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▼ 第1章 第4話

Aパート

恵梨歌ちゃん

 針を手に取り、糸を確認する。
 うん、ヨシこれで準備は万端――だけど、気持ちがどうにもついていかない。
 手は汗かきまくりだし、背中にもジトッとした嫌な感じがまとわりついている。
 これは――その、つまり。
「だ、大丈夫美波ちゃん?」
「あ、ああうう、え、えっと!」
 ――緊張のし過ぎだ。
 心配そうな恵梨歌ちゃんの横で、冷や汗をかく私。その向こうで猟師さんな城崎君も不安そうな顔をしていた。
 そして、
「縫うのは力仕事だからな――僕がやろう」
 と言って針を取ろうとした。
 え、待って私がやるから!と首を横に振ろうとしたが、果たして自分に出来るのか?
 すると城崎君の行動を恵梨歌ちゃんが制した。
「待って」
 と小さく言って、私の方へと手を伸ばす。
「おばあちゃん、頑張って!落ち着いてやれば出来るよ!」
「え……」
 “赤ずきんちゃん”はそう、言った。
 私は大きく目を見開いて、でもすぐに笑顔を作って、
「そうだね、ありがとう赤ずきんや。さぁ、頑張ろうかね」
 ――と、返した。

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那月君

 針を手に取り、糸を確認する。
 うん、ヨシこれで準備は万端!
 私は狼な那月君の方へと向き直る。
 保母さん達と園長先生が手伝ってくれて作った簡易ベッドに横たわる狼さんは気持ち良さそうにいびきをかいている。
 現実的に考えたら、いくらお腹いっぱいだからと言って腹開かれてんだぞお前、鈍いにも程があんだろお前。
 とかとか……まぁ、そういう戯言は置いとくとして。
 お腹を開かれた狼に、布の石を詰めていく。これ以上は無理!ってなくらいに詰め終えたら、いざ縫い物タイムだ。
 一針……二針……。
 思った以上に分厚い布と太い糸、そしてギリギリまで詰めた石が出そうになる状況は辛かった。
 若干手に汗もかきはじめてしまったらしい、下手すると針が滑って自分に突き刺してしまいそうになる。
(あ、焦っちゃダメだ……慎重に、慎重に!)
 と思うものの、そういう事を考えた瞬間に焦り始めるのも人間というもので。
 ――そんな時だった。
「……美波、焦らなくて大丈夫だからな」
「……へっ?」
 勿論、観客には聞こえないくらいの小声。それは狼さんの中からしていた。
「な、那月君?」
「おぅ。――落ち着いてやれば大丈夫だから、頑張れよ」
 大きな着ぐるみなので顔は見えないけれど、きっと優しく笑ってくれているんだろう。
 そんな感じの声だった。
 それを聞いて、焦りが引いた。手の汗も一緒に。
「……うん、頑張る」
 もう一度針を構えなおし、ブスリブスリと刺していく。
 途中で園児達から「狼なんてやっつけちゃえー!」なんて声援を受けながら――
 ともかくも、那月君扮する狼は石詰めになったのだった。

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城崎君

 針を手に取り、糸を確認する。
 うん、ヨシこれで準備は万端!
 私は狼な那月君の方へと向き直る。
 保母さん達と園長先生が手伝ってくれて作った簡易ベッドに横たわる狼さんは気持ち良さそうにいびきをかいている。
 現実的に考えたら、いくらお腹いっぱいだからと言って腹開かれてんだぞお前、鈍いにも程があんだろお前。
 とかとか……まぁ、そういう戯言は置いとくとして。
 お腹を開かれた狼に、布の石を詰めていく。これ以上は無理!ってなくらいに詰め終えたら、いざ縫い物タイムだ。
 一針……二針……。
 思った以上に分厚い布と太い糸、そしてギリギリまで詰めた石が出そうになる状況は辛かった。
 若干手に汗もかきはじめてしまったらしい、下手すると針が滑って自分に突き刺してしまいそうになる。
(あ、焦っちゃダメだ……慎重に、慎重に!)
 と思うものの、そういう事を考えた瞬間に焦り始めるのも人間というもので。
 ――そんな時だった。
「……大丈夫か、高科さん」
 横から聞こえたのは、猟師さんこと城崎君の声だった。
 勿論観客側に聞こえないくらいの小声なんだけど――だからこそ、ち、近い近い!
「随分焦ってしまっているようだが……大丈夫だ、落ち着いてやれば出来る」
 “劇”的には、おばあさんを助ける猟師さんだ。
 でも現実的には焦る私を助けてくれる城崎君以外の何者でもなくて。ていうかなんか、こう……。
「あ、ありがとう……」
 知らず頬が熱くなる。
 舞台の上なので他の所より照明がキツく、そのせいで熱いんだと自分に言い聞かせてもいいけど、……違うってわかってるからそれは意味が無い、か。
 心配してくれる、助けてくれる城崎君に対して頬を熱く、紅くしている。
「一針ずつ確実にやっていけば出来るから」
 ね?と優しく笑いかけてくれる城崎君にコクコクと頷いた。――あー、勿論、観客にはわからないようにちょっと、だけど。
「うん、……頑張りマス」
 焦りは照れに変わって別の意味で汗をかきそうな気がしたけど、でもさっきまでの嫌な感じの汗ではないからいい。
 私はもう一度針を構えなおして、那月君扮する狼さんに向き直った。
 そして、お腹に布の石を詰めた狼の腹は無事――と言ってもいいのか?――に縫われたのだった。

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奏和先輩

 針を手に取り、糸を確認する。
 うん、ヨシこれで準備は万端!
 私は狼な那月君の方へと向き直る。
 保母さん達と園長先生が手伝ってくれて作った簡易ベッドに横たわる狼さんは気持ち良さそうにいびきをかいている。
 現実的に考えたら、いくらお腹いっぱいだからと言って腹開かれてんだぞお前、鈍いにも程があんだろお前。
 とかとか……まぁ、そういう戯言は置いとくとして。
 お腹を開かれた狼に、布の石を詰めていく。これ以上は無理!ってなくらいに詰め終えたら、いざ縫い物タイムだ。
 一針……二針……。
 思った以上に分厚い布と太い糸、そしてギリギリまで詰めた石が出そうになる状況は辛かった。
 若干手に汗もかきはじめてしまったらしい、下手すると針が滑って自分に突き刺してしまいそうになる。
(あ、焦っちゃダメだ……慎重に、慎重に!)
 と思うものの、そういう事を考えた瞬間に焦り始めるのも人間というもので。
 すーはーと大きく深呼吸。
 そうした時に、ふと壇上の隅で紙芝居を構えていた奏和先輩が視界に入った。
 目が合う。
 ――という事は、向こうもこちらを見ていたという事か。
 そしてその口が動いた。
(が・ん・ば・っ・て)
 それから器用にウィンク。……先輩、やたらとキザに見えるのは気のせいですかね。
 一瞬でツッコミ体勢に入りそうになって、でもだからこそ、ちょっと落ち着けた気がした。
 私はそちらに向かって小さく頷く。
(頑張りますっ)
 ちゃんと伝わったのかは定かでは無いけれど、にっこり笑ってくれたからきっと大丈夫。
 さっきまで焦っていた事が嘘のように手にかいていた汗も引いていた。
 よし、落ち着いた。これなら出来る!
 針を構えなおし、狼さんに向き直った。
 着実に一針を進めていって、お腹に石を閉じ込める。
 かくして悪い狼は石詰めになったのだった――。

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 針を手に取り、糸を確認する。
 うん、ヨシこれで準備は万端!
 私は狼な那月君の方へと向き直る。
 保母さん達と園長先生が手伝ってくれて作った簡易ベッドに横たわる狼さんは気持ち良さそうにいびきをかいている。
 現実的に考えたら、いくらお腹いっぱいだからと言って腹開かれてんだぞお前、鈍いにも程があんだろお前。
 とかとか……まぁ、そういう戯言は置いとくとして。
 お腹を開かれた狼に、布の石を詰めていく。これ以上は無理!ってなくらいに詰め終えたら、いざ縫い物タイムだ。
 一針……二針……。
 思った以上に分厚い布と太い糸、そしてギリギリまで詰めた石が出そうになる状況は辛かった。
 若干手に汗もかきはじめてしまったらしい、下手すると針が滑って自分に突き刺してしまいそうになる。
(あ、焦っちゃダメだ……慎重に、慎重に!)
 と思うものの、そういう事を考えた瞬間に焦り始めるのも人間というもので。
 一度針から手を離して息を吐いた。
「大丈夫?代わろうか?」
 恵梨歌ちゃんが小声で訊いてくる。
 正直キツくなってきていたのでその申し出はすごくありがたかった――けど。
 それに返事をしようとした時、ふと観客席の奥に居る櫻が目に入った。
 何を考えているのかはわからない。でも、真剣な目でこちらを見ている。……見守って、くれている。
「ううん、大丈夫。出来るよ」
 首を小さく横に振って針を構えなおした。
 ここで狼のお腹を全部縫うのは私の仕事だ。もともとのお話では誰がやってもいいんだろうけど――少なくともこの劇の中では“おばあさん”がするんだ、と皆で決めたんだ。
 既に縫った部分を見つめて、それからまだ残っている布と布の石を見る。
 焦りはいつの間にか引いていた。
 大丈夫、落ち着いてやれば絶対にうまくいくから。
 一針ずつ進めて行って――悪い狼のお腹は、きっちりと縫われたのだった。

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Cパート

那月君

 可愛くラッピングされたその中身はチョコチップクッキーだった。
「確か……那月君が前に好きだって言ってたよね」
 そう、好きなお菓子は?なんて事を聞く機会があって、その時にチョコチップクッキーが好きだ、と言っていた。
 皆で分けれる程の量の無かったからどうしようかと思ったんだけど――どうせだったらやっぱり好きだ、って言ってた人と一緒に食べたいよね。
 という事で私は那月君のもとへと向かったのだった。

 さっきまで城崎ファミリーと一緒に居たハズの那月君は、丁度その輪を外れていた。おぉ、なんてタイミングの良い。
「那月君!」
「おう、美波か。どした?」
 タタタッと駆け寄ると、にこやかに迎えてくれる。
「あのさ、ちょっと渡したいものがあるんだけど――いいかなぁ?」
「お、おぉ……?なんだ?」
 ここじゃなんなので、と部屋を出る。
 外では食事を終えた子供達が楽しそうに遊んでいた。その喧噪を受けながら一画で立ち止まった。
 そしてお菓子を渡す。
「……ん?なんだ、コレ」
「前にさ、那月君チョコチップクッキー好きだーって言ってたじゃない?だから、ね!」
 シュルリとリボンを解いて袋を開けると、美味しそうな匂いがやってくる。
 その匂いを満喫していたのだけど、那月君はそうじゃなかったらしい。
 顔を真っ赤にして、焦ったように視線を左右に動かしていた。
 それが終わったかと思うと、真剣な眼差しでこっちを見てきて。
「……え、も、もしかして――それでわざわざ作ってきてくれた、とか?」
「あぁ、違う違う」
「へ?」
 しまった、渡すときの情報量が少なすぎた。
「あのね、食堂のお姉さんがくれたんだ。ホラ、前にもクッキーくれた人。なんか疲れには甘いものがいいのよ~って。
 それがチョコチップクッキーだったから……那月君も食べたいかなぁって思ってさ」
「そ、そうか……」
 肩を落とす那月君。……あれ、私なんか悪い事言ったっけ?
「い、いや、早とちりしたオレが悪いんだ……」
「早とちりって何の話?」
 そう言うと、困ったように那月君は笑った。
「てっきり――美波が、オレのためだけにお菓子作ってきてくれたのかと、勘違いした」
「……へ、え、……は?!」
 途端、顔がぼっと熱くなった。
「そう驚くなよ。……そう思っても仕方ねーだろ……」
「そ、そ、そうか、もしれないけど!」
 うわあばばばばば、そうだよ!そう見られてもおかしくないワケで!
 その人のためだけにお菓子作るとか、恋する乙女か!
「や、別に美波の手作りじゃなくてもいいんだ。前に言った事、覚えてくれてただけで嬉しい」
「那月君……」
 顔の熱さは増すばかりだ。うう、熱さよ静まれー!
 ぺちぺちとほっぺたを叩いていると、那月君は笑って付け加える。
「でもさぁ、今度は美波の手作り食ってみたいなぁ。な、作ってくれよ?」
「ハァ?」
 ――顔の熱さが一気に引いていく。
 それどころか、一瞬で周囲の空気が凍ったようだ。
「……え、あ、あれ?美波?」
「那月君」
 いつもよりも低い声で言う。
「――死にたいのかな?」
「は?」
 自分で申告するのは非常に悲しいモノがあるんだけど、私はかなりの料理音痴らしい。
 小さい頃に作ってあげたご飯を食べて櫻はぶっ倒れた。芳くんはトイレにこもりっきりになって、万理ちゃんはその日からしばらく会社を休んだ。
 おじいちゃんとおばあちゃんは丁度旅行に行ってたんだけど――居なくて良かったよ、本当に。
「悪い事は言わないから、私の手作りを食べようだなんて思わないで!その若さで人生捨てちゃあイカンよ!」
「待て、意味わからんのだが――美波、料理下手、なのか?」
「下手なんてモンじゃないよ!自分で言うのもなんだけど、軽く兵器だよ!」
「そ、そうなのか……」
 私の剣幕に驚いたらしい那月君は冷や汗をかきながらそう言った。
「……そんなワケだから」
 気持ちを落ち着けて言って、それから少し考えて――続けた。
スチル表示 「でも、万が一、もしかして、ものすっごーく低い確率で」
「……?」
「私の料理が食べれる範囲に入ったら」
「あ、あぁ?」
「その時は作るから、食べてね」
「おう!」
 まかせとけ!と胸を叩く。
 その様子を見て私は笑った。
 ……人から貰ったお菓子を渡すだけでこんなに喜んでもらえるなら、手作りなんてもっともーっと喜んでくれるんだろうか。
 あぁ、上手く――なれたらいいのになぁ。

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城崎君

 可愛くラッピングされたその中身は抹茶クッキーだった。
「確か……城崎君が前に好きだって言ってたよね」
 そう、好きなお菓子は?なんて事を聞く機会があって、その時に抹茶クッキーが好きだ、と言っていた。
 皆で分けれる程の量の無かったからどうしようかと思ったんだけど――どうせだったらやっぱり好きだ、って言ってた人と一緒に食べたいよね。
 という事で私は城崎君のもとへと向かったのだった。

 さっきまで家族の皆と一緒に居たハズの城崎君は、丁度その輪を外れていた。おぉ、なんてタイミングの良い。
「城崎君」
「高科さん。どうかしたのかな?」
 タタタッと駆け寄ると、にこやかに迎えてくれる。
「あのさ、ちょっと渡したいものがあるんだけど――いいかなぁ?」
「あぁ、構わないけれど……」
 ここじゃなんなので、と部屋を出る。
 外では食事を終えた子供達が楽しそうに遊んでいた。その喧噪を受けながら一画で立ち止まった。
 そしてお菓子を渡す。
「……ん?」
「前にさ、城崎君抹茶クッキー好きだーって言ってたじゃない?だから、ね!」
 シュルリとリボンを解いて袋を開けると、美味しそうな匂いがやってくる。
 その匂いを満喫していたのだけど、城崎君はそうじゃなかったらしい。
 赤フチの眼鏡の周囲のほっぺたは、そのフレームのように真っ赤だ。
 ついでに言えば、視線をキョロキョロと左右に動かしている。
 そしてそれが終わったかと思うと、真剣な眼差しでこっちを見てきて。
「……間違っていたらすまない。もしかして――わざわざ作ってきてくれたんだろうか?」
「へっ?」
 ポカーンとなった。
 でもすぐに首を横に振る。
「いや、あのね、食堂のお姉さんがくれたんだ。ホラ、前にもクッキーくれた人。なんか疲れには甘いものがいいのよ~って。
 それが抹茶クッキーだったから……城崎君も食べたいかなぁって思ってさ」
 ていうか寮生活だし、お菓子なんて作れないよ!と付け加える。
「あぁ……それもそうだった」
 そう言って、更に顔を赤くする。
「す、すまない。僕はとんだ自意識過剰だったようだ。――僕の好きなものを、僕のために作ってくれたのかと……勘違いをした」
「っ?!?!」
 その言葉に私もボボボボッと顔を赤くする。
 だ、だってンな事言われたら赤くなるに決まってんじゃん!!
 ちょっとした殺し文句ですよ、城崎君。マジな話。
スチル表示 「っ、……城崎、クン」
「ん?」
 私は心臓をバクバクさせながら、口を開いた。
「あ、あのね。万が一の仮定であって、これが本当になるとかそういう話じゃないんだけど」
「……なんだい?」
 すーはーと息を吸い、吐いた。
「もし、私が作ったヤツだったら――どうしてたの?」
「……」
 答えは沈黙。
 けれど、すぐにフッと息を吐く音が聞こえて。
「すごく嬉しいから、君の事抱きしめてしまっていた」
「!!」
 つ、と腕を伸ばされる。
「いや、例えそうじゃなくてもすごく嬉しかった。僕の好きなものを覚えていてくれたんだから――」
「っ」
 頬を撫でられた。
「ありがとう、高科さん」
「う、ううん……」
 それからは二人で抹茶クッキーを頂いた。
 その間私は考えていた。
 ――自分の料理の腕は殺人クラスなんだけど、万が一上手に作れるようになったら、城崎君に食べてもらいたいなぁ。
 なんて、ね。

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奏和先輩

 可愛くラッピングされたその中身はパウンドケーキだった。切り分けられたものが二切れ入っている。
「確か……奏和先輩が前に好きだって言ってたよね」
 そう、好きなお菓子は?なんて事を聞く機会があって、その時にパウンドケーキが好きだ、と言っていた。
 前のクッキーみたいに皆では分けれないからどうしようかと思ったんだけど――どうせだったらやっぱり好きだ、って言ってた人と一緒に食べたいよね。
 という事で私は奏和先輩のもとへと向かったのだった。

 恵梨歌ちゃんと一緒に保母さん達と話している奏和先輩だったけれど、私が近づくとすぐに気づいてくれた。
「あれ、美波ちゃん。どうかしたのかな?」
「あ、先輩」
 にこやかに迎えてくれる。
 わざわざ私がこっちに来たので何か話があるのだとわかってくれたのだろう、輪から離れて部屋の隅に移動してくれた。
「すみません、お話中だったのに」
「ううん、いいんだよ。ただの世間話だったし――ホラ、恵梨歌が引き継いでくれてるし」
 おしゃべりに引き継ぎも何も無いだろうとは思いつつも、見ると確かにさっきまでと同じように保母さんと恵梨歌ちゃんは楽しそうに話していた。
 それを見て、奏和先輩を輪から離してしまった罪悪感が少し薄れた。
「それで?僕に何か用だったんじゃないのかな?」
「あ、は、はい!」
 慌ててお菓子の袋を取り出して渡した。
「……ん?なんだろう?」
「前に先輩、パウンドケーキが好きって言ってたじゃないですか?だから、その」
 先輩は私の言葉を聞きながらシュルリとリボンを解いた。
 瞬間、美味しそうな匂いがやってくる。
「匂いだけでもすっごく美味しそうだね。……美波ちゃん、これって」
「は、はいっ」
「もしかして、僕のために――作ってくれた、とか?」
 心なしか先輩の顔は赤かった。
 真剣な眼差しを受けて、でもそれには首を横に振った。
「い、いえ……食堂のお姉さんがくれたんです。あの、前にもクッキーをくれた人。なんか疲れには甘いものがいいのよ~っていう話で。
 それで貰ったのがパウンドケーキだったんで、先輩にも食べて貰いたいなぁって……思って」
 う、うわ……言ってて恥ずかしくなってきた。
 なんでだろう。別に自分で作ってきたワケじゃないけど、でも、なんか思考が乙女な気がするのは気のせいか?!
「そうかぁ、嬉しいなぁ。僕の好きなもの、覚えててくれたんだね」
「それは勿論です!」
 にこっと笑う先輩にどんっと胸を叩いて言った。
 先輩の言った事忘れるワケが無いじゃないですか!そういう意味を暗に籠めて。
 すると先輩は驚いたようだった。
 見開かれた目は、すぐに優しく細められて、
「そう……ありがとう、美波ちゃん。とっても嬉しいよ」
 本当に嬉しそうに、先輩は笑ってくれた。

 それから二人でお菓子を頂く。
 お姉さんのお菓子、ホンットーに美味しいの!ほっぺた落ちるっていうのはこういう事だよね!
 てな事を言うと、
「そうだねぇ。あ、美波ちゃんはお菓子作りとかしないのかな?」
「うっ」
 先輩の無邪気な言葉に呻く。
「……私、ものすごい料理音痴なんです」
「そうなの?でもそういうのって些細な事の間違いとなんじゃ――」
 すごい勢いで首を横に振る。先輩の言葉を否定するために、だ!
「ンな可愛いモンじゃあないんです!もっと、こう、壮絶な、恐ろしいまでの、ていうかアレは食べ物じゃないです!作った自分が言うのもなんですけどもっ!!!……兵器にでも採用されますって、ホント」
「は、はは……そ、そこまでなの?」
 項垂れるように頷く。
 芳くんもおじいちゃんおばあちゃんも料理上手いのになぁ……なんでなんだろ。
 と、凹んでいると先輩が優しく背中を撫でてくれた。
「でもね、美波ちゃん。ある時突然出来るようになるかもしれない。諦めちゃダメだよ」
「先輩……」
 諦めるも何も、もう既に希望すら持っていなかったんですけど。とは言わないで置く。
「だからさ、もし美波ちゃんが料理を出来るようになったら――僕にも食べさせてね」
「えっ」
スチル表示 「ね、約束」
 小指を立てた状態で差し出される。
 私は呆然としつつも指きりをした。
 指が絡んだ所が熱かった。
「……」
 あぁ、諦めてたけど。――料理、出来るようになれたらいいのになぁ。

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 可愛くラッピングされたその中身はマドレーヌだった。貝型のそれが二つ入っている。
「櫻……好きなんだっけ、マドレーヌ」
 昔万理ちゃんがよく作ってくれた。その時は貝型じゃなくてタルト型だったけど、形にはさして問題は無い。
「折角だし、櫻と一緒に食べよ」
 という事で櫻を探すことにする。
 キョロキョロと部屋を見渡してもその姿は確認出来ない。トイレかな?と思って部屋を出た。
 トイレも覗いたけど、やっぱり居ない。――あ、勿論男子トイレだから完全に覗いたワケじゃないよ!そんな事したら変態だからね!
 出入り口で靴を脱ぐんだけど、そこに櫻の靴が無かったからだ。
「……どこ行ったんだろ」
 とりあえず建物の周囲をぐるっと回って見る事にして――と、角を曲がった時だった。
「櫻?」
「……美波」
 比較的大きな木の下で、櫻は佇んでいた。
「何してるの?」
「あぁ……先輩にメールしてた。午後の練習無くなったんだって。その代わり晩にミーティングするらしいから、その事で」
 よく見ると片手に携帯を持っている。
「そっか」
 そう返しながらそっちに近づいた。
「お前こそ、何してんだ?」
「櫻に用があって探してた」
「俺に?」
 眉を顰める櫻にずいっとお菓子の袋を渡す。
「……俺に?」
 同じ言葉を、少し違うトーンで繰り返した。
「手作りじゃ、ねぇ……よな?いや、まさかな……寮生活だからンな事出来ねぇよな……」
「櫻、手作りじゃないから安心して」
 私は所謂料理音痴というヤツで、過去に作った料理で櫻をぶっ倒れさしていた。
 それ以来、櫻は私の手作りというキーワードに酷く拒否反応を示すようになってしまっている。
 ……無理も無いけど、内心悲しい。
「食堂のお姉さんがくれたんだ。ホラ、前にクッキー食べたでしょ。あの人がまた、ね。甘いモノは疲れに効くのよ~って」
「へぇ、そか。……でもいいのか?俺が貰って。美波が貰ったんだろ?」
 それにはコクリと頷きで返す。
「うん、二つ入ってるでしょ。だから私も食べるし。それにさ、櫻マドレーヌ好きでしょ?」
「あぁ……」
 シュルリとリボンを解くと美味しそうな匂いがこちらまでやってきた。
 その内の一つをこちらに差し出して、櫻は言った。
「あーん、する?」
「や……これは結構デカいし」
 丁重にお断りして手で受け取る。
「ん、美味いな。万理ちゃんと同じくらい美味い」
「うん!ホントに!」
 もぐもぐと二人でマドレーヌを食べる。
 その時、ふと思い出して櫻の方に向き直った。
「ねぇ、櫻」
「ん?」
「……俊兄ちゃんに言われたんだけど――私、櫻に迷惑かけてるかな」
「はぁ?」
 そうだ、アレは顧問を頼みに行った時の事。
 暴走して櫻に迷惑かけてやるなよ、なんて事を言われたんだ。
「いやっ、私としては迷惑かけてるつもりはまーったく無いんだけどね!?でも一応訊いておいた方がいいかな、っていうか」
 ぶつぶつと言うと、ぽんと頭に手を乗せられた。
 顔を見上げると思った以上に近くに櫻の顔があった。
「……かけてないから、大丈夫だ」
「ホント?」
「あぁ。俺は美波と居るだけで楽しいから、だから――迷惑かけてるだなんて思って、離れたりはすんなよ?」
 思った以上に直球な言葉に顔が熱くなる。
 ……櫻は時々こーいう風な事を平気で言うからキライだ。
「ホントは離れたい」
「おい!」
「けど……しばらくは、一緒に――居るよ」
 コテっと櫻に寄りかかる。昔はよくこんな風にしてたっけ、随分としていなかったけど。
スチル表示  櫻の事はいい加減ウザいと思う時も多々あるけど、でもやっぱり大切な人だ、とも思う。
 それに皮肉な口調でしゃべらない時の櫻は好きだ。
「今日、来てくれてありがと」
「ん、……いいよ」
 改めて言って、それから二人で笑った。

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恵梨歌ちゃん

 可愛くラッピングされたその中身はココアクッキーだった。
「確か……恵梨歌ちゃんが前に好きだって言ってたよね」
 そう、好きなお菓子は?なんて事を聞く機会があって、その時にココアクッキーが好きだ、と言っていた。
 なんでもチョコ程はくどくない、ほのかな甘さがいいらしい。……まぁ、それは入れる分量にもよるんだろうけども。
 皆で分けれる程の量の無かったからどうしようかと思ったけど――どうせだったらやっぱり好きだ、って言ってた人と一緒に食べたいし!
 という事で私は恵梨歌ちゃんのもとへと向かったのだった。

 恵梨歌ちゃんは奏和先輩と一緒に保母さん達と話をしていた。
 近づいたら私に気づいてくれたらしい、とてててっとこちらまで来てくれた。
「美波ちゃん」
「恵梨歌ちゃん良いタイミングだよ!ね、ちょっといいかなぁ?」
 首を傾げる恵梨歌ちゃんを連れて部屋を出る。
 それからお菓子の袋をずいっと差し出した。
「あれ?これってもしかして……また食堂の人?」
「おぉ、流石察しの良い!うん、朝にねくれたんだ。なんでも疲れには甘いモノが効くよーっとかで。
 ホラ、前に恵梨歌ちゃんココアクッキー好きって言ってたじゃん?だから、ね」
 リボンを解くとココアクッキーの微かに甘そうな匂いが漂ってくる。
「わぁ、嬉しい~。ありがとう美波ちゃん!後でお姉さんにもお礼言わないとね」
「そだねー」
 頂いたクッキーは実に美味しかった!前のラングドシャもそうだけど、お姉さん上手過ぎる……!
 なんて思いながら頬張っていると、恵梨歌ちゃんが口を開いた。
「わたしも家は時々お菓子作ったりしてたんだけど、こんなに美味しくは出来なかったなぁ。美波ちゃんは?お菓子作りとかしてた?」
 ギクリ
 全身が強張り、さながらブリキのおもちゃだ。
 ギギギギと音と立てながら首を横に振った。
「私……ものすっごい料理音痴なの……だからお菓子とか上手く出来た試し無い……」
「そ、そうなの……」
「いやっ、でもね?いつかはまともに作ってみたいなとかは思ってたの!……けど、なんていうかなぁセンスが無いっていうか致命的っていうか、最早兵器のレベルで……上手く作れる人ってホント尊敬するよう」
 ガクリと肩を落とす。
「ま、まぁ、でもいつかは出来るようになるかもしれないし」
「だといいんだけどねぇ……」
 汗をかきつつも励ましてくれる恵梨歌ちゃんの優しさに心を打たれつつ、でもあまりに絶望的な自分の腕を知ってるからこそまだ項垂れたままだ。
 あぁ……ホント、いつかは料理出来るようになりたいよなぁ。

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