何気に「僕と空」シリーズ風味。
2005.11.16.
台 詞 で 創 作 1 0 0 の お 題
[ 18 ] わざとらしい空の色など燃やして。
彼は画家だった。
つまり絵を描いて、それを売ったりする事で生計を立てていた。
そして彼には恋人が居た。
昔から体が弱く、始終ベッドに繋がれた世間的に見れば、可哀相な人だった。
けれど彼女はそれでも強く生きていたし、彼はそんな彼女を愛していた。
彼等の出会いは些細な事から。
たまたま腕――利き腕では無い――を怪我した彼が治療の為に通っていた病院、そこに彼女が入院していたのだ。
待合室で暇を持て余していた彼が手持ちのスケッチブックに走り書きをしていた時、通りかかった彼女がそれを見つけ、そこから彼等は始まった。
彼が絵を描くのと同じように、彼女もまた絵を描く人だった。最も画家などではなく、趣味で描いているだけではあったが。
彼女の描く絵はいつも決まって“空”があった。それも真っ青な色の空ばかり。
「私の部屋から見えるこの空が、1番気に入っているの」
そう言って彼女は微笑んでいた。
しばらくして彼の腕が治り、病院に通う必要が無くなっても彼は彼女のお見舞いに病院を訪れていた。
入り口を入ってすぐ左のエレベーターホール。4階のボタンを押して上に上がる。エレベーターを出て右に曲がり、1番奥の個室――そこが彼女の病室だった。
週に1回程度ではあったが、彼はそのお見舞いの度に絵を描いて、持っていっていた。
真っ青な色の空の絵を。
* * *
そして彼が彼女と出会ってから約1年。
彼女は突然、壊れてしまった。
主治医の話によると、先日やった手術が上手く行かず余命宣告をしたのだと言う。本来ならば家族を通して、もしくは家族だけに伝えられる事も、彼女には家族が居なかったのでそうせざるを得なかったのだ。
彼はその話を聞いて、悲しそうに微笑んだ。
話を聞いた後、彼は彼女の病室を訪れた。
彼女は彼が入ってくるや否や、声を上げた。
「ねぇ、お願い」
か細い、弱々しい声だった。
「“空”を描いて」
そう言った彼女の向こう、窓からは橙色に染まった空が見えた。
「お願い、わざとらしい空の色など燃やして。新しい、本当の“空”を描いて」
橙色の景色を指差して、彼女はそう言った。
彼はしばらくその彼女の様子を見つめ、軽く息を吐くと微笑んだ。
「あぁ、わかった」
持ってきていた空の絵を壁にかけると、空が広がった。既に彼が持ってきていた“空”は部屋の壁の半分を占めていた。
そうして彼は、部屋を空で埋めた。
「あぁ……これでいい。これでいいわ……」
彼女は満足したように呟いて、眠りについた。
彼もまた満足したように頷いて、その場を後にした。
* * *
それから1週間後、彼はまたお見舞いにやってきた。
4階の1番端の部屋。彼がそこに着くと、その病室にかかっていた名札を医者が取り外す所だった。
医者は彼に気づくと頭を下げた。
「こんにちは。彼女は……?」
彼がそう訊くと、医者は
「どうぞ」
とだけ答えて、部屋の中へと入っていった。
中には一面の“空”の中、微笑みを讃えて眠る彼女が居た。
胸は上下せず、聞こえてくる筈の音は聞こえなかった。
傍に居た看護士が顔に白い布をかけた。
「そう……ですか」
彼は力無く呟くと、持っていた絵をそっと彼女の横に置いた。
医者は静かに時刻を告げ、看護士と共に出ていった。
眠り続ける彼女の横に膝をつき、彼は顔を覆って泣いた。
* * *
二日後、彼女は少しばかりの遺品と共に灰になった。
そして彼女が好きだった“空”もまた。
『わざとらしい空の色など燃やして』
常に真っ青な色の“わざとらしい空”の絵は――
「あぁ、わかった」
その言葉の通り、彼の手によって、灰になった。