「……後世の者よ、私は勇者と呼ばれた身である……だぁ?」
 書庫の整理を命じられ嫌々ながらも作業していた時、ふと目についた本を一冊手に取り、開くとそんな言葉が書かれていた。
 改めて表紙を見るとうっすらと「Diary」の文字が見えたから、誰かの日記なのだろうか。
「ふーん、他人の日記をこんなトコで見れるたぁ面白い。どれどれ読んでやろうじゃないの」
 サボリを決め込み書庫を抜け出す。そして密かにお気に入りの場所として使っている木に上って読み始めた。

 その日記は、読んでみるとあんまり日記ではなかった。
 最初に例の文章があって、次のページではコレを書いたヤツの生い立ちがつらつらと書かれていた。何でも結構イイ家柄の娘として生まれて剣の腕もそこそこにあり、王国の騎士団に入隊したんだとか。
 俺んトコも割とイイ家柄でおまけに親には騎士団に入れと散々言われているものだから妙な親近感が沸く。
 ページを捲った。
 騎士団に入隊して間もなく、世界中の魔物という魔物が凶暴化し始めた、と書いてあった。
 そこでも俺はまた妙な親近感を覚えた。
 今丁度……5日くらい前か?その辺りからいきなり魔物の凶暴化とかなんとかで世間が騒がしいからだ。 最近では大人しい魔物を飼いならして家畜やペットにしたりもしてたので、被害がすごいトコも結構あるらしい……とかなんとか。
 日記に意識を戻す。
 変に統率のとれたような魔物の行動を不思議に思った専門家が調べると、どうにも“魔王”と呼ばれるリーダー核が突如として出現したらしい、とある。
 魔王だのなんだのは知らないが、そういや魔物の行動については何か言われていた気がする。

 そこまで読んで俺は薄ら寒い物を感じた。
 この日記は一体いつの物だ?少なくとも、最近では無い。
 なのにここに書いてある事が、今、同じように起こっている。もしかしたらまだ現れていない魔王とやらもこれから出てくるのかもしれない。
 俺は先を読み進めた。


 *


 魔王という存在が知れ渡り、国の多くは強い者達を集めてそれを倒しに行かせた。しかしことごとく返り討ちにあい、よっぽどの人間で無ければ無理だという結論に達した。
 その頃私は騎士団で訓練に明け暮れる日々を過ごしていた。国に仕える者として、いつでも王や国民を守れるように、とその一心で訓練を続けていたのだが、なかなか成長しない己の腕に嘆く日も多々あった。
 けれど魔王が出現した頃だっただろうか、突然剣を振るう動きが変わったと言われた。試しに団で一番強いとされていた2番隊長と手合わせをすると、思わぬ事に、圧勝してしまった。 私は女で、隊長は男で。体格差や力も違うだろうに、本当に圧勝してしまったのだ。
 その腕を買われて私は一気に昇格して行き、それが噂になったのか、とうとう国王に謁見を許された。
 国王に会い、話を聞かれ、再び隊長格との手合わせを見たいと言われ、手合わせをし、またそれに圧勝。王は私の強さを認めてくれたらしく、“勇者”という称号を私に与え、魔王退治を命じられた。

 騎士団で仲の良かった数名と、国付きの魔導師、それに推薦された幾人かの冒険者を伴って私は魔王退治へと出た。
 途中それを阻止すべく立ちはだかる魔物を幾度となく蹴散らし、私達は魔王のもとへと辿り着いた。
 魔王は他の魔物と比べるといくらか小さく、大きさで言えば人間と変わりないように思えた。二足歩行で手足が2本ずつ、頭があって、見かけもほとんど人間だった。――しかし全身を黒いマントで包み、顔は愚か肌の1ミリも見ることは出来なかった。
 実際戦った中で似たような魔物は居たし(それ等の肌は緑色をしていたが)魔王もそれ等の類だろうと思いこみ、そして戦闘が開始した。
 当然魔王を守るべく強い魔物が取り囲んでいたが、仲間達がそちらを全て受け持ってくれたので私は一対一で魔王と対峙する事が出来た。
 杖を持ち、魔法を使う魔王に剣術だけの私。不利ではあったが、詠唱に時間がかかっている隙に太刀を浴びせ、状況としては五分五分といった所だった。
 しかし暫くして突然魔王の手が止まり、「殺してくれ」等と言い出した。
 私が訝しげに思っていると魔王は全身を覆っていたマントを剥ぎ取り――――姿を現したのは、“人間”そのものだった。
 ただ一つ違うのは首を縫い合わせている線とその周り、壊死したような黒ずんだ肌で。
 彼は――魔王の事だが、マントを取った後の魔王をこう呼ぶことにした――その傷に自分の手を入れ、首を千切っていった。死にたい、と殺してくれ、と言いながら。
 魔王が人間だと理解してしまった私ではもう簡単に殺せないだろうと言って、その上で顔が無くなればきっと殺せる、とも言った。
 よくわからなかったが、頭が外れると首から下は勝手に動くのだと言う。実際に頭無しになったその体は彼の意思に関係無く、私に襲い掛かり……私はそれを倒した。
 まだ意識のあった頭だけになった彼は「歴史の本を探して、見つけてくれ」、と。そして「10日後」という謎の言葉を残して息絶えた。

 国に帰った私は勝利に酔う事もなく、一心不乱に書庫を漁っていた。彼の最後の言葉が気になっていたからだ。
 そして見つけた彼の写真。やはり、人間だったのだ。
 なぜ人間だったはずの彼が魔王になぞなっていたのか、不思議でならなかったがそれは暫くして解けた。

 国王が連れてきた一人の少女が全てを――本当に“全て”を話してくれた。

 魔物の凶暴化も、魔王の出現も、勇者と呼ばれる存在さえも、全てが決められていた事だったのだという。
 この世を操る“ヤツ等”が居て、300年毎に行われるゲームのようなモノ。
 更に勇者は魔王を倒した10日後、“ヤツ等”の差し金で抹殺され、次代の魔王にさせられるらしい。

 その少女は魔法を使って数々の世界を渡り歩いているのだと言っていた。私を連れて世界を渡り、死から遠ざける事が出来るかもしれない、と。そう言ってくれたが私はあえてそれを断った。
 既に魔王――前代の勇者を殺してしまった私が、今更逃げ回った所で何の解決にもならない気がしたからだ。
 それに、それよりも出来る事、したい事があった。

 次代の勇者に事の顛末を伝えること。

 少女……名前をルカと言うが、彼女の話によると、どうやら私からは微量ながら異質な魔力を感じるらしい。魔王となった彼からも生前同じような魔力を感じたと言っていたので、それが恐らく勇者となる者の証。
 そこで私は彼女に協力を仰ぎ、その上で一冊の本に全てを記す事にした。

 “ヤツ等”がゲームを興じる際に水を差されない為か、300年毎に起きるそれらに関しての情報は一切を絶たれていた。だからただ本を書いてもそれが次代の勇者となるべき者の手に渡る事はまず無いだろう。
 しかし世界を渡る力を持っている彼女なら、300年の後まで守りきってくれるはず。
 そしてそれを同じような異質な魔力を持つ者へと渡してくれるはず。

 魔王を倒して既に5日が経過している。私は5日後に“ヤツ等”によって死ぬのだろうが、きっと犬死ではないと思う。 彼女を信じて、次に賭ける為にこれを書き終える事が出来るのだから。
 尚、これは複製などはしておらず、この世に1冊しか存在しない。



 だから、今読んでいる君が次代の勇者だ。



 ルカがどうやって渡してくれたのかはわからないが、きっとちゃんと仕事を果たしてくれたのだと信じている。
 だから、絶対に君が勇者となる人間なのだ。

 今までの私の話を読んでどう思っただろうか。不審に思うかもしれないし、フィクションだとも思うかもしれない。けれど信じて欲しい。ここに書き記した事が必ず起きるのだという事を。そしてこのままだと私と同じ道を辿る事になってしまうのだという事を。
 完全に信じきって貰えなくても構わない。
 だが――出来ることなら、信じて欲しい。 そしてこんなバカげたゲームを終わらせて、世界を正常な状態に戻して欲しいのだ。
 誰にも操られることが無く、自分の思った道を自分が責任を持って選べる事。そしてそれを誇りに生きていける事。
 それ等を踏みにじる“ヤツ等”にどうか最後まで抗って欲しい。


 *


 パタン

 俺は本を閉じた。鼓動が速い。こんなに面白い物語を読んだのは久しぶりだ、と。そう言ってしまいたい気持ちは確かにあった。
 しかし最後のページ、日付と名前を見てしまったから、この本の内容が本当なのだと信じざるを得なくなった。

 日付は今から丁度300年前。 しかも、俺は彼女の名前を知っていた。
 俺の家は代々王家に直に仕えていて、教育の一環として歴代の王家の家系図を見せられるのだ。ちなみに何を考えてるのか、愛人関係まで教え込まされる。まぁ、正室に子が出来なかったり亡くなってしまった場合の事を考えているんだろうが、それでもちょっと嫌な感じだ。
 その時に彼女の名前を見ている気がする。
 コーリア=シュナイダル。 そう、確かに見た。それに、……なんだか色々話を聞かされた気がする。

 当時の国王は即位して間もなく、年の頃は30程とかなり若かったようで周りからは再三結婚を勧められていた。しかし頑なにそれをせず、国の為に国民の為に、とどんな事でも進んでやり、一国の王とは思えぬ働きっぷりだったのだという。
 そんな彼が突然結婚を宣言した。
 相手は国の騎士団に属する女性で、何かの功績により人々からは将軍と呼ばれていたらしい。
 本当に突然の宣言だった為、周りは慌てに慌てたが、国王曰くずっと前から狙ってたとかで。家臣達の粋な計らいにより、宣言して3日後には小さいながらも式を挙げ、彼等は夫婦になった。
 世継ぎの事もあるし、きっと愛妻家になるであろう国王の人柄を見て、これからますます忙しくなるだろうと笑いあったのも束の間。
 2日後に彼女は死んだ。
 そして葬儀もまた、挙式と同じようにひっそりと行われた。
 国民には一切知らされず、まるで無かったかのようにされた挙式と葬儀。王はもしかしたらこうなるのを知っていたかもしれない、と当時の俺の先祖は思ったのだという。
 その後、それを知らずに結婚を勧めてくる者を全て断り、養子を取って後継とし、生涯独身を貫いたのだとか。

 ……俺の先祖はこの悲しき恋と王の誠実さにいたく感動し、息子や孫にうるさいくらい語っていたらしい。そしてそれを語り継ぐ事がいつの間にか家訓の中に入り込んでいて――結果、300年後の俺の代にまできっちり伝わっているというワケだ。

 もう一度最後のページを開く。何回見ても文字は同じ、コーリア=シュナイダル。
 そしてその若干上、

“だから、今読んでいる君が次代の勇者だ。”

「っはーぁ……マジかよ……参ったな」
 額に手をやり思わず大きく息を吐いた。 信じるしか無い、そうわかっているのに同時にフィクションじゃねーのか、と思ってしまいたくなる。
 けれど俺にはわかっているのだ、これが真実だという事が。
 だからやるべき事はもう決まっていた。

 木から飛び降り、誰も居ないことを確認して2階へ駆け上がる。1番奥の部屋にそっと入り、丁寧にケース入りで飾られていた剣を手に取った。
 先祖代々伝わる由緒正しい何とかの剣! ……正式名称は覚えてない、寝てた。
 何でもすごい切れ味で魔物もスッパスパだとか言ってた気がするのでコイツを拝借する事にした。
 そして自室に戻り、少々の衣服と最低限の道具、簡単な食料を鞄に詰め込む。
 服も着替えてこれまた剣と同じく拝借した軽鎧を身に着けた。防護魔法がかかってる代物で軽鎧ながらも防御力は全身鎧とそう変わらないらしい。
 最後に暗褐色のマントを着けて、赤色のマフラーを首に巻いた。 マントは国の騎士団のモノ、マフラーは誰でもなく、俺のモノ。
 ベルトをきちっと留め、先ほどの日記もどきを鞄に入れた事を確認した。

「さて、と。 じゃあ、ちゃちゃっと行くかな」

 1週間後には騎士団の入隊試験がある。それに通って入ってしまったら最後、彼女と同じ道を辿るような気がした。
 だからその前に家を出て、自力で魔王まで辿り着いてやろうと思う。
 そして出来たら倒さずに、記憶を戻して安らかに眠らせてあげたい。
 魔王を倒した事にはならないし、俺も勇者じゃない。 だから殺されない!……と簡単に上手くいくかどうかはわからないが、何事もやってみなければ始まらない。
 例え“ヤツ等”の何かがやってきても、どこまでも逃げてやる!! 人様を簡単にどうこうしようったって無理だって事をわからせてやるぜ!


 そうして俺は家を出た。
 魔王もまだ無く、行く当ても無い。

 けれどこんなに心が躍るのは何でだろう。
 まるでこの先、何か素敵な事が待っているみたいだ。

「なんて、思ったりして。 ……ヨシ、なんか恥ずかしいからちゃきちゃき行くぜーっ!!」



 これもまた決められた筋書きなのか。
 それともそれに抗った結果なのか。


 全てがわかるのはもう少し先のお話――――



 Fin.