮生活が勉強漬けに直結するの?」
「やー、そういう事でも無いんだけどさぁ。家に帰る行程が無いからどっかに寄る、とかいう事が出来ないじゃん?だから遊んだりしにくそうだし、それなのに寮での時間はいっぱいありそうだし。
 ……となると、勉強に行くのかなぁ、って」
 今までが田舎住まいだった分、そういうのにはちょっと憧れてたのでそういう面では残念だなー。
 そんな事を思っていると、恵梨歌ちゃんは「うーん」と顎に手を当てて言った。
「もしかして美波ちゃん、部活の事は知らないの?」
「えっ、何が?」
 よくわからなくてそう返すと、恵梨歌ちゃんは説明してくれた。
「ここは勉学以外にも色々力入れてる所でね、1年生は部活動必須なの。だから寮での時間がいっぱいあまるってのはあんまり無さそうだよ」
 勿論部活の種類にもよるけどね、と付け加えながら。
「……そ、そうなんだ」
「うん」
 呆然とする私に恵梨歌ちゃんは深く頷く。
 考えみりゃそれもそうか。なんたってスポーツ推薦を取るような学校なのだ、部活動に力を入れてないハズが無い。
「しっかし、部活かー……帰宅部一直線の予定だったから、どこに入るとか全然考えてすら無かったよ」
 どうしようっかなぁ、と悩んでいると恵梨歌ちゃんが助け舟を出してくれる。
「明日の午後に新入生向けの部活勧誘会があるから、それ見て決めればいいんじゃないかな?わたしもそうするつもりだよ」
「へー、そんなのがあるんだ!」
 中学では先輩に引っ張られていつの間にか部活決まってたしね。全体の人数が少ないから、そういうツテで決めてる人が多かったように思う。
 ……って、向こうとこっちを比べるのはやめよう。圧倒的に人数が違いすぎるんだから……。
「よし、じゃあ明日それ見て決めるぞー。どんな部活があるか楽しみだ!」

 *

 掃除やおしゃべり、明日の予習なんかをしてたら時間なんてのはあっという間だ。
 昨日と同じく食事やお風呂を済ませて、今日は早くに寝ることにした。
「おやすみ恵梨歌ちゃん!」
「おやすみなさい~」
 目を瞑って夢に入る前に思いに耽る。
 ――部活かぁ。どんなトコでもいいから、やりがいのある部活がいいなぁ。
 どこでもそれなりにそうだろうけど、自分が精一杯に頑張れるトコ。
 芳くんが言ったように、頑張りたいから。

 そんな事を考えながら、私は眠りについたのだった――。