当コンテンツは株式会社ixen「ラブシチュ」にて配信されたゲームのシナリオのWEB小説版です。 著作権は株式会社ixen及びれんたに帰属します。無断転載・使用などは禁じます。
文字サイズ |
▼ 第1章 第2話 「部活を救え?!

 翌日、勝手に燃えまくっていた私は颯爽と職員室へと向かっていた。
 理由は簡単――部活の入部届けを貰いに行くのだ。

 コンコン

「失礼しまーす」
 ガラリと音を立てて扉を開く。
 教室とは全く違う、先生達の机の島々が目に入る。
 綺麗に整頓されている所もあれば、乱雑に散らかっている所もある。
 私が目指したのは、後者――散らかり放題の机の方だった。
「百瀬先生」
「お?何だ?」
 呼びかけるとにっこやかーな顔で応対してくれた。
 朝っぱらから元気だなぁ……。
 とは思いつつ、私だって負けてない!――って張り合う必要も無いんだけど。
「ちょっと欲しいものがあるんですけど」
「……な、何だ?高いモノは無理だぞ?」
「……」
 ってアホか!
 私はおねだりにしに来たのか!
 ……というツッコミは置いといて。
 家とか俊兄ちゃんと二人きり、ってならともかく、学校でそんな事出来るハズも無い。
「部活の入部届けが欲しいんですけど」
「あー……なる、なる」
 ぽむっと手を叩く百瀬先生。
 やおら立ち上がって、そしてしゃがんで、机の下をごそごそとやり始めた。
「……もしもし?」
「あー、あったあった。ン」
 ずいっと渡されたのは数十枚のプリント。白いそれは、黒い文字で“入部届け”と書かれていた。
「あの、これ」
「んー、本当は昨日配らなきゃイカンかったんだが、ついつい忘れてた!」
 忘れるなって!
 ……というツッコミも(以下略。
 私が今しているように生徒に取りに来させりゃいいのでは、と一瞬思ったけど、よく考えれば1年生は強制的に入らなきゃいけないのだ。
 全員に手っ取り早く配ってしまった方がいいのは当たり前か。
「まー、いいや。朝のHRにでも委員長に配ってもらっといて。オレちょっと遅れると思うから」
「?どうかしたんですか?」
 遅れるとはどういう事なんだろう。
 不思議に思ったのでそう訊くと、
「それがな……」
 やたら深刻そうな顔をし始める。な、何なんだ?!
 しかしその表情も長くは続かない。
 すぐにニカッと笑って、
「職員室からB組まで遠いからちんたら歩くと遅れるんだわ。参ったなこりゃ!」
「おいっ!!」
 ズビシッと腕をはたく。――ってしまった!思わず高速のツッコミが出てしまった!
「――ってのはまぁ、嘘で。職員会議があるからさ。オレ以外の先生も遅れると思うから、安心しろ!」
 どの辺をどう安心しろと言うのやら。
 私はふぅ、と息を吐きつつ入部届けの束をしっかり持ち直す。
「じゃあ委員長に言っておきます。ありがとうございました」

 職員室を後にして廊下を歩いていると、タイミング良く恵梨歌ちゃんがやってきた。
「あ、恵梨歌ちゃん」
「美波ちゃん」
 どうやら配布物が無いか確認しに来たらしい。
 おぉ――流石は委員長!
「特に無かったみたいなんだけどね。……それで、どうしたの、その紙の束」
「ん、これ? 入部届けの紙だって。昨日配る予定だったのに完全に忘れてたんだってさ」
 そう言いながらそれを持ち上げて見せる。
 ふーん、と言いながら恵梨歌ちゃんはそれを半分持ってくれた。――何故半分かと言うと、私が半分持つ!と言い張ったからに過ぎない。
「忘れっぽい先生なのかな?でも良さそうな感じだよね」
「そーだねー……忘れっぽい……のかなぁ」
 果たして昔はどうだったかな、と思いを馳せる。
 ――が、そこまでたくさん遊んだわけでも無いし、なにぶん自分が幼い時だ。覚えていない。
 首を捻りつつも思い出そうとしていると、恵梨歌ちゃんまで首を捻っていた。
「そういえば、百瀬先生も知り合いなんだっけ?」
「あー、そうそう。そうなんだよー」
 そういえば“知り合い?”と訊かれたものの、具体的には答えてなかったんだっけ。
「所謂親戚のお兄ちゃんってヤツでね。田舎の実家に顔出しした時とかに遊んでもらったりさ。
 あ、あと、昔この学園にも連れて来て貰った事あるみたい。文化祭とか。ここの卒業生なんだよね」
「へぇ~。なんだか世間は狭いね~」
 その言葉には深く頷かざるを得ない!
 まさか親戚の兄ちゃんに連れてって貰った事をきっかけに、部活動に燃える事になるだなんて誰が想像しただろうかッ!
 なーんて事を恵梨歌ちゃんに力説すると――あ、まただ。
 あの複雑そうな顔。
「えっと、その、部活の事なんだけどね……」
 何を言うんだろう。
 そう思って次の言葉を待ったけれど――

 バコッ

「っっ?!?!」
 突然誰かとぶち当たる。
 飛散するプリントの向こう、見えたのは金髪だった。
「っつー!悪い!ごめん、悪い!」
 廊下に散らばったプリントをササッと拾い集めてるのは……やっぱりそうか。
 今時滅多に見ないド金髪。昨日階段で当たった――ナツキとやらだ。
「もしもーし」
「あっ、悪い。これで全部だから、じゃな!」
 ぐいっとプリントを渡され、そのまま階段を駆け上がっていく金髪君。
 お前さん、ちっとはこっち見て謝れっての!!
「前方不注意小僧め!次にまた当たったら文句言ってやる!」
 がるるるるっと階段の方を見ていると、恵梨歌ちゃんがポツリ。
「……まぁ、A組は一時間目体育らしいから、この時間に制服じゃ厳しいもんね」
「なるほど……」
 ちなみに今はわりとギリギリな時間だ。
 普通の授業ならともかく、服も違うし場所も違う授業だと準備が必要になる。……そしてその準備がこの時間で全く出来て無いというと。
「そりゃ焦る気持ちもわかるけど、ねぇ」
 それで人にぶつかってちゃあマズイでしょうに、とついついため息をついてしまう。
「――って、あれ?あのヒトA組なの?よく知ってたねぇ、恵梨歌ちゃん」
「彼も持ち上がりだからね。A組にも知り合いは居るし……」
 なるほど、そりゃそうだ。
 生徒の知り合いが櫻しか居ない私にとってそういう情報は全く無いが、恵梨歌ちゃんは違う。
 当たり前だけど、なんか忘れてしまってたらしい。
「っと、立ち止まって話してる場合じゃないね。私達も教室行かないと!」
「あ、そ、そうだね」
 ちょっと乱雑な並びになった入部届けを抱えなおしながら、私達は教室へと向かったのだった。

 *

 かくして入部届けは無事配られ、私はそこにシャーペンを走らせていた。
「演劇部……っと。あとは名前名前――高科美波、っとぉ」
 自分で書く欄はあまり無いのですぐにそれは出来上がる。
 しかし1つ問題があった。
「……顧問の先生って誰なんだろ?」
 プリント上部に“○○先生”と恐らく顧問の先生の名前を書く欄があるのだが、そこが埋められない。
 他の部活だと勧誘会の時に配られたプリントを見ればわかるらしいんだけど……如何せん、演劇部はそれにカスリもしていない。
「でも、まぁ」
 と小さく呟きながら、続きは心の中だけで。
 ――職員室に行けば先生いっぱい居るし、ともかく百瀬先生に訊けばきっと大丈夫っしょ。


 * * *


 そうして再び職員室へ。
 とは言っても、時間はもう放課後になっている。
 更には、
「美波ちゃん、百瀬先生居るみたいだよ」
 恵梨歌ちゃんも一緒だった。日誌を届けなきゃいけないらしい。つくづく委員長ってのは大変だなぁ。
 まぁ、明日からはちゃんと日直決めてやるみたいだけどね。

 職員室に入って朝と変わらぬ汚――いや、あまり片付いていない机へと歩み寄る。
「百瀬先生、これ日誌です」
「おーおー、すまんな秋ヶ谷!」
 受け取って中身を確認する。そして深く頷いた。
「めんどくさかっただろうけど、先生もめんどくさいから大丈夫だ!」
 待て待て。
 意味がわからん。
「他の先生がちゃんとしてるって聞いて、先生もやらなきゃなーって思ってな……でもやっぱりやめよっか?」
 生徒に訊くな!
 ――と、ツッコミが待機しているが、ここは職員室。
 震える腕を押さえて、ツッコミを抑えて、っと。
「いえ、そんなに面倒では無かったですよ。明日からは日直の仕事ですし、案外面白いかもしれません」
 恵梨歌ちゃんがにっこり笑ってそう言った。
 ……なんとまぁ、優しい笑顔で。菩薩か。
 すぐさまツッコミに入りそうになった私は恵梨歌ちゃんの爪の垢でも煎じて飲んだ方がいいのかもしれない。
 なんて悶々考えていると、
「で、高科はどうしたんだ?」
 やっとこっちに気づいたらしい百瀬先生が話しかけてきた。
「あ、はい。えと」
 気持ちを切り替えて、入部届けを出す。
「演劇部に入りたいんですけど、顧問の先生ってどなたですか?」
「……え」
「……。……え?」
 至極真っ当な質問をしたと思ったんだけど、それに対する返事は“え”の一音と怪訝な表情だ。思わず私もそれに同じ音で返してしまった。
「え、じゃなくて――あの、顧問……」
「あー、えっと……だな。演劇部……なぁ。実は、その……」
 なんとも歯切れの悪い言い方。
 プラス複雑な表情。これは見た覚えがある。度々恵梨歌ちゃんがこんな顔をしていた。
 そして言われた言葉は実に呆気ないものだった。
「……もう廃部、になったと思うんだが……」

 目が点になった。
 と思った瞬間にはもう踵を返して職員室から出て行っていた。
「美波ちゃん?!」
 追いかけてくる恵梨歌ちゃん。
 それでも私は歩みを止めなかった。向かう先は旧校舎――部室棟だ。

「先輩!!!」
 ガララララッと扉を開けると、昨日と同じように演劇部の先輩が一人そこに居た。
「あ、昨日の」
「もう廃部になってるってどういう事なんですか?!」
 我ながらすごい剣幕だったのではないだろうか。
 びっくりしたような先輩の顔を認識しつつも、気持ちにブレーキが効かなかった。
「昨日はこれから先人数が集まらなかったらって言ってましたよね!?でも今職員室で聞いたら、廃部決定してるような事言われました!……本当に、そうなんですか?!」
「や、それは……」
 自分でもなんでこんなに興奮してるのかわからなかった。
 けど、何かが――自分の中の、ある何かが、踏みにじられたような気がしたのだ。
「ん……なんて、言えばいいのかな」
 尚も苦笑する先輩に食って掛かりそうになった時だった。

「っ、美波、ちゃん!速い、……よ!」

 肩で息をしながら、恵梨歌ちゃんがやってきた。
「あ、恵梨歌ちゃん……」
 そういえば職員室出た後ほとんど走ってたんだっけ。……やばい、金髪少年の事文句言えないじゃん私。
 途中で見失っただろうに、よく行き先がわかったものだ。
 恵梨歌ちゃんは息を整えながら近づいてきて、
 そして、
「……お兄ちゃん、ちゃんと説明してあげなきゃダメだって言ったじゃない」
「う、うん……そうなんだけどね……」
「そうですよ、お兄ちゃん!きっちり説明をして貰わないととてもじゃないけど納得出来な――……え?」
 ついつい勢いで話に参加してしまってから、自分の言った言葉に驚いた。
「……お、お兄、ちゃん?」
 え、え、え?と二人を見比べる。
 確かに――言われてみれば似てる、気がする。
 人を指差すのはいけない事だと思いつつも、その手の形のまま、二人の間を移動させた。
 二人はそんな私を見て同じタイミングで苦笑する。
 それからやはり同じように、
「「ここじゃなんだから、中入って。ね?」」

 *

「そういえば名前教えて無かったね」
 部室に入っての一声はこうだった。
「秋ヶ谷(あきがや)奏和(かなと)です。こっちの――恵梨歌の兄、です」
 最後の方は、つい、と恵梨歌ちゃんを示しながらの言葉だ。
 そう――“秋ヶ谷”、この珍しい苗字を聞けばその関係にも早く気づいただろうに、名前を聞いていなかったとはなんという不覚!
「あ、あの!」
「高科美波ちゃん、だよね?」
「へっ、あ、はい。え、でも……」
「あぁ。恵梨歌から話は聞いていて。ルームメイトなんだよね。妹がお世話になってます」
「え、いや、こちらこそお世話になってます……」
 へこへことお互い頭を下げてのご挨拶。
 しかし、恵梨歌ちゃんてばいつの間に話してたのやら。仲の良い兄妹なんだな~。
 でもなるほど、それで恵梨歌ちゃんが妙に演劇部について詳しいのがわかった気がする。
 あの複雑な表情の理由も。
 ――ほぼ廃部状態の部活に入りたいって燃えてるルームメイトに、なかなか忠告はし辛いよなぁ。
 ……と、そうだ廃部の話だよ!

 さてはて、話はこんな感じだった。
 概ねは昨日奏和先輩――“秋ヶ谷先輩”じゃ恵梨歌ちゃんが恥ずかしいと言うので、こう呼ばせて貰う事にした――の話と同じだったんだけど、それに一つ追加情報があったのだ。
「部員が僕一人になったのは言ったけど、顧問の先生の話もしなくちゃいけなかったよね」
「顧問の、先生」
「そう。去年まではちゃんと居たんだよ。でも丁度去年、定年を迎えられた先生でね。まぁ、退職されたワケで。
 部として存続する為には部員数は勿論、顧問の先生も必要なんだけど――それがなかなか厳しくて。簡単に言うとね、こんなに弱小に落ちぶれた、定員割れの部を誰も見てくれないんだよ」
「そんな……」
 まるで自虐のような言葉で先輩は話している。
 それから薄く笑って、こんな事を言った。
「そして僕には、定員を集めるのも顧問の先生を見つけるのも出来そうになくて――……」
「じゃあ私が見つけてきますから!部員も先生も!!!」
「え、でも」
「でも、じゃないです。先輩は、先輩は――演劇部がかんっぜんに消滅しちゃってもいいんですか?!」
 詰まる所、そういう事なのだ。
 先輩は……部が無くなってしまっても構わないと、思ってしまっている。どこかでもう、諦めてしまっている。
 だから入りたいと言ってきた私に他の部活を勧めた。
「しょ、消滅って……またやりたい人が集まったらその時に復活するんじゃないかな?」
「ンな事あると本当に思ってるんですか?無理ですよ。新たに作るなんて、新入生が軽々やれるモンじゃありません」
「それは……でも」
 私は部室を見渡す。
 寒々とした空間に奏和先輩の鞄がポツンと置かれている。
「先輩はわかってないんです。本当に無くなるって事を」
 廃部になったら、その鞄さえも許されなくなるのだ。
 部室じゃ無くなるのだから立ち入り禁止、恐らくどこかに残ってるだろう器具も全て捨てられるかもしれない。
 ――……ここまで来て、私が抱いていた焦燥感の理由が少しわかった気がした。

 通っていた小学校。
 それが廃校になった時と、重ねてしまっている。
 あの時も――定員割れで、廃校が決まったんだ。
 地域の人達も連日話し合って、なんとか残そうとしたけれど結局は無理だった。

「昨日も今日も、部室に来てますよね。誰も居ないのに、誰も来る予定なんて無いのに。来る必要も無いのに。
 なのに先輩はここに来る。
 それはここが、演劇部が好きだから、なんでしょう?
 でもそれも廃部したら全部終わりです。今までの歴史も、全部パー。輝かしい時代があったという事すら語り継がれずに、記憶に残せずに。
 そりゃあ勿論、過去に関係していた人達は思い出せますよ。あの時は良かったね、なんて。
 でも“これから”の話は絶対に出来なくなる。
 先輩が言ったように誰かが集まって新しく作ったとしても、それは別物なんです。この演劇部じゃ、ない」

 そう、例えあの校舎で、また授業が再開したとしても、それは私の行ってた学校じゃない。
 それを思った時の喪失感、焦燥感、絶望感。幼心に胸が痛んだのを覚えている。

「無くなる時は本当に無くなるんです。誰がどうしたってどうにもならない時もあるんです。
 でも好きだと思うんなら、そしてここを続けられる可能性が少しでもある内は、投げ出さないでください。
 少なくとも、私みたいに入りたいっていう人間を無視して、廃部を決め込んだりしないでください!」

 残そうとして頑張ったけど残せなかった小学校。
 残そうと頑張ろうと思っているのに、それを否定して諦めようとしている奏和先輩。
 それは私自身をも否定されたようで酷く悲しかった――。


 ……ん、で・す・が。


 ハッと我に返ると、目の前にはポカーンとした顔を並べた秋ヶ谷兄妹。
 し、しししまった、興奮し過ぎてしまったようだ!
「すすす、すみません!!!私ってば先輩に生意気な口聞いてしまって!いやっ、でも言った事に嘘の気持ちは無くて、ですね?つまり、その、一応入部希望者が居る時点で放り出すのはやめて欲しいなー、とか、まぁ、そういう!!」
 慌てて取り繕うも時既に遅し、か。
 恵梨歌ちゃんなんて顔が険しくなってきちゃってる。
 そりゃそうか、お兄さんがあれだけボロクソに言われたら怒るよね。ああ、これからの寮生活お先真っ暗か……。
 なんて事を一瞬の内に考えた。走馬灯に近い気がする。
 でもそんな考えを取り払うかのように恵梨歌ちゃんが言った。
「全くその通りよ美波ちゃん!!」
「……へ?」
 そして奏和先輩の方に向き直り、
「わたしも美波ちゃんの意見に賛成する。
 お兄ちゃんが随分悲観的に捉えてたから言い出せなかったけど、わたしも演劇部に入りたいと思ってたの」
 な、なんですとな?!
 “頑張ってね”なんて他人事のように言ってたから、そんな気持ちがあるとは全然気づかなかったよ!?
 そう思った私の顔と全くそのままに、奏和先輩は叫ぶ。
「そうなの!?ならそう言ってくれれば良かったのに!」
「言えるわけ無いじゃない。少ないと嘆いてる割には危機感が無くて、オマケに新部員はいらないなーとか僕の代で終わりか~なんてぼやいてた所に身内のわたしが入りたいなんて言っても、意味が無い事くらい――わかってたもの」
「え?なんで?意味あると思うけどなぁ」
 と口を挟むと、ブンブンと首を横に振られる。
「ううん、そこで例えばわたしがそう言ってみるでしょう?そしたらこう、ね。
 “僕を気遣ってくれてるんだね、恵梨歌は優しい子だな~。その言葉だけでお兄ちゃんは嬉しいよ。これで心置きなく演劇部最後の日を迎えられるね”」
「うっ」
 呻いて顔を背ける奏和先輩。……って図星だったんですかい。
「で、でも恵梨歌はまたコーラス部に入るんだと思ってたんだよ」
「それはお兄ちゃんがそう思ってただけ。わたしは……お兄ちゃんの部活の話を聞いてて、それで演劇部に入りたいと思ったのに」
 なのに、こんな調子だから――、と恵梨歌ちゃん。
 最近の演劇部がどんなんだったかはともかく、お兄さんの話聞いて憧れるってのはあるよね。
 ……そのお兄さんがマイナス思考だったら――そりゃ確かに言い出し辛かったかもなぁ。
 でも!
「奏和先輩!こうして二人も入部希望者が居るんだから、悲観的観測はやめて部の存続の為に頑張りましょうよ!」
「そうよ、お兄ちゃん。三人寄れば文殊の知恵。きっとなんとかなるわ!」
「……うん、そうだよね。ヨシ、じゃあ頑張ろうか!」


 * * *


 そんなわけで三人寄って話した結果はこんな感じだ。
 まず一つ、顧問の先生を確保する事。
 二つ、部員を集める事。
 ――ってこりゃあ三人寄らずともわかってた事なんだけどね。

 とりあえずは顧問だ!って事で、私は三度職員室へと赴いていた。
 向かう先はやはり三度、同じ場所で。
「百瀬先生!」
「なっ、なんだどうした。今日は職員室訪問がやたら多いな?」
 放課後の遅い時間。空はその色を暖色に寄せていた。
 朝や昼は多かった先生の数もぐっと減って、今や広い部屋の中には片手で足りる程しか居ない。
「お願いがあるんですけど!」
「お願いって……だからお前、おねだりは無理だと」
「ンな事言ってねー……じゃない、無いですから!」
 ――いや、でも待てよ?もしかしたらこれはおねだりの一種になるのかもしれない。
 そう思ってコホンと一つ咳払い。
 それから口を開いた。
「あの、百瀬先生は今どっかの部活の顧問やってます?」
「え?いやー、副顧問ならあるけど」
「ちなみにそれはどこの?」
「陸上部」
 チィッ 陸上かい!
 てな事はおくびにも出さず、なるほど、と呟いた。
「じゃあ正顧問は無いんですね?」
「お、おぉ……」
 私の言いたい事がわかったのだろうか?少し不審げな眼差しに変わったような気がする。
 それでも構わず私は言った。
「ズバリ言います。演劇部の顧問になってください!お願いします頼みますお願いします!!」
 ガバッと頭を下げる。
「えっ、ちょ、えええ!?や、待て待て演劇部?あれ、廃部じゃなかったのか?」
「廃部になってないです!危ないけど、ギリでまだ存続中!……でも顧問の先生が居ないんです。だから、ね!」
 顔の前で両手を合わせて拝みのポーズ。
「えええ……でも正顧問て……色々めんどくさそうじゃないか……」
「放任で結構ですんで!名前だけでも!」
 ウーンと考える百瀬先生を拝んで拝んで拝み倒して、
「……ほんっとーに何も出来ないからな?それでもいいんだな?管轄外なんだからな?」
「うん、いい!最高! ありがとうございます!!」
 とうとう口説き落としたぜ!!
 激しくガッツポーズを取ると、百瀬先生は――ううん、俊兄ちゃんは、小さいため息と共に笑った。
「そういう所変わらず育ったんだな。元気なのはいい事だけど、空回りしないように。暴走とかしてさ、櫻にまた迷惑かけるなよ?」
「櫻?迷惑なんてかけた覚え無いよ!」
「……自覚無しか。アイツは随分大変だったと思うぞ、お前のお守」
 ふーやれやれ、と肩を竦める俊兄ちゃん。
 お守とか、ほんっとーにされた覚え無いし!!むしろこっちが迷惑な事とかもあったし!……あ、あったと思うし!
「まぁ、アイツは陸上部のホープだからな。あんまりメンタル面で苛めないでくれよな」
「苛めてないもん。あっちのが苛めてくるもん」
「ン……まぁ、それでも、だ。な?」
 俊兄ちゃんの言葉に渋々頷く。いや、本当に苛めた覚えは無いんですけどね!?

 そんなこんなで余計な話もついてきたけど、百瀬先生を顧問に迎えられる事が確定!
 という事で、それを早速奏和先輩に伝える事にした。

 ピポピポパポ

 昨日一回目に行った時にその場のノリでメールアドレスは教えてもらったんだけど、電話番号はわからなかったんだよね。
 でもさっき、電話の方が早く伝えられるかもしれないからって事で、そちらも教えて頂きました!
 ――しばらくの発信音の後、プツと小さい音がして奏和先輩の声が聞こえてきた。
スチル表示 『もしもし?美波ちゃん?』
「あ、はい!そうです!あの、顧問の事なんですけど。百瀬先生が受けてくれました!」
『えぇっ、本当?まさかそんなに早く決まるなんて、美波ちゃんってばすごいじゃないか!』
「へへへー」
 ぽりぽりと頬をかく。やー、照れますなぁ。
 って、これは“親戚効果”に他ならないとはわかってるんだけどね……。
「そちらはどーです?誰か入ってくれそうですか?」
『うーん、一応知り合いに当たってるけど無理そうだねぇ……皆それぞれにやる事があって部活入ってない人が多いし』
「そうですか……まぁ、でもなんとかなりますよ、きっと!」
『ふふ、そうだね。美波ちゃんのその言葉、聞いてると本当になんとかなりそうって思えてくるよ』
 電話口の向こうから優しい声。
 文殊の知恵会議の時に見せてくれた素敵な笑顔を思い出して、何故か赤面してしまう。
 それだけでも十分怪しい人になってしまったと言うのに、更に先輩は追い打ちをかけてきた。
『本当に、美波ちゃんのおかげだよ。僕がマイナス方向にしか考えずに投げ出したことを全部やり直させてくれてる。
 これが人生での分かれ道になっていたとしたら、美波ちゃんが居たから僕はこちらを選べたんだ。大げさかもしれないけど、君が居るから今の僕が居る。そうだな――もしかしたら僕らが出会うのは運命だったのかもしれないね』

 ……………………は、ひっ?!?!?!

選択肢1

奏和 +1

「え、ちょ、いや、あの!か、奏和先輩?!」
『ん?どうかした?』
 いやいや、どうかした?じゃないでしょうよ!今貴方何仰いましたん!?
「そ、その……何やら赤面モノの台詞が聞こえたような気がしまして……」
『え?そんなに恥ずかしいかなさっきの……。でも赤面って事は、美波ちゃん今真っ赤なの?』
「へっ!や、そーいうワケでも!」
 ――そーいうワケでも、あるんだけど。だって赤くならない方がおかしいでしょ!
『可愛いなぁ美波ちゃん。今僕がそっちに居ないのが残念だよ』
 っっっ~~~?!?!?!
 ま、まだ言いますか!!!

奏和 +2

 一瞬フリーズしそうになったけど、なんとか持ち直して口角を上げる。
 誰かが見たら引きつり笑いに見えたかもしれない。
「だ、だったらいいですね~。え、えへへへ」
 運命とか。芳くん以外でここまで言っちゃう人初めて見たよ。(正確には見たではなく“聞いた”だけど。
『あれ?その声はまともに受け取ってくれてないね?僕は本気で言ったんだけど』
「え、いや、だってそうは言われても……なんとも」
『信じてくれないなんて悲しいなぁ。――なんてね。ううん、別にそれでもいいんだ。僕が言いたかっただけだから。
 本当にね、美波ちゃん。僕は随分と無気力になっていたんだ。それを治してくれたのは君なんだよ。だからね、ありがとう』
 優しい声で先輩は言う。
 さっきの運命がどうのこうのより、随分と胸に響く言葉だった。
 だから、素直な気持ちで「ありがとうございます」ってそう返そうとした時だった。

 ちゅっ

 ……電話越しの聞こえたのは、こんな音。
「せ、先輩、今、の、は……」
『ん?電話越しのお礼のキス。聞こえた?』
 ぎゃあああああああ!!!!ななななな、何をしてんですかあああああ?!?!?
『大丈夫大丈夫。ほっぺのイメージだから』
 関係あるかああああ!!!!

選択肢1 終わり

 ◇

 ぜはーっ、ぜはーっ!
 と肩で息をする。走った後でも無いのになんという事か!
 そんな事をしていたら、電話口からはこんな声が聞こえてきた。
『ふふ。じゃあ、また明日ね美波ちゃん。今日は本当にありがとう』
「あっ、はい!えと、こちらこそありがとうございました!」
 まもなく切れる電話。
 ツーツーという音を聞きながら私は思っていた。
 恐るべし演劇部……ロクに活動していないと言っておきながら、クサい台詞やらはすぐに出てくるんですね!?
 私もはたしてこうなれるのか、とか見当違いの事を考えて意識を逃避させる。
 そうでもなければ今すぐにでも頭が沸騰してしまいそうだったからである……。


 * * *


 翌日。私と恵梨歌ちゃんはクラスの人や知り合いに猛アタックをかける事にした。
 しかし1年は強制入部、これの影響は非常に大きかった。ほとんどの人が、勧誘会の時にサクッと決めてサクッと入ってしまっていたからだ。
「うう……見つからないよおお……」
 ぐでーっと机に突っ伏す。
 全員が入部し終えるのは大体一週間後くらいまで。
 その辺りまでに集めないと、存続は非常に危なくなってくるのだ。……が、頑張ると言ったんだからやらなきゃ美波!
 とは思うも、勧誘相手も思いつかない。片っ端から声をかけてみたものの、不発弾ばかりだった。
「本当にどうしようかなぁ」
 ぼそりと呟くと、隣の席から声をかけられた。
「随分疲れているようだけど、どうかしたのかな?」
「城崎君」
 そういう貴方はいつも落ち着いてらっしゃる……とここまで考えてハッとなった。
 そういやそうだ。この人には訊いてないぞ!?
「城崎君!」
「ん?なにかな?」

選択肢2

「お話があるんだけど、いいかな?!」
「な、なんだいいきなり……」

冬輝 +1

「付き合って貰えないかな?!」
「……は、い?」
 途端、城崎君の顔が赤くなるのがわかる。おー素晴らしい、りんごほっぺの出来上がりだ。
 なんて、茶化しつつも私も顔もきっと赤い。だってさっきの台詞じゃあちょっと勘違いしてもおかしくないもの。
 ええい気が急く状況だったからと言って、言葉ははしょっちゃダメだぞ!
「えっと、その、付き合うっていうか……ですね。ちょいとお話をまず聞いて頂いて!」
 と何故か妙な敬語を交えて言い直した。
「……?よくわからないけど……うん、まぁ、聞くよ」

選択肢2 終わり

 ◇

「あのさ、城崎君ってもう部活は決めた?」
 名前の部分だけ変えて、もう何人に訊いただろうか。その度に返ってくる言葉はYだったので今度はNでお願いしたい!
 ちなみに何故アルファベットかと言うと、返事を貰う前に自分で単語として思ってしまうと、そっちになるんじゃないか――という、まぁ一種の妄想があるからだ。人間考えすぎると良くないね、っていう典型なので皆さんはお気をつけて!
 さて……城崎君はどうだ!?
「いや」
 “い”から始まったって事はイエスか……。ハァ、新たな不発弾……。
 なんて事を考えてふーと息をついたそのすぐ後に、ガッシャンと椅子を倒すくらいの勢いで立ち上がった。
「えっ!!!“いや”? え、じゃ、じゃあまだって事!?」
「うん、まぁ、そうなるね。気になる所は一通り回ったんだけどしっくり来なくて。どこか良い所はあるかな?」
「あああ、ありますとも!!演劇部オススメ!すっごくオススメ!!」
 コクコクコクと頷きを繰り返して、両手を固く握り締める。
「演劇部?」
「そう!あの、部員数は少ないんだけどね、でもいいトコだから!是非私達の部活ライフに付き合って貰えたら、と!」
「でも勧誘会には居なかったと記憶してるんだが……」
「まぁ、それは諸事情がありまして!でも部員大歓迎だから!ね、どうかな?!」
 ウーンと顎に手を当てる城崎君。
 頼む、頼むから入ってくれえええ!!!
「……そうだな。じゃあ、一度部室にお邪魔させて貰うよ」
「やったあああ!!!お待ちしてますんで!!!」
 ガシッと城崎君の腕を掴んで上下にフリフリ。
 うはっははーい、これでもうゲットしたも同然なハズ!
 
 早速恵梨歌ちゃんに報告だ!そう思って教室を見渡すも、その姿は無い。
 あれ?どこ行ったかな、と廊下へひょこっと顔を出す。
 するとその出した顔をポカッと叩かれた。
「……ちょっと、何すんのよ櫻」
「いや、もぐら叩きかと思って」
「誰がもぐらか!」
 さすさすと叩かれた所を押さえながら言うと、ニヤッと笑われる。
「へぇ、その程度の反応か。……何か良い事でもあったのか?」
「えっ、な、なんで?」
 思わずドキッとした。何故コイツにそれがわかるんだ?!
「いつもの美波なら、こんちくしょうバカヤローめケチョンケチョンにしてくれるわ誰がもぐらじゃどアホう!くらい言うかな、と思ったんだけど」
「……ちょ」
 いくら私でも――いや、まさか、そこまで口悪く……うん、無い、と思うんだけど!
「で、なんかあった?」
 ニコッと笑う櫻。
 邪気の無さそうに見えるその笑顔につい負けてしまう。
 私もにへっと笑って、言った。
「えへへ、演劇部の部員ゲットしたんだ~」
 すると途端笑顔が崩れて悲しそうな顔になった。
「演劇部ってお前……まだそんな妄想してたのか。ホントは無いんだろ?そんな部活」
「ななな、なんでそういう思考になるかなぁ?!あるって言ったじゃん!先輩の話もしたよね!?」
「でも1人しか居ないから部活じゃねーじゃん」
 ……そうだ、そういう指摘も受けたっけね。
 ふっふっふ、でも今の私にはそんなもの些細な事に過ぎない!
「もう4人いるもんね!4!わかる?!」
 ズビシッと四本指を立てて私は言った。
「あとね、1人部員ゲットしたらちゃんと部活としてやっていけるんだ~。……あ、櫻、どう?」
「いや、俺陸上部だし」
「そう言わずに~。ね、お願い!もし入ってくれたら何でも聞いてあげるから!」
 へこへこと頭を下げる。
 ま、どうせ推薦だしこんなの相手にしないってわかってるけどさぁ。
「……何でも?」
 と、思ってたのに何故か食いつく櫻さん。
「え、いや」

選択肢3

櫻 +2

 予想外の反応をされて驚いたけど、一応コクリと頷いておく。
「う、うん、まぁ……何でも、かな?」
「本当に?」
 何やら真剣な表情の櫻。い、一体何なんだ?
「じゃあ俺がもし――」
 と櫻が言いかけた所で私はハッとした。
「あ!ちょっと待って!高いのは無しだからね!せいぜい学食で済ませること!」
 途端脱力したように大きく息を吐く櫻。
「学食って……お前――あー、はいはい……つまり“何でも奢る”って事ね」

櫻 +1


 ちょっとばかし予想外な反応だったけど、それは気にしないことにして!
「おう、どーんと来い!だよ!何でも言ってみたまえー!」
 なんて大盤振る舞いをしてみたり。
 まぁ、櫻の事だし適当な事言うんだろうけどさ。
「その軽いノリが気になるけど、言ったからには本当に何でも聞いて貰うぞ?いいのか?」
 真剣な顔でそんな事を言うヤツに、私はドンと胸を叩いて見せた。
「大丈夫、学食で何でも好きなモノ奢ってあげる!……いや、でも高いモノは無し、だけどねっ」
「……なるほど。まぁ、そんなこったろうと思ったけど……そっちか」

選択肢3 終わり

 ◇

 力の抜けきった櫻が肩を落としていた。……ん?私なんか悪い事言った?
「ったくよ……学食の飯くらいじゃあ俺は釣れないっての」
「やー、うん、わかってたけどね。だって櫻が陸上好きなの知ってるもん。からかってみただけだよ」
 あっけらかんと言うとジト目で睨まれた。
 むー、いっつもそっちだってからかってくるじゃないか!
 こっちも睨み返してやると、これまた盛大にため息をつかれた。
「……まぁ、そうだけどよ。お前、他のヤツにこーいうお願い事の安売りすんじゃねぇぞ。バカだと思われるから」
「バっ?!」
 あんまりな言いように反論しようも、すぐに櫻は教室の中に入ってしまう。
 行き場を無くした怒りは、とりあえず廊下へ降ろす足に籠めるしか無かったのだった……。