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▼ 第3章 第5話

 朝、部屋から出てご飯の為に食堂に行くと、丁度かっちゃんと香さんが話しているところだった。
「おはようございます!」
「あ、おはよー美波ちゃん。今日も元気ねぇ」
「おはよ、高科ちゃん。今、香様に例の事訊いてたトコなんだ。……で、どうです?」
 かっちゃんがそう言うと、香さんはふーむと顎に手をあて、
「……そうだね。場所借りるのはともかく、材料は出せないよ?あくまで個人的な話になるからね」
「それは勿論です。材料費・材料はこちらで全部用意しますので」
「うん、それなら大丈夫だと思う。一応寮の管理人さんや食堂の責任者の人に訊いてみるよ。結果は後で連絡するね」
 ウンと頷いて香さんは言う。
 ……って事は?
「教えて貰える、って事ですか?」
「あたしで良ければ、ね」
 にっこりと笑って、それから人差し指を立てた。
「ところで聞いたけど、美波ちゃんは料理がど下手なんだって?」
「ぐはっ!……そ、そうですけど……“ど”までつけなくてもいいじゃないですかー……」
「あぁ、ごめんごめん。でもあたしも聞いたそのまま、言っただけだから」
 あっけらかんと笑う香さん。
 て事は、つまりこの話をした人が犯人で――
 ギギギギッと首を動かしてかっちゃんの方を見た。案の定、視線を逸らしてやがる。
「かっちゃん、酷いよーーっ!!!」
「ご、ごめん……いや、その、つい。そう言った方が伝わりやすいかと思って」
 まぁ、教えて貰う手前、ど下手が居たほうが教えがいがあったりするのかもしんないけどさ。
 いや、でもそういうのってかえって迷惑になるもんじゃないの?
 と、色々考えてたんだけど……ま、いっか。
「下手なトコは否定出来ませんから。少しでも人間の食べれるモノが作れるよう、教えてくださいね!香さん!」
 ガシィッと香さんの手を握ってそう言った。
「うん、お姉さんにまっかせなさい!」
 香さんは実に頼もしく笑い、
「ま、許可が下りればの話だけどね」
 ……オチもつけつつ、言ってくれたのだった。

 *

 朝食を終えた後、準備を整えいつものように校舎へ向かう。
 そして教室に着く――前に、紅葉さんに会った。
「あ、おはようございます紅葉さん!」
「おう、おはよう」
 ひらひらと手を振りながら応えてくれ、それから脇に抱えていたモノをこちらへ差し出した。
「ん?何です?」
「台本だ。やっと出来たから。んで朝、人数分刷った」
 渡されたのは紅葉さんの言うとおり、台本で。
「おおおお!!ついに出来たんですね!!」
 表紙には“幸せラッパ”と書かれている。
「……タイトルが微妙とか、そういうのはわかってるから。言うなよ。言うなよ!?」
 いや、別にそういう事を言うつもりは無いんですけど。
「今日の部活で配役決めて、本格的にやり始めるからな。ほれ、冬輝と那月にも渡しといてくれ。奏和には俺が渡しに行くから」
「了解でっす!」
 ビシィッと敬礼をしつつ、それを受け取る。
「恵梨歌も、ホラ。一応目を通しておいてくれ」
「わかりました」
 恵梨歌ちゃんも受け取り、紅葉さんは去っていった。
 早速読みたい!――ところだけど、廊下で歩きつつ読むというのは危険なので、教室に行ってからにする。

 教室に行くと、城崎君はもうやってきていた。
「おはよ、城崎君!」
「あぁ、おはよう高科さん。秋ヶ谷さんもおはよう」
 にこやかに挨拶してくれる城崎君に、ニヘッとなりつつさっき紅葉さんに貰った台本を渡した。
「これは?」
「今度の台本。紅葉さんとさっき会ってさ。やっと出来たんだって」
「へぇ……」
 言いつつパラパラと読み始める。
 それを見て、私も読もう!と思った時だった。
「高科ちゃん、おはよー!」
「木場ちゃんおはよ!お、安部ちゃんもー!おはよー!」
 美術部の二人が声をかけてきたのだ。
「木場ちゃんはわかるけど、安部ちゃんもこっち来るなんて、なんかあったの?」
 ちなみに木場ちゃんは同じクラスだけど、安部ちゃんはお隣のC組なのだ。
「うん、ちょっとね」
「ね」
 と言いつつ、二人は顔を見合わせ――
「今回の文化祭の事なんだけど。わたし達、また手伝ってもいいかなぁ?」
「!」
「あのね、アタシ達もう展示するモノ、出来てるんだー!だからさ、また演劇部の事手伝えないかな、って話してて」
「!!!!」
 あまりの衝撃に両手がわなわなと震えていた。
「も、もももも、勿論だよ!!!大歓迎だよ!!!うっわぁあ、本当にありがとおお!!!」
 ガシィッと二人に抱きつく。
 正直な話、これから芝居練習に入らなきゃいけないし、背景とか道具関係ギリギリだなって思ってたんだよね。
 そしてもし出来るならまた美術部に応援頼みたい……でも向こうも文化部だし、難しいだろうなぁって。
 そこへ、コレですよ!!!
「でも、いいの?美術部も展示とかあるんでしょ?」
「ふっふっふー、さっきも言ったでしょ? もう出来てるの!普段からコツコツやってるからね!」
「まぁ、一年のわたし達は大したものは描いてないんだけどね……。先輩達は結構描いてて、でもそっちも全部終わってるんだ」
 どうやら美術部の面々は、テスト前は一夜漬け――じゃなく、普段からコツコツ地道、でも確実にやっていく人達の集まりだったようだ。
 ……私はすごく見習うべきですな、こういうトコ。
「そうなんだ……すごいなぁ、美術部!じゃあ、ホント図々しいとは思うんだけど、今回もお願いできるかな?」
「うん」
「まっかせといてぇ!」
 なんて頼もしいんだ!!
 横で話を聞いてた城崎君や恵梨歌ちゃんも加わってきて、美術部の賛辞祭り状態に。
「僕達だけでは出来ない部分もありそうだったから……本当に感謝するよ、木場さん、安部さん」
「うんうん!前も難しいところ全部やってくれたものね。ありがとう二人とも。今回もよろしくお願いします!」
 それから二人も交えて台本チェックに入った。
 大体の筋は紅葉さんに前聞いてたのと同じだ。
 不幸のどん底に居た少年が、ある時ラッパを拾い、それをきっかけとして幸せ人生になっていく。
 ――という、まぁ、王道不思議ストーリー。
 ご都合主義が本領発揮されている世界、と言っても過言では無い。いや、それはそれでいいと思うんだけどね。芝居だし。
「へぇ~、ラッパ吹くと花が咲くのか~。なんかいいねぇ、メルヘンちっくで!」
 そう、そのラッパは不思議なラッパで、なんと吹くと花が咲くというモノだったりする。
「それじゃあ今回もだいぶ小道具で造花が必要かな?また薔薇みたいなのだったら流用出来るけど、どうだろう?」
「んー……読む限り、もうちょっと庶民的なヤツじゃないかなぁ。素朴な感じ?」
 道端からぽんぽん生えてくるんだから、そんなんじゃないかなぁ、と思う。
「……でも薔薇以外だと、作れるかどうか……だよね」
「いや、造花も何パターンか作れると思うし、そういうのは紅葉さんに聞いてみるよ」
「お、おお!ありがとー、木場ちゃん!」
 薔薇以外の造花を作れるかどうか怪しくて悩んでた私に、木場ちゃんはあっけらかんと言った。
 横で安部ちゃんも任せなさい!と胸をドンと叩いている。ホント頼もしいな!
 読み進めていくと、どうやら“幸せの象徴”はその“花”になるらしい。四葉じゃなかったのかぁ。
 結論から言うと、嬉しい気持ち・幸せな気持ちでラッパを吹くと花が咲き、そしてそれを貰った人間も同じような気持ちになれる――というモノらしい。超常現象的な何かか、とか思いつつも――まぁ、これは所謂プラシーボ効果のが近いか。
 でも実際の話、自分が幸せな気持ちで居て、相手に接すると少なからず相手もそう思ってくれるものだと思うから……つまり、そういう事なんだろう。あぁ、勿論例外はあるけどね。
「しかしこの“ラッパ”って……どうするつもりなんだろ、紅葉さん」
 ぷっぷくぷー♪と音鳴らすのはともかく……小道具として作るのも大変そうだなぁ。
 なんて思っていると、ふいに話しかけられた。
「ラッパ? 楽器の話でもしてんの?」
「かっちゃん」
 おお、流石吹奏楽部。そういうトコにちゃんと食いついてくるんですね!
「んー、楽器はどうかはわかんないんだけど。今度の劇でラッパを使うらしくって」
 話の筋を話すわけには行かないけど、これくらいはいいだろう。
「へ~。ラッパって言えばやっぱりトランペットかな?コルネットでもいいけど」
「こ、こるね?」
「あぁ、コルネットってトランペットよりちょっとちっちゃいヤツ。形も少し違うけど、まぁ、ほとんど変わんないよ」
 そんなモノがあるのか……。
「で、ラッパ使うんでしょ?そういうのってホントに吹くの? それともフリ?」
「ん……どうだろう、まだわかんないなぁ。私は音響でやるのかなぁって思ってたけど」
 ラッパを道具として作るんだったら当然音なんか鳴らせないだろうし。
 そう言うと、かっちゃんは一つ提案をしてくれた。
「でもさ、そういうのって生音だとまたちょっと違うと思うよ~。楽器なら余ってるし、本物使ってみない?」
「え……そ、それはどういう――」
「先輩に訊いてみないとわかんないけどさ、音鳴らすくらいのレベルだったらすぐに出来ると思うし、余ってる分貸せると思うんだよね」
 つまりコレは、吹奏楽部に本物の楽器を借りて、そしてそれを使う、っていう事だろうか!
「お、おお……!もしホントにそれ出来るんならいいなぁ!」
 芝居練習が全然出来て無い今、そっちに割ける時間があるのかはわからないけど、でも音出すくらいならなんとかなりそうだし!
 台本見てたら、そのラッパ吹く人も初心者みたいだし、そこまで上手くなくても大丈夫でしょ。
「じゃっ、じゃあ、訊いてみてくれるかな!」
「うん、了解」
 やったぁ!
 美術部といい、吹奏楽部といい、ニクい事してくれるよね~、このこのぉっ。

 *

 そして放課後。
 美術部の面々と共に部活へ向かう。
 協力してくれるのだと言う事を川北先生と紅葉さんに話すと、すごく喜んでいた。
「ありがとうね、皆!よし、それじゃあ先生、早速部屋借りてくるわね!」
 そう言って川北先生は去っていく。
 部屋とは、前回も使わせてもらった空き教室の事だろう。
 予想は当たってて、その鍵を持った先生と移動する事になった。
「でもいいの?あなた達も展示とかあるんでしょう?」
「大丈夫です。もう展示するものは出来ていて、配置なんかも決めてしまっていますから」
 部長さんが答える。……す、すごいぞ美術部!
「まぁ、すごいのね!」
「本当にそうですよね!僕らなんてまだまだですよ……」
 奏和先輩は同意しつつも、ちょっとガックリきている。
 まぁ、まだまだなのは確かだけど、そこまで落ち込むようなモンだっけ?
「同じ部長なのに……格が……」
 ああ……なるほど、そういう事か。
「先輩も十分頑張ってますよ」
「美波ちゃん……」
 ぽむっと背中を叩きつつ言った。
 うん、確かに頑張ってるよ。ただ、演劇部は色々と重なってただけの話。
「今回はともかく、次の舞台の時には余裕持ってやりましょうね!」
「う、うん……そうだね!」

 空き教室につくと早速配役決めが始まった。
 ちなみに美術部の皆さんにさっき大まかな筋を話した。台本は刷った部数が少なかったので、川北先生が追加で刷って来てくれている。
 そして配役決めの間、それを聞きつつも早速準備を始めてくれているようだ。
 ちなみに一剛君は今日は来れないらしい。まぁ、色々あるだろうしねぇ。
「全員台本に目は通したか?」
「はい」
「じゃあ早速役決めていくから」
 そう言って紅葉さんは黒板にキャラクターを書いていく。
 今回は主要キャラ6人か。後はまたエキストラって事なのかな。
「その前に――美術部。悪いが、今回も何人か劇に出て貰えないか?エキストラとしてどうしても人が必要なんだ」
「えぇ……私は構いませんが……皆は?」
 部長さんが言って、他の人に話を振る。
 全員がすぐに頷いてくれた。
「いいですよ!へへ、アタシ前出て楽しかったから嬉しいな!」
 安部ちゃん嬉しい事を言ってくれる!そう、コンクールの時にもエキストラとしてお願いしたんだよね。
 そんなわけで美術部の方々がエキストラも引き受けてくれる事になった。
 一同頭を下げて感謝の意を示す。本当に感謝してもし足りないよ!
 それから、今度こそ配役決めに入った。
「登場キャラクターは主人公のラッパ吹きの少年、病気の母を持つ兄妹、パン屋の主人、お后、王女の6人だ。
 5人しか居ないから兼任して貰うことになる」
 二役の人が居るって事かー。大変そうだなぁ。
「まず主人公。これは美波にやってもらう」
「……え?!」
 紅葉さんが言った言葉に思わず声をあげた。
「しゅ、主人公って男じゃないですか!少年でしょ!?」
「あぁ、そうだが。でも一番美波が合っていると思ったからな」
 ……素の状態が合うとか合わないとか、関係無いって言ってたのに――またソレですかい。
「それにまぁ、少年をそのまま少年がやっても面白くないだろう」
「はぁ……」
 よくわかんないけど、一応頷いておいた。
 そして次に紅葉さんは那月君の方を向いた。
「那月、お前は確か前に美波の相手役をやりたいと言っていたな?」
「え……お、おぉ……そうだけど」
「そこでお前には相手役を用意してやった。王女の役だ、どうだいいだろう?」
「!!! い、っ、いいいワケあるかああ!!!」
 サラリと言った紅葉さんに那月君が怒鳴り返した。
「お、お、王女って……女じゃねーか!」
「あぁ。でも美波の相手役をやりたいんなら仕方ないだろう?」
「そりゃあ相手役はやりたいって言ったけど!!でも、男役で、やりたいんだよ!!!」
 那月君の叫びが空き教室に響く。……まぁ、そりゃそうなんだけどさ。

選択肢1

「でもさ、案外いけそうだよね。那月君の王女様」
「な!?美波までンな事言うのかよー!!!」
 情けない顔で那月君は言った。
「ハハ、ごめんごめん。でも、元がいいから化粧したら綺麗になるんじゃないかなぁ」
「……ソレ、褒め言葉なのかどうかよくわかんねぇぞ」
「褒め言葉褒め言葉!」

那月 +1

 それにしても。
「相手役、かぁ……」
「ん? 何かあるか、美波?」
「いえ、特に無いですけど。 那月君の言った事、紅葉さんちゃんと覚えてたんですね」
「そりゃ一応はな。那月の思いを汲んでやらんとイカンと思ってな。……それなのにお前ときたら」
「そうは言っても、女役になるとは思わねーだろ普通!!!」
 うん、確かに。
 でも――
「男女逆転でも、那月君が相手役ってちょっと楽しみだけどなぁ」
「なっ!?」
「だってホラ、まだやった事ないわけじゃない?どんな風になるのかな~ってワクワクするよ?」
「……そ、それは……ううう」
「それにさ。那月君、元がいいから化粧したら綺麗になるんじゃないかなぁ」
「ソレ、褒め言葉なのかどうかよくわかんねぇぞ!」
「褒め言葉褒め言葉!」

選択肢1 終わり

 ◇

 あっはっはと笑いつつフォローする。
 いや、ホントに褒め言葉のつもりだったんだけどね?
 他の面々も頷いてらっしゃるし。
「そうだな、案外似合うんじゃないか那月」
「女装っていうのも面白いよね。見てみたいな~」
「う、うん。大丈夫、那月君なら似合うよ!」
「冬輝と恵梨歌はともかく、奏和君まで!? ンな無理にフォローしなくてもいいんだよ、否定してくれよ!!」
 半泣き状態の那月君。ふふ、悲壮な顔って可愛いからホント女装いけるんじゃないのかな~、なんて。
「ていうか!オレと美波のポジション入れ替えればいいじゃん!!」
「それはダメだな。書いてる時から主人公は美波って決めてたから」
「う……、でも……」
 スッパリと言われてしまって、でも食い下がりたい那月君。
 しかし原作者で脚本家で演出家で更に舞台監督でもある紅葉さんには逆らえず……。
「じゃ、じゃあ美波と入れ替えるってのは諦める。 でも!王女役はイヤだからな!!」
「仕方ないな……」
 やれやれとため息をついて紅葉さんは肩を竦めた。
「本当に仕方の無いヤツだな、那月。女装をそんなに嫌がるなんて。折角見たかったのに」
「冬輝てめえ!絶対からかうだろ!」
「当たり前じゃないか。かっこうのからかいネタだろう?」
 うっわ、城崎君にこやかに、そしてあっけらかんと仰いますなぁ……。
 するとそれを見ていた紅葉さん、ぽつりと爆弾を投下した。
「ちなみにお后様は冬輝な」
「………………え?」
「お后様。 女な」
「?!?!」
 うっはぁ!これはwww
「な、何故僕が女役なんです?」
「いやぁ、美波と同じでさ。この役は冬輝かなって思いながら書いたから」
「へー!!冬輝の女かぁ!良かったなぁ、冬輝!あー、冬輝の女装すっげぇ楽しみ!!」
 ここぞとばかりに那月君が言った。日頃の仕返しって感じか。
「那月!……後で覚えてろよ」
「なっ、何をだよ!!」
 ギロリと睨まれてすぐに負けそうになってるけどね。
「で、だ。恵梨歌は王女と兄妹の妹の方の二役な。奏和は兄、あと名前の無い役をいくつか」
「はい」
「わかりました」
「那月はパン屋の主人、冬輝はお后様。いいな?」
「男役なら……」
「まぁ、仕方ないです」
 城崎君は渋々、といった感じだったけど、他は全員反対無く役を引き受けた。
「よし。それじゃあ役も決まった事だし、本格的に練習に入るぞ!開始が遅いから、その分かけれる時間が少ない。ビシバシ行くからな!」
「はいっ!!」
「美術部の方も時間が少なくてスマン。これから本番までよろしく頼む」
「よろしくお願いします!」
「はい、こちらこそよろしくお願いします」
「わたし達も頑張るよ!」
「うん、まっかせろー!」
 演劇部、そして美術部ともに気合を入れまくり――そしてやっと、今回の劇が始動した。



 * * *


 部活の方はそんな感じ。
 そしてクラスの方はと言うと――
「それじゃあ、皆始めるわよ!」
「はい、よろしくお願いします!」
 朝訊いたばかりだと言うのに、午後になる頃にはOKを貰い、晩御飯後に早速教わることになったのだ。
 文化部勢はともかく、運動部辺りは余裕があるので放課後に材料とかも買いに行ってくれたんだよね。
 ちなみにクラスの方はもうほとんど運動部勢任せになっている。
 部活対抗で見れば嫌なヤツもいるけど、クラスメートとしては頼れる人ばっかだなぁ。
「文化祭で作るお菓子を教えてくれ、という事なので急遽教室を開きました。講師は皆おなじみ、木ノ川お姉さんです」
 ……うん、ま、そうなんですけども。
 進行の人が誰かいるならともかく、自分でそういうの言うのはどうなのかと思いますよ香さん。
「今日のレシピは簡単お手軽という事で。クッキー・蒸しケーキ・パウンドケーキの3種類にしました」
 並べられた食材を紹介しつつ、香さんは続ける。
「クッキーはトースター、蒸しケーキはコンロ、パウンドケーキはオーブンね。それぞれ器具は違うけど、タネは似たようなモノだから」
 ふむふむ……。
「材料をきちんと計って、順番通りに入れて混ぜて、型を取ってもしくは流し込んでセットすれば“誰にでも”出来るから」
 おぉ……それは安心だ。
「よく砂糖と塩間違えたー!とかいうベタな話を聞くけど、ここには砂糖しか用意してないのでその心配はいりません」
 うんうん。それなら絶対に間違えないね!
「それじゃあ、よーく手を洗って。いくつかのグループに分かれて、レシピ配るからその順番にやっていくのよー」
 私は恵梨歌ちゃんや木場ちゃん、かっちゃんと同じグループになった。
「えっと、じゃあここではクッキーだね」
 クッキーはバターをクリーム状になるまで混ぜて、それに砂糖やら卵やら小麦粉やらをぶち込んでコネコネするらしい。
 クリーム状……こんなカッチカチなのがなるのかな?少し溶かすって事?……だったら。
「ちょっ、ちょおっと待った美波ちゃん!?ソレどこに持ってくつもり!?」
「え……レンジに……」
 ちょっと溶けてた方がいいんなら、てっとり早いじゃないのかな、って。
 でもそれはダメだったらしい。
「他のお菓子ならともかく、今回はドロドロバターはご法度!地道に手動でやるの!」
 との事。
 ふむ……そうなのか。
 その後も私は色々とやらかしてしまいそうになっていた。
「卵の殻が何でこんなにいっぱい入ってるの!?」
「あああああ、秤できちんと計ってから!」
「小麦粉は先にふるって!」
 等など。
「……高科ちゃん、レシピちゃんと読んでる?」
「う、うん、一応は……」
「一応じゃなくて!きっちり理解するまで読んでね!」
 グループ内の指導員と化していたかっちゃんは肩で息をしながら言った。うう、すみません……。
 香さんもちょこちょここっちに来てくれるんだけど、かっちゃんがいるからか他のグループに行ってる時間の方が多かったのだ。
 私とかっちゃんのやりとりを見ていた恵梨歌ちゃん、ぽつりと言った。
「わたしなんとなくわかっちゃったわ」
「恵梨歌ちゃん?」
「美波ちゃんが壊滅的に料理が下手なのって、きちんと読まないからでしょう?そして確認しない事。あと大雑把過ぎるわね。ここはこんな感じでいいや~とか適当にやってる感じがするもの」
「うっ」
 ……お、仰る通りかもしんないです。
「それと、こうしたら美味しくなるかも!なんて素人のくせに創作しちゃったりした事もありそうね」
 グッサーッ! と、恵梨歌ちゃんの言葉が胸に刺さる。こ、心当たりがありすぎる……。
「香さんも言ってたけど、レシピ通りに順番守ってやってれば大抵は上手くいくんだから。それは無視しないようにしなくてはね。適当にやってもうまくいくのは、基本が出来てる人だけよ」
「は、はい……」
 形になるまで色々と言われつつもなんとか焼く手前までやってきた。
「よし、これを温めておいたトースターにぶち込んで焼くだけね!」
 本当はオーブンの方がいいらしいけどトースターでもいけるらしい。昨今の家電はすごいなぁ。
 ちなみに前住んでたトコではかなり年代モノのを使ってたりする。おじいちゃんおばあちゃん達が買ったもんだからねぇ。何故動く?ってなモンばかりだったっけ。
 トースターにぶち込んで十数分待つ。
 その間にかっちゃんにラッパさんについて訊いてみた。
「あのさ、かっちゃん。朝に話してたラッパ吹き、私の役になったんだけど――どうかな?」
「あ、そうそう。それ、言おうと思ってたんだ、忘れてた」
 ごめんごめん、とかっちゃんは言う。
「うん、先輩に聞いたらね、少しくらいなら教えてあげるよってさ。木ノ川先輩がトランペットでね。
 勿論ウチ等も練習あるからあんまり長くは時間取れないんだけど、それでもいいかな?」
「い、いいの!? わー、ありがとう!時間とか、割いて貰えるだけでもありがたいよ!」
「へへ、演劇部には頑張って欲しいからねぇ。これが演劇部じゃなかったら絶対断ってたと思うよ。ウチもだけど、吹奏楽部全員、なんか感情移入しちゃってるみたい。ホラ、こないだ手伝ったからかな?」
 なんて良い人達なんだ……!
「ありがとう、かっちゃん!私達に出来る事があれば、すぐにでも手伝いに行くからね!!」
「うん、なんかあったらその時はよろしく」
 そんな話をしていると、当の木ノ川先輩が食堂にやってきた。
「あれー、何コレ。何してんの?」
「先輩、丁度良い所に」
 ふらふらと現れた先輩を私達の方へと誘導する。
「さっきの話、伝えたトコなんです。先輩が指導してくれるんですよね?」
「あー、トランペットのね!うんうん、しちゃうよー!ビシバシ指導するよー!」
「こないだに続き、ご協力本当にありがとうございます!お世話になります!!」
 深く頭を下げる。
 その頭をぽんぽんと叩かれた。
「いいのよ~。演劇部には頑張ってもらいたいからね。――その代わり、と言っちゃあなんだけど」
「はい?」
「文化祭の午後の部にね、吹奏楽の出番が来るじゃない?その時に楽器の出し入れとか手伝って貰えたらなぁ、って」
「はい!勿論、手伝わせて頂きます!!」
 むしろ何か手伝える方がありがたかったりする。
 してもらうばっかりじゃ、なんだか悪い気がしてたからなぁ。
 そういう話をしている内にクッキーが焼きあがる。
 私一人じゃあ悲惨な事になってただろうけど、焼きあがったものはそれはもう美味しそうなクッキーだった。 
 そして蒸しケーキやパウンドケーキも次々に出来上がっていく。
 そのどれもがすごく美味しそうで!食後だと言うのにもうお腹がなっているような気さえする。……甘いモノは別バラってヤツですかね。
「香さん!本当にありがとうございました!」
「いえいえ~。文化祭、うまくいくといいわね!」
「はいっ!」
 香さんにもお礼を言って、それからラッピング方法なんかも模索しつつ夜は更けていった……。

 *

 翌日、出来たお菓子を男子達に見せると思った以上の出来にかなり驚いたらしい。
「高科は失敗しなかったのか?」
「へへーん、大丈夫でっしたぁ!残念だったな、桐原!」
「いや、別に残念とかは思ってないけど。うまく出来たんならそれでいいだろ?」
 ……あれ?桐原がなんかまともな事言ってる。
 こいつ、桐原に見えるけど、中の人が違うとか!?
「美波が手ぇ加えて成功とか、マジかよ!?」
「櫻……」
「お前、何手伝ったの?」
「クッキーだけど」
「じゃあ、俺それ以外の食べる」
「櫻ああああ!!!」
 ちくっしょうめぇ。桐原より櫻のが酷いじゃないか!
「もう櫻にはクッキーどころか何もやらんっ!」
「ええっ、何故そうなる!?」
 何故じゃないっての!もう失礼なヤツめー!
 ――ま、そんな事は言ってもクラスの一員だし、ちゃんと分ける事になったんだけどさ……。

 蒸しケーキやパウンドケーキはそこまで量を作ってないので、ほとんどクラスで消費してしまったけれど、クッキーは数が多いのでだいぶ余った。
 そこで残りを作った面々で分けたんだけど。
「結構多いね」
「そだねー。……あ!そだ、手伝ってもらうワケだし、美術部の皆さんに渡そうか!」
「うん、いいねソレ。あ、でも木場ちゃんも一緒に作ったからそっちもあるんだよね」
 恵梨歌ちゃんの言葉にウーンと唸ってしまう。
 同じモン配っても、意味無いかもしれないよなぁ……。
 するとソコを酌んでくれたのか、木場ちゃんが言った。
「わたしも配るつもりだったけど数足りないかもしれないから、一緒に渡してくれると助かるなぁ」
「ようし!じゃあそうするね!」

 という事で放課後。
 部活に行った先で美術部の皆さんに配ろうとしたんだけど……。
「あれ?美波、それ何持ってんだ?」
「那月君。 ん、コレ?」
「うん。 なんか美味そうな匂いするけど、食べモンか?」
 くんくんと鼻を動かしながら那月君が言う。
「よくわかるね~。文化祭で作る予定のお菓子の試作品だよ。余ったから是非美術部の皆さんに食べてもらいたいと思ってさ」
 そう言うと、那月君。途端に変な顔になった。
「えっ!? オレ等にくれるんじゃないのか!?」
「えっ!? いつそんな事言ったっけ?!」
 一言も言ってないよ!?……とは思うものの、勘違いするのも仕方ないか。
 私が仮にそっちの立場だったら、くれるのかも!とか思うもんなぁ。
「えええー……欲しいよー、欲しいよー」
「那月君……」
 どこの駄々っ子だ。
 しかしその那月君の後に、こう続いたから困りもので。
「僕も欲しいなぁ。美波ちゃんが作ったんでしょう?」
スチル表示 「先輩まで。いや、一応手伝ってはいますけど、ほとんど恵梨歌ちゃんや木場ちゃん、それにかっちゃんのおかげですよ?」
「うん、そうだとしても美波ちゃんの手が入ってるわけじゃない?だから、手作り――だよね」
「ま、まぁ……そう、なりますけども」
 改めて言われるとちょっぴし照れる。
 だって自分が手を加えたもので“ちゃんと食べれるもの”っていうのはほぼ始めてだからなぁ。
 ――ほぼ、っていうのは過去に芳くんや万理ちゃんの料理中にちょんびっと手伝うことがあったりしたからだ。
「無理言っちゃってるかもしれないけど――美波ちゃんの手作り、良かったら貰いたいなって思うんだけど……ダメ、かな?」
 うっ……そ、そんな風に言われると、照れもだけど罪悪感も一緒に来ちゃうじゃないですか!!
 だって、ここであげなかったら私鬼でしょ、コレ。
 そして更に城崎君までもが話に加わってきた。
「クッキー美味しかったよ。僕ももう一度食べたいな」
 アンタさっき食べたじゃないですかい!
 くっ、しかし3人からそう言われてしまうとなかなか言い返せない。
「わ、わかりました。1人1枚になりますけど、いいですね?」
「おう!やったぁ!」
「うん、勿論だよ!」
「あぁ、わかった」
 ふー……全くこの人達は……。
 さて、と最初に誰に渡すかな。

選択肢2

那月 +1

「はい、那月君」
「へへっ、ありがとな美波!」

奏和 +1

「それじゃ……はい、どうぞ先輩」
「ありがとう、美波ちゃん。いただきまーす」

冬輝 +1

「城崎君、はい」
「あぁ、ありがとう。さっきもだけど、美味しかったからね。本番も楽しみだよ」

選択肢2 終わり

 ◇

 3人にもクッキーを渡し、そして美術部の皆さんにも配っていると、扉がガラガラと開いた。
「あ、一剛君」
「良かった。こっちでやってたんですね。部室に行っても誰も居なくて……」
 そういや一剛君昨日は居なかったもんなぁ。
「一剛君来てくれたのね」
「え、恵梨歌。うん……」
「そうだ丁度良かった。昨日作ったクッキーなんだけど、一剛君もどうかな?」
 私と恵梨歌ちゃん、そして木場ちゃんの分もあったのでクッキーはまだ少し残っていた。
「えっ、そ、それはもしかして……て、手作り、とか?」
「うん。わたしだけじゃないんだけどね、手作りには間違いないかな」
 その言葉にカーッと顔を赤くする一剛君。あー、なんか恋する少年っすなぁ。
 そうしてお菓子を配った後、いつものように筋トレをし――
「紅葉さん、私ちょっと音楽室に行ってきますね」
「ん? あ、あぁ。ラッパの事か」
 吹奏楽部の人が教えてくれる事になった、というのは話しておいたのだ。
 まぁ、もっとも実際にやり始めてみない事にはわからないんだけどさ。
「向こうも忙しいだろうかなら、迷惑かけないように」
「はーい。じゃあいってきます!」

 *

 そして音楽室にやってきた。
 授業以外で来るのは初めてだ。……ってまぁ、普通はそうかもしれないけど。
「失礼します!」
「あ、高科ちゃん!いらっしゃいー」
 かっちゃんが出迎えてくれる。
 そういや前に話したけど、パーカッションというパートは音楽室で練習する事が多いんだっけ。他の人は外で音出しとかするらしいけど。
「高科さん来たのね。よし、じゃあ早速練習に入るわよ~」
 木ノ川先輩も多分普段は外なんだろうけど、音楽室に居てくれたようだ。
 早速、という言葉通り、すぐに楽器が運ばれてきた。
「トランペット、これちょっと古くて傷とかあるんだけど大丈夫かしら?」
「全然問題ありません!むしろその方が設定にあってるかもですんで!」
 なんたって“拾ったラッパ”なのだ、きんぴかぴんの新品だったら違和感ありまくり、ってなモンだろう。
「なら良かった。使ってないんだけど、マウスピースは綺麗だから――はい」
 渡されたのはトランペットの口の部分。……ん?
「とりあえずコレで練習よ。不貞腐れた時とかに口をブーってするでしょ。そんな感じにしてみて」
 言われた通り、口を当ててブーっとやってみる。
「あー、もっと唇を震わせるように」
 ブブブーッ
 すると今度は何だか音が出た!
「そう、それよ!それが基本。そこから口の形を若干変えていって音を作るの」
 木ノ川先輩はそう言って、実際にやってみせてくれた。
「おお……すごいですね」
「手の動き自体はそんなに難しくないからすぐに覚えられると思うわ。……と言っても、曲を吹いたりはしないみたいだから音階はそこまで意識しなくてもいいかもね」
 という事で、とりあえずはマウスピースでちゃんと音が出せるように練習だ。
 さっきも出た事は出たけど、今の段階じゃ毎回すぐに出せるか怪しいし。
「本番までそんなに時間無いからなかなか厳しいんだけど――そうね、毎日30分くらいやりましょうか」
「そんなに時間貰っちゃって、いいんですか?」
「大丈夫よ。私もマウスピースだけの練習時間必要だしね。一緒に頑張りましょ」
「はいっ!ありがとうございます!!」
 
 そうして毎日30分の稽古をして貰う事になり、それから劇の稽古もきっちり始まっている。
 っくー!とうとうきました、って感じだよねぇ!
 ラストスパート、頑張ります!