台 詞 で 創 作 1 0 0 の お 題
[ 48 ] このツッコミ症候群患者めが。

※ [049] 前提での話です。

「なぁなぁ聞いてーなー、オレ昨日さぁ」
 横に並んで歩きながらヤツはそんな風に切り出した。
 僕は視線をちらと向ける。
 少し見上げるくらいの位置にあるその顔が困ったように笑った。
「昨日さぁ……えっと、……――なんだっけ?」
「知るかよ!」
 話しかけておいて何なんだそれは!
 と、思って、ついビシッと言ってしまっていた。
「おー、素早い反応。このツッコミ症候群患者めが〜、うりうり〜」
「今は主に口だけだけど、これからは平手打ちでも加えながらやろうか?しかも“なんだっけ?”って、こっちがなんだっけ、だよ!」
 肘でぐりぐりやってくるヤツを冷ややかに睨んでそう言ってやったら、
「や、やー……、そんなに怒るなってー。ちょっとした冗談やん、じょおだん。それにちっとばかしド忘れしただけじゃねーか〜」
 ヤツはへらへらと笑い、手をパタパタと振った。
 ……ったく。
「話しかける前に話す内容ちゃんとわかっておくのが普通だろうに……いきなり忘れる、ってナメてんの?」
「そんな事言っても忘れちゃったモンは忘れちゃったんだい!」
「何が“だい!”だ、このバカ!――何の話も無いんだったら僕は行くからね」
 ハァ、と溜息をつきながら言うと、ぽけっとした顔でヤツは首を傾げた。
「えっ、行くて……どこ?帰るんちゃうのん?」
 そう、今は帰る途中だ。
 住まいが比較的近いため、帰りの時間が合った時は一緒に帰っているのだが、今日は家とは反対方向の本屋さんに用がある。
 だからそこの角でいつもなら左の所を右に曲がるのだ。
「本屋に行くからそこでバイバイ。じゃ、また明日」
 ささっと角まで行って手を振り、前に向き直った。
 そして本屋さんまでの道のりを行く間、今日買う本に想いを馳せようとして――

「で、さァ」
 ヤツが何事も無かったかのように横に並んで新たな話題を振りかけてこようとしていた。
 ……。
「おい」
「ん?なにー?」
「“なにー”じゃなくて!何でナチュラルにこっちに来るのさ?!さっさと帰れよ!」
 ビシィッと後ろを指差す。つまりはいつもの帰り道を。
「やー、冷たいつめたいなぁ……いいじゃないのーオレも本屋さんついてくもん」
「……何で?何か買う本でもあるわけ?」
「ん、特に無いけど。一人で帰るん淋しいやん」
 ――何を言ってるんだこのバカは。どうせすぐに分かれる帰途だろうに。
 と思ったけれど、
「……、……」
 なんとなく口に出すのはやめておいた。
 僕には一人で云々の感覚はよくわからないが、コイツにとっては重要な事かもしれない、とそう思ったからだ。

 少し前に、僕はヤツ――南條悠(なんじょうゆう)について新しい事を知った。
 それは大学下見で上京している間に、家族を火事で亡くしたという事だ。
 軽い口調で話す重い事情に言葉を詰まらせたのを思い出す。
 普段は人一倍懐っこくて鬱陶しくてうるさくてバカなヤツではあるけれど、時々空まわり気味な時があるな、と感じていたのはこのせいだったのだ。
 だから、――今、この時もこんな口調ではあるのだが……どうにも突き放せない気がした。

「まぁ……別についてきてもいいけどさ」
「おっ、なんや折れるの早いな?もっと言われるかと思った」
 意外だという風に驚いて南條は言う。
「そうか。ならもっと言おうか?」
「いやっ、遠慮しときます!」
 ブンブンと顔の前で手を振り、ついでに首も振って彼は否定を精一杯に表したのだった。

「で?何買うん?」
「こないだ教授が推薦してた学者さんのね、新刊が出るらしいんだ。確か今日が発売日だったと思うんだけど」
「あー、アレな!あの……その……なんとかっちゅー学者さんな!」
 覚えてないんだな、コイツ。
 ジト目で見てやるとその意味に気づいたのか、「いや、違うねん!」と彼は言う。
「確かに講義は話半分で聞いとったけど名前は……そう、……うーん……」
「覚えて無いんだろう、無理しなくてもいいよ」
「うん、覚えてないわ!」
 認めるのがはえぇよ!!
 ニカッと開き直り120%で言うものだからつい心の中でツッコミが発動する。
 しかしそれを表には出さず――溜息は出したが――、僕は言った。
「“子餅先生”だよ」
「あー、それそれ!」
 ……ったく。
 名前もこんなだし、内容だってさっぱり記憶の彼方なんだろうな。
「まぁ、兎に角。その新刊が目当てってワケ」
 目の前の信号が赤から青に変わる。
 僕は足を踏み出した。
 ……が、
「ん?」
 南條は何故か渡らずに止まったままだ。
「南條?何やってるのさ」
「あ、うん」
 やっと歩き出し、点滅に急かされて渡り終える。
「どうしたのさ、変に立ち止まったりして」
「ん……いや、その――さっき言おうとした事を思い出しそうな感じで」
「あぁ、“昨日”がどうのこうの、の?」
 コクリと南條は頷いた。
「で、何なの?」
「や、だから思い出し“そう”やから。まだ思い出してないねん!参ったなー!あはは!」
 ……。
「あ、……そ」
 何だか無性にアホらしくなって笑う南條を置き去りにしていく事にする。
「待ってまってーな!置いてくなよー!」
 本屋さんまで後少し、その“何か”を思い出そうと頭を捻る南條を横に――走って追いついたのだ――僕は歩みを進めたのだった。



 *



 そして本屋さんにて。
「えっ、まだ発売してない?!」
「えぇ、発売日が延びたようでして……大変申し訳ないのですがまた後日いらして頂けますでしょうか。よろしければ入荷次第ご連絡差し上げますが、どう致しましょう?」
「あ……じゃあ、お願いします……」
 渡されたメモ帳にもそもそとメールアドレスを書いて渡す。
 入荷したらそこに連絡を差し上げ云々、という言葉の後に続いたメール会員募集だのなんだののプラスアルファな話を右から左に聞き流しながら、僕はガックリ凹んでいた。
 ――ちくしょうめ……今日この本を買ったら家に帰って読みふける予定だったのに。そりゃあもうウキウキワクワクだったのに!
 凹んでいる僕を他所に、プラスアルファな話も終わったらしく店員さんは仕事に戻っていった。
 それと入れ違いに南條がやってくる。
「買い物済んだん?」
 ギギギギとゆっくりそちらに首を向け、
「いや……売ってなかったんだ……」
「へ?今日発売日や、てさっき言って、」
 キョトンとする南條に力無く笑いかける。
「発売延期だってさ……」
「あちゃー、そいつぁ何とも――……ん?」
 苦笑いの彼の表情が訝しげなものに変わった。
 ん?どうかしたのだろうか。
「あ……さっきのん、思い出したわ」
「“昨日”の?」
 そうそれ、と頷き……にへらっとまた苦笑いに戻った。
「やー、それがなぁ、オレ昨日さぁネットサーフィンやっとって。ひょんなトコからその学者先生のサイトに辿り着いたんやわ。
 あー、そういやこの人こないだ教授が推しとったなぁ、とか思って」
 ぽりぽりと頬をかきながら彼は続ける。
「で、な。サイトのトップページに告知?が出とって。そこに発売延期がどーのこーの書いてあったんやわ。楓(かえで)がちょんびっと気にしてるよーやから教えたろって思っててんけど……いやぁ、すっかり忘れてた!」
 最近物忘れが激しーて困るなー、はっはっは、と全く困ってない風に笑う。
 僕はと言うと理不尽に思われるだろうな、とわかっていながらもヤツにツッコミを入れたくて仕方が無くなっていた。
 もし――、その“昨日”の話題をド忘れしてなければこんな無駄な事をしなくて済んだのに!
 ……いや、まぁ、帰りが一緒にならなかった可能性もあるんだし、彼を責めるのはお門違いだってわかるんだけどさ……。
「この年齢からこんなんやったら年寄りになった時は怖いなー。いやっ、もしかすると逆に記憶力よくなってるかもしれんけどな!」
 ――このカルさ。
 ちくしょうめ、ヤツ当たりしたくなるのも仕方ないってもんだよ。



 *



 結局ツッコミという名のヤツ当たりはなんとか抑えきって、僕達は家路についていた。
 途中アイス屋さんでトリプルのアイスを買ったので、それを食べながら歩く。
 この手のアイスは滅多に買わないんだけど、たまにはいいもんだ。……本代が浮いた分、豪華な三段重ね!落とさないように気をつけなきゃいけないな。
 隣に並ぶ南條も同じくトリプルアイスだった。もっとも、食べるのが速い彼のは既にダブルになっていたけれど。
「んー、やっぱりイチゴは美味しいなー」
 ピンク色の段を舐めながら嬉しそうに言う。僕も今イチゴベースの物を食べていたのでウンウンと同意した。
「あ、そういやイチゴって言えばさァ!」
 何かを思い出したのか、パッと顔をこちらへ向け、
「……」
「…………?」
 でも何もしゃべらない上に、しばらくしてまたにへらっと笑った。
 まさか――
「……えっと、……――なんだっけ?」
 ――やっぱりか!!
「知 る か よ !」 
 またド忘れしやがった南條に向けて、ヤツ当たりでもなんでもない――純粋なツッコミを、僕はしたのだった……。
2010.3.30.