それなんてツンデレ、みたいな事が思い浮かびました。あ、最後のトコね。
短編ほか、の「気まぐれ作家と幼馴染の苦労性な担当者」の人達です。
やっぱり自分は名前を決めるのがすごく苦手だと再認識しました。つかまだ苗字とか考えてねー。
アヤは絢人(あやと)でした。本文中に入れられなかったので。
2008.3.9.
台 詞 で 創 作 1 0 0 の お 題
[ 30 ] 素人が無謀なんだよ。
「ばぁーっか!!」
そう一言、彼は言った。
* * *
昼時……日本列島、という番組は無くなったが、まぁ、それはどうでもいい。
とりあえず昼時。僕は空腹を覚えて台所へとやってきていた。
冷蔵庫を開けて中身を確かめる。
あまりにすっからかんの状況に僕は思わず頭を抱えた。
「しまった……食べる物が無い」
そういえばちょっと前にもこんな事を思って、結局店屋物にしたのだったと思い出す。
仕方ない今日もそうするか、と電話の方へと向かうと
ピンポーン
誰かが来た。
受話器を取ると小さいカメラに玄関口の様子が映る。
金髪が見えて、次に手をひらひらと振っている男の顔が見えた。
『よっ、ひーさしぶりっ』
「久しぶりだなぁ!どうしたのさ、こんな急に?」
玄関まで行って鍵を開ける。
つっかけを履いて外に出た僕に彼は言った。
「んー、ちょっとこっちまで来る用があったからさ。寄ってみた」
そして
「ついでに土産もあるぞぉー!喜べ蟹だ!」
発泡スチロールの箱を掲げてにんまりと笑った。
彼は中学・高校と一緒だった友達だ。
大学は遠い所に行ってしまって、そのままそっちで就職したから随分会ってなかったけど。
「……なんだよー?」
「いや、お前全然変わってないんだなぁ、って思って」
高校の時から本当に変わってない。当時から金髪だったし、……ちょっと背は伸びてるかな?
「そういうおめーだって変わってないなー。……いや、むしろ縮んだか?家に引きこもってモヤシしてっからだぞ」
そう言って僕の頭を押さえつけてくる彼を軽くはたき、「うるさいよ」と笑いながら言った。
「さて、と。 んじゃ、早速蟹を調理すっかねぇ!」
家に入るなり腕まくりをして台所へと入っていった彼の後を追う。
昔からよく遊びに来ていた彼にとって、案内は必要ないらしい。
でも廊下を抜けて奥の台所に着くと彼は声を上げた。
「お、おおお?!」
間取りは変わってなかったが、数ヶ月前にキッチンは改装していたのだ。
以前は使いにくい古臭い空間だったそこは、所謂システムキッチンに作り変えられていた。
「うわー、なんだコレ。この家に似合わねー!」
はしゃぎながら真新しいキッチンへと足を踏み入れる。
「はは、僕もそう思う。なんだか綺麗綺麗しちゃって変な感じなんだよね」
その言葉に彼は首を傾げた。
「なら変えなきゃ良かったのに」
「でも、――うるさいのが居てねぇ……」
苦笑しながら言った僕に反対方向に首を傾げながら「ふぅん?」と彼は言った。
「じゃあ、どうすっかねぇ。やっぱり豪快に焼き蟹でもすっか!」
発泡スチロールが嫌なきしみ音をさせながら開かれる。
中に入っていたのはタラバとズワイの足と丸ままの毛蟹が一杯。
「わぁ、すごいなぁ。僕蟹なんてすごく久しぶりだよ」
「へっへー、だろうと思ったぜ!持ってきた甲斐があったなー」
嬉しそうに頬をかく彼を見て、ふと高校時代を思い出す。
あの頃は楽しかったなぁ。――いや、今が楽しくないってワケじゃないんだけど。
僕と彼ともう一人、3人でつるんでよく遊んだものだ。
「網、あみ、アミーっと……な、網ってどこにあんの?」
彼の言葉に現実に引き戻される。
「え?」
「だから、網だって!蟹焼くのにさ」
「あ、あぁ」
慌ててシンクの下の扉を開ける。
調味料の瓶や鍋をかき分けて、…………あれ?
「おかしいなぁ」
「ん?どした?」
しゃがんで覗き込んでくる彼に
「いつもはここに置いてあるんだけど――なんか見つからないんだ」
そう告げて、一旦扉を閉めた。
「……どこにやったっけ?」
「いやいや、オレが知るはずないし」
腕を組んで考えるも仕舞った場所がわからない。
というのも、普段ここを片付けてるのが僕じゃないからだ。
首を捻る僕を見かねたのか、彼は小さく息を吐いた。
「んー、しゃーないか。 タラバはデカいし、そのまんまコンロに置いてもいけんだろ」
そしてタラバの足をコンロの上に上手く置き、火を付けた。
「だ、大丈夫かな?」
「もともとボイルしてっから万が一焼けなくても大丈夫だ!」
焼くのは時間がかかるという事で、僕等は少しの間続き部屋になっている隣の部屋で昔話に華を咲かせていた。
中学・高校時代の事。それから大学の頃の話に移り、今の会社がどうの、周りの人がどうの、と。
彼は昔から話が上手く、それは今でも健在だった。
「でさぁ、そこの部の女の子がまった可愛いんだよ!オレとしちゃあ是非にでもお近づきになりたいんだけど……なかなか機会がなくってさ。でも今度その部に居る男共と結託して合コン開く事にしたからその時に頑張ってみるぜ!」
そういや昔からこんな風に女の子を追いかけてばかりだったな、と小さく笑う。
「笑ったな?けどオレにとっちゃ死活問題なんだぞ!……ていうかお前はどうなんだよ?引きこもって2次元の女の子ばっか相手にしてるだけじゃ人生つまんないぞー」
“2次元”というのは僕の職業が小説家だからだろう。
でもその言い方はちょっとどうかと思う。僕だってちゃんと3次元の――つまり、普通の生身の女の人と出会う機会だってあるのだから。……まぁ、そりゃあ、そんなに多くはないけど。
兎に角その言い方を訂正させてやろうと声を上げかけた時、
ピンポーン
また、誰かがやって来た。
「はいはーい」
台所とは繋がっていない方の出入り口から廊下へ出て玄関に向かう。
受話器を取って確認しなかったのは、そのまま表に向かった方が早いと判断したからだ。
「今開けますからー」
カチャカチャと鍵を開け、扉を開けた。
キィィと微かな音を立てながら開けられたその先には、実に見知った顔が一人。
顔をしかめて立っていた。
そして、
「この匂いはなんだ?」
「ばぁーっか!!」
開口一番、彼はそう言った。
ここは台所。
いつの間にか立ち込めていた煙は開けられた窓から逃げていく。
コンロの上には黒こげた未確認物体――もとい、タラバの悲惨な姿。
「火使ってるのに別の部屋でのうのうとおしゃべりなんかするな!」
大した時間は経ってないと思っていたのに、結構な間放置してしまっていたらしい。
「ご、ごめんなさい……」
「ったく、一つ間違えば火事になる所だぞ?!」
大げさに息を吐かれてますます身を縮める。
するとその声が聞こえたのか、隣の部屋からひょこっと顔が覗いた。
「どったの?ていうか誰か来――おおおぅ!!」
覗いた顔はかなり驚いたように目を見開き、
「名塚ァ?!」
今まで怒鳴っていた彼もまた、驚いたように声を上げた。
金髪の彼――名塚(ちなみに本名を名塚重史(なづかしげふみ)という)は驚いた顔のままで台所へと入ってきて、懐かしそうに口を緩ませる。
「いやぁ、アヤも変わってないと思ったけど、貴靖(たかやす)も変わってないなぁ!」
ポンポンと、タカの背中を叩きながらそう言うも、やや不機嫌そうな顔でパシッと払われる。
――ついでに言うとタカこと、貴靖は僕の幼馴染で。中学・高校とは名塚も含めて3人でよくつるんでいたのだ。
「あらら、ご機嫌ななめ?」
「あったりまえだ!!大体なんでお前がここにいるんだ?!」
その疑問には僕が、と手を上げて掻い摘んで話す。というか“こっちに来る用があったから、らしいよ”と言っただけなのだが。
「……で、土産に蟹、で。……この惨事、と」
冷え切った口調でコンロの方を指差す。
「だ、だっていつもの所に網が無かったからさぁ!」
「お、おぅ。網なんてただの置き場所みたいなモンだし、コンロに直置きでもいけっかなーと」
口々に言うと、今度はジト目で見られ、
「料理もロクにしないヤツがそういう冒険をするなよな。全く……素人が無謀なんだよ」
うう、返す言葉もございません。
彼の言う通り僕はすごくすごく料理が苦手なのだ。だからいつもはレンジでチンとか鍋で煮込むだけとかしかしないのだけど。
「それに!網はこの間こっちに仕舞った、って言ったろ?あと火使うなら換気扇もちゃんと回すこと!いい加減覚えろよ」
食器棚の下の引き出しを開けて言ったタカに名塚は「あのー?」と不思議そうに切り出した。
「何で貴靖がそんな事知ってんの?」
再び、その疑問には僕が、と手を上げる。
「よくウチに来て食事とか作ってくれてるんだよ」
「へぇー。家政夫さんかぁ」
「違う!!」
ぽむっと手を叩いて言った名塚にタカが高速でツッコミを入れた。
「はは、それもいいんだけどなぁ。 実はね、今連載させて貰ってる出版社さんでの担当がタカなんだ。それで原稿の催促でよくウチに来て、ついでに食事とかおやつとか作ってくれるんだぁ〜」
美味しいんだよー、と言うと
ぐうううううう
名塚のお腹が、大きく鳴った。
「うおおおお!!うめえええ!!!」
テーブルには数々の料理。僕らがやろうとしていた焼き蟹を含め、蟹を使った料理が湯気を立てて並んでいた。
よく短時間でこれだけ作れるものだ、と関心する。
「んー、最高!」
少しずつ皿に取って、全ての料理を堪能していく。本当に彼の料理の腕は凄まじい物がある。
「当然。よく噛んで食えよ」
まるで母親のような言い方に思わず笑った。
すると「何だよ?」というような表情をしたので、「何でもない」とやっぱり少し笑った。
「ぷっはー、食った食った。こんなに美味いの食ったの久しぶりだー」
ポンポンとお腹を叩いて言った名塚に同意して頷く。
「タカの料理が美味しいのはいつもの事だけど、蟹は久しぶりだしホント美味しかったよ〜」
そして後片付けをしているタカの方に寄って行って、肩をぽむっと叩く。
タカはやはり「当然」とやや偉そうに言った。
「ところでさ、名塚はこの後の予定とかは?」
くるりと振り返って訊くと
「特に無し!つーか、実はここに泊めて貰うつもりで来ました!」
と声高々に宣言されてしまった。
「へ?なんで?実家に戻らないのか?……ご両親、健在、だよな?」
「ピンピンしてっけどさ、タイミング悪くってちーとばかし旅行に行ってるらしいんだよー。だから家帰っても一人でつまらんし、こっちに来た!――てことでよろしく!」
思ってもなかった展開に呆気に取られるが、すぐに「仕方ない」と肩を竦めた。
この家に住んでるのは僕一人だから誰かにお伺いを立てる必要も無いし、むしろここに泊まるのなら時間を気にせず話に華を咲かせれるだろう。
よっしゃ、と軽く拳を握って気合を入れる。
「じゃあ今日は飲みまくるかー!!」
「おーう!!」
片手を上げて叫ぶと、
「ハァ…………?」
背後から、恐ろしく冷え切った声が聞こえた。
ゾッとして慌てて振り返るとすごく良い笑顔でタカがこっちを見ていた。
「お前ね、俺が何でここに来たか、意味わかってんの?」
……。
しまった。
さっき名塚に説明する時に言ったばかりじゃないか。
―― 原稿の催促でよくウチに来る、と。
「あ、あれぇえ? も、も、もしかして、〆切近かった……っけ……?」
恐る恐る訊くと笑顔は一瞬で引っ込み、代わりに怒声が飛んできた。
「明日!!!! 明日が〆切なんですけど、先生!?毎回毎回俺が言わないと忘れてるってどういう事?!」
「いっ、いや、原稿はちゃんと書いてるよ!ただ、〆切を覚えてないだけで――」
「覚えろ!」
すごい剣幕で怒鳴られ、身を縮める。
そ、そりゃあ僕が悪いんだけどさ……もっと言い方ってモンが……。
そんな事を思っていると、小さく息を吐く音がした。
「……という事だから、名塚。ここに泊まってもいいけど、アヤの邪魔はするなよ。夜は俺がアヤの分まで付き合って飲んでやるから」
「うわ、ズルい!」
思わず言ったけどギロリと睨まれて「ごめんなさい」と即座に謝る。
「仕上がったら一緒に飲んでもいいから。ホラ、早くやってこい!」
しっしっ、とまるで追いやるように部屋から出される。
ここは僕の家だってのに肩身が狭いなぁ……。
廊下を歩いて書斎に行く――前に、ふと思いついてもう一度台所を覗いた。
「ん?どうしたんだぁ、アヤ」
名塚が言って、タカも皿洗いの手を止めて振り返った。
「どうした?何か問題でもあったか?」
僕はううん、と首を横に振って、
「いやぁ、今日のおやつも作ってくれるのかなぁ――と、か……な、なんちゃって」
最後の方が弱弱しくなっていってるのはタカの顔がすごい勢いで般若になっていったからだ。
般若は叫ぶ。
「バカ言ってないで、さっさと行け!!!!!!」
僕は慌てて廊下を走り、書斎へ逃げ込んだ。
「うわー、藪蛇やぶへび」
少しだけ立った鳥肌を治すように両手をさする。ホント怖いってアレは。
なんて事を思いながらパソコンの前の椅子に腰を下ろした。
「さーってと、じゃあちゃっちゃと仕上げますかぁ」
構想は既に頭にある。後はそれを文字にするだけだ。……つってもそれが大変なんだけど。
ヨシッと、気合を入れて、僕はキーボードを弾いた。
* * *
ちなみにおやつはバナナケーキでした。
何も無かったから、名塚が近くのスーパーに材料買いに行って、それで作ってくれたみたいで。
「ん〜、美味しいっ!」
「当然」
やっぱりどこか偉そうに、彼は言った。