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▼ 第2章 第2話
次の日の放課後、文化部側は一つの空き教室に集まっていた。教室と言っても、机も何も無い、広い空間だ。
人数は……思った以上に少ない。全体の5分の2……もいたらいい所、か?
進行は3年生の人が担当してくれるらしい。聞くと、吹奏楽部の部長さんだとかで、実行委員にも選ばれていたらしい。
名前を木ノ川 (きのかわ) さんと言った。
「あたしはね、こういうのを待ってたのよ……!あの忌々しい運動部に一泡噴かせる時を!」
おお、しょっぱなからなんちゅー過激な発言をなさるんですか。
「今の3年生はね、中学の時に文化部の凄さを目の当たりにした最後の世代なの。だからこそ、それに憧れて部活に入ったし、そして酷い境遇にも耐えてきたわ!予算減らされたらね、楽器の補修も出来ないのよ!?公演会へもトラックが必要だって言ってんでしょうが!自腹とかふざけんじゃないわよ!何十万すると思ってんのよ!!
その減らされた予算が全部運動部に回って、どんどん大きくなって――それはいいんだけど――、そのせいで我が物顔でのっしのっし歩いて、文化部をバカにしたような事ばっかり言って!!!」
「先輩、先輩。めっちゃ私情入ってます。ていうか私情しかありません」
横で宥めているのは吹奏楽の副部長の2年生の人。
「あぁ、ごめんなさい。まぁ……個人的に恨みがある運動部との全面対決という事で、あたし達はすごく燃えてます。皆はどう?」
おおおー!!と声があがる。私もあげた。
剣道やら柔道やらの人達の声が特に響いてなかなか圧巻だ。
……同じ運動部と言えども、やはりその待遇の差はかなりあるようだ。
「うん、ヨシ気合十分ね!じゃあ、説明するね。2年3年も、例年の球技大会とは違うからよーく聞いてね」
クラス対抗なら、いくつかの競技に分かれて、それぞれトーナメント形式で優勝を決めるらしいのだが今回は違う。
競技の数は変わらないらしいのだが、トーナメント――どころか、それぞれ学年ごとに男女各1試合ずつしかしないのだとか。
「種目はバスケ・サッカー・バレー・テニス・卓球・野球。男女で分かれてて、あ、女子は野球の代わりにソフトボールね。
それぞれの試合の勝ち負けの数で勝敗が決定。ちなみに部活の人はその種目に参加出来ないから、圧倒的不利って事は無いわよ!
テニスと卓球だけは、対戦相手の承諾を得られればで同種目に参加可。
試合数はバスケ・サッカー・バレー・野球は1試合ずつ、テニスと卓球はグループ戦とペアとシングルがそれぞれ。
……と、とりあえずはこんな所かしら? 何か質問ある?」
いくつかの質問が飛び交い、それを詰めていく。
しばらくしてそれは終わり、いざ種目決めという事になった。
「美波ちゃんは何に出る?」
文化部勢は人数が少なめで、更に男女で分かれるとなると一層人が足りなかった。
なのでどれか一つ、ではなく複数に出なければならない人が出るようだ。
「そーだなー……折角バスケ部の人にお墨付き貰ったし、バスケかなぁ。恵梨歌ちゃんもバレーにしなよ!」
「うん、そうしようかな。わたしもお墨付き貰っちゃったしね」
くすくすと笑う恵梨歌ちゃん。ふふ、こういう形であの勧誘が役立つとはね!
「皆はどうする?」
一応実行委員という事もあり、いつの間にか1年生のまとめ役になっていた。
「私ソフトボール!小学校の時やってたんだ!」
ハイハイ!と手を挙げたのは剣道部の三鷹さんだった。同じく周りの数人が手を挙げている。
「おぉ~、それは心強い!他には経験者とか居ないかな?」
そう言うと、サッと手が挙がった。
「同じく小学校の時だけど、バスケやってたよ。ブランクあるからちょっと心配だけど……」
「右に同じくバレー経験者!背ぇ伸びなくてやめたけど!」
背の高い方は木場 (きば) さん。同じクラスの人だ。小さいほうはわからないけど――二人とも美術部らしい。……意外な所に経験者が居るものだ。まぁ、私だって中学の時は運動部だったし不思議ではないんだけど。
「卓球は一応相手に聞いてみる?こっちの事ナメてるようだから二つ返事でOKしてくれそうだけど」
「うん、それがいいと思う。受けたら最後、ボロボロにするよ!」
グッと拳を固めたのは卓球部の園 (その) さん。よく知らないけど、そこそこ強いらしい。
そんなこんなで次々に種目が決まっていく。
ありがたい事に、どの種目にもそれぞれ経験者が居た。これはかなり心強い。
私を含めて数人は掛け持ちをする事になり、練習の日程なんかも決めていった。
「よー、やってるね1年生!」
「あ、木ノ川先輩」
先ほどの全体の進行係の部長さんがやってきた。
「2年も3年も大体決まったよ?1年はどう?」
「僕達の方は大体決まりました」
いつの間に来たのか、城崎君が立っていた。
どうやら男子の方は城崎君がまとめていたらしい。
「女子も決まりました!えーっと、はい、コレです」
つい、と差し出したのは可愛らしいメモ帳。
何か書くもの~と言っていたら美術部のちみっこちゃんがくれたのだ。名前は安部ちゃんだ。ふへへ、早速仲良くなった!
「あら可愛い。ふんふん、なるほどね、了解よ。
大体の練習時間も決めてるみたいだし――1年生は女子も男子も有望ねぇ!」
ぐしゃぐしゃっと頭を撫でられる。
同じように撫でられていた城崎君はすかさず髪を直していたけれど、なんかそれがちょっと可愛かった。
「よし、種目も決まったようだし。球技大会まであと2週間!気合入れて練習するわよー!!」
「おおー!!!」
空き教室が喧噪で満たされる。
うっし、頑張るぞー!!
*
それからしばらくは学校生活と放課後の練習と、その後の部活の練習 (筋トレの事ね) でへろへろだった。
寮生活なのが唯一の救い、と言った所か……。
これで家が遠くて、更にご飯自分で作らなきゃならない人とかって――ヤバイんじゃないだろうか。
その点、寮生活だと美味しいご飯を作ってもらえるし、大浴場でカポーンだし、部屋も冷暖房完備でふかふかのお布団。
っかー!たまんないよね!!
何が一番いい、ってやっぱお風呂だと思う。大きなお風呂って好きなんだよねぇ。
最近は球技大会練習で皆汗かきまくってるせいか、ご飯の前にお風呂時間が設定されていて、皆食堂にはラフな格好でやってきている。そういうのって……なんか、こう、エロげふんげふん。 親父的発想はやめときマス。
というワケでお風呂上りのぬくぬく状態で食堂に下りてくると、いつもの笑顔で食堂のお姉さんが出迎えてくれた。
「お疲れさん。皆頑張ってるわね~」
「えぇ、頑張りまくってますよ!打倒運動部!です!」
と力強く言った後で、ハッとなった。――お姉さんが元運動部だったら、これはかなり危険なんじゃないだろうか、と思ったからだ。
でもそんな私の心配は何のその、お姉さんはニコッと笑って、
「うん頑張って!妹もすっごい張り切ってるみたいだし、あたしも文化部だったから応援するよ!」
「おぉ……妹さんがいらっしゃるんですか?」
「そ、3年生。吹奏楽部の部長やってるんだよ」
……。え、て事は……。
毎日の放課後で会うあの人が妹って事で、つまり――
「木ノ川さん、って言うんですか?」
「あれ?知らなかった?うん、木ノ川 香 (きのかわ かおり) 。名前覚えてね、高科美波ちゃん」
ぱちっと器用にウィンク。
「は、はい!」
流石は食堂のお姉さん、きっちり下の名前まで把握されていたようだ。
「木ノ川さん木ノ川さん――っと、覚えました!」
「うーん、そこはそうじゃなくて“香ちゃん”とかの方がいいなぁ。香様でもいいよ?」
「さま……」
ゴクリと生唾を飲み込む。
こ、これはマジ……なんだろうか?
どう反応すればいいかわからなくて固まっていると、お姉さんはハタハタと手を振った。
「やー、嘘嘘。様は無し。でも香ちゃんってのはアリだから、まぁ、適当に呼んでよ!」
「じゃあ――香さん、で」
「ん、オッケー。 じゃ、雑談はこの辺にして、ご飯の時間にしようね~」
そう言って香さんは奥に入っていった。
私はいつも座っている席の方に近づいて腰をかける。
恵梨歌ちゃんが来るのを待って、来たらさっきの話をしながらご飯取りに行こうっと。
* * *
2週間なんてのはあっという間に過ぎた。
いつも以上に放課後にみっちり詰めていたせいか、普段の授業時間もかなり進みが速く感じられたものだった。……だから、その、勉強が追いつかないとか……まぁ、そういう。
「球技大会終わったらテストだね」
「うああああああ言わないでえええええ!!!忘れてたのにいいい!!!」
さらりと言った恵梨歌ちゃんの言葉を絶叫で遮る。
今日は1日球技大会なので、朝からジャージ登校だ。
青ジャージがわらわら居る中で、勉強の話など出さないで欲しい。
「……忘れても来るからね、早めに思い出させてあげた方がいいと思って」
なんてにっこり笑う恵梨歌ちゃん。
最近わかったんだけど、恵梨歌ちゃんって結構鬼畜だ。
にっこり笑って辛辣な事言う辺り、城崎君にちょっと似てる。……って事はウチのクラスは二大鬼畜に支配されてるって事かよ、おいおい。
「恵梨歌ちゃんのどえすー」
「ふふ、でもね、今言うのには理由があるんだよ?」
そう言ってから続けたのは、驚きの新事実!
なんと――今回、勝った側には特別にテストの範囲を詳しく教えてくれるらしい!!
普通なら○○ページから○○ページまで~。とか今までやった範囲から~とか、大雑把な事しか教えてくれないらしいんだけど、そこをもっと具体的に、更にはテスト用の特別プリントなんかもくれるらしい!!
――って、あんまり嬉しくないけど。
でも、勉強がはかどるんだったらいいよなぁ~。
「うっしゃ、じゃあ部員ゲット+テストはかどるクンゲット目指して頑張ろー!」
ちなみに勝ち負けで部活を変わる云々は、私達以外の人達もちょこちょこ話していたらしい。
概ねは全体の総合結果で決めるらしいけど、中には個人的勝敗に賭けてる人もいるという話で。
それどころか、○○に勝ったら俺は今日告白するぞ!なんていうのも出てるんだとか。ウーンセイシュンだねぇ。
両者負けられない、そんなオーラがバシバシと感じられる中――球技大会は始まったのだった。
*
いくらこの風倉が広いからと言って、全ての競技を一緒くたに出来るワケではない。
それどころか、文化部勢に至っては掛け持ちがあるから、尚更一緒には出来ない。
それぞれの学年、種目で調整して被らないようにした上で進行されていた。
今回、運動部と文化部という風に分かれてしまったので完全な中立は生徒会しか居ない。だからそういう調整も彼等の役割だったんだけど……。どれだけの人数が居るのか知らないけれど、大変そうだよなぁ。
あぁ、でも実行委員も結構大変だった。
自分の出番が無いときはラインチェックとか、点数表示とか、そういう雑用をわんさか任されたし。審判は生徒会だからそれと比べたら楽っちゃー楽なんだけど。
「よっ、やってるなー」
「櫻」
同じく実行委員だけど、違う所を任されていた櫻が何故こんな所に。
そう思っていると、手に持っている何かをピラピラと見せてきた。
「……ゼッケン?てことはそろそろ出番?」
「そ。だから、応援来てくれよ」
言われた言葉に唖然とする。
「は?何で敵を応援しなきゃなんないわけ?」
「……敵って……そりゃ今はそうだけどさ――純粋に美波の応援が欲しいんだよ」
何を言ってるんだコイツは。
私の応援やそこらで何かが変わるわけでも無し。
と言ってやると、そんな事は無い!と反論された。
「俺は、お前が応援してくれたら絶対、無い時よりも頑張れる。お前の声聞いてるだけで力が出る、から」
……おいおい。そんな事聞いたらますますいけないじゃないのさ。
選択肢1
「ええー。……やっぱり、ちょっと、なぁ……」
第一対戦相手は1年生の文化部勢、つまりはこちら側じゃないか。
それなのに櫻を応援、ってあまりに変だろう。
「そう言わずに!てか会場には来るんだろ?だったらチラッと頭の隅でもいいから、櫻頑張れーって思ってくれるだけでいいからさぁ!」
エラく消極的な提案だ。
そこまでして応援して貰いたいとは……不思議なヤツ。
私は小さく頷いて、
「わかった。……じゃあ、ちょっとだけね」
「おう!ありがとな、美波! じゃ、向こうで!」
にこやかな笑顔で駆けて行く櫻を見送ったのだった……。
櫻 +1
「……うーん」
今から櫻が向かう試合は1年生同士の対決。それってつまり、対戦相手は我等が1年文化部勢なのであって。
かんっぜんに、敵だ。
だから、やっぱり応援は無理だよ、と返そうとしたんだけど。
「美波さ、次の試合見には来るんだろ?」
「え?うん。そりゃ、1年の対決だし」
「だったらさ――その途中で、少しでもいいんだ。俺の事、頑張れって言って応援して」
「……櫻?」
泣きそうな顔に見えて、驚いた。
「こんな部活対抗なんかじゃなくて――クラス対抗で、美波に応援して欲しかった。そしたら絶対頑張れて。……周りのバカみたいに、騒げるのに。――今回の試合は勝っても負けても、俺には損ばっかりだ」
だからせめて、と手を取られる。
「応援してよ、美波」
「櫻……」
らしくない弱気な櫻に、仕方ないなという気持ちが湧いてくる。
私は小さく頷いて、
「わかった。……じゃあ、ちょっとだけどね」
「お、おう!ありがと美波! じゃ、向こうでな!」
にこやかな笑顔で駆けて行く櫻を見送ったのだった……。
選択肢1 終わり
◇
やってきたのは運動場の端の方に一面を取ったサッカーの試合。
これに櫻と――そして那月君が出ている。
「どう?」
先に来ていた恵梨歌ちゃんに訊くとウーンと難しい顔をされた。
「サッカーだから点数が入りにくいのはわかるんだけど……ちょっと攻められてるみたい」
「ええっ。な、那月君出てるんでしょ!?」
「うん。でも……ほら見て」
言われて試合を見る。サッカーは詳しくないからよくわかんないんだけど……確かにさっきからウチのゴールキーパーが随分働いている。
「櫻攻めまくりじゃん……」
「そう!春日井君すごいよね。サッカーやってたの?皆驚いてたよ」
「いや、そんな記憶は無いんだけど……」
まさかコレが“応援効果”とか――それは自意識過剰過ぎるか。大体私が来る前からかなり頑張ってたみたいだし。……向こうの女の子からの応援効果、かねぇ?
でもこんなに頑張ってんだったら私の応援もいらないよね。……一応、ちょんびっとだけしとくか。櫻頑張れーっ、……と。
ヨシ、これでオッケー義務は果たした。
てことで今度は文化部勢に向かって声を張り上げる。
「那月君頑張れー!!!文化部勢ファイトー!!!」
「美波ッ!……おう!」
那月君が気づいてくれて、こちらにガッツポーズ。
ガッツポーズは気が早いよ、と思ったのも束の間、一気にボールは逆方向へと向かっていた。
「わぁっ!!!」
思わず歓声が上がった。
途端、攻勢になった文化部チームはどんどん相手を抜いてゴールを目指して駆けて行く。
そして、その勢いのままなんと、
「すごい!!!すごすぎるよー!!!」
ゴールしてしまったのだ!
那月君は再度こちらへ向けてガッツポーズ。
スチル表示
かっ、かっこよすぎる……!惚れるぞ、これは!!!
心なしか応援席の女の子は皆顔が赤い。……私もきっと赤い。し、仕方ない!人間カッコイイものには弱いんだよ!
そんなこんなで文化部チームの怒涛の攻めにより、サッカー1年は圧勝!
歓喜のオーラを撒き散らしている中、運動部チームは項垂れているのが遠くからでもわかった。ま、どうでもいいけど。
「おめでと!すごかったよ~!」
試合の立役者の那月君にそう言うと、笑顔を返してくれた。
「おう!応援があったからだぜ、皆サンキュなー!」
とまぁ、またカッコイイ事言ってくれちゃってぇ!
これで何人か目のハートマークが本物になっちゃったんじゃないの?全くニクいヤツめー。
「さて、っと。次は何だっけ?」
「えっと……あ、そろそろ城崎君がやるんじゃないかな。テニス」
日程表があるのでそれを見ながら恵梨歌ちゃんが言う。
城崎君は当初の予定通り、桐原と対決するらしい。
「じゃ、そっち応援行くか!」
「うん、そだね。あ、那月君は休まなくて大丈夫なの?」
「ん、だいじょぶだいじょぶ。それに――ホラ、オレが応援に行ってやらねぇと冬輝が寂しがるかも!」
なんて、最後の方は無理に声を作って女の子っぽく言ってたり。
「ハハハ、気持ち悪いね那月君」
「ちょっ!あまりに正直過ぎんだろ美波!」
そして他に出番の無い人は皆そのままテニスコートに移動する事になった。
……移動の時に櫻がこっちを見ていたけど、こっちも向こうも周りに人が居たからそのまま通り過ぎた。
通り過ぎる瞬間、嫌な視線を感じたけど――怒ってるんだろうか。うーん、いや、でもちょっぴしは応援したし!本人もそれでいいって言ったんだから怒られる筋合いは無し!
*
テニスコートに着くと、これまた既に試合は始まっていた。
そしてまたまたルールのわからない私はただぼーっと見てるだけだ。
スパーンッ パシュンッ とキレの良い音が響いている。
「くっ、やっぱ……っ、強い、な!」
「そうか、ありがとう」
汗をかきつつ言う桐原に、涼しい顔の城崎君。……差は歴然じゃあ無いですか。
桐原が弱いだけなのかもしれないけど――でも、城崎君本当に強いんだなぁ。演劇部に居て欲しい気持ちの方が強いけど、それでもどこか片隅に本当はこっちの方が良かったんじゃないかって思う自分も居る。
ピーッ
審判が笛を吹いた。
どうやら勝敗は決したらしい。試合内容は全くわからなかったけど、城崎君が勝ったようだ!
「……っくしょー、無理だったか……」
「最初からわかっていたけどね。でも久々に楽しかったよ」
お互いに握手をして試合は終了。
汗一つかいてない城崎君がコート脇にやってきた。
「お前は本当に人間かよ?」
「失礼な、人間どころか血を分けた兄弟だろう」
訝しげに問う那月君に返す城崎君。だがしかし、私も同じ質問をさせて頂きたい。
「桐原がめちゃんこ弱かった……って事なの?」
「いや?そこまでは弱くないと思うけど。大会もそこそこ行ってるみたいだし」
サラリと言うけど、だったら尚更すごいじゃん!
「城崎君って、ホント演劇部にはもったいないのかも……」
ぽつり、と言うと
「今、なんて?」
そう、返された。
……あ、あれ。気のせいかな――ものすごく、冷たい声に聞こえるんだけど。
「その言い方だと、次には“テニス部に行った方がいいんじゃない?”とでも続きそうだね。……ねぇ、高科さん」
「ひっ、へっ、あ、あのっ」
にっこりと微笑まれるんだけど、いつものあったかい感じじゃない。顔は同じハズなのに――こ、怖い……!
目を見開いて固まっているとパッと目の前を覆われた。
「冬輝、こえーよバカ。威嚇してんじゃねっつの」
那月君の手、だったらしい。
「ったく……お前普段から美波には温厚モードで接してたんだろ?なのにいきなり魔王モードになったら、驚く通り越して固まってたじゃねーか」
「……」
モードとかあったんだ、とか考えられるくらいには思考が回復してきた。
私は覆っていた那月君の手をそっと外して小さくお礼と、それから、
「ごめん城崎君」
城崎君に謝った。
「いや……」
ふいっと顔を逸らされる。
「あっ」
そのまま去ってしまいそうな気がして、それがさっきの城崎君以上に怖い事のような気がして、私は思わず服を握っていた。
「……? 高科さん?」
「あ、ご、ごめん……」
でも服は離さなかった。
ただ謝るだけじゃなくて、まだ言わなきゃいけない事がある気がしたからだ。
「あ、あのね、城崎君!」
選択肢2
冬輝 +1
「今更なんだけど演劇部、入ってくれてありがとう!」
突然の言葉に城崎君は驚いたようだったけど、その顔を見る前に私は下を向いた。
「あの時、もう何人もに声かけて撃沈した後だったから、城崎君が入ってくれて本当に嬉しかった!
それだけじゃない、那月君も引っ張ってきてくれたし、それ以外でもたくさん助けてもらった。
劇でもさ、何回かトチりそうになったんだけどフォローしてくれたよね。ありがとう、城崎君」
「高科さん……」
「だ、だからね、さっきの城崎君見てて余計に思った。テニスこんなにうまいし、引っ張り込まれて入った演劇部よりもいいんじゃないかって――でも、違う。そうじゃない」
ガバッと顔を上げる。
「演劇部にはもったいない人だけど、でも行かないで」
冬輝 +2
「嬉しかったんだ!」
「……はい?」
顔を上げて、言い放つ。
「城崎君が演劇部に入ってくれた事!こんなにテニス上手くて、桐原みたいなヤツに勝負挑まれるくらいに望まれてるのに、それ蹴って演劇部の事考えてくれた事!」
「だって、それは――」
何故か口ごもる城崎君に、私は続けた。
「それだけじゃなくて、色んなトコでいっぱいフォローしてくれたよね。那月君が入ってくれたのだって城崎君のおかげだ。だから演劇部が存続出来たのもそのおかげで。
そんな風に、引っ張り込まれて入った演劇部でも十分に動ける人だったから――さっきの見てて余計に思った。テニス部の方が良かったんじゃないか、って。だって、そしたら今ある才能、きっともっと伸ばせた。……でも演劇部にいるから、それはもう、無いかもしれない」
「高科さん」
「でも、でもね!」
城崎君の言葉を遮って声をあげる。
そして服から手を外し、そのままそれを城崎君の腕に伸ばす。
「そんな風に――演劇部にはきっともったいないってわかってるけど――でも、行かないで」
選択肢2 終わり
◇
言い切った後、真正面から城崎君の顔を見た。
「……うん」
にこっと笑う。
――あぁ、うん。いつもの、あったかい感じだ。
「わかってる。行かないよ」
ぽんと頭に手を乗せられた。
そして、
「行かない為に桐原を完膚なきまでに叩きのめしたんだから。……もうそんな事、言わないでね?」
……っ。あ、
ああ、あああ、あれえええ???
手を乗せられてるから顔見えないんだけど、ちょーっと怖くないですかコレ!
顔を上げてみるとそこには変わらず笑顔の城崎君が居たんだけど、やっぱりちょっと怖い。
「……は、はい」
私は内心ビクビクしながら、そう答えたのだった……。
*
その後、奏和先輩の野球や恵梨歌ちゃんのバレーの応援、そして自分のバスケとサッカーをやり終えた。
応援した二人は勝ったし、私もバスケは勝ったんだけど……サッカーは……うう、無かった事にしたい。
そうこうしてる内に全試合が終了したらしい。
私達は運動場に整列していた。
整列、と言っても普段のようにクラス毎ではなく部活毎、にだ。
前の方に生徒会がズラッと並び、一人が台に上がった。
「全ての試合が終了しました。皆お疲れ様でした。勝ち負けに関わらず、どれも素晴らしい試合だったと思います」
そんな風に始まって、いつの間にチェックしたのか名場面の紹介なんかもしていく。芸が細かいんだなぁ、生徒会。
「さて、今回は運動部対文化部として始まったのですが、どうだったでしょうか?
中には賭けをしてる人もいるようで、勝敗の結果がさぞ気になっている事でしょう」
ざわざわと騒がしくなる。
もう結果はわかってる人が多いんだろうけど、私は知らないからかなりドキドキしている。
勝ったら部員わんさかでウハウハだけど――負けたら、明日から半身ずつでバスケと陸上部生活になりかねない。
「では結果を発表します。
総合結果は――」
そこまで行って、壇上の人はパッと背後の校舎を見る。
瞬間、屋上から一気に降ろされる大きな布。
そこには、大きく“引き分け”の文字があった。
……ホントに芸が細かい、っつーか何してんだ生徒会。忙しかったんじゃないのかよ。
「引き分けでしたね。残念でもあり、嬉しくもあり、と言った所でしょうか」
淡々と続ける生徒会の人に、ぐちぐちと周囲はうるさい。
「結果はどうあれ、今回は例年に比べて随分と盛り上がった大会になりました。という事で、全員に先生達からプレゼントがあるらしいので、明日の朝は楽しみにしていてください。
では――、これで球技大会を終了します。一同、礼!」
バッと頭を下げる。
「ありがとうございましたー!!」
頭を下げて、あげる。
そうして、球技大会は終わった――。
* * *
引き分けだったから結局賭けは全部無効になった。
ただ桐原だけは男の約束だから!と演劇部に入部しようとしてたけど、丁重にお断りした。
だって、こんな風に無理やり入って貰うのはなんか嫌だったからだ。
そう、決して私が桐原を嫌いになったから、とかそういうんじゃない。断じて、無い!
長野さんも一応は納得してくれたようだ。……と言っても、櫻が説得したらしいんだけど。何を言ったのか気になる所だ。
そして対運動部の構図で行動を共にする事が多かった面々とは、かなり仲良くなったと思う。
特に吹奏楽部と美術部、それに剣道部の皆。
勢いで始まった事だったけど、これが無かったらここまで仲良くなれてなかっただろうから、それを思うとふっかけてきた長野さんに感謝しなければいけないかもしれない。
「って、感じでにへにへなんですよ~」
といつものように部室でにへらにへらしていたんだけど、いつもならそれに相槌をうってくれる奏和先輩の表情がすごく暗い。
あれ?どうしたんだろ、と思って声をかける――前に、机の上のプリントを見つけた。
「……えー、何々。部活会のお知らせ……これ、何です先輩?」
「そ、それはね美波ちゃん……死の宣告書だよ……」
……どういう事なんだ。
「あぁ、それはね美波ちゃん」
恵梨歌ちゃんがすかさずフォローしてくれる。
「簡単に言うと今年一年の予算とか諸々決める委員会みたいなヤツなの。そこで去年お兄ちゃんかなり厳しく言われたみたいで……トラウマになってるんだって。 それにホラ――今年って、去年より状況が悪いでしょ?だから今から胃が痛いみたい」
「なるほど……」
そりゃ確かに胃痛にもなるね。
ふっふっふ、しかーし!
「何をそんなにメソメソしてるんです、先輩!私達はちゃんと劇やったじゃないですか!しかも新年度1ヶ月で!これを評価して貰えれば予算増えること間違いなし!がっぽがっぽですよ!」
どーんと胸を叩いて言い放つ。
「そ、そうかなぁ……」
「そうに決まってます!」
どこに根拠があるのか、と言われると痛いけど、でも頑張ったことをアピールする機会だと思うのだ!
「だから奏和先輩、張り切って行きましょうねっ!!」
そうやって楽観的に考えていた部活会。
けれど――奏和先輩の言っている意味は、実はかなり正しかったのだ。
ふわりと風に吹かれてお知らせの紙が床に落ちる。
それの別名がやはり“死の宣告書”なのだと思い知るのは、まだ先の事だった……。