台 詞 で 創 作 1 0 0 の お 題
[ 25 ]  ま、とりあえず泣いとけ。

 かかってきた一本の電話。
 うっかりバイブレーション設定していなかったソレは派手な音を立てて室内に鳴り響く。
「……香坂、お前なぁ」
 隣で煙草をふかしていた山下がジト目で睨んでくるのを横目で見つつ、俺はそこから抜け出した。

 ピッ
「……もしもし?」
 小さな液晶画面を見ると、そこには知らない番号通知。
 不審に思いながらも通話ボタンを押して電話に出た。
としひこおおおお!!!!
 思わず電話を耳から遠ざけた。
 別に音量を大きく設定しているワケでもないのに、なんなんだこの大きさは。
 しかもこの声で、この叫び方のヤツといやぁ……。
「雄介か?お前うっせーんだよ、ザケんなよ、声張り上げてんじゃねーよ、このバカ!」
 もしこれで雄介じゃなかったらヤバイのだが、いや、うん、大丈夫。コイツは雄介で間違いない。
「うっ、相変わらず口悪いなぁ、俊彦……傷心の俺を労わってくれないのかっ」
 お前が傷心だなんて俺が知るはずもないだろうに。
 とは言え、確かにその電話越しの声はいつもより若干弱弱しいものだったように思えたので、俺はふと思い当たる。
「……さてはお前、またなんかあったのか?」
「うっ」
 微かにうめき声が聞こえて、しばしの沈黙。
 そして俺は優しくもこう、言ってやった。
「わーったよ。今日の夜空けてやるから、いつもントコでいーだろ?」
「としひこー!!」
 またもやうるさい叫び声を他所に、俺はブチッと電話を切ったのだった。

「香坂、電話終わったのか?」
 既に半分ほどまで灰に変わった煙草を器用にまぁ、口に銜えながら山下は言った。
「あぁ……どこぞのバカからの電話だった」
 俺のその言葉に山下は苦笑いを返してきた。
 雄介――さっきの電話の主だが、ヤツは浅倉雄介といい、俺の幼馴染とかゆーのにあたる。そしてその幼馴染を何故俺の同僚に過ぎない山下が知っているかと言うと、これまたどういうワケだか美沙ちゃん(山下の奥さんだ)関係から顔を合わせた事があるかららしい。
 俺が山下と飲みに行った時にたまたまそこに居合わせた雄介を見てこちら側からも知るようになったというワケで。
「……またお隣の咲ちゃんの事かな?」
 ぷかーとこれまた器用に煙草の煙で輪っかを作りながら山下が言った。
 俺は頭を抑えてそれに返す。
「――それしか無いだろ、あぁ、最悪だ」



 * * *



 その後、最近は特に事件らしい事件も無かったので簡単な書類に目を通してから本日の仕事は終了となった。
 俺は上司の皆さんと同僚とそれに可愛らしい婦人警官の皆様に帰りの挨拶をして建物を出た。
 向かう先は行きつけの喫茶店だった。
 ……普通はお前、“行きつけの居酒屋”とかじゃねーのか、とか思う君は正しい。
 勿論そっちの方がカッコがつくし、本来ならそうしたい……だが、いかんせん、俺は酒に弱かった。まぁ、弱いと言っても普通に一杯二杯は飲めるし?飲んでも顔も紅くならないし、呂律だってはっきりしたままの状態だ。
 でも時たま……ホントーに時たま。
 ――意識がポカーンと飛んじゃったりするのだ。
 大学時代に飲み会をやって、次の日学校に行った時に全く、ホントに全然知らない女に突然平手打ちされてぎゃーぎゃーわめかれて、泣かれた末に――ようやく俺は自分が酒に弱い事に気づいたのだ。
 それ以来俺は付き合いでは多少飲むものの、その性質を知っているヤツと会うときはいつも喫茶店を利用していた。
 ちなみに俺以上に酒に弱い山下と仲良くなったのもある意味このせいかもしれない。まぁ、アイツの場合、酒の匂いを嗅ぐだけでも気分が悪くなるっつーから、それに比べりゃ俺なんてまだまだマシな方だよなぁ。

 ……とまぁ、前置きが長くなってしまったが兎に角、待ち合わせ場所は喫茶店だった。
 チリンチリンとドアベルが鳴って既に顔なじみのマスターがこちらに気づいて笑顔を向けてくれる。
「やぁ、俊彦君久しぶりだね」
 つい一週間前に足を運んだのですが……とは言えず、俺は笑いを返した。
 いや、別にマスターはボケているワケではないのだ。ただ、この喫茶店が余りにも人気で、客の回転がものすごく早いからそう感じるだけなんだと……そう、思う。
「雄介君、もう来てるよ」
 そう言って、コーヒーカップを磨いていた布巾を持った手が店の片隅を示した。
 そこにはいつにもましてどんよりとしたオーラを纏った俺の幼馴染が。
「……うっわ、行きたくねぇ」
 小声でそう呟いたものの、周りのお客さんに迷惑だ。さっさとあのオーラを消し去らなければ。

 コンコン、とテーブルを叩く。
 放心していたヤツの心はなんとかその体に戻り、焦点がかろうじて合った目がこちらを仰いだ。
「俊彦……遅い!」
「うるせーよ、バカ。来てやっただけでもありがたく思えよ、このボケ」
 俺の容赦ない言葉に雄介は傷ついたような表情をして、
「……ば、バカって言うヤツがバカなんだーい」
 ピピクッとこめかみが引きつるのがわかる。
「よーし、わかった。 帰る」
「あああああ、うそうそうそ!!嘘だってば!かるーい冗談!だから帰るなー!!」
 縋り付いてきた腕を思いっきりつねって退け、俺は近くのウェイトレスさんにコーヒーを注文した。
 しばらくしてやってきたそのコーヒーに砂糖を一匙入れて、俺は息を吐いた。
「――それで?」

 ヤツの話は異様に長かった上に解りにくかったので要約すると。
 1)ヤツ=雄介には大好きな女の子が居る。
 2)女の子の名前は咲ちゃんと言って、それはそれは可愛いらしい。
 3)雄介は何度も何度もアタックしているが、ことごとく撃沈している。
 4)その咲ちゃんをお出かけに誘ったら断られた。
 5)いつものことじゃねーのか。(俺のツッコミ
 6)いやいや、それがさ、既に用事があるからっつって。
 7)何の用事かって聞いたら。

「男と出かけるんだ……って!!!!!!」
「……へぇ」
 ダムッとテーブルを叩こうとするヤツの両手を寸での所で阻止して、俺はそう返した。
 もう気の利いた言葉を返す気力なんて残ってなかったからだ。
「なんだよ、その気の抜けた返事は!俺の!俺の咲ちゃんが!男と出かけるって言ってんだぞ!!?」
 話を聞いてる限りじゃ全然“俺の”じゃ無いと思うんだが、まぁ、それは置いといて。
「別にいいじゃねーか出かけるくらい。だって大学生なんだろ?好きな男と出かけるくらい十分想定内だろーが」
「すっ!!!!」
 パクパク、とまるでエサを求める金魚のように口を動かすものだから、俺はヤツが注文していたスコーンを口へと放り込む。
「って、何すんだ俊彦!じゃなくて好きな男ってなんだよ好きな男ってのは!!」
「……そのままの意味だけど?」
 もう相手をするのも面倒になってくる……が、このままほっておくともっと面倒な事になる。俺は渋々雄介のバカな頭にもわかるように説明をしてやった。
「いいか、雄介。お前が毎日アタックしてようと、お隣さんのご家族に気に入られようと咲ちゃんは無関心なんだろ?それどころかどう思っても嫌われてる!いや、むしろこの世から消えて欲しいとまで思われてるかもな。
 そんなお前が毎日毎日ウザいほどに干渉してくる中、唯一安らぎを与えてくれる場所――つまり学校だ。そこでそれなりに好みな男子生徒に優しい言葉なんてかけられてみろ、ぽっくり……じゃない、まぁ、兎に角惚れてしまってもおかしくないって事だ。
 そしてその男子生徒に一緒に出かけないか?とか誘われてみろ。オッケーするに決まってんだろ。……そういう事だ、お前もいい加減現実見ろよな。今のままじゃあイイトコぷちストーカー、最悪極悪犯罪者って事で俺が手錠かけなきゃならん日が来るかもしれんぞ」
「咲ちゃんと俺が結ばれるっていう選択肢は無いのか!」
「……ほぼ、無いだろ」
 そう言い放って俺はコーヒーを一口。……折角のコーヒーがだいぶ冷めてしまった。とは言え、それでも美味しいのだが。
 また少し飲んだ後、何も言わずに雄介の皿からクラブハウスサンドイッチを掠めとる。これだけ愚痴聞いてやってるんだ、これくらいの手当てはあって然るべき物であるハズだ。
 そんな俺の行動に気づいているのかいないのか、恐らく後者だが、雄介はやおら立ち上がるとこう叫んだ。

くっ……なんでだっ、なんで俺の気持ちが伝わらないんだよー!!

 頼むからやめてくれ。
 大声で叫ぶな、というか立ち上がるな。
 必死でそれを元に戻すとそのバカ頭にドガンッと拳を振り下ろす。
「このクソバカが!こんな公衆の面前で何をバカな事叫んでんだ!そんなバカな事いうのは家ん中だけにしとけっ!」
 文字で書くと大声で言ってるように思うかもしれないが、これはかなり小声だ。
 だってそうだろう、あんな目立つパフォーマンス(少し違うかもしれないが)をした後に大声で怒鳴れるほど俺は考え無しの人間じゃない。これ以上目立ってたまるか!
「ば、バカバカ言うな!これでも俺はお医者様だー!!」
 そう、コイツは何故か医者だったりする……だが。
「それがどうしたっ。人間としてバカなんだよお前は!!」
 もう一度ドガッとその頭をぶっ飛ばしてやった。



 * * *



 その後わめく雄介の首根っこを捕まえて店から出し、まだ愚痴を言い足りないヤツに付き合ってぶらぶら歩いていた……のだが。
「おぉっ、そこを行くは香坂じゃないか!久しぶりだなーっ!!」
 はたはたと手を振って駆けてくるのは毎度おなじみ、山下の若奥さんの美沙ちゃんだった。
「どうしたの、こんなトコで」
 ちなみにここは雄介の家に向かう途中の道で、山下邸とは全く別の方向だ。
「んむ、実は今日は皆で打ち合わせをしててな!もう夜遅いって事で危ないから送りに来たのだ!」
 ――意味がわからん。
 しかしながらそうツッコむワケにも行かず、どうしたものかと思っていると、
「美沙!危ないからフラフラ行くんじゃない!」
 山下が少し怒ったような口調で走ってきた。
「尚吾何言ってるんだ、別に危なくなんかないぞ。ホラ、香坂だ」
「それが危ないって言ってるんだよ!」
 ガバッと美沙ちゃんを抱きしめて、俺には威嚇の視線……あぁ、こりゃまた警戒されたもんだなぁ。
「バカ下、心配しなくても取って食ったりしねーよ」
「当たり前だ!!!」
 がるるるるる、とまるで猛犬のように威嚇してくる山下だったが、隣でぬぼーっと立っていた雄介に気づいて人間に戻った。
「あれ、浅倉さんどうしたんですか?」
 その問いかけにヤツが反応するワケも無く、代わりに俺が答える。
「例の咲ちゃんの事でな……ちょっとショックを受けることがあったらしい」
 かいつまんでそのショックの理由を説明した。
 すると名探偵よろしく顎に手を当てた美沙ちゃんが不思議そうにこう言った。
「――ん、それはおかしいな」
「……え?」
 見ると山下もまた不思議そうな顔をしていた。
「だって今日は、」
 美沙ちゃんの言葉を聞きながら、俺は2人がやってきた方向にまだ人影があるのに気づいた。
 そして続きを聞いて。

「雄介!雄介!お前いい加減シャキッとしろ!」
 パシンパシン、と両頬を打って正気に戻す。少々顔が赤くなってしまったがまぁ、大丈夫だろう。
 それよりも!
「おい、雄介聞いてるか!咲ちゃんはなぁ!」
 “咲ちゃん”というキーワードに目が覚めたのか、ヤツは目を見開いて「咲ちゃん!?」と叫んだ。……いや、正気に戻ったのはいいんだけど、そこはかとなく情けないというか。
「……の前に、お前明日何の日かわかるか?」
 キョトンとした顔がわかっていません、と答えを返してくれる。
「やっぱり忘れてると思ったよ、全く。
 いいか、明日は――お前の誕生日だろうが!そしてっ、なんとっ、咲ちゃんはお前の誕生日会を企画して、その準備をお友達と一緒にしてくれてたんだ!!それなのにお前ってヤツは男と出かけるだのなんだの小さい事を!!!」


 !!!!!!!!!!!!


 上のエクスクラメーションマークは所謂漫画的表現であって、実際に見えるワケではないのだが、俺には雄介の周りに無数に飛び交うこれらが見えたような気さえした。
「なっ、なっ、なっ?!?!」
 菜っ葉!とか、ナスの味噌焼き!とか付け足してやりたい気もしたが、あえてそれはやめておき、代わりに(?)ヤツの肩に手を置いた。
「雄介、咲ちゃんはちゃんとお前の事見てくれてるんじゃないか。良かったな」
 うるうるうるうる、瞬間的に瞳に涙が溜まっていくのが見て取れた。
 俺はそれを見て思う。
 ――ま、とりあえず泣いとけ。嬉し泣きなら俺には被害が及ばないからな!
 そしてくい、と向こうに見えた人影を指差し、ヤツの背中を押して送り出してやった。



「……しかし、そうか」
 浮かれ気分で駆けて行く雄介の背中を感慨深く見送っていると、隣の美沙ちゃんがボソリと呟いた。
「浅倉兄が落ち込んでたのはあながち嘘じゃないかもしれんぞ?」
「え、何それどーいう事?」
 聞けば美沙ちゃんの従姉弟に双子が居て、女の子の奈央ちゃんってのは雄介の弟の大貴と付き合ってるらしいのだが、男の方の猛ってヤツがそのツテで知り合った咲ちゃんに惚れちゃってるというのだ。しかも2人は同じ大学だとか。
 そして今日、飾りつけやらの買い物には2人だけで行ったらしい……確かに、嘘じゃあ無いな、こりゃ。

 頑張れ雄介。 敵は学校内に在り、だ。

 また来るであろう愚痴の嵐を思うと、人知れずため息の出る俺だった――。
[022]で出した香坂さんと、[014]で出した雄介の話。香坂さん視点でお送りしましたー。
どうにも自分は出したキャラ同士の接点を作りたがるらしく、また変にくっつけてしまった感が;;

以下、説明というか自分用覚え書き風味。
浅倉さん家は三兄弟で、1番上が雄介・2番目が大貴・3番目……まだ名前無し。
で、3番目が迷探偵番外編で美沙君に告白してたヤツで、大貴は[008]で奈央と劇やった人。
ちなみに木下双子は迷探偵番外編にもちょこっと出てます。
雄介の職業は医者、一応外科医の予定。「僕と空」に出てくる担当医……のハズ。(まだ書いてないけど
浅倉さん家は昔守山家(美沙君トコ)の近くに住んでたけど、3番目が中学の時に引越し、今の場所に。
年齢はこの小説の時は 27歳・22歳・19歳 くらいで。
雄介と香坂、山下君が同い年。木下双子と咲ちゃん、大貴が同い年。美沙君と3番目が同い年。
あと一応浅倉さん家と咲ちゃん家は遠縁の親戚らしい。(10のお題より

書いてる途中に三兄弟とかそこらへんの設定決め始めたんで、
もしかしたらどっかで名前間違えてたりするかもしれませんが、その時はぷぷぷっと笑ってやってください!
そしてれんたが気づくまで生暖かい目で見守ってくだされば、と!(勿論指摘大歓迎ですが!

本編全然進まないけど、こーいうの考えんのは楽しいからやめらんのだよなー、迷探偵。

2006.12.29.