過去の舞台裏

 しゃがんで、ベッドに眠るあの子にキスをする。
 それを――どうやら、見られていたらしい。

 部屋を出るとチョイチョイと手招きをされた。
 招かれるままに進み、廊下の奥で立ち止まる。
「ゆーくん、ゆーくん。ちょっとしゃがんでよ」
「ん?こう」

 バッチーン!!!

 こうか、と言い終わる前にほっぺたに小さい手がクリーンヒットした。
「なっ!? 何すんだ!!」
「それはこっちの台詞でしょーが!あんた今さっき何してたのよ!? ……あたし、知ってるんだから」
 ギッと睨みつけられる。
「な、何を――だよ?」
「おじさんと、姪は、結婚出来ないんだから!!」
 っ!
 殴られた頬を包み、ついでに驚いた顔も隠そうとした。
 別にその事実に驚いたワケじゃない――もっと、別の。
「だからゆーくんは、お姉ちゃんにあーいう事したらダメなんだよ!?わかってんの?!」
 必死の形相の結衣ちゃんを上から見ていて、それがちょっと面白くて黙ってたら向こう脛を蹴られた。
「い、ってぇ!!」
「黙ってないで返事しなさいよ!このクズ!」
「ちょ、お前……本当に年々口が悪くなっていくなぁ」
 いてて、と床に座って蹴られた部分を摩る。
 今度は見下ろされる形になった。
「ていうか血とかそーいうのも問題だけどねっ、でもロリコンだよロリコン!犯罪だよ!?」
「……まぁ、それは、否定せんが……」
 祐美と俺の間にはどうやっても変えられない13歳の年の開きがある。
「わかってんなら、もう目を覚ましなよ!いー年してんだからさぁ」
 でも……。
「俺は――――、」
 ゴクッと生唾を飲み込んだ。
 “コレ”は、家族しか知らない事だ。それを言っていいのか、言う事が正しいのか……わからない。
 でも、きっと姉さんにはバレてしまってる事だろうし、な。
「……確かに、年の開きに関してはどうしようも無い、と思ってる」
「うんうん。じゃあもうやめなよね、“おじさん”」

「でも、俺は――お前等の“おじさん”じゃ……無ぇんだよ……」

「……は?」
 結衣ちゃんがキョトンとした顔になった。
「え、だってお母さんの弟でしょ?だったら、そうなるんじゃ――」
「戸籍上はな。でも血の繋がりは、無いんだ」
 キョトンとした顔の眉が顰められ、不審そうな顔つきになっていった。
「俺は貰われっ子なの。生まれてすぐに捨てられて、それを父さんが――お前等のじいちゃんが養子にしてくれたんだ。だから、血の繋がりの無い。……ただの、他人だ」
 そう言い終わると、結衣ちゃんはゆっくりと一歩後ずさった。
「……じゃ、じゃあ……ゆーくん、本気でお姉ちゃんの事……」
「あぁ、本気だ」
 言ってしまった。こんな子に、打ち明けてしまった。
 驚いた顔のままで、結衣ちゃんはこちらを凝視していた。
「だから、俺――はっ、っ?!?!」

 ガゴッ

 物凄い音がして、肩に何かが振り下ろされた。
 いや何かじゃない――結衣ちゃんの、右足。
 素人の目には止まらぬ速さでカカト落としを決められていたらしい。
「師範すいません。一般人に技を使いました。でも許してください、コイツは成敗しなきゃならんのです!!」
 そんな事を言いながら今度は殴る構えを取り始める。
 慌てて立ち上がった。
「ちょっ、ちょっと待てよ!?別に障害は無いんだから、いーだろうが!!」
「よくないに決まってんじゃん!! あたしから見たら、アンタそのものが障害なのよ!!お姉ちゃんはもっと素敵な人に、幸せにして貰わなきゃダメなのよ!アンタなんか絶対に認めないんだから!!」
「っ!!」
 シュッ
 腕が伸びてきて寸での所でかわす。
「なっ、何でだよ!?」
「おのれは今までやった悪行を忘れたのかっ!!あたしのイチゴ取ったり、ミニスカにしたり、泥団子食べさせたり、カメ虫握らせたり!!!」
「いやっ、あ、アレは若気の至りっつーか、そもそも祐美には一切やってねーし!!」
「じゃあそんな小さい頃からお姉ちゃんの事狙ってたのね!?ますます信じられない!そんなヤツにっ、お姉ちゃんは渡さないわ!!」
 すごい形相で追いかけてくる結衣ちゃんから逃げて、リビングの鞄を取って、そのまま玄関から「帰るから!」と叫んで命からがら飛び出した。



「っはー、っはぁ!! こ、こえええ……」
 小学生の頃から護身用に、と習っていたのは知ってたけど……ここまで怖いものになっていたとは。
 つ、と上を見上げて祐美の部屋の窓に視線をやる。
「ちくしょう……なんて前途多難なんだ……」
 元々多難になるであろう事はわかっていた。……でも、まさか新たに“敵”が加わるなんて思ってもなかった。

 俺の大切な人。
 生まれた時からずっと大切にしてきた。大好きだった。愛してるんだ。
 間近で見てきた愛の形。大好きな姉さんとその旦那からの愛情を一身に受けて生まれてきた子。
 親に捨てられた俺が受けられなかった愛情と、迎え入れてくれた両親と姉さんから受けた愛情を全部注いであげたいと思った。
 それが途中で間違った方向に逸れてしまっている事は気づいていたけれど――。

「祐美……」
 大切なあの子が、いつか俺の気持ちに気づいて、受け入れてくれる日は来るのだろうか。
 今はまだ早い。
 だから、機が熟す前に――鳶が飛んでこない事だけを願って。

 もう一度窓を見上げて、そして、
 ……、……。
「――――――帰るか」
 トボトボと夜道を行く。
 家に帰ったらにゃんこに慰めて貰おう……。

 星と月と街灯の照らす道を、俺は一人淋しく歩いて帰ったのだった……。
ゆーちゃん視点。キモい。
本編よりだいぶ前。中学くらい。つまりは相当なろりkn。

2009.11.4.