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▼ 第1章 第3話 後編

 準備は着実に進んでいた。
 放課後は那月君と同じくちゃちゃっと帰り支度をしてすぐに幼稚園に飛んでいく。
 そして時間の許すまで――というか幼稚園の皆さんに迷惑がかからない程度に――必要なものを作っていく。
 演技なんてものはよくわからないので、とりあえず台詞を覚えて、保母さん達に見てもらいながら進めていく。
 肺活量とか体力も必要だから、寮の門限ギリギリまでジョギングもする事にした。
 そしてご飯の前に腹筋背筋スクワットも。
「うひぃーっ、コレキツいよーっ!」
 ジョギングはともかく、腹筋が地味にキツい。……この100回って設定は一体どこから来たんだッ。
 てな事を恵梨歌ちゃんに言うと、
「吹奏楽部の人の意見を参考にしたんだよ。毎日部活前にそれしてるって言ってたから」
「おおぅ……」
 吹奏楽部は肺活量命なトコだからなぁ……一見優雅に見える楽器演奏も影の努力はすさまじいって事か。思わず水鳥の水面下の動きを思い浮かべる。
「でもさー、演劇部だし、これ以外に発声練習とかもしなきゃいけないんじゃないかなぁ?」
「……そうなんだよね」
 よく聞く、あ・え・い・う・え・お・あ・お、とか言うヤツだ。
「でも幼稚園でそれやったら流石に迷惑でしょう?こっちでやってから行くようにした方がいいかもしれないね」
「だよねぇ……」
 色々発声練習の仕方はあるようだけど、どのやり方をやっても大声を出す所は入ってくる。
 それを幼稚園でいきなりやり始めたらご近所迷惑になりそうで。
「一応百瀬先生に相談してみようか?」
「んー、そだねー」

 という事で一応顧問な先生に相談。
 そしたら別に部室でも外でも自由に使っていいとの事。運動場とかは別だけどね。
「他の部活もそうしてるだろ?吹奏楽やコーラスの練習見たこと無いか?」
「……えーっと」
 見たことありませんなぁ。と苦笑したが、恵梨歌ちゃんは深く頷いていた。
「そういえば外で練習してますね。じゃあわたし達もしていいんだ……良かったね、美波ちゃん!」
「うんっ」

 ここで1日のメニューが大体決まったような気がする。
 発声練習をここでやるんだし、という事でとりあえず部室に集まってジャージでジョギング→腹筋→背筋→スクワット→発声練習の順番。キツい事はキツいけど、陸上の練習だってこれくらいはしてたしね!むしろ鈍ってたのを取り戻せて良かったかも。
 そしてその後に制服に着替えなおして幼稚園へ向かい、道具などを作らせて貰う。
 大道具や小道具など、演技以外にもまるきりわからないものがたくさんあったけど、そこも園長先生や保母さん達が手伝ってくれた。
 なんと園長先生は日曜大工が趣味とかで、工具もたくさん持っていてかなり色々作ってくれたんだ!聞けば運動場に設置されたベンチや部屋の中のちっさい椅子なんかは園長先生の手作りらしい。可愛いデザインだなぁ、どこで買ったんだろなんて思ってた私はその事実にびっくり。
「子供のサイズに合うものってのはなかなか売っていないからね。自分で作った方が速いと思ったんだよ」
 そう言うけれど、普通そう簡単に出来るモンじゃあありませんぜ……。

 という事で道具類はだいぶ出来上がってきていた。
「先輩、そういや音とか光とかはどうするんです?あーいうのも重要でしたよね」
 大道具を作りながら奏和先輩に話しかける。
 先輩は今ポスターカラーを手に紙芝居を製作中だ。ちょこっと見せてもらったけど、可愛いのなんのって!ほわほわだよ!
「音響と照明か……そういえばそうだねぇ、考えても無かったよ」
 やはりそうか。
 とは言わないで置く。
「照明はともかく、無音ってのはちょっぴし寂しいモノがありますし……何か考えないと、ですよね」
「だね……」
 今の世の中、もしかしたらそういう素材があるのかもしれない。市販ので安くて良いのがあったらいいなぁ。
 そんな事を考えながら作業を進めて、その日は寮に戻った。

 課題を済ませ、腹筋を数回やってから食堂に向かう。
 美味しそうな匂いの立ち込める部屋で思いっきり息を吸って思わずニヤけてしまう。へへ、今日はからあげかぁ~。
「随分楽しそうねぇ、からあげ好き?」
「へへ、そりゃあ好きですよー!家でも好きだったけど、ここの料理美味しいから更に好きになりました!」
 食堂のお姉さんが話しかけてきたのでそう答える。
 いや、ホントに美味しいんだ、ここのご飯!
「嬉しい事言ってくれるねぇ~。作り甲斐があるってものだわ!」
 そしてオマケだよ、とからあげを1個増量してくれた。うっはー、いいんですかー!!
 次に並んでた恵梨歌ちゃんにも同じようにオマケをしてくれる。
 渡された時に
「演劇部、頑張って」
 なんて言われたそうで。
「……部活の事とかあんまり話さないのに何で知ってるんだろうね?」
 と恵梨歌ちゃんは不思議がっていた。
「んー、そのひぇんは他の人がはにゃすんじゃにゃい?情報もーがすごい、って可能性もふぁるし」
 もっぎゅもっぎゅとご飯を口に含みながら言うと、
「……美波ちゃん、口の中のもの食べてからでいいよ……」
 おっと、こりゃ失敬。
 しばらくご飯に専念して、っと……。
「ホラ管理人さんとか寮生の事全部把握してるじゃん?だから食堂のお姉さんもそうなのかもよ」
「そうかなぁ~」

 ちなみに寝坊するとやってくる管理人さん襲撃事件。――こないだばっちし体験イタシマシタ。
 筋トレ始めてすぐの頃に疲れまくってぴーすか寝すぎちゃったんだよね。私だけじゃなく、恵梨歌ちゃんも。
 そしたらドアをダンダンと叩かれて、それでも起きなかったから鍵開けて中に入ってきて布団をひっぺがされました。
「こら!早く起きないと朝ご飯抜きよ!それに、二人とも一時間目は体育でしょう?!早めに行かなきゃダメよ!」
 と。
 その時は気が動転してて気づかなかったんだけど、どうやら時間割まで把握しているらしいのだ。
 うーむ、恐るべし管理人さん。そのくらい情報を持っとかないと管理人なんてのは出来ないんだろうか。

 ま、そんなワケできっと情報持ってるんだよ!
 という風に落ち着いた次の日の朝ご飯にて。
「はい、これプレゼント♪」
 そう言って可愛いラッピングの袋を渡された。
「えっ、これは一体……?誕生日じゃないですよ、私」
「いやぁ、流石のあたしもそこまでは把握してないけどね――そうじゃなくて、日々頑張ってる演劇部員に差し入れってヤツよ」
「ええっ?!」
 これはむしろ誕生日のプレゼントっていう方が驚きが少なかったに違いない。
「こないだも思ったんですけど、なんでわたし達の部活知ってるんですか?」
 恵梨歌ちゃんがそう言うと、お姉さんはあっけらかんと答えた。
「だってよく発声練習してるじゃない。あたしの通る道の近くだからよく聞こえるのよね、懐かしかったわ~」
「え、懐かしいって事は……もしかして演劇部だったんですか?ここの!」
 驚いて訊いたけど、それには首を振られた。
「ううん、違うけどね。あたしの通ってた頃はすごい部だったのよ。何十人もの部員がいっせいに発声練習してるのなんて圧巻だったわよ~。近くで吹奏楽も外練してたから、ちょっとした騒音だったわねぇ」
 何十人の発声+吹奏楽とか……そりゃ確かに騒音だ。
「ここ数年落ちぶれて練習なんてしてるの全然見なかったけどさ、最近ちゃんとしてるの見て、昔とは違うけどなんか嬉しくなっちゃって」
 と、お姉さんは笑う。
「だからね、差し入れ!頑張ってね!」
 ぽんと頭を撫でてからお姉さんは颯爽とキッチンへ戻っていく。
「……。……やたっ、クッキーげっとだ!」
「いや、まぁ、そうなんだけど……いいのかなぁ」

 *

 貰ったクッキー片手に寮を出る。1枚頂いてみたのだが、ほっぺた落ちるほどンまい!ラングドシャっていうんだっけ?こういうのって作るの難しそうなのに、すごいなぁお姉さん。
「恵梨歌ちゃん食べないのー?」
「うーん、今はいいかな……」
 かなりいっぱい入ってたのでもう1枚くらい貰ってもいいかな、と手を伸ばす。
 と、
「美波、通学途中に菓子食うのはやめろって」
「……む、ぐ。……櫻……」
 口の前に構えた所で櫻さん登場。
 呆れた表情でこちらを見ている。……そんな顔で見られたままだと食べれるモンも食べれないではないか。
 ジロリと抗議の視線を送るも、櫻の視線の方が強くて根負けしてしまう。
 うう、こうなりゃ!

選択肢1

 えいっ!
 とたたんっ、と櫻に駆け寄ってその口にクッキーを詰め込んでやった!
「んぐっ?!」
「へっへっへー、これで櫻も共犯だ!」
「ぶはっ、おまっ、いきなり何すんだバカ!」
 はたかれそうになるがスルリと回避。
「でも美味しいでしょー?食堂のお姉さんがくれたんだよ!」
 女子寮の食事もね、すっごい美味しいんだ~とも付け足してみたり。

櫻 +1

 とたたんっ、と櫻の方に駆け寄る。
 そして手に持ったクッキーを顔の近くまで持ってって見せびらかしてやった。
「へへーん、いいでしょー!ホラ、あーん」
 とやっておきながら、サッと進路を変えて自分の口に運んで――
 と思っていたのに、
「っ?!」
 突然ぐいっと腕を引っ張られた。
「……ン、ごっそさん」
「ああああああ!!!!!ちょっ、何してんの!??!」
 哀れ私の手の先のクッキーさんは櫻のお腹の中へ……。ていうか、指まで咥えられた気がするんですけどッ、最低だ!
「へぇ、結構美味いじゃん。どうしたんだ、コレ」
 ケロリとしている櫻に蹴りの一発や二発、三発四発……百発くらい加えてやりたいトコロだけど。
 すーはーすーはー。
 深呼吸を繰り返して気持ちを落ち着ける。こ、こっちにも落ち度はあったし、、ここは我慢だ美波!
 気を取り直してクッキーの話題に意識を向けた。
「お、……美味しいのは当たり前だよっ。食堂のお姉さんがくれたんだから!」
 女子寮の食事もすっごい美味しいんだから、参ったか!なんて事も付け足して。

選択肢1 終わり

 ◇

 それから学校に着くまで延々食堂の話とか。
 どうやら男子寮の方も随分美味しいらしい。……一度食べてみたいかも、とか思ってみたり。
「それにしてもなんで食堂の姉ちゃんがクッキーなんてくれるんだ?知り合いか?」
「ううん、違う違う。私にっていうんじゃなくて、“演劇部に”だよ」
「……はァ?」
 いつもならカッチーンと来てしまうその言動も、なんとなくわからないでも無い。
 だって食堂の人が部活宛に差し入れとかってあんまり考えられないしね。
「なんかここの出身の人で昔の演劇部知ってるんだって。で、私達の練習見て頑張ってね~って。良い人だよねぇ」
「へぇ」
 残りの分は放課後部室に行った時に皆に配るとして、っと。
 鞄に仕舞い込んで思わずニヤける。
「てか演劇部って活動してんだ?練習だけか?」
「へっへーん、違いますー!今度幼稚園でやらせて貰える事になったんだ!」
「えっ、マジかよ。……これホントか秋ヶ谷?コイツの妄想じゃなくて」
 私の横を歩く恵梨歌ちゃんにわざわざ訊きなおすとか……いい度胸してるじゃないかッ!
「妄想って……本当だよ。かえで幼稚園っていう近くの幼稚園で劇させて貰える事になってね」
「……そっか……じゃあ、一応ちゃんと部活として動いてんのか……」
 何か考え込むように顎に手を当てる。
 その“一応”ってのがすごく気になるけどね。
「で?その劇の日はいつなんだ?」
「え……な、何で?」
「何でってお前そりゃあ、美波の勇姿を見なきゃいけないだろ」
 嘘つけ!アンタが見たいのは絶対に勇姿じゃないでしょーが!
 華麗にスルーして教えないでおこうと思ったんだけど、その前に恵梨歌ちゃんが答えてしまっていた。あ゛あ゛あ゛あ゛、何故言ってしまわれるのですかあぁっ。
「言っちゃダメだったの?」
「ダメもダメダメだよー!絶対からかいが目的に決まってるんだからさぁ!」
「……そうなの、春日井君?」
「ンなわけなーじゃん。可愛い可愛い美波のために観客になってやるっつーのに酷いなぁ」
 うりうりっと肘で突いてくる。ち、ちくしょう……もうからかいモードに入ってやがる……。
「もう行こっ、恵梨歌ちゃん!城崎君にも話しておきたいしっ!」
 くいっと恵梨歌ちゃんの腕を引っ張って早足にする。
 けどそれに余裕でついてきた櫻が不審げに訊いてきた。
「は?城崎?……何でだよ」
「だって演劇部の人にって貰ったんだもん。話したいじゃん」
「いや、だからそれでなんで城崎が出てくんだよ?」
 これにはこちらが“は?”の番だ。
「城崎君演劇部だもん、当たり前じゃん」
「……マジかよ」
 何故か絶句な櫻さん。てアンタ知らなかったのか、席近いのに。
 一拍ほど置いてから首を横に振って、
「じゃあお前等、放課後もずっと一緒に居んのかよ」
「それも当たり前じゃん。一緒の部活なんだから。櫻、頭のネジ外れてんじゃないの?」
 ズバッと皮肉を入れてみるも、それに対する反応はどうにも薄い。
 それどころか完全に黙ってしまった後に、
「てっ?!」
 突然手刀をお見舞いされた。
スチル表示 「なっ、にするかな?!」
 ギッと睨んでやったけど、それには冷めた目で返されて。
「……バーカ」
 そんな台詞を残して、さっさと走って行ってしまった。
「な、な、な?!何だアレ!?」
「ふふ、さぁ、なんだろうねぇ」
 横で恵梨歌ちゃんが笑ってるが、私は腑に落ちない何かを感じてとても笑える気分では無かったのだった……。

 *

 貰ったクッキーは数が多かったので、部室では分けずに幼稚園まで持ってきて先生達にも配った。
 一人ひとりの取り分は少なくなるけど、こういうのは大人数で一緒に食べると美味しさもひとしおだよねぇ。
 ……しかしそんな幸せ気分もつかの間、クッキーと櫻を連想させてしまってピキと青筋が走った。

「――てな事があったんですよ!」
 ばむっ、と叩くは赤い布。
 今度は衣装作りに入っていた。これは赤ずきんちゃんのトレードマーク、赤頭巾だ。フード付きのポンチョみたいな感じにする予定。
「それは大変ねぇ。で、その男の子は見に来るのかしら?」
「さー、わかりません。でも来てほしくないなぁ……」
 私は裁縫を教えてくれている保母さんに向かって愚痴ってしまっていた。
「あらら、どうして?」
「だって……絶対笑われるに決まってますもん」
「それは役柄として?」
 首を横に振る。
「違います。演劇やってる事自体をです……似合わねー、ぷぷぷ、とか言いますよきっと!」
 うわー、なんかもうリアルに想像出来る!
「そうかしらねぇ……でもお客様が増えるのは良い事よ?親御さんたちにも今日話したんだけど、皆さん興味を持ってくださったから、多分たくさん来てくれるわよ」
「えっ、本当ですか!わー嬉しいな~!」
 最初は園児達だけに、って思ってたんだけど先生達の計らいで親御さん達も来てくれる事になったんだよね。更には劇の後はちょっとしたパーティにするとかで、正直劇そっちのけで今から楽しみにしてたりする。……て、ダメか。
「ようし、頑張らなくっちゃですね!……あ、そういえば」
「ん?どうかした?」
 ふと音響と照明の事を思い出した。あれからまだ何も進展してないんだっけ。
 その事を保母さんに話していると、後ろから奏和先輩も会話に加わった。
「照明はスイッチ操作させて貰うとして、音響はコンポとか持ってくれば大丈夫でしょうか?」
「そうねぇ……効果音とか入れるなら必要かしらね。奏和君は寮だったわね、持ってこれるの?」
「いえ、僕は無理なんですが、那月君達が持ってるらしいので」
 ふむ。音を流す機械については問題無さそうだけど、重要なのは流す音の方だよね。
「必要なものをリストアップして、市販のもので揃えたりしたらいいんでしょうか?」
「そうした方がいいかもしれないけど……結構高かったりするわよ?」
「うっ……い、一応予算は出てるんですが――無理でしょうか」
 しどろもどろで答える奏和先輩。
 予算……ハハ、どうせ雀の涙なんだろうなぁ。
 するとこれまた後ろで聞いていたらしい園長先生が話に加わった。
「効果音集とか、捨ててないなら演劇部の部室にあるんじゃないかな?昔は色々持っていたように記憶しているが」
「あ……そうか」
 ぽんっと手を打って、
「そういえば見たことある気がします。整理中に……」
 殺風景だった部室も、放置してあったダンボールの中身を出したりしてなかなか部室らしくなってきていた。
 先輩が言うには、その“中身”の中に効果音集があったのだとか。
「じゃあ、それ使えばいいですね!良かった~」
 どれだけ古くたって効果音に新旧も無いだろうから、問題なく使えそうだし。
「うん、そうだね。良かった!」


 * * *


 効果音集は無事に見つかり、そして合間のBGMはなんと保母さんがピアノで弾いてくれる事になった!
 そういえば皆ピアノ上手だもんなぁ……なんだかお世話になりっぱなしで悪い気もするんだけど、お言葉に甘えさせて貰う事にした。
 恵梨歌ちゃんも上手いらしいんだけど、今回は主役だしね。いつか聴いてみたいものだ。
「衣装も大体出来てきたから、暇なときにでも合わせてみてねー」
「了解」
「おう!」
「うん、わかった」
 大道具・小道具・音響・照明・衣装――と大よそ必要であろう物は着々と揃ってきていた。
 そういったものを作りながら、演技の方も練習していっている。
 元々がダメだったんだろうけど、発声練習し始めてから心なしか声がはっきり通るようになったし、成果は出てるハズ!
 グッと拳を握って明後日の方向を見ていると、ハラハラと顔の前で手を振られた。
「……何やってんのさ、那月君」
「どっか意識飛ばしてんじゃないかと思ったんだよ。大丈夫か、美波」
 どーいう心配だよソレは。
 ふー、やれやれと息を吐いて肩を竦める。
「私の気合を入れた演技がわからないとはダメダメですな……そんなので果たして狼になれるのかな、那月君!」
 なんて、妙なテンションで高らかに叫ぶ。
「なにぃっ。オレの日々の頑張りを見た上でそれを言うかぁ?!」

選択肢2

那月 +1

 叫ぶ那月君にチッチッチと指を振った。
「確かに頑張りは見てる……けど、まだまだ襲いっぷりが足りないと見た!
 それじゃあ今流行りの草食系になっちゃうぞ~」
 ケラケラ笑っていると、突然那月君が目の前に立った。
「……? あ、あのー……」
 そして、

 ちゅ

「っ?!?!?」
 髪をぐいっと上げられて、それからおでこに感触が。
 思わずバッとその場を離れて額を押さえた。
「……これでも、草食系とか言うのかお前は。言うならもっと違う所がっついでもいいんだけど」
「ご、ごめ……て、訂正させて頂きマス……」
 あまりの出来事に何か言い返す事すら出来なかった。
 一拍置いて、ぼわんと顔が熱くなる。
 ……な、何してくれるんですか那月君!!

那月 +2

「はは、ごめんごめん。ちゃんとわかってるって」
 ひらひらと胸の前で手を振る。
 実際に那月君だけじゃない、皆この数日頑張ってきたもん!
 しかしどうやらその答えはお気に召さなかったらしい。
「いーや、お前はわかってねぇ」
 と言って、ぐいっと私の腕を引っ張った。――は、い?!
 気づいてみればすっぽり那月君の腕の中。
 耳元でボソリと呟かれる。
「……どうだ狼、だろ?」
「?!」
 思わず突き飛ばすくらいの勢いで離れて肩で息をする。
 ニヤッと笑った顔。
「~~~~っっ!!!!」
 一瞬で顔が赤くなった。
 な、何するのさ那月君!!

選択肢2 終わり

 ◇

 うう、何だかしてやられた感があるぞ!
 そりゃあ私が先にからかいのような事を言ったのが悪いんだけどさぁ……で、でもなんか卑怯だっ。
 そう思いながら那月君を睨んでいると、その背後にサッと人影が現れた。
「何やってるんだ那月」
「うああああっ?!?!?!」
 それは城崎君で。
 私の方からだと誰かわかってたんだけど、那月君からしたらめちゃんこビビったんじゃないだろうか。
 心臓の辺りを押さえて目を見開いていた。
「ちょっ、ま、じで脅かすなよ冬輝!!!」
「別に脅かしたつもりは無かったんだが――この程度で驚いたのか?ビビりか?その年になってビビりとは可哀想に」
 ……あ、あれ?なんか言葉の端々に毒を感じるような……?
「冬輝……お前、いつにも増して酷い……」
 それは那月君も感じていたようだ。
 どうかしたんだろうか?
 おずおずと訊いてみる。“何かあったのか”と。
 すると盛大にため息。それからこちらを向いて、
「……ごめん、少しイライラする事があって。那月でストレス発散してたんだ」
「おまっ!!!そーいう事やめろよな!!!」
 涙声になって那月君が叫ぶ。……ハハ、良い演技だねぇ。――演技なら、だけど。
「そーいう風にするから今度はオレにストレスが溜まんだろぉ?!ソレはどうしろってんだよ!」
「それは――那月だし、いいじゃないか?」
 なんてにっこ~と笑う城崎君。なんか……本当に変だ。
 いや、もしかしたらこれが二人の日常なのかもしれないけど。
「本当にどうしたの城崎君」
 言い知れぬ何かが背筋を上がってくる感覚がして、私は思わずそう訊いてしまっていた。
 城崎君はこちらを見て少し考えた後、
「……いや、大丈夫だよ。きっと勘違いだから」
 優しく笑ってそう言って、その後は何も言ってくれなかった。
「何だアレ」
「……弟の那月君にわからないなら、私にわかるワケ無いじゃん……」
 何か変なモノは感じるんだけど、それが何なのかわからないモヤモヤ感。うーん、本当に何なんだろう。

 その後軽く衣装合わせをして、手直しもして――うん、なかなか良さげだ。
 一人衣装の必要の無い奏和先輩は未だ黙々と紙芝居制作を続けていた。
 その作業をひょっこり後ろから覗いてみる。
 そこはもう最後の1枚、笑顔の赤ずきんちゃんとおばあさんと猟師の絵だった。
「先輩、完成もうすぐですね!」
「うん……思ったより時間かかっちゃった。やっぱり難しいねこういうのは」
 額の汗を拭いながら先輩は言う。
 思ったよりって――むしろ私は思ったより“早い”なと思いましたけどねぇ。
「しかし先輩、絵上手いですよね……美術得意でしょう?」
「いや……それとこれとは違うんだよね……」
 苦笑してるけど、実際に他のも上手そうなんだよなぁ。
 あ、もしかして――!

選択肢3

「先輩って画家志望だったりするんですか?」
「へ?い、いきなり何を――」
 ぎょっとしたような顔でこちらを見る奏和先輩。……あれ?外したか?
「いや、だって絵描くの上手だったんで……」
「うーん、そう言ってくれるのは嬉しいけどちょっと違うかなぁ」
 ちょっと、ってどういう事だ?

奏和 +1

「先輩も絵本作家志望なんですか?」
「……え、な、何で?」
「いえ、あんまり根拠っぽいのは無いんですけど――絵本っぽい絵描くの上手なんだったらそうなのかなぁ、と」
 他のも上手そうですけどね、と付け足しておく。
「ふふ、ありがとう。そうだね、それに近いかもしれないなぁ」
 ん?どういう意味だろ?

選択肢3 終わり

 ◇

「僕ね、保父さんになりたいんだ」
「……ってーと、あの保母さんの男性バージョンの……」
 園長先生みたいなモノ?
「うん。昔からの夢。こういう絵を描けるようにしたのも子供受けを考えて――っていうとちょっと嫌な感じになっちゃうかな。
 でも好かれるに越したことは無いからね。ピアノも恵梨歌ほどでは無いけど少し出来るんだよ」
「へー!すごいですね~」
 音符はおたまじゃくしだと思ってる私からすると、“少し”であったとしてもスゴイと純粋に思う。
「じゃあ今度是非聴かせてくださいね!」
「え……う、うん、聴かせられるレベルまで頑張るよ」
 にこっと微笑む奏和先輩に釣られて私も笑う。
 いいなぁ、明確な夢がある人って。……何も考えてない私とは次元が違う気がした。
 いやっ、でも今は夢ではなくとも明確な“目的”は持っている!
 とにもかくにも、公演まであと僅か――なんとか成功させて見せるぞー!


 * * *


 道具の準備は万端。実際に劇をする部屋での通し稽古も数回やった。
 台詞はともかく、音楽と動きを合わせるのはかなり難しく、何度も何度もやってタイミングを掴む。
「……うむ、なかなか良いんじゃないかな。あえて言うと演技自体は稚拙な部分もあるけれど、それでも上出来だと思うよ」
 そう言ったのは園長先生。
 演技か……こればっかりはどうにもコツが掴めない。
 先生達がおかしい所をどんどん指摘していってくれたけど、それでもやっぱり園児の劇しか見てこなかったという事もあって、どう言えば、どうやったら上手くいくかを的確に指示出来ない部分もあるらしい。
 子供相手だと鋭く言ってもその通り出来るワケじゃないしね……。
 そして先生達の指摘に頼りきりな状態の私達に、それがわかるハズも無く。
 多分傍から見れば自分でもおかしいってわかるんだろうけど――当事者になるとわからなくなるっていう事なのかなぁ。
「いやっ!まぁ。全体的に見れば合格だ!」
 それでもパンパンパンと手を叩く園長先生にありがとうございます、と頭を下げて稽古を終える。
「明日はとうとう本番だが、皆大丈夫かね?」
「はい!精一杯頑張ります!」
 ビシッと何故か敬礼のポーズで言い放つ。
「うむ、気合は十分だね。では明日、全員で頑張ろう!」

 *

 そうして向かえた本番当日。
 緊張のし過ぎか、遠足の前の子供みたいになってしまってやたらと早くに目が覚めた私は一人食堂に下りていた。
 丁度食堂のお姉さんがやってきていて、挨拶をする。
「随分早いのね、何かあるの?今日学校はお休みでしょう」
「あ、はい。近くの幼稚園で劇やらせて貰うんです。それで緊張しちゃって……なんか早く起きちゃいました」
 アハハと力なく笑うとお姉さん、それはいけない!とすぐに温かいココアを入れてくれた。
「時間が余ってるならもう少し寝た方がいいわよ。温かいココアで体温めて、それから――はい」
 渡されたのは可愛くラッピングされたお菓子。
「別に今食べろって言うんじゃないのよ?甘いものって疲れに効くのよね。個人差はあると思うけど。だから、これは劇が無事に終わったときに――ね」
「わぁ、ありがとうございます……!」
 ありがたくココアもお菓子も頂いて、もう少し余裕があるので部屋に戻ってもう一寝入りする事にした。
 眠ったのは短時間だけど、さっきまでみたいな変にピリピリした感じはなくなってスッキリしたみたい!お姉さんにお礼言わないと!
 ――って思って食堂に下りたんだけど……そこにお姉さんの姿は無く。
 どうやら今日はお休みの日だったらしい。アレは“やってきていた”んじゃなくて、“帰るところ”だったのかなぁ。

 必要なものと、それからお姉さんに貰ったお菓子を鞄に詰めて幼稚園に向かった。
 幼稚園に着くと早保母さん達は揃っていて、にこやかに迎えられた。
「とうとう本番ね、頑張って皆!」
「はい……!」

 会場となるのは、よく入らせて貰ってた部屋より少し大きな部屋だ。
 端の方は一段高くなってカーテンが引かれていて、ちょっとした劇場のようにも使える。
 それの反対側にも黒いカーテンが引かれ、中を使えるようにした。
 劇は壇上に奏和先輩が座って、紙芝居を上演する所から始まる。

 お客席を模した側の床には園児が並び、その後ろに保護者の皆さんがちらほら来ていた。……その中に何故か櫻の姿もある。
「……ホントに来たのかぁ」
 ちなみに今日は休日で、部活も休みだったらしい。タイミングが良いっていうか悪いっていうか。
「まぁ、いいか」
 今回は櫻の言動をいちいち気にしてられる状況でも無いしね。
 今はこの劇を成功させる事だけを考えなくっちゃ!
 黒カーテンで作った間仕切りの向こうに身を隠す。そろそろ時間だ。

 制服姿の奏和先輩が紙芝居を持って壇上に上がる。
「皆さん初めまして、僕達は風倉学園の演劇部です。今日はかえで幼稚園の皆さんのご協力のもと、劇を演じさせて頂く事になりました。
 少しでも楽しんで頂けたら幸いです。
 それでは、しばしの間お付き合い願います――」
 深く頭を下げて壇上の隅に下がる。
 そしてそこに置かれた椅子に座って紙芝居を膝に置いた。
「“あるところに女の子がいました。その女の子はおばあさんから貰った赤いずきんを気に入ってずっと着ていましたので、皆からは赤ずきんちゃんと呼ばれていました。”」
 ペラリと紙を捲る。
「“女の子はある日お母さんに、森に住むおばあさんに届け物をしてきて欲しいと頼まれます。届け物をバスケットに入れた赤ずきんちゃん、寄り道をしないで行くのよとお母さんに言われて家を出発しました”」
 またペラリと捲り、そして壇上のカーテンが引かれていった。
 その先にあるのはベニヤで作った森を模した緑の背景。
 遠近がわかるように、と手前の方にも背の低い木を模したものが置かれている。
「じゃあ気をつけていってらっしゃい。寄り道してはダメよ?」
 見えない所から台詞を言う。
 お母さんは役としては作っていないので、声だけの登場なのだ。
 それに返すように、「はーい」という声がして。

 とたたっ

「行ってきます~」
 赤ずきんちゃんが飛び出したのは、壇上では無くその反対側、黒いカーテンの向こうからだ。
「わ、ぁ!!!」
 前の方ばかり見ていた子供達が驚いて後ろを向く。ムフフ、よしよし計画通りだ!
「葡萄酒とお母さん特製のケーキ。うんちゃんと持ったわ。おばあちゃんに会うのは久しぶりだからとっても楽しみ!病気になってしまったという話しだけれど、美味しいものを食べたらきっと元気になってくれるよね」
 恵梨歌ちゃんもとい、赤ずきんちゃんは軽い足取りで部屋を回る。
 それに合わせて保母さん演奏による軽快な音楽が響いた。
 しかし赤ずきんちゃんの足が壇上に向かった頃、その音楽は突如途切れ、別のものが始まる。
「おや、可愛いお嬢さん。一体どこへ行くんだね?」
 ――狼の登場だ。
 ちょっと恐ろしい、それでいてひょうきんな感じの音楽の中二人の会話が進む。
 赤ずきんちゃんがおばあちゃんの所へお使いに行くのだ、という話をすると狼はこれはいい、と思います。
「しめしめ、うまく行けば二人も一度に食べれるぞ。しかしこのままじゃあこの子はすぐにババァの所に行ってしまう。どうにかして引き止める方法は無いものか――」
 ちなみにキャラの独白の所では、他のキャラは時が止まったようになっている。
 狼は近くに花畑がある事を思い出して、それを赤ずきんちゃんに教えます。
 花畑を見た赤ずきんちゃんに、おばあさんに手土産はどうだと唆す事を忘れずに。
 案の定引っかかる赤ずきんちゃん。綺麗なお花を摘んで花束にしておばあちゃんにあげようとそこにしゃがんで花を集め始めてしまいました。
「へっ、チョロイチョロイ。じゃあオレ様は先にババァを食べに行くか――」
 花畑に赤ずきんちゃんを残して狼は後ろの方の黒カーテンへと向かう。そこをおばあさんの家に見立てて、狼の食事タイムを演出。
 この時おばあさんは悲鳴だけ。
 それから狼がまた黒いカーテンから出てきて、でも今度はナイトキャップをつけていました。
 ――これはまんまナイトキャップじゃなくて、ちょっと小さいものを模して作ってピンで留めているのだ。
 そう、狼はおばあさんに成り代わって赤ずきんちゃんを待とうとしていたのです。

 壇上の半分の森が消えて壁とベッドが運ばれる。
 これは保母さんとそして出番待ちの城崎君がやってくれているハズだ。

 花を摘み終わっておばあさんの家へ向かった赤ずきんちゃん。
 そこに着くとおばあさんが迎えてくれました。
 けれど、どこかおかしくて……。
「おばあちゃんの耳は何故そんなに大きいの?」
「おまえの声がよく聞こえるようにね」
「おばあちゃんの目はなぜそんなに大きいの……?」
「おまえの事がよく見えるようにね」
「……おばあちゃんの口はどうしてそんなに大きいの――?」
「おまえを食べてしまうためさ!」
 ――ここで電気を一気に消す。予め窓のカーテンは締め切っていたので大分暗くなる。
 そして電気がついた時にはもう赤ずきんちゃんは食べられてしまった後だった……。

 満腹になった狼は眠くなってしまって、そのベッドで一寝入りする事に。
 そこに猟師が通りかかり、不可解な状況に首をひねります。
「……ここは確かご老人が一人住んでいたハズ。しかしあのベッドで寝ているのは狼ではないか?」
 そろーっと中に入ってぽんぽこぽんになった狼のお腹に耳を当てました。
 微かに聞こえるのはおばあさんと赤ずきんちゃんの声。
 ――と言っても当然お腹の中に人間は居ないけどね。近くのカーテンの後ろから声を出している。
「なんと、食べられてしまったのですか。今助けましょう!」
 猟師らしく獣を裁く事はお手の物。
 ナイフを出して――ちなみにこれは銀紙で作ってある――狼を切り裂いた。
 ここでまた暗転。
 光がついた時には赤ずきんちゃんとおばあさんは助け出されている。
「ありがとうございます、悪い狼に襲われてしまったのです」
 とおばあさん。それから赤ずきんちゃんと抱き合って再会を喜びました。
「助けられて良かった。しかしこのまま狼を放っておくわけにはいきません――そうだ、この空いた穴に石をつめてやりましょう」
 猟師の提案に深く頷く赤ずきんちゃんとおばあさん――。

 ――――さて、ここがなかなかの曲者だったりする。
 石は灰色の布で作ったんだけど、問題はその縫い方。
 二人を助けたときは実はジッパーを開けただけなんだけど、流石に石を詰めた後にジッパーを上げるのは頂けない。
 という事で実際に縫わなきゃいけないんだけど……。
 客席からそれなりに見える太さのものでやらなきゃいけないし、そうなると縫うのが難しいし。

 ええい、でもここは言ってみればクライマックス!
 成功しなければ劇自体も終わりだという事になってしまうワケで。
 うう、そう考えると緊張してきた……っ。
 ――“緊張”というワードで朝の出来事を思い出す。「甘いモノは疲れにいい」んだっけ。
 でも、もしここで失敗したら嫌な疲れがどっと来てしまいそう。
 良い意味の疲れだけにして、お姉さんのくれたお菓子を美味しく頂く為にも頑張らなくっちゃ!
(あ、そういえば)
 ふと思い出す。貰ったお菓子はあの人が好きって言ってたものだったっけ。

 ゲーム内では事前にミニゲームがあり、キャラの好きなお菓子を訊き出すことが出来ました。
 また、そのアイテム名と累計ハート数により、下記の選択肢にて選択出来るキャラが変化しました。


 ――うん、コレだ!

 布の石と赤い太い糸を前に私は密かに握りこぶしを作る。
 きっちりこれを完成させて、あの人と終了後のパーティを満喫するんだ……!!
 お姉さんのお菓子と一緒に!



さて、あの人とは?

那月君
城崎君
奏和先輩

恵梨歌ちゃん