influence.

 書きたい物があります。 読んで貰いたい人が居ます。
 僕が感動したものを、僕なりの方法で他の人にも知って貰いたい……けど。



「全くわからないよ、お前ってヤツは」
「いやぁ」
 照れたように頬を掻くと、
「褒めてねぇよ」
 素早く彼が付け加えてきた。
 僕も笑って付け加える。
「勿論、わかってるとも」

「大体さぁ?お前、コレ、何度目だと思ってんの?」
 コンコン、と本来僕が座るべきであろう大きめの机とセットの椅子に腰掛けた彼がテーブルを指で叩く。
「何度目……いや、数えてないからわからないな」
「ンなもん、俺だって数えてねぇよ。わかってるのは、数えるのも嫌になるくらいやってるってこった」
 キャスター付きの椅子で、立ち上がる事なく僕の目の前までやってきた彼は、ソファに座る僕の鼻先に指を突きつけた。
「……で、今回のは一体何だったわけ?」
「んー、平たく言えば戦争ものかな」
 顎に手を当てて、内容を思い出すフリをする。実際にはそんな事をせずとも、一言一句、頭に焼き付いて離れない状態なんだけど。
「戦争もの、ねぇ。でもお前そーいうの好きじゃないって言ってなかったっけ?」
「うん、好きじゃないよ。でもたまたまチャンネルを変えてたら面白そうでね。第一、見始めたときは戦争の気配なんて丸っきりしなかったんだ。 ――何だか暗号を解いてる探偵系のものみたいな感じがしてね。というか、実際に暗号を解く話なんだ。……ただ、その暗号を必要としたのが戦争の為だった、っていうだけ」
 だから好きで見たわけじゃないんだよ、と肩を竦めてみせる。
「まぁ、内容はどうでもいいんだよ。俺が言いたいのは、今回ので“何が”書けなくなったのか、って事だ」
 汗をかいたコップを持ち上げて、中身で喉を潤す。ちなみに中身は何の変哲もないミネラルウォーターだ。
 彼は椅子に変な座り方をして、背の部分を抱え込んでいた。そしてその体制で僕をじっと見る。
 僕は困って頬を掻くと、言った。
「――えーっと……“人が死ぬ”トコ」
「……何でよりによって、人がばんばん死ぬ小説(モノ)を書いてる途中でそんな事になるかな、お前は!」
 さっき鼻先に突きつけられた指は、額に大きな音と共に当たった。



 * * *



「だーかーらー、謝ってるじゃん。それにまだ〆切大丈夫だしさぁ?」
「大丈夫なわけねーだろ!これでも編集長に頭下げまくってようやく3日伸ばして貰ったんだからな!」
 ソファに腰掛けていた僕を追い出し、自分はそのソファに寝そべった。しかも背もたれの方に顔を埋めて、誰がどう見たって不貞寝状態。
「それじゃ、もう一回土下座してあと1週間くらい伸ばして貰ってよ」
 ソファから追い立てられたので、今度は彼が座っていた椅子に腰を下ろした。そして先ほどまでの彼と同じ座り方をし、不貞寝をする彼の元までキャスターを転がした。
「……ほほう、貴様は遠まわしに俺にクビになれ、と?」
「嫌だな、そんな事露ほども思ってないよ。大体、君がクビになったら僕の担当は誰がなるのさ。……君以外に務められる人なんて居ないから、編集長だって君をとても大事にしてくれてるだろう?」
 ぽんぽん、と肩を叩いて慰める。
 すると彼はガバッと起き上がって、また僕の鼻先に指を突きつけた。
「大事にされてるわきゃねーだろ!……この間だってボーナス減らされたってのに!!」
 若干涙目になりながら喚く彼に心底同情して、優しい言葉をかけてやった。
「――うーん、お気の毒に」
 まぁ、勿論、その同情心は100%の内、0.1%くらいだったんだけど。
 それが彼にもわかったらしい、完璧に座った目で椅子を蹴飛ばした。
「ほんの少しでもそう思ってんなら、ちゃんと椅子に座って、その手を動かしてくれ!!!」

「つか、おかしいよ、お前。こんなに人に影響される作家なんて聞いた事もない」
「ノンノン、違うよ。“人に影響される”じゃなくて、“人の作った物”に影響されるんだ。実際に話して、その時に感じる事なんてこれっぽっちも影響されないからね」
 カタカタ、とキーを打つ手を止めて訂正する。
「似たようなモンじゃねーか。結局人が関係するんだしよ」
 僕のミネラルウォーターと違い、カラメル色の刺激物を飲む彼がそう言い返してきた。
 ……ふぅ
 大げさにため息なんかついてみる。
「全くわかってないよ、君ってヤツは。確かに人が関係している、という所では一緒かもしれない。けど、僕が感動するのは、影響されるのは、形のある物だ。“人”って言う、すぐに変化する気持ちを持っている生物が、その気持ちを固めて、残した物なんだよ」
 この台詞は彼にとっては耳にタコ、なんじゃないだろうか。でも僕はいつでも、この状態に陥った時はそう言う。
「だから、その感動をすぐにでも僕の得意な物に変えて、今度は他の人に伝えたいんだよ。でもその代わり、感動以外に影響される部分もある。
 今回僕は、人が死んでいく映像を見て、命という物を深く考えさせられたんだ。僕は……少しその命を軽視し過ぎていたんじゃないのか、とね。 そう思ったら、何故だか人を殺す場面を書くのが怖くなったんだ。紙の上じゃ、文字の中じゃ、“ 彼は死んだ ”こうして、一言書けばその人は死ぬ。僕は――今までにそうして、何人を殺してきたんだろう、と」
 自分でも思ってみない程に熱く語ってしまって、少し息が上がった。すぐさま水滴が底について、もう温くなりかけたミネラルウォーターを口に含んで、気持ちを落ち着ける。
 そして思いを振り切るように頭を振った。
「――いや、ただ、少し悩むだけだから後2時間もすれば書けるようになるさ。今はまだ頭の整理が追いつかないんだ。今回のは特に……痛みを感じる程のものだったから」
 柄にもなく熱くなってしまったね、と笑いながら、呆然とする彼にそう言った。
「あ、いや……俺にはよくわかんねぇけど」
 でも、と言って彼は続ける。
「まさかお前がそこまで考えるヤツだとは思わなかったよ。――それくらい考えて貰えるんなら、作った人も嬉しいだろうよ」
 そう言って、ニカッ、と無邪気な笑みを見せた。
 そして次にやたらとにこにこして、
「だから、2時間と言わず2秒くらいで気持ち切り替えて、俺を本当に殺さないようにして欲しいな~、とか思ってたりするんですけど」
 と言ってのけた。
 僕は笑って答える。
「まぁ、多少の犠牲は仕方ないって言うしね。頑張ってv」
2004.7.6.