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▼ 第3章 第6話
さてはて、部活の方が順調に進む中、クラスの方ではある問題があがってきていた。
それはズバリ、コスチュームの話だ。
「メイド服は最高だ」
の言葉のもとに、我がクラスはメイド喫茶になったワケだけども――問題はどこからメイド服を調達するか……。
では無く。
「こっ、こんな短いスカート無理に決まってるじゃないのよ!?」
……誰が着るか、であった。
普通なら調達云々の方が問題になりそうなんだけど、そっちの方が意外なトコからすぐに解決に向かったんだよね。
「メイド服ならさ、貸してくれそうな知り合い居るから訊いてみよっか?」
そう言ったのは剣道部の三鷹さん――タカだった。
「へ、剣道部がメイド服?」
「いやいや、部活は関係無くて。親戚にメイド喫茶経営してるのが居てさ、結構数あるハズだし言ったら貸してくれると思うんだ」
「それはなんと都合のいい!じゃあ、頼んで貰えるかな!」
という事で頼んだ結果、すぐにOKを貰った――どころか、すぐに現物も届いたらしい。
しかしながら、思った以上にその衣装のスカートが短く、女子がなかなか着たがらないワケで。
「ミニスカートとか最高なのにね……見る分には」
「美波ちゃん発想が嫌だわ、すごく」
にっこりと言われてしまった。うん、自覚はある。
「ったく、仕方ないな」
桐原がため息をつきつつ言った。
仕方ないって――、
「桐原、アンタもしかして……」
「ん?」
「女子が着ないなら仕方ない――俺が着る!! とか」
「っんでそうなるんだよ!おかしいだろ!!!」
「いや、桐原なら言うかな、と思って」
「言わねーよバカかお前!!女装とかキモ過ぎんだろ!!」
言い放つ桐原。
その途端、城崎君の辺りの空気がピシッと音を立てて変わった気がした。
「……ふふ、そうだよね。普通女装は気持ち悪いね……」
「じょ、城崎? どうしたんだ?」
「いや、別に――そう、別に何でもないよ……うん、そう……何でも、ね」
こう返されてそうですか、って言える人は一握りしか居ないでしょうよ、城崎君!!
案の定、桐原は何か地雷を踏んでしまったらしい、と気がついたようだ。
「ご、ごめん……俺何か悪い事言ったかな?」
「いや? 別に? なーんでも、無いよ?」
ぞわわわわっとするくらいの優しい笑顔。恐ろしいにも程があんぞ。
それを見て桐原は固まり。そして――
「お、俺……着る事にするわ……」
って、おい!
「桐原血迷ってんじゃないって!アンタの女装なんて誰も見たくないから!!!」
城崎君の剣呑な雰囲気に飲まれ、正常な思考を失くしてしまったらしい。
慌ててベチベチとほっぺたを叩いて元に戻す。
ていうかホントに桐原の女装とか誰得状態ですから!!
なんとか意識を取り戻させ、さっきの発言も撤回させた。……ふー、人騒がせな。
しかし、でもやっぱり誰かは着なきゃいけないわけで。うーん……。
「わかった。じゃあ、私が着る!」
ズビシッと手をあげて名乗り出た。
「えっ、美波ちゃん?!」
「高科ちゃん、勇者ー!」
口々に賛辞の声が上がる中、ちっちっちと指を振った。
「でも、私一人じゃダメだし、そもそも部活の方にも出なきゃ、だから他の人もちゃんとやってよね!」
その言葉に一瞬沈黙したものの、やはり最初に言い出したのが良かったのだろう、皆少しずつ了承していってくれた。
それを見つつ、私は一人小さく笑みを浮かべた。
……ふふふ、やったぜ。
「どうせ私達ほとんどクラスの方には顔出せないのにね。美波ちゃんってば酷いんだから」
「! あ、へへ、バレてた?」
恵梨歌ちゃんが近くまでやってきてぼそっと言った。
そ、一応着る時はあるだろうけど、絶対に他の人よりかは時間短いだろうしね~。
「まぁ、でも着ることには変わりないものね。そうだ」
ぽんと手を叩いて恵梨歌ちゃんは続ける。
「タカちゃん、これ以外の衣装は今どこにあるの?」
「寮の部屋に置いてあるよ。おじさん――あ、メイド喫茶経営の人ね。おじさんが送ってくれたのが昨日届いたから」
「それは良かった。じゃあ早速放課後にでも試着して見た方がいいかもしれないね」
「そうだね~。昼休みにでも取ってくるよ!」
……。……おいおいおいおい。
着る、とは言ったものの本番にはなんとかうまく逃れようと思ってたのに!!
「ふふ、美波ちゃんの思ってることは大体お見通しよ。 大丈夫、皆で着れば怖くない、ね?」
そして放課後。
タカが取ってきたメイド服数着が教室に並べられる。……あぁ、見る分には、いいのにね。
「はいはい、じゃあお着替えタイムだから男子は外に出るー」
男子がゾロゾロと出て行く中、自分も一緒にそっちに混ざりたいと視線を送る。
すると出て行く途中だった櫻と目が合った。
「美波、ミニスカ楽しみだぜ~」
「この変態め!」
「お前もこっちの立場だったら絶対言っただろ。大して変わんねーよ」
「うっ……でも今はこっちだもん!」
そりゃあ、仰るとおり、確実にそういう事言っただろうけど!
「ほらほら春日井君、さっさと出る。覗きなんてしたら末代まで呪うわよ?」
「出ます」
恵梨歌ちゃんがにっこり笑いながら櫻や、まだ教室内に居た人達を追い出す。
そしてこちらを向いた。
「じゃあ、皆着替えよっか」
……ハァ。腹を括るしか無い、かぁ。
そして数分後。
「お、おおお……!!!ここは楽園か?!?!」
桐原含む、一部の男子がそんな寝言を言っていた。
普段ならすぐさま蹴りでも繰り出してやるトコロだけど――くっ、この短さはヤバイ!
「うわ、思った以上に短いんだな」
いつの間にか櫻が近くに来ていた。
「ちょっ、やっ、ぎゃああ!!何裾摘んでんのよ!?」
「いや、つい……」
「ついで摘むな!!こんだけ短いんだから、どうなるかわかるでしょーが!!」
下に一応スコート履いてるけども!!!
スバシッと手を跳ね除け、ついでに鉄拳を入れておく。
「ってて……ったく、手の早いヤツだな」
「今回のは明らかに櫻が悪いでしょーが!!」
そう言ってやると、櫻はぷいっと顔を背けた。頬を赤くして。
スチル表示
「仕方ないだろ……思った以上に――その……可愛かったから」
「……は、い?」
選択肢1
櫻 +1
可愛いってのは……嬉しいけども。
「でもだからと言ってスカート摘むのは犯罪予備軍だと思います」
「お前、それは言い過ぎだろ」
「いやっ!そんな事無いよ!痴漢に近いと思うよ!!」
ビシィッと言ってやる。
だって下手したら下着見えるじゃん!
「そ、それは――悪かった。けど、……可愛いかったんだから……いいじゃねぇか!」
「……ん、い、一応褒め言葉として取っておく!ありがと櫻」
櫻 +2
思わず頬が熱くなった。
櫻とは言え、直球の言葉はやはり心に響くものがあるワケで。
「な、何を恥ずかしいことを……!!」
「美波顔真っ赤になってんじゃん」
「そっ、そういう櫻もだけどね!!!」
ビシィッと指差し、言ってやる。
あー、もー、二人して赤くなって何やってんだか。
「ホントに……可愛いぞ、美波」
「う……あ、ありがと……」
ひーっ、恥ずかしいよー!!
選択肢1 終わり
◇
そんなこんなでお披露目は終わり、再びお着替えタイム。
「ねね、見て美波ちゃん」
着替え終わった恵梨歌ちゃんが携帯を見せてきた。
「?!」
それはつい先ほどのメイド服の私だった。
「撮っちゃった」
「撮っちゃった、じゃないでしょうに!!!いつ!?いつ撮ったの!?」
携帯って写真撮る時には盗撮防止で音なるでしょ? 鳴ったっけ?!
「ふふ、世の中色々技術があるものなのよ」
「はっ、犯罪者……!!」
ヒィッと仰け反る。
「あらあら、それはあんまりだわ美波ちゃん。本当にそういう事をした、って言ったわけじゃないのに。
ちゃんと音は鳴ったわよ? 美波ちゃんが気がつかなかっただけ」
「ほ、ホントに?」
「えぇ、ホントに」
恵梨歌ちゃんの言う事はいまいち信用出来なかったけど (だってなんかやりそうなんだもん!……って言ったら怒られそうだけど) 一応納得しておく。うん、聞こえなかっただけ。……でありますように。
「……で、それをどうするおつもりで?」
「勿論春日井君にあげようと思って」
「いつもサンキュな秋ヶ谷」
「いえいえ、こちらこそお買い上げありがとうございます」
「……アンタ等」
冗談なのかもしれないけど……。
「もう!変な事しないでよ恵梨歌ちゃん!!」
「うふふ、ごめんなさい美波ちゃん。 大丈夫よ、お金を貰ったりはしてないわ」
あぁ、つまり、渡してはいるって事ですね。そしてこういう写真を密かに撮ってる、と。
……ルームメイトが怖いです神様。
でも何か言うのも怖いです。
という事で色々聞こえなかったフリをしつつ、その場をやり過ごしたのだった……。
*
部活の方は演技もそうだけど、背景やら道具の方も出来上がってきていた。
「美術部の皆さん凄すぎるよ……コンクールの時より確実に技術上がってない?」
「人間成長するものだからね。やり続けてるうちにコツとかも掴んできてるのかも」
木場ちゃんが笑いながらも手を止めずに言った。
今彼女がやっているのは造花作り。劇本編に登場する分は全て終わっていて、これはまた違う用途のもの。
「確か最後に降らせるんだっけ? どうかな、軽いのを目指したんだけど」
「おぉ~。うん、軽い!これならヒラヒラふわふわ~っと舞い降りてくれそうだよ!」
薄い和紙のようなものを数枚合わせて作ったお花。
これは劇の最後に観客席上空から降らせる手はずになっているものだ。
劇中でラッパを吹くことによって花を咲かせる主人公。
そしてその花を貰った人達は皆幸せになれる。
そういう設定をされているから、最後に少年がラッパを吹いた後、見てくれた人に花を渡すべく上空から降らせる事になっているのだ。
幸せが見てくれた人にも届きますように、と。
ま、ただのパフォーマンスと言ってしまえば終わっちゃうんだけど。
でも文化祭なんてパフォーマンスしてナンボのモンだ。世の中やったモン勝ちってのは絶対にあると思うんだよね。
そしてその事で、今奏和先輩は生徒会の人と話をしているのだった。
「――と、そんな風に使いたいんだけど、どうかな?」
「そうだな。……絶対に危険なものが混じったりせず、安全に出来るのなら許可するよ。勿論、後片付けもきちんとやる事」
「うん、それは十分わかってるよ壱奈」
来ているのは副会長さんだ。
「午前の部の最後だからね。掃除はきちんとします」
少し前に体育館を使う人達で集まって順番を決めたんだけど、今回花を降らせるって事で後の時間が多く取れる最後にしてもらおうって話してたんだよね。
結局午後の方は吹奏楽が最後になったので、私達演劇部は午前の部の最後だ。
コンクールの時と一緒だね、なんて話してたりした。
「しかし……観客席と言っても結構広いし、上に人が居れるような場所も無い。一体どうやってするつもりだ?」
「一応ね、考えてはあるんだ。大きめの布か何かを用意してそこに花を細長く配置して、それを覆うように布を織る。
そして体育館の2階のバルコニー部分にあげて、左右で橋みたいにする。
後はタイミングよく布が開けるようにすれば花は落ちてくれるハズ!」
……と、そう思っているワケで。
実際にやってみないとわからないけど、ある程度はイケると思うんだよなぁ。
「ふむ……まぁ、どんな方法でも構わないが、とにかく危険は事はしない、それだけは守って欲しいんだ」
「うん、わかってる」
「よし、じゃあ許可する。しかし万が一うまくいかなかったとしても責任は取れないからな」
「うん!ありがとう、壱奈!」
おぉ~、なんとか無事に許可が下りたみたいだ!
やりましたね先輩!と視線を送っていると、それに気づいてくれたらしい。
にっこりとこちらに微笑んでくれた。
そして話は進んでいく。
「それじゃあ次に舞台稽古の話だが――」
最終的に本番までに体育館を2回使わせて貰う事になった。他には吹奏楽やコーラスに加え、クラスで劇をやる所もあったりするらしい。
「ではこの辺で。新作楽しみにしているよ」
「うん、ありがとう」
小さく頷いた後、副会長さんは去っていった。
相変わらずテキパキと仕事をする人だなぁ。
ちょっと言い方はぶっきらぼうだけど、性格良いし優しいし……綺麗な人、だし。
……。
選択肢2
奏和 +1
「副会長さんって……ご近所さん、でしたっけ?」
「ん? そうだけど」
前にその話は聞いたんだけど……。
「一剛君のお姉さんなんですよね」
「うん、そうだね」
で、その一剛君は先輩の妹の恵梨歌ちゃんにラブラブで。
「……ホントにそれだけ、なんですか?」
「美波……ちゃん?」
「いっ、いや深い意味は無いんですけどね!一剛君の例もあるんで、どうなのかな、っと!!」
奏和 +2
「あの、先輩。いきなりこんな事言うと変に取られるかもしれないんですけど……」
もじもじと指と指とを合わせつつ口を開く。
「副会長とはやっぱり、その――付き合ってたり、とかするんですか?!」
「えっ?!」
ぼふっと音が聞こえるくらいに先輩の顔が赤くなった。
きっと……私も既にそんなんだろうけど。
「い、いや、前に言ったよね?壱奈はご近所さんだ、って」
「それはわかってるんですけど……でも随分親しそうに見えるので。ホラ、下の名前だし」
「下の名前って――それじゃあ美波ちゃんもそうじゃない。僕の事、奏和先輩って呼んでくれてるし」
言われてみればそうなんだけど……。
「でも、ちゃん付けだったり、先輩呼びじゃないですか。そういうのじゃなくて……」
言いつつ、恥ずかしくなってきて視線を下げた。
お互い呼び捨てで、すごく信頼しあってるしてる感じがするから。……その雰囲気が付き合ってるように思えるんだよね。
うう、でもなんかダメだ!
フルフルッと首を横に振った。
「やっ、やっぱりこの話は無かった事に!気にしないでください!」
選択肢2 終わり
◇
恥ずかしくなって顔を背けていると、クスッと笑う声が聞こえた。
「美波ちゃんさ……僕をそんなに喜ばしてどうするの?」
「へ?」
「……大丈夫。壱奈とは本当になんでも無いから、安心して。ね?」
にっこりと笑って先輩は言った。
「は、はい……」
それが本当に嬉しそうで、こっちまで釣られて笑ってしまった。
「そういえば――もう一つ訊きたい事があったんですけど」
「ん? 何かな?」
「この学校って生徒会長……居ないんですか?」
生徒会は多々見ても、トップはいつも副会長さんだった。
でも“副”というからには、その上が居るハズなんだけど……。
「いやいや、勿論居るよ」
「でも全然表に出てこないですよね?」
「うーん……そうだねぇ。有能な人なんだけどね、ちょっと人見知りが激しいっていうか……」
なんだそりゃ。
「そんな人が生徒会長なんかになれるんですか?」
「常に学年1位の人で、推薦だったんだよね。まぁ、表には出てこないけど、仕事はきっちりしてくれてるんだよ」
「そうなんですか……」
それって生徒会長って言えるのかなぁ、なんて。
でも、ま、あえて上が居るからこそ真価を発揮出来るタイプの人も居るしね。
今の生徒会がうまく回ってるなら、それはそれでいいんだろうなぁ。
*
それから2回貰った舞台稽古もし、花を降らせるのも試してみた。
結果は成功!ちょっとぎこちない外し方になっちゃったけど、降る花が軽かったからか、かなりふわふわと綺麗に落ちてくれた。
美術部の皆さんが頑張ってくれたおかげで花を含めて全ての背景や小道具も無事に完成。
そしてラッパの方も自分で言うのもなんだけど、かなり上達していた。
1オクターブ+αくらいだけど、音階も出来るようになったしね!まぁ、そりゃ演奏者としてはクズレベルだとは思うんだけど。
おかげで簡単な曲なら吹けるようになったので、木ノ川先輩が即興で短いのを作ってくれたり。先輩すごすぎる!
基本的には1音しか吹かないんだけど、一部長く吹く所があるから、そこで使わせて貰う予定だ。
クラスの方も着々と準備は進んでいる。あれからまた数回食堂を借りてお菓子練習。
当日は朝早くにまた食堂を借りて第一弾を作り、それから後は家庭科室を借りる事になっている。教室はそれっぽく飾りつけが始まっていて、いよいよ祭りっぽくなってきている。
内装のせいもあるのか、皆どこか浮かれ気分。
そして皆のソワソワが最高潮に達した頃、やっとその日がやってきた。
* * *
天気は快晴!祭り日和!
校門付近に設置されたアーチを次々と人々がくぐってくる。
最後とは言えど、出番が午前中の私達は最終確認も兼ねて全員空き教室に集まっていた。
「皆、とうとう本番がきました!また今回も期間は短かったけど、でもかなり練習は出来たと思う。あとはその力を出し尽くすだけだよ!」
奏和先輩が言った。
「今回のテーマは“幸せ”。人によって変わる曖昧なものだけど、演じてる間は僕達もそういう気分で居られるようなお芝居にしようね」
「はい!」
一同深く頷いた。
昨日の内に大きいものは全部運び入れてある。そして花を降らせる装置も設置済みだ。
私はギリギリまで稽古と確認をし――そして時間が来た。
「それじゃあ、行こうか!」
小道具などの運び入れが出来なかったモノを持って体育館へ向かう。
服は袖でささっと着替える予定だ。
空き教室から体育館へ向かうまでの間に色んな教室の前を抜けていく。
食べ物系もあれば遊び系も……うわ、お化け屋敷もやるのか。色んなのがあるんだなぁ。
「劇終わったら遊び倒さなきゃいけないね」
「へへ、そうですね!」
奏和先輩とこんな話をしつつ歩く。
体育館に着くと、クラスごとの劇をやっているらしかった。
1年生も1クラス、2年3年も数クラスあるようだ。
まぁ、今は見れないんだけどさ。
裏口から舞台袖に入る。
さぁ、もうすぐ前の人達の舞台が終わる。
いよいよだ――!
* * *
「幸せラッパ」
ある所に、何をしてもサッパリで境遇のせいもあり随分ひねくれてしまった少年が居ました。
彼は身寄りが無くそしてお金も無く、すさんだ気持ちで人生を過ごしてきていました。
もう全てが嫌になって死んでしまってもいい、そんな事を考えていたある日、少年はラッパを拾いました。
拾ったソレは、かつては綺麗だったのでしょうが、今では随分とすすボケた貧相なナリになっていました。
「まるで俺みたいだ」
妙な親近感を覚えた少年は、なんとなしにラッパを口元に当てました。
プ~
音が鳴りました。
貧相でも、ちゃんとラッパとしての機能は果たされていたのです。
そしてその本来の機能の他に、そのラッパには不思議な力が宿っていました。
少年がラッパを吹いた途端、ぽんっと音を立てて道端に花が咲いたのです。
「……?」
不思議に思い、少年はまたラッパを吹きました。
ぽんっ
「……これは」
とても不思議な事に、ラッパを吹くたびに花が咲きました。
今まで草が生えていなかった所にもぽんぽんと咲いていきます。
これはすごい!少年は嬉しくなってぷっぷっぷーと吹きました。それに合わせて花は咲き乱れます。
さっきまで悲壮な気分だったというのに、今のこの胸の高鳴りは何だ。
少年は十数本程の咲いた花を見つめながら思いました。
そして、閃きました。
「この花を摘んで売れば、金が手に入るんじゃないだろうか。しかも元手のかからない商売だ」
少年はその後も吹き続け、たくさんの花を手に入れると市場へと向かいました。
+
市場で少年は商売を始めました。
最初の頃はそれはもう飛ぶように売れました。
生花を売っている所が少なかったからです。売っていたとしてもそれはとても高く、市場に買い物に来るような庶民は滅多に手を出せません。
けれど少年はそう言った所よりも値段を安くしていたので、皆がいっせいに買い求めました。
――しかし、そういう状況は長くは続きませんでした。
ある時からクレームが入り始めたのです。
曰く、“すぐに枯れてしまう”との事。
そんなハズは無い。そう思うものの、それを裏付るように、摘んだ花は枯れ始めてしまいました。
最初は数日もったものが一日一日と保てなくなり、仕舞いには摘んだその場から枯れ始めてしまう始末。
お客からはクレームどころの騒ぎではなく、買った人も買わなかった人からもボコボコにされてしまいました。
こんなハズでは無かったのに。
少年は思いました。
折角貯めていたお金も根こそぎ持っていかれてしまいました。
バンバン売れているのが気に食わない連中も居たようで、ソイツ等が横取りしていったようでした。
また少年はすさんだ生活に戻ってしまいました。いや、前以上に酷くなりました。
ご飯も長いこと食べていません。手持ちは既にあのラッパだけです。
吹いても、音を鳴らしても花は咲きませんでした。もう、ただのラッパになってしまったのでしょうか。
もう歩く気力もなくなって、少年は橋の袂に腰を下ろしました。
「俺は……死ぬんだろうか」
少年は呟きました。
そして思いました。
もし死ぬのなら、こんな気持ちのまま死にたくなんか無い。
あまり良い人生ではなかったかもしれないけれど、ならばせめて最後は良い気分で居たい。
そうは思っても、どうしたらそうなれるでしょうか。少年は考えました。
今までにそういう気分だった時を思い出そう――。
そして思い出されたものは、ラッパを拾った時の事でした。
「そう……商売がどうのとか、考え付く前は……ただ単に、純粋に……嬉しかったんだ……」
あんな風に素敵な、綺麗な花をたくさん見る事が出来るなんて思わなかったからです。
「もう死んでしまうのならば、せめてもう一度」
少年はあの時の気持ちを思い出して、吹きました。
ぷー
すると――どうでしょう、近くにぽんっと音を立てて、花が一輪咲きました。
「……!」
慌てて駆け寄る少年。
そこはさっきまでツボミどころか、草さえなかった場所です。
どう思っても、このラッパの力でした。
ラッパの力が戻ったのだ、と。そしてそれ以上に、また美しい花を見れたことに嬉しさを感じずには居られなくなりました。
少年の心は、あたたかいもので満たされていました。
今までのように摘むことはせず、土ごと掘りあげました。
そこへある兄妹が通りかかりました。
少年と同じようにボロボロの服を着たその二人は、少年以上に疲れ果てた顔をしていました。
「綺麗な……花ですね……」
兄の方が言いました。
「……あたし達にもお金があったなら……」
妹が言いました。
少年はその言葉が気になり、何故そういう事を言うのか、と訊いてみる事にしました。
するとこの兄妹は、病気の母親の為に薬を買いに来たけれどとても高くて買えなかったのだと言いました。
それならばせめて殺風景な部屋にお花でも、と思い花を探し求めたものの、それもまた高く手が届くものでは無かったのだ、と。
「買う事は出来ない……なら、どこかに咲いている花は無いか、と探し歩いていた所だったんです……」
今の季節は花が少ない。
「あなたがそんなに素敵な花をお持ちならば、どこかにまた別の花も咲いている事でしょう。僕達はそれを探しに行きます……」
ぺこりと頭を下げ、去っていこうとする兄妹。
でも少年には他に花など無いという事がわかっていました。だって、ここにもさっきまでは花など無かったのですから。
少年は口を開きました。
「待ってください」
振り返る兄妹。
「また探しに行く必要はありません。……これを」
少年は花を差し出しました。
「すぐに枯れてしまうかもしれませんが、それでも良ければ……」
「い、いいのですか?これはあなたが見つけたものだったのでは?」
「いいんです」
「ああ、ありがとうございますありがとうございます!これであたし達、母に少しでも喜んでもらえます!」
涙する兄妹に、少年は優しく笑いかけました。
今この時、少年はとても、とても優しい気持ちで、そして――幸せな気持ちでした。
兄妹を見送った後、少年は考えました。
この幸せな気持ちを糧に――もう一度頑張ってみよう、と。
ラッパは持ったまま、でもその力に頼った事などせず、自分の力で働かなければ、そう思ったのでした。
今までまともな職を持っていなかった少年は、苦労しましたがなんとかあるパン屋さんに雇ってもらえることになりました。
住み込みで、何も知らない少年にパン屋の主人は一から全てを教えてくれました。
仕事にも慣れ、充実した日々を過ごしていたある日、パン屋の客に思いがけない人達がやってきました。
「あら、あなたはあの時の!」
「そういうあなた達はあの時の!」
いつか橋の下で会った、兄妹でした。
「ずっと探していたんです。あなたにどうしてもお礼を言いたくて」
「あの時、あなたに貰ったお花のおかげで母の病気が治ったのです。ありがとうございます、ありがとうございます!」
キョトンとする少年。
「でも……花はすぐに枯れてしまったのでは?」
あの頃より少し前、ラッパで咲かした花はすぐに枯れてしまっていたので、そう言いました。
「いいえ、とんでもない。枯れるどころか今でも咲いているんですよ」
そんなバカな。あれからもう何ヶ月も経っているのに、少年は思いました。
「きっとあのお花には不思議な力があったんでしょうね。あの日から母の体調は徐々によくなり、今ではもうすっかり普通の体を取り戻したんです」
「そんな……でも、自分は何もしていないですよ……」
本当に何もしていない。
けれど兄妹は優しく微笑みました。
「それでも、あなたのあのお花がきっかけだったのです。本当に、ありがとうございました」
深々と頭を下げ、それからパンを買って、兄弟は去っていきました。
少年は嬉しくて堪りませんでした。
自分が何かしたわけじゃないけど、でも何かきっかけになったのなら。誰かを幸せに出来たのなら。
それはどんな事より素敵な事に思えました。
ふいにどうしてもラッパを吹きたくなり、仕舞いこんでいたそれを取り出し、パン屋さんの屋根に上がりました。住み込みの部屋が屋根裏部屋だったため、すぐに上がれたのです。
そして少年は吹きました。
音は自然にメロディを奏でました。とても楽しい音楽を。
その音に気づいたパン屋の主人も出てきて、音楽に聞き入っていました。うまいとは言えないかもしれませんが、それでも素敵な音色でした。
そして演奏が終わり、主人の拍手の音と、何か別の音が重なりました。
ぽんっ ぽんぽんぽんっ ぽんぽんっ
見るとパン屋さんの花壇に、ぶわっと花が咲き乱れています。しかも、現在進行形で増えていっています。
「うお、なんじゃこりゃ?!」
驚くパン屋の主人。少年も同じくらい驚きました。
でもなんだかすっごく嬉しくなって、もう一曲吹きました。
また、花は大量に咲きました。
「こりゃ……すごい。が――どうしようかね、コレは」
あまりの多さに驚きを通り越して呆れてしまいました。
「す、すみません……」
「いや、別にいいんだけどよ。――そうだ!」
しおらしくなってしまった少年にパン屋の主人は一つ提案をしました。
翌日から、パンを買ってくれた人に渡したらどうだろう、と。
そうして、その日からパン屋さんでパンを買うと花がもらえる様になりました。
いつしかパン屋さんは“花のパン屋さん”と呼ばれるようになり、少しずつ着実に有名になっていきました。
なぜならば、そこで花をもらった人には幸せが訪れる、という噂が流れ始めたからです。
その“幸せ”の一つ一つはとても些細な事でしたが、それでもその人達にはとても嬉しかったことだったのです。
そんな話を聞いて少年はますます嬉しくなりました。夜毎、ラッパを吹き鳴らしました。
+
その噂を聞きつけたのは、そこの国のお后様。
王様亡き後、国を一手に担っている人です。
暴君と国民から恐れられているその人が、ラッパをお寄こしと兵隊を連れてやってきたのです。
「それはできません」
「何故? 金ならいくらでも、たんまりと出そうではありませんか」
お后様は言いましたが、少年は首を横に振りました。
お金など、関係無いのだともうわかっていたからです。
それ以外にもいくつか条件を出され、それはとても魅力的なものではありましたが、やはり少年は首を縦には振りませんでした。
すると業を煮やした兵隊の一人が、少年からラッパを奪って、更には吹き鳴らしてしまいました。
途端、ビシィッとヒビが入り、音が鳴らなくなってしまいました。
哀れ無残な姿に周囲の人々は嘆き悲しみます。
純粋に彼の奏でる音楽が好きで集まっていた人達も居たのです。
「……何故?! これはアイツにしか吹けないというのか?!」
奪った兵隊が言いました。
いいえ、と少年が返します。
少年は薄々ではありますが、このラッパがどういうものかわかってきていました。
「恐らくこのラッパは幸せのラッパなんです」
嬉しかったり楽しかったり――そんな幸せな気分の時に吹かないと、きっと意味がないのです。
嬉しい気持ちや、楽しい気持ち、そんな幸せな気持ちを持って吹くと、その気持ちを糧に、花が咲くのでした。
そうして咲いた花を、やはり幸せを考えて人に渡すと、それが持続する――きっとそういうものなのです。
自分は昔、咲いた花で金儲けに使おうと、よこしまな気持ちで吹いていました。
しかしそうすると花は枯れ、自分自身もまた、悲惨な状況に陥っていったのだ、と。
だからさっき兵隊がやったように、人のものを奪って無理やり吹いたところで意味は無く、それどころかラッパは壊れてしまいました。
そう説明しながら、少年は取り返したラッパを胸に優しく抱きました。
淡々と話してはいましたが、まさかこんな風にこのラッパとの別れがくるとは思っていなかったのです。
するとその話を聞いていたお后様、突然泣き崩れてしまいました。
「わたくしには王女が一人居ます。目に入れても痛くないほどに愛している子です。
しかしその王女は病にかかってしまった……それを救う手立てが見つからないのです。
知りうる手段は全て試しました。最早奇跡に――巷で騒がれている、“幸せの花”という奇跡に頼るしか無かったのです……」
暴君だと思っていた女王様はなんのその、実際にはそんな事はなかったようです。
国の財政が厳しく税金の取立てが酷かった時期もありましたが、よく考えれば今はマシになっている気がします。それに国も財政難を乗り越え、たくましく成長していっています。
それでも悪い時期があると、そればかり覚えているものだったのです。
暴君だと恐れられ、罵られても頑張ってきていたお后様。
やっと国の建て直しがうまくいきかけた頃に、一人娘の王女様が病にかかったそうです。
ほうぼうの医者にみせ、色々な治療を試しても病気が治らない王女様。お后様ははやつれていってしまいました。
そして聞いた噂。――幸せの奇跡の花。
それは少年がラッパを吹いた時に咲く花の事でした。
「もうそれに頼るしか――無かったのです……」
お后様は言いました。
奇跡だなんてほとんど眉唾物ものです、くだらない御伽噺に過ぎないかもしれません。それでも、お后様にはもう縋るものが無かったのです。
しかしラッパが壊れてしまった今、もう彼女に残るのは絶望だけでした。
こうしている間にも王女の病気は進行し、死に至ってしまうかもしれません。
その話を少年は静かに聞いていました。
それから考えて、おもむろにラッパ口に口を当てました。
吹きました。
ぷー
壊れたと思ったラッパから、音が、鳴りました。
そしてその脇に――道路の隙間の土から目が出てきて、花が咲きました。
周囲の人々はざわめきます。無理もない事でしょう、今にも崩れてしまいそうなくらいボロボロに壊れたラッパから、音が出たのですから。
その上、今までと同じように……花が咲いたのですから。
少年はその花を土ごと拾ってお后様に渡しました。
「これは“幸せ”の気持ちではありませんが、お后様、あなたの愛と、王女様への慈しみの心で吹いたラッパから生まれた花です。
今までの噂のような力はきっと無いでしょう。
それでも良ければ――差し上げます」
お后様は土で手や服が汚れるのも構わず、それを受け取りました。
泣いて、いました。
「ありがとう、ラッパ吹きの子。例え奇跡が無くとも、わたくしは救われました。王女も……救われることでしょう」
お后様は花を手に、お城へ帰っていきました。
この一部始終を見ていた人々によって、少年が咲かせる花は前以上に奇跡の花とうたわれるようになりました。
噂はともかくとして、実際に幸せになっていく人達を見るとやはり嬉しい気持ちの少年は、やはり今日も今日とてラッパを吹き鳴らします。
そして時は経ち――パン屋さんに一人の少女がやってきました。
以前来たお后様のように漆黒の髪。それは王女でした。病が治った王女だったのです。
王女は自分が治った要因であるだろう少年の事をお后様に聞き、お礼を直接言いに来たのです。
しかし護衛も無く、一般人のような姿で来た王女は、とてもじゃないけれど正式な訪問とは思えませんでした。
それもそのはず、王女はこっそりと一人でやってきていたのです。
お后様に少年の事を聞く内に、王女は未だ会った事の無い少年に恋をしてしまったのでした。
その思いを自分で確かめないまま、周囲に悟られるわけには行かない、と思った王女は一人でやってくることを選んだのです。
王女はパン屋さんに足を踏み入れました――。
――――その後、彼らがどうなったかはわかりませんが、わかっている事もありました。
王女がパン屋に入った時に少年の手が止まった事、
彼女に一目惚れをしてしまった事――――――。
そしてもう一つ付け加えるならば、お后様が少年にすごく恩を感じ、そして気に入っている事、でしょうか。
身分違いの恋ではありますが、きっと二人は“幸せ”な道を選んだ事でしょう。
* * *
緞帳が下りて、一度舞台と観客席が切り離される。
私は思わず息を吐いた。
いや、でもまだやる事がある。
だから、私は――少年のままで。
* * *
「これにて劇は終幕となります。
皆様方、最後までお付き合いありがとうございました!
この劇は我が演劇部の力だけではここまで来るとは絶対に出来ませんでした。
背景美術や道具関連、そしてエキストラまでやってくれた美術部の皆さん!
楽器指導をしてくださった吹奏楽部の皆さん!
そして支えてくださった皆様方!まことに、ありがとうございました!
文化祭では美術部は部室で展示会、吹奏楽部は午後に公演会がございます。皆様是非お越しくださいませ!」
ここで一度切って息を整えた。
さぁ――クライマックスだ。失敗しないようにしよう!
チラリと舞台から2階のバルコニーへと目をやる。そこには出番を終えた奏和先輩と城崎君が居る。
二人に視線を送り――もっとも見えてるかどうかわからないけど――小さく頷いた。
ヨシ、やるぞ!
んでもって、この後の祭りにずっと幸せな気分が続くように……!――ついでに、私にも幸せな時間が来ますように、っと。
って、なんか死亡フラグな気もするんだけどさ。
だって折角盛り上がってる文化祭、ちゃんと見て回りたいもんね!
ん……それじゃあ、やりますか!
すぅっと息を大きく吸った。
「それでは皆様、ありがとうございました。
改めてわたくし、ラッパ吹きからお礼を申し上げます。
そして、」
っぷー!
「ラッパ吹きから幸せのおすそ分けです!
よろしければお手に取り、持ち帰ってやってくださいませ。
それは皆様方、文化祭を最後までどうぞお楽しみください!!」
花よ――降れ!!