ていうかむしろ「迷探偵」に出てる人は全員己惚れてんじゃないかと。
――山下以外は。(警視は人間じゃないとして。
2005.5.18.
台 詞 で 創 作 1 0 0 の お 題
[ 9 ] 無闇に己惚れないで。
己惚れる。
そう聞いて、思い浮かぶ人物は二人。
その内一人は出来ることなら関わりあいたくなかったような類の人で。
なんとまぁ、全身を黒で固めて高笑いと共に現れる。
もう一人はこれまた普通に人生を送りたいのならば、確実に知り合いになってはいけないような類の人で。
ただ、この人の場合は上司だったから仕方のない事なんだけれど。
* * *
「はぁ……どっちにしろ、変な人達だよなぁ……」
思わず漏れた呟き。
隣で同じように考えていたらしい僕の直属の上司もまた、深いため息。
――って、ちょっと待って。
「警視!そこで貴方が一緒にため息ついてどうするんですか! 大体一人はいいとして……もう一人は娘さんでしょう?!」
「……山下」
いつになく真剣な顔つきの警視。 僕はこんな顔の警視を見たことがな――いや、“久しかった”ので少し驚いていた。
けれどまぁ、そんな珍しい事は長続きしないわけで。
「アレは確かに私の娘だ。……が!!
性格や言動に関しては一切関係ない!そう、アレは碧の方がっ!!」
涙ながらに語る齢四十六歳。
……情けなさ過ぎる。
「警視……確かにそれはそうかもしれませんが……」
僕は辺りを見渡して、小さな声で続け――ようとしたのだが。
「そうそう、どこで母さんが聞いてるかわかんないんだから。
……あんまりそーいう事大声で言うのやめといた方がいいぞ?」
何故か隣にいる美沙君によって、先を越されてしまった。
……うん、それそれ。それだよ、僕が言いたかったのは。
……。
…………。
ってそうじゃなくて!!
「み、みみみ、美沙君!! 君一体どこから沸いてきたの?!?!」
ズザザザザッ、とかなりの勢いで後ずさった。
いやいや、全く、この人にはいつもいつも驚かされるっ。
「沸いてきた、とは失礼だな山下君よ。 私は普通に扉を開けて入ってきたんだが?」
当然だろう、と半ば呆れたような視線を送ってくる。
だが……
「あ、あのねぇ……ここは仮にも警察署なんだし。 そう、軽々しく入ってきていい所じゃないんだよ?」
言っても無駄だとはわかっていても、やはり口から出てしまうのだからしょうがない。
そんな――軽い説教染みた――僕を一瞥して、美沙君は笑う。
「はっはっはっは!!全く今更何を言うんだね?!
こんな警備も何もなってないようなショボい建物、入るだけ無駄さ!」
いつも思う。
この人は……自分の言動に責任を持っているのだろうか、と。
いや、その前に。
――自分が何を言ってるのかわかってるのかなぁ、と。
「美沙君あのね――」
それじゃ、入らなくてもいいじゃないか?、そう言おうと思ったら、
「随分言ってくれるじゃないか、美沙」
扉の向こうに、もう一人の己惚れが現れた。
「誠吾!! お前どうしてここに?!」
いや、だから君の台詞じゃないし、それ。
そう心の中で呟くも、とても口に出す気にはならない。この人達にはなるべく関わらない方がいいのだから。
「どうして、ってそりゃお前ここは僕の職場なんだから当たり前だろう」
「うむ……それはそうなんだが。 私が言いたいのはそういう事ではなく――」
いつになくテンションが低い署長。そんな彼に美沙君も対応し辛いらしい。
「せ、誠吾?お前今日なんか変じゃないか……熱でもあるのか?」
パタパタと署長の方へ駆け寄り手を額に当てる。
そして「ふむ……」と考えるように廊下の方を見たその直後。
彼女は、固まってしまった。
――もちろん。
『石化を解くには金の針を使わないといけない!!』……などではなく。
僕は不審に思って、固まったままの美沙君の視線の先を辿って
「あ、碧さん」
原因を突き止めた。
* * *
「み、碧?!?!?!」
情けなさ度が一気に300%くらいUPしたような警視。
それに対する碧さんは、にっこにっこ、と笑顔を崩さない。
そしてそのまま、爆弾を投下した。
「ねぇ、滋さん?私の幻聴だったらいいんだけれど――さっき、
『性格や言動に関しては一切関係ない!そう、アレは碧の方がっ!!』
とか言ってなかったかしら?」
……うわぁ、声色まで真似てるよ碧さん。
どうやら、完璧に聞かれていたようだ。
「い、いや、その、アレは……だなっ?」
「あら、何かしら?」
にぃ〜っこり、と見かけは天使、中身は悪魔の微笑みで碧さんは聞いた。
警視は……あぁ、もうダメだな。
「うふふ、まぁ、いいんだけれど。ただ、少し気になる箇所があったのよね」
悪魔の笑みを保ったままの碧さんは、可愛く口元に人差し指を当てる。
「ねぇ、滋さん。
“一切関係ない”――のは、“それ”だけじゃないでしょう?」
そしてその人差し指を顔の前で横に3回……「チッチッチッ」といった感じに振る。
「無闇に己惚れないで、現実を見つめなきゃ。
“容姿”という一番重要な点を忘れているんだもの、滋さんってば」
もう滋さんったら、とまるで「嫌だわ奥様、オホホホ」なんていうセレブの奥様のように微笑む碧さん。
……何ていうかもう――余りに本当の事過ぎて、フォローすら出来ない。
その言葉に凍り付いてしまった警視に更に追い討ちをかけるように美沙君が言う。
「ま、確かにそうだな!はっはっは!」
てかいつのまにこの人石化が解けたんだろ。
「という事だから、滋さんにはちゃんと現実を見てもらわなくちゃいけないわ。
ねぇ、誠吾君?今日はもう連れて帰ってもいいわよね?」
こくこくこく、と壊れた人形のように首を縦に振る署長。 反対にぷるぷるぷる、と同じく壊れた人形のように――こっちは本当に壊れているのかもしれないが――首を横に振る警視。
勿論、結果は見えている。
「それじゃ、帰りましょうか。あなたv」
微笑を絶やさないまま、警視の腕を引きずって碧さんは出て行った。
思わず、ふぅ、とため息をつく。
「はぁ……全く、母さんも神出鬼没な人だな」
「あぁ、確かに。ていうか美沙、……お前碧さんに言っといてくれないか? 何の連絡もなく僕の所に来るのはやめてくれ、って」
同じようにため息をついていた署長が困ったように言った。
「今日だって、部屋に戻ったら僕の椅子に座ってて
『お帰りなさい誠吾君v』なんて言われたんだぞ……死ぬかと思った」
青ざめた顔でその時の事を思い出しているのか、署長は頭を抱えて蹲った。
「……ふっ、諦めろ誠吾。あの人には誰も口出し出来ないんだよ」
隣に膝をついて慰める(?)美沙君。
僕はそんな二人を見ながら心の中で呟く。
(碧さんて……一体どういう人なんだろう?)
この二人がこんなに恐ろしがるなんて、相当な事だ……と思う。
まぁ、それでも今回わかった事が一つだけある。
己惚れる。
そう聞いて思い浮かぶ人物が三人になった、という事である。
「――というか、ロクでもない人ばっかりじゃないか僕の周りは」
軽く自己嫌悪に陥った、ある日の午後の事だった。