「じゃ、じゃあ、気付いてたのかっ!?――じゃなくてっ、き、気付いてたのですか……?」
通された部屋で椅子に腰掛、道化は開口一番、こう言いました。
「えぇ。五通目くらいから怪しいなと思っていましたから。端々に違和感がありましたし、父は今までに同僚の話なんて一度も。それに……父は、野菜が嫌いなんです。特にポテトパイが。知りませんでした?」
微笑んで言う彼女に道化は唖然としていました。そうするしか出来なかったからです。
「肉が好きなのは知ってましたが……野菜嫌いだとは……」
「外では一応食べてるって前に手紙で書いてましたから、きっと知らないんだろうと思ってました。嫌いなものがあるって事、恥ずかしいからあんまり知られたく無いんだ、って。それで無理して食べてるんだ、って自慢げに」
クスクスとサリアは笑いましたが、それはすぐに終わり、逆に表情を歪めて、瞳に涙を溜めて、
「父は――やっぱり、あの事故で……死んでいたんですね?」
そう、言いました。泣きながら、言いました。
道化は唇を噛み締め数十秒の沈黙の後に頷きました。
「親父は……あ、いや、ジョアンさんは燃料保管室の近くで機械の修理をしていて……それで……」
じわりと道化の目にも涙が溜まり始めました。
あの時の事を思い出してしまったのです。
「最後の、日、だったんです……あれが任期満了の日で、ジョアンさんはすごく楽しみにしてて、貴女に会えるのを今か今かと待ち望んでいて!なのに、あんな、事に、なっ――て」
ぼたぼたと涙が落ちて道化の赤い燕尾服が濡れていきました。
「そう、ですか……父は、少なくとも私との再会を――喜んでくれていたんですね」
「当然です!!当たり前です、喜ばないはずが無い!!!」
「……なら、いいんです。怪我をしたとは言え、二年も帰ってこれないと手紙に書かれていて……父に嫌われたのかもしれないと、思っていたものですから」
「それは――」
道化は言葉を濁しました。
自分の都合で彼女から親父を二年も離してしまっていたのだという事を改めて認識したのです。
それが例え、親父の死であっても――偽者よりは遥かに良かっただろうに、それを偽った事で彼女の心を傷つけてしまったのだという事を。
道化は何か言おうと思いましたが、何を言っても嘘の上塗りにしかならない気がして、口を開けませんでした。
「いいんです。貴方もきっと色々とあったんでしょう?二年も拘束されてしまう何かが……父の仕事を知っていますから、そのくらいは想像がつきます。だから、その事は……もう、いいんです」
ニコと無理に笑って彼女は言いましたが、
「でも、……すいません、今は泣かせて――ください」
笑みは崩れて、涙が止め処なく零れました。
道化もまた、泣きました。
二人とも泣き止み、しばらく落ち着いた後道化はふと気付きました。とても今更な事にやっと気付けました。
「あの、何でオレの名前……?」
玄関先でそう言われて招き入れられたのです。当然名乗った覚えはありませんでした。
「父からの手紙で。――ほら、写真も。もう随分前のものですけど……ふふ、金色の髪に黄緑の瞳なんて、そうそう間違えようがありません。「道化」っていう名前もこの世界ではとっても珍しいですから忘れようがありません」
「そ、そうだったのか……」
そう言えば昔こんな写真を撮られた覚えがあったのを思い出し、なるほど手紙に使うためだったのか、とこれまた今更ながらに理解しました。
「道化様こそどうしてここがわかったんですか?」
今まで散々手紙のやりとりはしていましたが、それに“住所”というものは必要ありませんでした。名前だけで当人の下へと届けてくれていたからです。
だからどうして家の場所が……と彼女は思ったのでした。
その質問に、道化は写真を取り出して見せました。親父と少女が建物の前で笑っている、例の写真です。
「こんな写真一枚で?!すごいですね……あぁ、だからこんなにも遅くになってしまったのですか?迷われたのでしょう?」
赤面のままコクリと頷き、遅くなってしまって申し訳ないと言いました。
「いいえ、来てくれただけで嬉しいですから。ところでお腹はすきませんか?野菜たっぷりのポテトパイ、温めますから食べましょう」
「い、いいんですか」
「えぇ、勿論。食べながら――父の話を、聞かせてください」
*
彼女に言われた通り、道化は拾われてから親父が死ぬまでの五年間の事をほとんど話しました。
そして彼女は九歳までの思い出を色々と話してくれました。
それはお互いに知らなかった親父の一面であり、驚きながらも楽しく楽しく、話しました。
「アンタの親父に、会えて本当に良かったと思ってんだよオレは」
楽しく楽しく話していたので、いつの間にか敬語は消え、口の悪さが露見してきました。
「普通ぷかぷか浮いてるのを拾ったりしねぇと思うんだよ!しかもソイツを引き取ってくれてさ……親父、ホント良い人だった」
「私も、お父さんのそういう所――すごく尊敬してた。普通通り過ぎるような事もちゃんと見て、行動してくれるの。貴方もきっと――そうだと思う」
「は?!オレが?!」
心底驚いて道化は言いました。
「だって……方法はどうあれ、お父さんの振りして手紙を出し続けてくれたのは、私を一人にしない為だったんでしょう?」
「そ、それは……そう、だけどよ」
それだけでは無い事を、道化自身はもう理解していたので少し気まずくなりました。
「途中でお父さんじゃ無いって気付いたけど、どうしてもやめられなかった。……貴方に、救われていたのよ、私」
「……本当か?」
「そうじゃなきゃ、ポテトパイ作って待ってたりしないわ。貴方こそ……よく二年も続けられたわね?」
「うっ、そ、それは……」
二年も続けられたのは、やっぱり別の感情があったからだと心底理解している道化は呻きました。
チラリと彼女を見ると、その濁し方をおかしく思ったのか、不思議そうに首を傾げていました。道化視点で行くと、それはとても可愛く映りました。
「親父の……事もあったけど、オレは……――アンタと手紙をやりとりするのが好きだった。二年前の時も会えるのを楽しみにしてたんだ。だから、文字だけでも関われるのが嬉しくて……」
カアァァッと顔を赤くしながら道化は言いました。
それを見たサリアもまた、同じように赤くなって、
「え、それって、もしかして……」
と言葉を濁しはしましたが、なんとなく道化にはわかってしまいました。
彼女もきっと同じだったのです。
道化は愛で、彼女はただの好意かもしれませんが、そこに相手を想う気持ちがあったから、この二年があったのです。
道化は立ち上がって彼女の横に立ちました。
そして、手を取って言いました。
「サリア、いつか二人で宇宙に行くぞ。オレはアンタの親父に約束したんだ、アンタに絶対宇宙を見せてやるって!」
「え、でも今宇宙には「治療」でしか出れないって……」
「だったら団体に入ればいい!」
「私は……父を六年も拘束した「世界」の為に、なんて到底思えないのに?」
「――なら、オレがどうにかして変えてやる!この二年でずっと思ってたんだ、あれはおかしいって。
世界が人の感情で区別しなければ、休みの度に帰れたし、きっと火を放ったヤツみたいなのは出なかったんだ。
そんな制限しなくたって、オレ達は「世界」の味方だって……わかって貰うべき時がきたんだよ」
簡単な事では無いと道化はよくよくわかっていましたが、いつかはやらなければならない事だともわかっていました。
このままの状態だといつかは外部の人間は全て死ぬでしょう。そしてそれを憂いて世界はますます壊れていくばかりです。
だから、心の奥底から「世界」を心配する人を集めるか、もしくは制限を無くす、しか道は無いのです。
どちらも困難な道ですが、より明るい未来が望める方を――選ぶ。
そうすると、こうなるのでした。
もっとも「世界」による制限が無くなった後は、「人」による、もっと強固な制限が必要になるでしょう。しかしそれはまた別の問題。
少なくとも、「想う心」は自由になるのです。
「そう――そう、いう風になったら素敵。そうしたらこんな私でも、父の墓参りに行ける」
悲しそうに笑う彼女は、きっとそれは“無理”だと思っているのでしょう。道化もまたほんの少しだけそう思いはしましたが、
「昔、宇宙に飛び出そうとした最初の人は何があっても信じたんだ。周りの皆が疑っても、その人だけは信じきって――終いには「世界」に認めさせた。
だからオレが今言ってる事だって、出来ると信じたら、出来る。「世界」だって、わかってくれるはずだ!」
サリアはともかく、道化は「世界」が好きでした。親父を奪った原因でもありましたが、親父やサリアに出会えたのもある意味「世界」のおかげだからです。「世界」がこんな事になっていなかったら、きっと自分はいつまでも宇宙を漂ったままだったでしょうから。
そうして道化は強く願いました。いつか「世界」がわかってくれる日が来ますように、と。
そしてそれは、道化だけの願いでは無かったのでした。
*
翌日、道化が目を覚ますと家の外が――通りが騒がしい事に気づきました。
近くの窓を開け辺りを見渡すと、何やら空を見上げて皆歓声をあげています。
「……?」
不思議に思って道化も外に出て上を見てみる事にしました。
途中同じように起きてきたサリアに朝の挨拶をして、二人で外に出ました。
空を――見上げました。
大きく開いた穴から見た事も無い形の船が次々入ってきていました。
それと同時に、団体所有のものでは“無い”宇宙を駆ける機械が次々に出て行っていました。
一体、何が起きているというのでしょうか。
周りに居た一人が高性能の双眼鏡を持ってきて、空を見上げました。
「ええと……ユーベルハム商団に……ザカッツ貿易、ベリゲウム探検隊……」
上げられていく名前は全部「藍の世界」にある会社もしくは団体のものでした。全てかなり大きな組織で宇宙を駆ける機械を所有していましたが、「世界」に認められなくて宇宙には進出出来ていませんでした。
しかし双眼鏡の男による光景が正しいのであれば、彼らは「世界」に認められたという事になります。一体いつ?どういう基準で?疑問は増えるばかりです。
次に男は見た事も無い形の船に双眼鏡を向けました。
「ええっと……――――や、こりゃイカン。見た事も無い文字で読めんわ」
お手上げだ、という風な男から、どれ見せてみろと皆で双眼鏡を奪い合い、そして全員読めませんでした。
最後の方でサリアに回ってきて、
「ダメね、読めないわ。道化様も見てみます?」
道化は双眼鏡を受け取りました。
目元にそれを当て、空を見上げました。キョロキョロと動かしながら船を探し、見つけ、
「……「奇の国 遠征部隊」……?」
なんと、読めてしまいました。
「奇の国? ってぇと、別の世界の船かいな!」
双眼鏡の男が驚いて言いました。それからもう一度双眼鏡で上を見て、「や、イカン。やっぱり読めん」と肩を竦めました。
「道化様……あの不思議な文字が読めるんですか?」
「え、えぇ」
道化は首を傾げました。
確かに絵面だけで見ると不思議なものでしたが、道化にはそれがちゃんと文字として認識出来ていました。
むしろ他の人間が認識出来ない、それの方が道化にとっては不思議な事でした。
「た、多分……仕事で見たんでしょう」
そんなはずはありませんでしたが、一応ここはこうしておく事にしました。
何故なら、周りの視線が痛くなってきたからです。
――何でアイツだけ読めるんだ? とか、それに加えて
――どうしてアイツだけあんな変な髪色や目なんだ? とか。
昨日来た時は夜でしたからパッと見てもわかりませんでしたが、今は明るい日差しの下なのではっきりと違いがわかりました。
黒髪や茶髪の中に一人だけ金色の髪。
そして、蒼や紫の中に、一人だけ黄緑の目。
その容姿は、明らかに“この世界の人間じゃありません”でした。
「道化様、そろそろ中に入りましょう?」
好奇の目で見られている事に気づいたサリアが助け舟を出しました。道化は頷き、家に入りました。
「それにしても……あれは一体どういう事なのかしら?」
玄関で、サリアが呟きました。
「わからねぇ……っと、いや、わかりません」
つい昨日のノリでくだけた口調になってしまいましたが、ハッとなって言い直しました。
随分前からの、気心の知れた友達ならいざ知らず……(今更ながらに)昨日初めて会った人相手に馴れ馴れし過ぎたかも、と思ったのです。
それと同時に――さっき周りに人が居たときは敬語だったのに、二人きりになった途端、口調が戻った事に動揺したからでした。
「あら?何故言い直すの?」
「え、いや、だって……」
昨日はその場のノリとか雰囲気もありましたが、一夜明け妙に気恥ずかしくなってきたのです。
しかしサリアはクスリと微笑み、
「いいんですよ、そのままで。その方が私も嬉しい」
きゅっと服の裾を掴まれ、道化の頭は沸騰したケトルのようになってしまいました。ピィィーっと音を立てて鳴り響いているようです。
「え、じゃあ、……う、うん。そのまま、で……話すよ」
しどろもどろになりながら返した道化の顔は、真っ赤でした。
真っ赤な顔のままで昨日と同じ部屋に通され、「ちょっと待っていて」と言われたので待っていたら、サリアが朝食を持ってきてくれました。
「わ、悪い」
「悪い、よりも、ありがとう、の方がいいかな」
「あ、りがとう」
道化がくだけた口調になったように、サリアもほぼ敬語を取り払っていました。
「ところでさっきの船なんだけど……何故貴方には読めたのかしら」
「わからん……というか、オレには他の人が読めないってのが不思議だ」
トーストを食べながら道化は言いました。
「そう……読める人から見たら、そうなのかもしれないわね……」
「それよりもオレは穴から“出て行った”連中が気になる。アイツ等、今までどうやっても宇宙には出れてなかったのに。何で突然……?」
もぐもぐ、と昨日のポテトパイの残りも食べながら道化は考えました。
自分が「藍の世界」に下りている間に「世界」が認めたのか、もしくは「認め」が無くても宇宙に出れるような何かを見つけたのか。
まぁ、何にせよここで一人考えていても答えはわかりません。
「夜遅くに来て、色々して貰った事に対しての礼も出来て無いんだが……」
「もう行ってしまうんですか?」
道化が全部言い終える前に、サリアが言いました。
「昨日来たばかりなのに。まだ訊きたい事たくさんあるんです。……いいえ、そういうのが無くても、まだ居て欲しいです」
その申し出に道化は内心踊りださんばかりに喜びました。サリアが許してくれるのならば、いつまでも一緒に居させて欲しいと思っていたからです。
しかし、今はそれよりも重要な事が出来てしまったのでした。
「……さっきの空が、気になるんだ。調べに行かないと」
曲がりなりにも「世界」を守る団体に属していた道化は、この異変を見過ごしには出来ませんでした。
今までも変わった事が起きると、すぐに「世界」は傷ついていたからです。
「調べに、ってどこへ?」
「オレは――この世界をよく知らない。だから、“知ってる”宇宙センターに戻る事になる」
センターなら資料も豊富にある。
何より、実際に「穴」を見て調べることが出来る。
道化はポテトパイを食べ終えると、すぐさま荷物をまとめ始めました。
持ってきた荷物は小ぶりの鞄がたった一つ。……まとめる、とは言っても大した手間ではありませんでした。
洗面所を借り、身だしなみを整えた道化はトランクを手に取り、サリアに別れを告げようとして――
「待って!」
言う前に、遮られました。
ついでに行く手も遮られました。
「私も、行きます」
ぎゅっと、いつの間に用意したのか小さい鞄を握り締めてサリアは言いました。
「……え?」
「私も行きます。一緒に、行かせてください」
突然の事に道化は驚いてしまいました。
「で、でも昨日は親父を拘束した「世界」の為にって思えないって……」
「そっ、それはそうだけど!」
「世界」を思えないなら、世界の外へは出してもらえない。
それが暗黙の了解として存在していたのはサリアもわかっていました。
「けど、――出て行った宇宙を駆ける機械についた名前、いくつかあったでしょう?あの中には、あまり良い評判を聞かない会社の名前もあったんです。とてもじゃないけど、本気でこの世界を思ってるとは思えないような。
そんな会社が出て行けたのなら、もしかしたら私だって!」
そこまで言って、サリアは頭を振りました。
そして小さく、違う、と呟きました。
「……違うの、本当はそんなんじゃなくて。本当に行けるかが問題じゃないの」
道化の近くまで寄ってきて、腕を取りました。
「お願い――こんなにすぐに、また、一人にしないで」
親父が宇宙に出てる間に母を亡くして以来、サリアはずっと一人で暮らしてきていました。
家事も勉学も出来、友達や近所の人との交流もあったので日々の生活に困りごとはありませんでしたが、それでもやはり寂しかったのです。
支えになっていたのは“父”の振りをした遠くに居るまだ見ぬ手紙の人だけ。
いつだったか父が息子のように思っている、と手紙に書いていたその人だけ。
父の振りをしていた、というだけでなくサリアは道化の事を家族のように思っていたのです。
だからこそ、やっと会えた「家族」とこんなにも早く別れてしまうのが耐えられなかったのでした。
「邪魔はしません。もし「外」に出れなくても文句は言わないわ。せめて――その手前までは、一緒に居させてください」
「サリア……」
真正面から見つめられ、そして道化も見つめ返しました。
そして深く頷きます。
「わかった――じゃあ、一緒に行こう」
「えぇ……!」
道化はサリアの手を取り、そして二人は家を出ました。
向かう先は宇宙センターに上がる為の道がある施設、宇宙を駆ける機械の港です。
*
サリアの家から港まではそれほど距離は無く、昨日あれ程迷った道化は恥ずかしさで顔を赤くしてしまいました。
本当に――近かったものですから。
「道化様は恐らく、ここで違う方向へ行ってしまったんでしょうね」
つい、とサリアが指差す方向は家とはまったく別方向へと行ってしまうルート。道化は指し示された方を見て、深く項垂れました。……確かに、散々迷ったあげくそちらに行った記憶があったからです。
「……事前に道筋は調べたつもりだったんだけどなぁ……」
記憶がある中ではずっと宇宙センターに居たので、自分が方向音痴だとは思っていなかったようです。
「まぁ、気を落とさず。さぁ、入り口はこっちですよ」
サリアに腕を引かれて歩き出す。
自分が男なのだから、エスコートする側に回らなければいけないのに……と思いつつも、でも、まだそこに不慣れな道化はただ従ったのでした。
しかし慣れの問題ならば、なぜサリアはこんなにも詳しいのか。
そう疑問を感じた道化は道すがら訊きました。
すると、答えはこうでした。
「手紙を出すのもこの港からなんですよ」
なるほど、確かに「団体」が宇宙に出る時に渡すにはここが最適です。周りを見ると集荷施設があるようでした。
「小さい頃は母と一緒によく来ていたの。……亡くなってからは父に手紙を出す事がどうしても出来なかったけれど、でも任期が終わる頃に一度だけ出して。
そして」
と、言ってサリアは道化の方を向きました。
「それから二年の間は、ずっと貴方への手紙を出しに来ていたのよ」
「そう……か」
二年。
言ってしまえば簡単だけれど、その間彼女は一体どんな気持ちで手紙を出してくれていたのだろう。と道化は思いました。
昨日の話ではわりと早い段階で親父では無いとわかっていたようなので、尚更気になっていたのです。どうやら彼女も、少なからず道化の事を思ってはくれていたようなのですが……。
そんな事を思った道化の心を読んだのか、サリアは続けます。
「最初はね、ただただ父と普通に話せた事が嬉しかったの。
でも度々変な言動が混じるでしょう? 野菜の事が出た時なんて思わず噴出してしまったくらい。あぁ、これは父じゃないな、って……悲しかったけど、なんだかすんなり受け入れられたんですよ」
二年の間を思い出すように、少し遠くを見て。
「それから後は“この人は誰なんだろう?”って思って。昔の父の手紙を引っ張り出して、前に言ってた男の子だろうって推測をつけて。ふふっ、必死で父の振りをしているのが少し面白かったっけ」
「!」
クスクスと笑われて道化は口をきゅっと結びました。
……思い返してみれば、かなり頑張って“振り”をしていたものですから――なんとも恥ずかしかったのです。
「この世界に下りてくるって聞いた時、貴方はどうするんだろうと思いました。本当は何も言わずに……私の所へも来てくれないかもしれないと思っていました」
実際道化はそれも選択肢の一つとして考えていましたが、逃げ出す事だけはしてはならないと来る決意を固めたのでした。
「でも貴方は来てくれた。包み隠さず全てを話してくれた。……やっぱり父が亡くなった事は悲しいけれど――貴方が居てくれて本当に嬉しかったんです」
集荷施設の横を通り過ぎながらサリアが言いました。
「貴方はまた上に行ってしまって、何年も拘束されてしまうかもしれない」
「……それ、は」
一体この世界に何があったのかはわかりませんが、宇宙センターにも異変が起きている可能性は十二分にありました。
そしてその状態で道化が上がると、技術者としての腕を必要とされる可能性もまた、十二分にあったのです。
「勝手なお願い、してもいいですか」
「ん、あ、あぁ」
もうすぐ港のメイン部分に着く頃でした。
サリアは歩いたまま、道化の方を見もせずに、
「――もし行ってしまったとしても、ここに、帰ってきてくださいね」
小さく……言いました。
「父が言っていたように貴方に過去の記憶が無くて、帰る場所が無いというのなら――いいえ、あったとしても!
会いに……来てくれますよね?」
サリアは少し前を行っていたので道化からは表情を伺うことは出来ませんでしたが、でもそれはなんだか泣きそうな声に聞こえたのです。
道化は前を行くその手をしっかり握り締めて、
「……当然だ」
そう、返したのでした。