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▼ 第2章 第5話

 無事に紅葉さんに会えました!
 って事を香さんに報告して、帰りに寄ったケーキ屋さんで買ったお菓子を渡してお礼も言った。
 ――紅葉の事教えたってだけじゃこんなの貰えないよ。
 そう言われてしまったのだが、いつも美味しい食事と差し入れありがとうございます!って事で半ば押し付けてなんとか貰ってもらった。
「わお!ここのお菓子屋さん好きなんだ~。美味しいよね!」
 流石、美味しいお菓子を作る人は市場リサーチも欠かさないらしい。
「ケーキは食べた?あそこのモンブラン最高だよね!栗好きとしては譲れない一品だと思うよ!」
「ですよね!わたしもモンブラン美味しいと思います。でもショートケーキも譲れないですよね……」
「わかるー!!だからいっつも大抵どっちも買っちゃって困るんだよね~」
 ……と、恵梨歌ちゃんとケーキ談義で盛り上がってたり。
「それにしても、ちゃんと会えて良かったよ。明日から来るの?」
「いえ、明日また伺わせて頂く事になりました」(奏和
「そっか。ちょっと気難しいトコあるけど、基本イイ人だから頑張れ!」
「はいっ、本当にありがとうございました!!」
 一同、礼をすると香さんはニコッと笑ってこう言った。
「おおー、人数少ないって言っても一気にそうされるとなかなかのモンだね~。うん、若いって良い!」
 言い方はなんだか親父臭いけど、紅葉さんと同じ年代って事でしょ?
 推測では25、6だから……十分に若いと思うんだけどねぇ……。



 * * *



 と、まぁ、そんなワケで翌日の放課後。
 私達は再び紅葉さんのお家を訪ねた。
 今度もインターホンで軽くやりとりをした後に、開いてるから入れと言われてすぐに家の中に通された。
 昨日も思ったけど、やっぱり無用心過ぎないかなぁ……。
 しかも今日は昨日と違い、雨戸も全て開け放たれていた。明るくなったのはいいんだけど、中身も丸見えで――これではますます泥棒さんの格好の餌食なのでは!
 キョロキョロと通された先のリビングを見渡し、そんな事を思っていると奥から紅葉さんがやってきた。
「よう、来たな。……ん?ジロジロ見て――物色か?」
「なっ!ち、違いますよ!!」
「いや、冗談だけど。まぁ、例え魔が差してもウチは狙うなよ?防犯きっちりしてるから警察のご厄介になる確率100%だぞ」
「し、しませんってば!!」
「そうか?一度防犯ベルが鳴るのを見てみたいんだがな……」
 若干しょぼんとして紅葉さんは言う。……狙うなよ?と言っておきながらこの台詞。こ、この人何考えてんだ。
 ついジト目で見ていたら、先輩がその視界を遮って前に立った。
「こ、こんにちは!あの、それで今回は、そのっ、指導を引き受けてくださり本当に感謝します!ありがとうございます!!」
 ガバッと頭を下げる。
「改めて自己紹介させてください!僕は部長の秋ヶ谷――」
「あー、待て待て」
 奏和先輩の言葉を遮り、紅葉さんは手を振った。
「かたっ苦しいのは苦手だ。それに俺は簡潔に物事が進むのが好きだ。ある程度の敬語は必要だが、何度も繰り返して同じ意味の言葉を聞かされるのは堪らん。大して年も離れてないし、教師でも無いんだからもっと砕けた風で構わん」
 そう言われても、ハイそうですかですぐに変えれるワケも無く。
「し、しかし……指導して頂くわけですし……」
 先輩は案の定口ごもる。私や両隣の恵梨歌ちゃんと城崎君も同じく……だったけど。
「えっ、じゃあ紅葉って呼び捨てでもいいのか?」
 那月君はすぐにこんな事を言った。
 おおおおいいいい!!!それはあまりにヤバイだろ!!!と内心叫びつつ、でも声には出さずに口だけを大きく開く。
 やはり、と言うか当たり前と言うか。
 紅葉さんはそれに眉を顰めた。
「まぁ、別にいいが。そもそも俺は――いや、でも待てよ。なんかちょっと癇に障るな」
 癇に障るって……モロに怒ってるじゃないですか、ソレ。
 大して年離れてないって言っても多分10くらい違うワケだしね。そう思うのもわからなくないけど。
 それに……、
「えー、でも砕けた感じって言ったのそっちじゃん!」
 砕けた感じって言っても、ある程度は立てなくっちゃいけないモノってのがあるハズなのだ。それを友達か同級生かのようにいきなり呼び捨てじゃあねぇ。
 那月君は腑に落ちないようだけど、やっぱりそこは考えないとダメだと思うよ……。
「まぁ、俺の呼び方は何でもいいとして。とりあえず一人ずつ名前、な」
「あ、はい!」
 先輩が元気よく答え、それから息を吸って。
「あきが」
「あー、待て待て」
「っ」
 再び遮られた。
「とりあえず、座れ、な?」

 それから一人ずつ名前を言っていく。
「奏和、恵梨歌。冬輝に那月。それに美波、だな?」
「はい!」
 最後に呼ばれたので代表として返事をしておく。
「よし、覚えた。俺の事はとりあず紅葉さんとでも呼んでおけ」
「はい!」
 とりあえずもクソも無く、“紅葉さん”なのでは――と思ったけども口には出さずに返事をした。
 あ、でも待てよ?もしかしたら呼び捨て以外ならイケるのかな? 指導者だし……師匠、とか。
 なんて事を考えてついニヤけていると、
「美波ちゃん、顔、かお!」
 奏和先輩に横から小声で注意されてしまった。いけない、いけない。すぐに妄想が顔に出るのも厄介なモノだなぁ……。

「名前は確認したし、今度は詳しい事を確認させて貰おうか」
 紅葉さんがそう言ったので、私達は顔を見合わせて神妙に頷いた。
「昨日話した事と大体同じなんですが、要は近々あるコンクールに出て、それを好評な劇にしなくちゃいけないんです」
「こうひょう? ……か?」
「好評、です。その……昔と違ってあまりに酷い状況なんで、高評価はハナから期待されてないみたいで……」
「なるほど。酷い状況だから、とりあえず誰かに指導して貰いたいって事か」
「はい」
 先輩は頷いた。
「まぁ、それはわかった。俺達の時は指導者かなり居たからな。それなのに今はゼロ、それどころか顧問まで演劇素人とくりゃ、そりゃ誰かに縋りたくもなるな。……よし、じゃあそのコンクールまで俺がみっちりしごいてやる」
 指導を引き受けてくれるというのは昨日も聞いたけど、その後すぐに返されちゃったからなー。
 こうして改めて聞くと、本当に指導者になってくれるんだ、って実感が持てた。
「はいっ、よろしくお願いします!」
「よろしくお願いします!」
 皆でまた頭を下げて、上げる。
 それからやったね、と笑いあって――
「で、そのコンクールとやらはいつなんだ?」
 その笑顔が固まった。
 ……し、しまった。ここでこんな風に笑ってる場合じゃないんだよ!
 そもそも、紅葉さんに指導者になって貰う事がゴールじゃ無かったんだから。
 先輩がおずおずと口を開く。
「じ、実は……2週間後……より、ちょっと前くらい、です」
「は?」
 紅葉さんも固まった。
 そしてリビングに沈黙が流れ……。

「バッカヤロウ!!ならこんなトコで油売ってる場合じゃないだろ!すぐに特訓開始だ!
 そのコンクールとやらにはもう申し込んであるんだろうな?」
「すっ、すみませんっ」
「っはー……そこからか……わかった。とりあえず学校に行くぞ。
 俺は学校側に指導者として入れるように申請をする。お前等はその間に申し込みの手続き準備をしてろ」
 ソファから立ち上がり、紅葉さんは言った。
 私達も慌てて立ち上がる。
「ホラ、行ったいった!俺は車で向かうから、お前等はトレーニング兼ねて走って帰れ!いいな!」
「は、はい!!!」
 ぺこりと頭を下げてすぐさま玄関に向かう。
 それから靴を履いてもう一度頭を下げて家を出た。
「先輩っ……!申し込み、って、どっからするんですかー!」
 走りながら横を行く先輩に話しかける。
「んっ、と、とりあえず生徒会に……!」
 息を荒げながら先輩は言った。
 生徒会、か……っ。
 あー、指導者探しも最もだったけど、自分達で申し込みの手順くらいちゃんと調べておくんだった!
 情報集めが大事って言ってたのに……バカやっちゃったよ……!

 *

 学校に帰ってきて、とりあえず息を整えた。
「そう大人数で押しかけてもいけないからね。僕と美波ちゃんで行くから、恵梨歌は顧問の先生に紅葉さんの事を。冬輝君と那月君は部室を開けておいて。その後ジャージに着替えておいた方がいいかも」
「うん、わかった」
「おう!」
「わかりました」
 3人と分かれて奏和先輩と二人で生徒会室へ向かう。
 放課後すぐに紅葉邸に向かって、そんなに長く話はしていなかったので今でも人は居るだろう。
「!」
 扉の所に“生徒会室”の文字を確認して立ち止まる。そして後ろを見たら――あれ、先輩居ないぞ?
 全力疾走し過ぎたかな。紅葉邸から学校までは距離が長いからマラソン感覚で走って速度落としてたしなぁ。
 しばらく待ってみたけど来ないので、先に用件だけでも伝えておく事にした。
 コンコン、とノックをするとややあって扉が開く。
「はい、何か用ですか」
 出てきたのは球技大会の時に見た人だった。
 確か――副会長さん。だったっけ。
「あの演劇部ですけど。コンクール申し込みの……」
 手続きを、と全て言う前にその人はポンと手を打った。
「うん、こっちから行こうと思っていたんだ」
「え?」
 手をひらひらと振って中に入る。……私も入る、べきなのか?
 ちょっと考えていると、やっと奏和先輩がやってきた。
「美波ちゃん、早いよー」
「やー、先輩が遅いですよ。それより副会長さんが……」
 開きっぱなしになっている扉を示すと、先輩は小さく頷いてすぐに入っていってしまった。
「えっ、あ、先輩!」
 慌てて私も後を追う。
 前に球技大会の実行委員会で入ったけど、こうして入るのは緊張するなぁ……!

 中に入ると、そこには副会長さんしか居なかった。
 そしてその副会長さんは隅の方の机の上をごそごそとやっていて。
「あぁ……あった、これだ」
 何かプリントを数枚取り出してこちらへやってきた。
「部活会の後に言うべきだったんだが、つい忘れてしまっていたよ」
「?」
 奏和先輩は受け取りながら首を傾げ、そしてそのプリントを見て目を見開いた。
「これは……」
「詳しい事が書いてあるから、それを読んで準備するといい。リハーサルの日もあるから、忘れずに」
「あ、ありがとう……これは君が?」
「こちら側が言い出した事だしな。手続きは全て済ませてある」
 ……二人でなにやら話しているワケですが。
 意味がわかんないよ、一体どういう事?
「先輩……?」
 つんつんとつついてみると、先輩はくるりとこちらを向いた。
「美波ちゃん!もう申し込んでくれてたみたいなんだ!ホラ、見て」
 見せられたのは近くのホールの名前を冠したコンクール名が記されたプリントだった。
 高校でコンクールと言うから、てっきり高校生演劇なんとやらという感じの地方大会か何かかと思ったんだけど、どうやら違うらしい。
 地方である事は確かなんだけど……高校って枠には絞らないのかな?
「と言っても、細々な申請は自分達でしてくれ。申し込みすらっていう状況なら台本や道具の事なんかも全然考えていないんだろう?」
「そ、その通りです……」
 副会長さんの言葉に項垂れる先輩。私も似たような体勢だ。
「生徒会の人間が言っても悪い方向にしか受け取られないかもしれないが――君達には頑張って欲しいと思ってるんだよ。
 ただ、今までの部活活動内容が悪すぎた。去年なんか一度も公演しなかったんだ……文化祭さえほったらかしにして。だから人数が激減したし、もうきっぱり無くす方向で進んでいたんだ。
 でも今年入った一年生が随分と張り切っているようだし、部活としても最低限のラインをクリアしている。だから、もうチャンスを与えよう……ってそういう事なんだよ」
「うん……わかってる」
「ま、そういう事だから。頑張ってくれ、生徒会としても、一個人としても――元演劇部員としても、応援してる」
 私は思わず顔を上げた。
 でも先輩は下げたまま、また小さく頷いて。
「うん……ありがとう、壱奈 (いちな) 」
 そう、返した。

 生徒会室を後にして二人で廊下を歩く。
「先輩」
「ん?なんだい?」
 にこっと笑い返してくれるけど、そのせいでなんだか話しにくくなってしまった。
 ……あの人、お知り合いなんですか。下の名前で呼ぶなんて親しそうですね。
 なんて、部活が大変な時に言ってる事じゃない。
「いや、あの――もっ、申し込みしてくれてて良かったですね!情けないけど、私達本当に何もわかってなかったし」
「そうだね。僕はてっきりコンクールって言うから高校生演劇なんとかっていうのかと思ってたんだけど」
 そう言う先輩に、私もですと笑った。
「これ見てたらアマチュア演劇グループが参加するものみたいだね。一体どのくらいの応募があったのか知らないけど、特に参加するための審査とかはなかったみたい。まぁ、だから僕達も出れるのかなぁ。あったら絶対落とされそうだもんね」
 あっはっは、と笑うけど――ソレ笑い事じゃないっスよ、先輩……。
「参加グループ多いのかもしれないけど、きっちり審査・講評してくれるみたいだし僕等には願ったり叶ったりの舞台じゃない。
 それに紅葉さんという指導者も加わったし、僕等が出来る事こないだよりもぐっと広がるはずだよ!」
「そっ、そうですよね!!」
 ぐっと拳を固める。
「あんまり時間は残されてないけど、でもその時間使ってやれる事は全部やりつくしましょう!」
「うん!」

 *

 部室に着くと既に3人とも帰ってきていて、更に紅葉さんとそして百瀬先生も居た。
「あれ?なんで百瀬先生が居るの?」
「なんで……って、オレはこれでも一応顧問なんだぞ……」
「あ、そうか」
「あ、そうか。って!!お前が頼んだんだろうが……」
「い、いやそうなんだけど」
 何故か怒るんじゃなくて、嘆き出した百瀬先生をまぁまぁと宥める。
「でも本当になんで? 普段全然来ないくせに」
「うっ……そ、それはそうなんだけど――」
 ぽりぽりと頬をかいて、それから紅葉さんの方を向く。
「先輩の指導者としての許可は明日にならないと下りないから、今日は一日顧問が立ち会えって言われて」
「そういう事だ」
 紅葉さんが肩を竦めて言った。
「そっか……なら仕方ないですね。って言うか先輩って?」
「あぁ。俺は全くまるっきりこれっぽっちも覚えが無いんだが」
「そんなに重ねて言わないでくださいよ!」
「コイツが中3で、俺が高2の時に世話を焼いてやった事があるらしいんだ」
「へぇー」
 何度も繰り返して同じような言葉を言われるのは嫌だって言ってたくせに、ここまで繰り返すとは――意図的なんだろうけど、ちょっとあからさまなのでは。
 と思いつつも、それよりも気になった事があったので百瀬先生の方に視線を向けた。
「嘘つき発見」
「は!?」
「紅葉さんの事聞いた時に全然知らないってな事言ってたくせに。知り合いなんじゃん」
「いやっ、それは違うぞ!俺は演劇部だって事も名前も知らなかったんだから!嘘つきじゃない!」
 ブンブンと首を振って否定する百瀬先生。
 ……んー、なんだかよくわからないけど。
「まぁ、先生の過去話なんてどうでもいいや」
「んな?!」
「それより、コンクールの事なんですけども!」
 ショックを受けてるらしい百瀬先生を置き去りにして話を進める。……と言っても、ここからは奏和先輩が、だけど。
 コンクールの申し込みは既にしてくれていたという事とコンクールの概要をプリントを見せながら説明する。
「あぁ……これか。確かに初心者の初舞台としてはいいだろうな。出るヤツはそこそこに下手ばっかだけど、毎年審査員だけは大御所連れてきてるから信用出来る」
 な、何だか辛辣なお言葉が羅列されましたな……。
 でもそういう事ならあまりに場違いだお前等帰れ!みたいな事にはならないだろう。更に言えば周りが下手なら上手く行けば好評ならず高評価も貰えるかも!
 ……とか。
 ああ、ダメだ。
 志が低すぎるし、人間として嫌な考えをしてしまった。
 どんなモノだったとしても全力で取り組む、それだけが私達に出来る事だ。
「よし、大体はわかった。本番まであと少ししか時間は無い。今日からきっちり指導するからそのつもりでいるように!わかったな?!」
「は、はい!!」
 紅葉さんの声に大きく返事をした。
 ヨシ、やるぞー!!

 *

 いつもしていた筋トレや発声練習に加え、簡単な芝居を使った声出しや今更ながらに舞台の用語なんかも覚えていく事になった。
 幼稚園の時はなぁなぁでやった部分も今度はそうはいかない。
「とにかく声を大きく、それでいて荒げずにいかに観客に伝えるかが重要だ。
 演技も大切だが、演劇は台詞が無いと始まらないと思え。小説ではそれでもいけるが、芝居はそうじゃない。キャラクターの心情を台詞に乗せて伝えなければ、聞かせなければ、話の意味がわからなくなる。――サイレントムービーとかは別だけどな、そこまで行くにはお前等は未熟すぎるし、今は考えるな」
 と、紅葉さんは言った。
 幼稚園の時は広いと言ってもたかが知れてる部屋だったから、そこまで意識せずとも全員に台詞は聞こえていた。
 しかしホールともなると、やはりきちんと発声を考えなければ最悪何を言っているかわからない状態になるだろう。
 台詞があるのに何を言っているのか聞こえない。そんなのは考えるまでも無く最低の芝居になってしまう。
「わかりました!例え棒読みでも声を届けることが大切なんですね!!」
「あー、まぁ、そうだが。……俺が指導する上で棒読みは許さんぞ。そんな事にならないよう叩き込んでやる」
「う、あ、はい……」
 ま、そりゃそうか。最初っから棒読みオッケーなんて言ってちゃダメだしなぁ。
「台本については俺が用意してきてやる。明日にでも話そう。それより部員は5人だけなのか?」
 言いつつ紅葉さんは左右を見渡している。
「はい、5人です」
 先輩の答えは実に簡潔。そりゃそうだ、ホントなんだもん。
「それは厳しいな。役者もともかくだが、音響や照明はどうする?道具類もお前達だけで作れるとは思えない。誰か協力を頼めそうなヤツはいないのか?」
「うーん……」
 ただ見てる側からしたら、芝居=役者って感じなんだけど実際には裏方さんが居るんだよなぁ。
 協力者、ねぇ……と首を捻っていると先輩が言った。
「皆知り合いにあたってみて貰えるかな?それぞれに忙しいかもしれないけれど、少しなら手伝ってくれる人が居るかもしれない。
 紅葉さんの言うとおり、僕等だけで回せるとは思えないから――僕も誰かに協力を頼めないか、訊いてみるよ」
「わかりました、訊いてみます」
 城崎君が頷く。私達も同じように返事をして。
「よし、じゃあ練習に戻るぞ!」
「はいっ!!」



 * * *


 そんなこんなで練習を終えた後、私達はへとへとで寮に帰っていた。
「お、思った以上にしんどかった……」
「そうだねぇ……でもこの数時間で確実に進歩した気がしない?」
「するっ!すごいする!やっぱり指導者って必要なんだなー、って実感した!」
 コクコクと頷いて同意する。
 今までよくわからなかった部分も教えてもらって、ずっと漂っていた霧が一気に晴れた、そんな気分だ。
「それにしても、協力者……かぁ。恵梨歌ちゃん、心当たりある?」
「そうだね……とりあえずクラスの人には訊いてみるでしょ?」
「うん、そのつもり」
 皆部活してるし、無理かもしんないけどもしかしたら協力してくれるかもしんないし。
「春日井君は?」
「へ、櫻?いやー、多分無理だと思うなぁ」
「じゃあ訊かないの?」
「んー、訊いても無駄って最初っからわかってるヤツは、なぁ……」
 別にいいんじゃないかなぁ、って付け足そうと思って恵梨歌ちゃんの方を向くと、何故か立ち上がっていた。
「恵梨歌ちゃん?」
 どうしたんだろう、と動き出した恵梨歌ちゃんを見ていると、

 !

 突然電気を消された。
「えっ、恵梨歌ちゃん?どったの?!」
 問いかけても返事は無い。
 しばらくして暗さにも慣れてきて恵梨歌ちゃんの姿がうっすらと見えた。
「どうしたの?眠いの?ご飯まだなのに……」
「ううん、そういう事じゃないんだけどね」
 パッと明かりが点いた。んんー?一体何なんだろう。
 そう思ってまた戻ってきた恵梨歌ちゃんを見ていると、彼女はちょっと困った風に笑って首を傾げた。
「発動条件があるのかな?」
「はい?」
「暗くなっても、美波ちゃん別に怖がらなかった。だから暗いっていうだけが条件じゃ無いんだね?」
 これ、は……。
「もしかして、試したの?」
「うん、まぁ、そうなるかな」
 ニコッと笑って言いますけども、ちょいと奥さん待ちたまえよ!
「もっ、もし私がそれで泣き叫んでたらどうするつもりだったのさー!」
「ふふ、そうなったらそうなったでわたしが慰めてあげればいいかな、と思いまして」
「思いまして、て!慰めてくれるのはありがたいけど、なんか違うでしょそれ!」
 ズビシッとツッコミを兼ねて手刀を入れる。
 それをサッとかわして恵梨歌ちゃんは笑った。
「じゃあ教えてくれる?やっぱり気になるの、あの美波ちゃんの怖がりよう」
「う……それ、は」
 その話はもう終わったと思ってたのに、なんでこだわるんだろう。
 ――って思ったけど、もし逆の立場だったら私もなんとか訊き出そうとしたかもしれない。
 いきなり泣き叫ばれちゃあびっくりするしなぁ。
「美波ちゃん?」
 ずいっと迫られて再び呻く。
「わ、わかった……。でも」
「でも?」
「――櫻も、一緒でいい?」
「え?春日井君? うん、別にそれは構わないけど……」
 ぎゅっと手を握ってひざの上に置いた。
 別に今話すことも出来る。けど、ちょっと怖い――それも確かで。
「じゃあ、明日話す、よ」
 真正面から恵梨歌ちゃんを見つめて、私は言ったのだった――。

 *

 そして翌日、朝、中庭にて。
「朝っぱらからなんだよ? 教室じゃダメなのか?」
 櫻を引っ張ってきて恵梨歌ちゃんと3人、中庭の一画にやってきていた。
 ここは昼休みや放課後なんかだと人が多くて賑やかなんだけど、朝の時間は閑散としているという場所で、朝の時間に限ってはあまり聞かれたくない話をするになかなか適した所だった。
「櫻、こないだの事なんだけど……恵梨歌ちゃんには話しておこうと思って」
「こないだって――秋ヶ谷が連絡くれたヤツの事言ってんのか?」
 怪訝な顔をした櫻に頷きを返した。
「ごめんね春日井君。わたしどうしても気になっちゃって……」
「いや、俺に謝られても困るけど。でも、まぁ……気になる気持ちはわかる。そんくらいじゃなきゃわざわざ俺に何度も連絡なんてくれねーだろうし」
 何度も連絡って……恵梨歌様、もとい悪魔によるメールの事だけじゃないのかな?
 不思議そうな顔をしていると、櫻がぽんと肩を叩いてきた。
「秋ヶ谷本当に心配してたんだぞ。俺にも色々訊いてきて、でも答えられないって言ったら……」
「言ったら?」
 チラッと恵梨歌ちゃんの方を見て情けない顔になる。
「――脅してきて。秋ヶ谷って怖すぎるんだけど、アレどういう事だよ?」
 ははぁ……悪魔が光臨したのか。それは仕方ない。
「脅すだなんて人聞きの悪い。答えてくれないなら春日井君のある事ない事美波ちゃんに吹き込んで信じさせるよ?って言っただけなのに」
「十分に怖いっての!!!」
 言い返す櫻に同意せざるを得ない。それをまた笑顔で言うもんだから尚更怖い!
「まぁ、わたしの事は置いといて――時間もあんまり無いし、ね?」
「う、うん……」
 私は視線を下げて片手を動かし、櫻の服の裾をぎゅっと握った。
「い、言ってみれば簡単な事なんだけどね!」
「うん」
「ちょ、ちょっとしたトラウマってヤツで。暗い空間は怖いって言うか――」
「でもそれだったら電気消しただけでも怖いはずだよね?」
「暗いだけじゃなくて、緊張してたりとか、……お化けが出たり、とか」
 そう、あの時は確かに怖かった。でもそれだけじゃあそこまでならなかったハズだ。
 きっかけは、
「お化けって紅葉さん?」
 ……厳密に言うと (言わなくても) 紅葉さんはお化けじゃないんだけど、今回のきっかけはそれだ。
「昔ね。私がまだちっちゃい頃、母方のおじいさんが死んだの。
 お母さん――あ、万理ちゃんじゃないよ?実のお母さん。 お母さんと芳くんは駆け落ち同然で、その上私生んだ時にお母さん死んじゃったから母方の方からはすんごい嫌われてたの。っていうか憎まれたり、ほとんど呪われてたり、みたいな。
 でも一応親戚だから、おじいさんのお葬式には行く事になって。告別式じゃなくて、お通夜だけだったんだけど。いつもなら父方の、一緒に住んでたおじいちゃんとおばあちゃんと留守番なんだけど、丁度その時旅行に行ってていなくて。
 私と櫻だけじゃ不安だからって、一緒に行って。あ、その頃櫻も一緒に暮らしててね。
 で、それで」
 じんわりと手に汗が浮いてくる。
 すると裾を握っていた手を、上から櫻が握ってくれた。
「大丈夫か」
「う、うん。だ、だってただの思い出話だし!……これが原因だと、思ってるし」
 一度目を閉じて、それから気合を入れて開けた。
「それでさ!行ったら、おばあさん激怒してて。いや、参ったんだけど、お前のせいで自分は娘も夫も亡くしたとか言われちゃって!娘はともかく、夫は知らねーって感じなんだけど、まぁ、当時小さいから実にショックだったワケよ。
 んで、ショックを受けた美波少女は泣いて走り去って行ってしまったのだった……そして一年後……」
「美波ちゃん。怒るよ?」
「あ、ごめんごめん。嘘うそ」
 嫌な感じを茶化して蹴散らそうとしたけど、はしゃぎすぎたらしい。
「まー、そんな感じで走り出して案の定迷っちゃって。芳くんも櫻も探してくれたんだけど、その前におばあさんに見つかって。逃げようとしたけど掴まって、物置小屋みたいなトコ連れてかれて閉じ込められちゃって。
 あ、ちなみに結構デカい家でね、屋敷レベルっていうか。お通夜は家でやってたんだよね。……で、その小屋に閉じ込められて、勿論鍵なんかもかけられちゃって。家の中全部探そうにもおばあさんに嫌われてる芳くんは早々に追い出されちゃうし。
 そのまま時間経っちゃって……その間、私ずっと怖くて。暗いし、狭いし、鍵かかってるし、一人だし。それにさ、少なくとも一体は近くに死体があるワケじゃない?おばあさんと同じくおじいさんにも嫌われてただろうし、化けて出てこられたら!とか考えまくっちゃって。
 その間ずっと櫻が大人の目を盗んで探してくれてて、結局夜中近くに見つけてくれたんだけどさ。小さい窓のガラス破って、ね。
 でも丁度タイミング良く、いや、悪く、か。おばあさんが来て、半狂乱で追い掛け回されちゃって。もー怖いのなんの、って。髪ザンバラで……こんな事言うと失礼だけど、紅葉さんのうねうね髪が一瞬そう見えちゃって。勿論おばあさん生きてたんだけど、周り暗いからお化けみたいでさ」
 すぅっと息を吸った。
「まぁ、そんな感じで、こないだのはそういうのが一気に押し寄せてきてついつい。……櫻が助けてくれたから、櫻の事、呼んじゃって」
 参ったねーと力なく笑う。
「美波ちゃん……ごめん、わたし無理に聞きだしていい話じゃなかったみたいで……」
「いや、別にいいんだよ!それに話すの決めたのは私なんだし。
 恵梨歌ちゃんとは3年間ずっと一緒に暮らしていくワケだし、変に黙ったままで心配させたくないもん」
 そう、話してみれば本当にただの昔話。ちょっぴり手が震えるのは、あの時のおばあさんがあまりに怖かったからであって。
「というワケで、単に暗い空間だけじゃ発動しないから安心して!お化けが一緒に出てくるシチュエーションってのもあんまり無さそうだしさ」
「まぁ、それは確かにそうだけど……」
 気まずそうに口ごもる恵梨歌ちゃんの両肩をポンッと叩いた。
「ごめんね。でも大丈夫だから」
「う、うん……わかった」
 にこっと笑ってくれた恵梨歌ちゃんにホッと胸を撫で下ろす。
「櫻もありがと」
「俺居た意味はあったか?」
「うん、あった!櫻居てくんないと、ちょっと話すの怖いもん。……ホラ、おばあさんが化けて出てきそうで」
「ぷっ、確かに」
 ついでに言うとおばあさんはもう亡くなっている。おじいさんが死んで1ヶ月も経たない内に事故にあったのだ。伴侶が居なくなった後すぐにボケ始めて夢遊病にもなっていたという話だから、フラフラと出歩いてて轢かれたんだろうか。
 お葬式には芳くんだけが行った。私はおじいちゃんとおばあちゃんと、櫻と留守番をしていた。
「さっ、じゃあそろそろ教室行こっか」
「うん、そうだね」
 恵梨歌ちゃんの手を取って歩き出す。
 さて、話してスッキリした事だし、部活の事考えるぞー!

 休み時間、クラスの人に訊いて回った所、数人が協力してくれる事になった。
「大道具って背景とかも描くんでしょう?そういうの興味あったんだ、だからこっちも嬉しいよ」
 そう言ってくれたのは美術部所属の木場ちゃんだった。
「きっと安部ちゃんや部活の他の人も手伝ってくれると思う。わたし達、しばらく作品展も無いしね。先輩の一人はデカいトコ出すみたいだから無理だろうけど」
「ホント?!助かるよー!勿論その先輩だけじゃなく、皆さんお手すきの時に、って感じでいいんだけどっ。わー、本当に嬉しい!!」
 そしてこちらもまた。
「ウチ等もちょっとだけなら手伝えるかも。一応先輩に訊いてみるけどさ」
「かっちゃん!おぉ、ありがたいっす!!」
 ぎゅっと抱きついた。
 かっちゃんってなんかわかんないけど、抱きつきたくなるんだよなぁ。大きいから、かなぁ?

 クラス内の子はそんな感じ。……女子は、ね。
「じゃあ仕方ないな、そんなに頼むんなら手伝ってあげなくも無いよ。仕方ないなぁ」
「……城崎君、何故こんなヤツに声かけたし」
「いや、使えるモノは使おうかと」
 桐原――男子は、コイツが手伝うらしい。はぁ、むしろ邪魔なんじゃないだろうか。
 他にも数人声かけてたけど、皆忙しいらしい。ま、そりゃそうだよね。
「桐原はテニス部いいの?」
「うん、それなんだけど。昼休み辺りに部長さんの所に行ってくるよ。こき使ってやろうと思うからしばらく借ります、って」
 ……またエラく直球だなぁ。
「まぁ、了承が得られそうならそれでいいんだけど」
「あぁ。大丈夫だ、部長も話がわかる人だから」
 ……それってどういう意味ナンデスカ、とは――問わないでおいた。

 その後、恵梨歌ちゃんも数人をゲットしてきていた。コーラス部の皆さんだそうだ。
「しばらく大きな大会も無いから、少しならお手伝い出来ますわ」
 と、コーラス部の部長さん。ちなみに3年。なんだかすごくお嬢様な感じの人だった。
 てかその人以外も人の良さが滲み出てるような人達ばっかりで!恵梨歌ちゃんは――今となってはちょっと違った視点でしか見れないのが悲しいけど、出会った頃ならまさにこの人達と同じように思えたんだろうなぁ。

 那月君はと言うと生徒の方は不発だったらしいんだけど……。
「先生も何かお手伝い出来るかしら?」
「へっ、あっ、は、はい!!!!」
 まさかまさかの――先生、ゲットだった。
「クラスのヤツに話してたら丁度川北先生も聞いてたみたいでさぁ、いきなり言われてビビったっての」
 そりゃ確かにびっくりするな……。
「でも何で先生が?」
 そう訊くと、川北先生はちょっと悲しそうな顔をした。
「先生ね、昔ここの演劇部に居たの。本当はずっと顧問になりたかったんだけど、去年までは他の先生がやってらしたし、今年も話をしに行こうと思ってたのに、いつの間にか他の先生がなってて……」
「そんな……!言ってくれればいつでも、あのヤル気の無い正顧問追い出して顧問になって貰ったのに!!」
 ちなみにヤル気の無い、ってのは俊兄ちゃんの事ね。昨日は来たけど、それまでさっぱりだったもんなぁ。
「ごめんなさい。なんだか言い出しにくくて……でも城崎君が話しているのを聞いて、今言わなきゃって思って」
「なるほど……」
 この場合の城崎君、ってのは那月君の事だろう。紛らわしいけど、仕方ない。
「じゃあ、先生!これからよろしくお願いします」
「えぇ、こちらこそよろしくね!」
 にっこりと笑ってくれる先生に思わずにへらっとなった。
 うへへ、紅葉さんだけでなく演劇経験者ゲットだぜー!……あ、でも年代的に既に廃れてきてた頃なのかな?まぁ、それでも少しはやってるだろうし、期待期待!

 そして奏和先輩は。
「やぁ」
「あっ、副会長さん!」
 昼休みに部室に行くと、先輩と副会長が居た。
「あぁ、美波ちゃん。それに恵梨歌も」
「先輩。まだ何か生徒会と話し合いがあるんですか?」
 訝しげに言うと、違う違うと手を振られた。
「壱奈は手伝ってくれるんだよ。ホラ、一応元演劇部員だし、気にしてくれたみたいで」
「本当ですか、壱奈さん!」
「うん、自分で良ければお手伝いするよ」
 恵梨歌ちゃんもタタタッと駆け寄って……副会長、ってだけでこんなに親しいモン、なのか?
 楽しく会話する秋ヶ谷兄妹と副会長を見て思う。
 ……うーん。
 ええい、悩んでも仕方ない。先輩に訊いてみよう。

選択肢1

奏和 +1

「ちょっといいですか?」
 チョイチョイと先輩を呼んだ。
「ん?どうしたの」
「……あの、副会長って――お知り合い、なんですか?」
 小声で訊くと、先輩はキョトンとした後にすぐに笑った。
「うん?元演劇部だって事は言ったよね?聞いてなかった?」
「いや、それは聞きましたけど!でも、なんかそれだけじゃ無いような……」
 もっと親しい感じがするのだ。
 それを何故か口に出せなくて視線をさ迷わせていると、ぽんぽんと頭を撫でられた。
「ふふふ、気になるの?」
「……そんな風に言われると、気にならない!とお答えしたくなるんですが――気になりますね」
「正直だね、美波ちゃん。正直者は好きだよ~」
 好き……ねぇ。

奏和 +2

「先輩、先輩!」
 チョイチョイと手招きをする。
「ん、どうかしたの美波ちゃん」
「あの、……先輩と副会長ってどういう関係なんですか?」
「へっ!」
 ぼふんと音がしそうなくらい、先輩は一気に赤くなった。……んん?
「美波ちゃん……それはもしや焼きもち、とか?」
「は?」
 ……。……え?
 じわじわと顔が熱くなってくる。ちょ、ちょっと待て……そういう事、になるのか?
「ふふふー、顔真っ赤。嬉しいなぁ、焼きもちやいてくれるなんて」
「いやっ、これは、その!!」
 否定しようとしても、この顔じゃあ説得力が無さそうだ。うう……。
「……それで、どういう関係なんです?」
 半ば不貞腐れつつそう訊くと、先輩はにっこりと笑った。

選択肢1 終わり

 ◇

「壱奈はね、所謂ご近所さんってヤツ。幼馴染っていう程昔から知ってるワケじゃ無いんだけどね」
「……なるほど」
 ご近所さんなら、恵梨歌ちゃんも親しくしてるのは頷ける。
 今は寮生活だけど、中学までは普通に家から通ってたんだろうし。
「美波ちゃんに気にして貰えるのは嬉しいなぁ」
「あーもー、ニヤけるのやめ、やめー!!」
 ニヘニヘと笑う先輩の背中をぽかぽかと叩いて言った。
 気にしてたのは確かだけど、ここまで喜ばれる (?) のはなんかちょっとヤですから!



 * * *



 放課後、部員とそして協力してくれる皆で部室に集まった。
 思った以上に手伝ってくれる人が多くて感激した。そう、例え部室が狭くてぎゅうぎゅう詰めになっていようとも!
「うげっ、なんだコレ暑苦しい」
「そりゃねぇよー、紅葉さん。皆手伝ってくれるンだぜ?」
「そ、そうか……それはいいんだが、ちょっと人数多すぎるな。他に場所借りれないのか?」
 ちょっぴし汗をかきつつ紅葉さんが言った。
 他に場所……なぁ。
 今日はもう指導の許可が下りたらしく、百瀬先生は一緒じゃなかった。
 だから他の先生に訊いてみないといけないワケで。
「あ、そだ。那月君」
「ん?」
「先生は?」
「あぁ、ちょっと遅れるっつってた。……って、あ、来た」
 パタパタと廊下を小走りに駆けてくる音が聞こえて、ややあって川北先生がやってきた。
「ごめんなさい遅れてしまって。余計なお世話かもしれないと思ったんだけど、他の部屋も使えるようにしてきたの」
 おおお!!!
 川北先生流石です!もう、すぐにでもウチの顧問になってくださいよ……!
 と、いうような事を言おうと近寄ったんだけど。
 その前に別の人が声を出した。
「翠先輩……」
「! あ、貴方は!!」
 それは紅葉さんで、川北先生は驚いて固まっていた。
「もしかして――葉月君?!」
 ……どちらさんですか?
「えぇ、お久しぶりです。先輩」
 先輩、先輩て。百瀬先生も紅葉さんの事を先輩って言って、更にその紅葉さんが川北先生を先輩って……。
 ……って、え?!
「え、ちょっと待ってください!」
 へいへいストーップ!と二人の間に割って入る。
「この際葉月君って誰?とかそういう事は置いといて、……川北先生って紅葉さんより年上なんですか!?」
「え、えぇ……一年上だったの。でもどうして?」
 いっ、一年上……だと?!
 てっきりもっと年齢低いと思っていたからびっくりだ。
 だって、その計算だと……、百瀬先生が24でその2つ上の紅葉さんが26で、更にその1つ上で――
「に、にじゅう……ななさい?」
「えぇ」
 川北先生の言葉にガックリと膝から折れた。
 そ、そんな……大してショックを受けるような内容じゃないのに、ショックを受けてる自分が一番ショックだ。
 そしてこんなワケのわからん事を言ってる自分もショックだ。
「あ、あの、何かいけなかったのかしら?」
「あー、いやいいんです、先生。気にしないでくださいね」
 恵梨歌ちゃんが近づいてきて言った。
「発作のようなモノですから」
 ――妄想の。 というのが言外に聞こえてきそうだった。
 うん、まぁ、当たってるから反論はしませんけども。
 項垂れる私を無視して紅葉さんは話を進める。
「なんで翠先輩がここに?」
「あたしは演劇部を手伝おうと思って。葉月君こそ、なんで?」
「俺はコイツ等に頼まれて指導者ってのになったんです。ほら、許可証」
 そう言って紅葉さんはIDカードのようなものを見せた。
 立ち上がって、それを横から覗き見る。
「……紅林 (くればやし) 、葉月 (はづき) ?」
「えっ、紅葉さんは紅葉さんじゃなかったんですか?!」
 奏和先輩が驚いて言ったけど、なんかよくわからん言葉ですよソレ。
「俺は一言も本名がそれだって言ってないんだけどな」
 そ、そう言えば……表札も掠れて読めなかったし、そもそも“紅葉”さんって香さんが言ってた事だっけ。
「まぁ、別に紅葉で構わないから気にするな。
 それより」
 くるっと向き直って紅葉さんは言った。
「ちょっと人数が多すぎるから、翠先輩が用意してくれたっていう部屋に移動するぞ。案内してくれますか、翠先輩?」
「え、えぇ」

 そうして行った先は球技大会の時に使わせてもらった大きめの空き教室だった。
 そこで紅葉さんは一冊の冊子を取り出した。
「話を考えてきた。よくある恋愛ストーリーだ。まぁ、わかりやすいのが良いだろうと思ってな」
「れっ、恋愛、ですか?!」
「あぁ。王女と騎士の話で、呪いで魔物にされた王女が人間に戻るまで、みたいな感じだ」
 ……それは果たして“よくある恋愛ストーリー”と言っていいのかどうか。
 まぁ、呪いで魔物、とか王女と騎士っていうのは実にあるあるだと思うけど。
「登場人物は王女と騎士、それにちょこちょこ出会う人達が居るくらいで、ほとんどは森や荒野だ。あと城」
「城!?」
「一応王女だからな。と言ってもがっつり背景が必要なワケじゃない。その辺は追々説明しよう」
 そう言ってから紅葉さんは黒板の方へ行ってチョークを手に取った。
 手馴れた様子で何か書いていく。……これは、配役?
 王女に騎士、それに魔法使いと魔物男。うわぁ、モロファンタジーだなぁ。
「とりあえず配役も決めたから、これで練習していくぞ」
 そして横に名前を書いていく。
 ……って!!!
「くっ、紅葉さん!私、王女――なんですか?!」
 思わず声を上げてしまった。
 だって、真っ先に書かれたのが私の名前で、しかも王女の所だったんだもの!
「そうだが、何か?」
「え、でも私王女って柄じゃないしっ」
「バカかお前は」
 ふー、とため息をつかれる。
「柄じゃないとか、芝居をする上で素の人間なんて関係無い。当てられた役に“成る”。それが芝居だ。そうだろう?」
「それは……そうですけど」
 でも、私より恵梨歌ちゃんの方が向いてるんじゃないかなぁ……。
「現時点で俺はお前が適任だと思った。だからお前にした。わかったか?」
「……はい」
 いまいち納得出来ない所もあるけれど、一応頷いた。
 うーん、しかしなぁ……。
 と眉間にしわを寄せつつ次の配役を見ていく。
 ……。……う、は、これは……。
「異議アリ!!」
 シュビッと那月君が手をあげた。
「なんだ那月」
「何でオレは“また”人外の役なんだよ!!」
 黒板を見ると、城崎那月の名前は魔物の欄に書かれていた。
「前は何をやったんだ?」
「赤ずきんちゃんの狼!オレも人間がいいよー。冬輝と変えてよ紅葉さん!」
 ちなみに城崎君は騎士さんだった。
「ふむ……でも俺はお前の方が魔物っぽいと思ったんだけどな」
 さっき“素”は関係無いとか言ったのに、それとは正反対な事をサラリと言ってのける紅葉さん。
「っぽい!っぽいってどういう事?!目つき悪いって事!?」
「……そう興奮するな。まぁ、その通りなんだが」
 ぐっはー、紅葉さん正直過ぎる。
 その直球な言葉に、那月君は立ち上がった。
 そして城崎君の方に行って――
スチル表示 「っ!」
「ホラ!こうやって並べば目つき大して変わんないって!」
 城崎君の眼鏡を取って、自分は前髪を押さえつけながら言う。
「那月、やめろって」
「でも冬輝ー!」
 確かにこうやって見ると二人似てるんだけど……うーん、何だかなぁ。
「那月はそんなに人間になりたいのか?」
「その言い方だと、今のオレも人間じゃないみたいでちょっと気になるけどな!」
 確かにね。
「そうか……そんなに美波の相手役になりたいと、そういうワケか」
「なっ!?」
「へっ?!」
 やれやれと肩を竦めながら爆弾を投下する紅葉さん。
「じゃあ相手役の美波に決めてもらうか。美波、お前はどう思う?」
「えっ」
 えええええー!!!

選択肢2 どっちが良さそう?

那月 +1

 ちょっ、いきなりそんな事言われましても!!
 と反論しようかと思ったけど、それはやめて真面目に考えてみる事にする。
 相手役とかどうのは置いといて、……騎士、かぁ。
「うーん、那月君の騎士もいいかもなぁ」
「美波!!やっぱりお前は話のわかるヤツだって思ってたぜ!」

冬輝 +1

 そんな事いきなり言われても困るよ!!
「高科さん、あんまり深く考えないでいいよ」
 ……そうやって言われると逆に考え込んでしまいそうになるんですけどね。
 ウーンと首を捻る。
 相手役がどうのこうのっていうのはこの際考えない事にして。
 騎士、騎士――かぁ。
 紅葉さんの騎士像がどんなモノかわからないけど、でもやっぱり考えた結果が城崎君だったんだから、それでいいんじゃないだろうか?
「……城崎君が、いいかなぁ」
「本当か?……そうか、嬉しいよ」

選択肢2 終わり

 ◇

 導き出した私の答えと、それに対する反応を見て紅葉さんは 「そうか」 と言った。
「でも、まぁ、俺の決定は覆らないんだけどな。さ、次だ次」
「なーっ?!?!」
 ちょっ、だったら何故訊いた!?
 那月君の叫びや私の内心のツッコミは完全に無視して――そりゃ私のは聞こえてないから当たり前なんだけど――大道具やら照明やら音響やらの説明をしていく。
「ちくしょー、紅葉さんはちょっと冬輝みたいだぞ!」
「心外な。僕はあんな風にお前をからかった事無いだろ」
「お前それ本気で言ってんのか?日常茶飯事じゃねーか!」
「那月……よく日常茶飯事なんて言葉、すぐに出てきたな……すごいじゃないか」
「ホラ!そういうのだよ、そういうの!!!」
 双子は双子でぎゃーぎゃーうるさいし。まぁ、確かにちょっと城崎君のサド具合に通じるものはあるよねぇ。
 ハハハと笑いながら紅葉さんの説明を聞いていた。

 思った以上に話は上手く進んでいる。
 これなら、あと僅かしか時間がなくてもちゃんと芝居に成れるだろう。
 うっしゃぁ、気合入れて王女やるぞぉ!!
 ……って、王女が“うっしゃぁ”はマズいか――なんて、ね。