台 詞 で 創 作 1 0 0 の お 題
[ 68 ] よくもまぁぬけぬけと。

「だからさぁ、超イケメンなオレが颯爽と現れて暴漢から超可愛い女の子を超かっこよく助けて、当然女の子はそんなオレにホレてでもオレは「フッ、オレに惚れちゃあいけねぇぜ」って言って最初はツレなくすんだよ!けどそんなんされたらもっと燃え上がるってモンだろ!?だから女の子はキュンキュンしながらもずっとオレを思い続けてるわけ。
 でオレはっつーと、ツレなくしておきながら内心ドッキドキで。なんでかっつーと、実はオレはその女の子が前から好きだったんだよ!だからまぁ、助けたワケだ。
 いや勘違いするなよ、もちろん好きな子じゃなくても助けるぜオレは!兎に角、本当は両想いなんだけどすぐにはそれがわかんなくて、ジレジレして切なくて甘い、それこそ砂だだ吐きしそうな――――

 ――話が読みたいんだよ、わかるだろ?!」
「わかるわけねーだろ、しね」

 ブツッ

 携帯のボタンを押して強制的に会話を終了させる。
 窓の外は暗く、まだ世界は月と星が踊ってる。――まぁ、つまりは夜だ。それも夜中だ、真夜中だ。
 携帯の液晶画面が目に眩しく、俺はパチンと音を立ててそれを閉じた。薄暗い闇が復活する。
 その闇が一気に眠気を加速させる。
 俺は変な寝相でベッドから飛び出していた枕を直して、また眠りに――つこうかと思ったのだが、その前に一仕事しておく事にした。

 もう一度携帯を開いて着信履歴を表示する。
 一番上にはさっきかかってきた電話の主。
 名塚重史(なづかしげふみ)、それがヤツの名前だ。中学・高校とよくつるんでいた仲間の一人、普段は北の方にいるが今は出張で遠く海の向こうの国にいるらしい。
 昔からあまり周りの事を考えないヤツではあったが今回の電話はそれに輪をかけて酷い。……時差ってモンを考えろバカヤローが。
 俺はささっと携帯を操り、そいつからの電話を着信拒否にしてやった。
 ……別に永遠に拒否するわけじゃない。ただ、仕事で疲れきっている今は、もう邪魔されずに眠らせて欲しいだけだ。

 ふあぁ、と大きくあくびをして布団をかぶりなおす。
 俺は今度こそ眠りについた。

 

 *



 出社したら喧騒と共に呼び声がした。
「おい、安芸(あき)!嬉しいお知らせだぞー!」
 ニコニコというよりはニヤニヤという方があっている顔で同僚が声をかけてきた。
「……何だよ?」
 その笑いで言われて本当に嬉しいお知らせだった試しはほとんど無い。俺は訝しげに言った。
 すると彼は声では答えず、一枚の紙を突きつけてきた。
 そこにはタイプされた文が一行。

 原稿が出来ました。   新島絢人(にいじまあやと)

 俺は目を見開き、わなわなと振るわせた手でそれを受け取った。
 あぁ、これは本当か!?夢じゃないだろうな?!白昼夢じゃないよな?!
 俺の願望が作り出した、幻じゃねぇよな?!?!
「良かったな、安芸!」
 同僚がポンポンと俺の肩を叩く。
 声を出さずにただただ首を縦に振った。 あぁ、神様!
「本当に……良かった!!!」

 俺、安芸貴靖(あきたかやす)は所謂編集という仕事をしていて、連載してくれている作家さんの担当にもなっている。
 定期的にその担当作家は変わるのだが、今は色々あって知り合いの作家の担当なのだ。世間一般では幼馴染というモノにあたるその作家は、なかなかに――いや、相当人気が高くウチの出版物も売り上げがすごい。だからこちら側としては大作家様ではあるのだが……如何せん、筆が遅かった。
 ――違うか。
 実際にはたぶん早い方なのだと思う。
 けれど浮き沈みが激しい。
 人生に絶望した!なんていう風な沈み方は無いけれど、色々考えて、考えすぎて深みにはまっている事は多い。それが仕事に影響しなければこちらとしては問題無いのだが、そいつときたらすぐにその考え事を言い訳にして原稿を書く手を止める。
『だって、もう、僕には書けないよ!悲しすぎるんだ!』
 なんて言って、殺人シーンを書けなくなった時は驚きを通り越して呆れた。お前それでも推理作家か、と。
 勿論人の死なない推理モノだっていいと思う。でも、今まで何人もバッタバッタと殺しまくってた作風のヤツが今更それを言うのか、と。
 その上、書けなくなった理由が『悲しい死に際の映画を見たから』ときたから呆れは一瞬で怒りに変わる。
 影響されるのはまぁ、仕方ないと思う。書けなくなったのも少しはあるかもしれない、とも思う。
 でもな、お前な。――――締め切り何日過ぎてると思ってんだ、それなのになんで映画なんぞ見てるんだ!!
 ……と、まぁそんな風に。

 兎に角、ヤツは締め切りを守るという言葉をそもそも知らないようなヤツだった。
 今は俺が毎日のように取り立てに行ってるからかろうじて覚えているようだけど、前の担当の時はそれはそれは酷かった。
 普通だったら即行で切るのになまじ売れてるから性質が悪い。

 ――そんなヤツが、こんなに早く原稿が出来たと連絡してくるなんて!?
「俺、受け取りに行ってきます!」
「おう、行ってこい行ってこい!!んで今日は飲み会だな!!」
 編集長がニカッと笑って言った。まだ出社してすぐなのにもう終業後の話か、なんて事を頭の片隅で考えつつ、でも俺も飲みたい気分だった。いつものやさぐれ酒じゃない、祝い酒だ!
 死語になってるかもしれないがあえて使う、俺はまさしくその時“ルンルン気分”だったのだ。



 * * *



 意気揚々と車を走らせてやってきたのは、見慣れた一軒家。見慣れたっつーか、毎日見てるが。
 インターホンを鳴らしてしばらく待つ。
 ドタドタと音がしてガチャリと鍵の開錠音が聞こえる。
 そしてガラリと引き戸を開け、

「よーう、久しぶりぃ」

 片手をあげたのは、大作家先生では無かった。
「……は?」
 思わず口をポカンと開ける。
「何だよもー、そんなマヌケ面しちゃってー」
 ガハハと笑う声は昨日、じゃない。厳密に言えば今日の朝――深夜に聞いた声だ。
「は、だって、お前、海外に行ってたんじゃ――」
「おう、行ってたよ?昨日までな!」
「昨日!?じゃあ、何か、あの電話の時は日本に居たのか?!」
「おう。それがどした?」
 ん?と首を傾げて名塚が少し笑う。
 俺もつられて笑う。ひきつった笑いだったが。
「……日本に居たなら、真夜中だったろうが!!時差だと思って大目に見てればお前!」
「大目って……めちゃくちゃブツ切りだったじゃんか、貴靖」
「アレはお前が気持ち悪い事口走るからだろ、っつーか真夜中に電話してんじゃねぇよこの非常識が」
「仕方ねーじゃん、時差ボケしてたんだしさぁ」
 許せ!とまた豪快に名塚は笑った。
 こいつ――よくもまぁ、ぬけぬけと!
 今度はそれに笑い返さずにズカズカと近づいていってドたまにチョップをかましてやった。
「いっ! ってぇ」
 頭を抑えて呻くヤツを押しのけて俺は家の中に入る。
 廊下の奥から大作家先生こと、新島絢人――アヤがやってきた。

「タカ!どうしたの?」
「どうしたって、お前――」
 ポケットから折りたたまれた紙を出して開いて見せる。
 あの、一文だけ打ち出された紙だ。
「あー、あぁ!原稿ね!はいはい!」
 ぽむっと手を打って頭に電球を灯しながらアヤが言った。それからパタパタと書斎に駆け込んで、少ししてから出てきた。
「はい、原稿です!」
 渡されたデータディスク。こ、ここまで用意が出来てるなんて!!感動して涙が出そうだ。
「へっへー、今回は早いでしょ!褒めて褒めて!」
「あぁ、早い!すごく早い!偉いぞアヤ!ありがとうございます、新島先生!!」
 ガシガシッと頭を撫でた後にビシッとお辞儀をして言う。
「もー、改まっちゃってぇ、恥ずかしいなぁ先生だなんて。もっと言え、って感じ」
 にこやかに語尾が怪しい気がしたがそれはあえて拾わないでおく事にして。
「えっと、一応読ませて貰いたいんだけど――」
「あ、うん。パソコンのデータですぐ読めるから。 読んでて」
 パソコンつけてるから、と書斎に案内される。
 日当たりのよくないその部屋は日中・それも晴れている日だというのに薄暗く、その中でパソコンの液晶画面が光を放っていた。
「何か飲み物入れてあげるよ。何がいい?」
「え、じゃあいつもので」
「いつものって、コーラ?」
「うん」
「オッケー!コーヒーね!!良かった、僕も丁度コーヒー飲みたかったんだ!」
「……いや、うん、コーヒーでお願いします」
 有無を言わせない気配でニコリと笑うヤツには無理して逆らわないのが身のためだ。
 しかしコーヒー飲みたいんなら、何故俺に訊いたんだよ。あの気配、こええんだよ!

 テキストデータを開くためのソフトを立ち上げていると、思った以上に早くコーヒーがやってきた。
 カランと音をたてるそれは当然湯気は立ってなくて――まぁ、アイスコーヒーだった。
「実は名塚が美味しいアイスコーヒーを淹れてくれてね。豆は一緒なのに何が違うんだろうねぇ」
「そりゃあやっぱ腕かな!」
「なるほどー」
 なんて言いながらコースターと共にパソコンの脇に置かれた。うっかり零さないように慎重に距離を測ってグラスを手に取る。
「……ん、確かに美味いな」
「だろー?!そんな美味しいコーヒーを淹れたオレを崇め奉ってくれて構わないんだぞ!」
「しね」
 ガバッと手をあげたヤツに辛辣な言葉を一言投げかけてから、俺はパソコンの画面に向き直った。
 ええと、どんな最後で終わってたんだっけ……と記憶を掘り起こしてみる。
 確か二人目の被害者が出て、新たなキャラクターが怪しげな発言を……てな所だったか。
 そろそろ少しずつ謎が解き明かされていくのだろうか。俺は結構一読者として楽しみにしていた。

 データを開いていざ読み始める。
 背後では絢人と名塚が楽しそうに雑談をしている。
 多少周りがうるさくても関係無い派の俺としては、全く問題の無いレベルだったんだけど――今日は違った。
「すまん、ちょっと静かにしてくれ」
 思っていた以上に事件は緊迫した状態になっていたのだ。そして今まさに三人目の被害者が出ようとしている。
 巧妙な罠にかかる被害者候補。少ない描写ではあるがどこか常軌を逸した犯人の恐ろしさが伝わってくる文章だ。

『おい、呼ばれたから来たぞ? おい、おらんのか?』
 “その男”は背後に忍び寄る影に気づかなかった。
 薄暗い廃屋の中、ただでさえ気持ちが悪いその空間に、気味の悪い手紙で呼びつけられたとあっては恐怖も倍増するというものだ。
 カタッ と部屋の隅で音がして思わずそちらに視線をやった。……が、何も見当たらない。
『……なんだ、ネズミでもいるのか?脅かすなよ』
 ハハハと空笑いをするその男に、
『っ』
 背後から刃物が突き刺さり、そしてそれは胸板をも貫いた。
 即死では無かった男は後ろを振り返った。目を見開く。その瞳には、


「……うわ、なんて切り方だよ!」
 絶妙なタイミングでページは終わっていた。
 あぁ、でもこれはいいかもしれない。一体彼は何を見たのか?!すぐにページをめくって次を読みたくなる。うん、実際に書籍化した時もこうしよう。
 俺はちょっぴりそんな事も考えながら、動悸を抑えてページをめくり――

『おい、待ちやがれ!』
『なっ、なんだよおめぇは!』
『お前らに名乗る名など無い!』
 “その男”は近くに落ちていた廃材を手にとって前に構えた。
『その子を離せよ』
『……あ゛ぁ?』
『離せっつってんだよ!』
『ハンッ、だーれがすっかよ! なんなら力尽くでやってみやがれ!』
 不良のその言葉に男は笑う。『あぁ、その通りだな』
 呟いた瞬間、男は走り出す。その勢いと共に振り回される廃材は悉く男達にヒットしていった。強い、あまりにも強い。差は歴然だった。
 女の子を捕らえていたリーダー格の男はその有様を呆気に取られたように見ていた。おかしい俺達はこの辺じゃ敵無しなんだぜ?なのになんでこんなに簡単に――そんな事を考えたのがいけなかった。 考え事をすると行動が鈍る。リーダー格の男はそのせいで廃材をよけきれなかった。思い切り叩かれて他の男達と同じように、気を失って地面に倒れた。
『……大丈夫か』
 ペリ、と口にされていたガムテープを外す。
 女の子の顔があらわになる。
『ハァ……ハァ、あ、ありがとうございました!』
 自分を救ってくれた人、まるでそれがヒーローのように見えて女の子は目をキラキラさせ、頬を上気させながら男を見た。
『ふっ、無事ならなによりだぜ』
 男は小さく笑い背を向けた。
『あっ、ま、待ってください!』
 つい女の子は引き止めてしまった。でも話す事が無い。
 ただ呼びかけただけで立ち止まってしまった女の子に男は笑いかける。
『なんだ?……あぁ。――フッ、オレに惚れちゃあいけねぇぜ』
『えっ、そっ、んなんじゃ、あ、!』
 顔が一瞬で赤くなった。男は今度こそ背を向けてその状態のままで腕を持ち上げ、左右に振った。
 女の子はそれをずっと見つめていた。ほのかに痛む胸を押さえながら。


 俺の頭の中のBGMはベートーベンの「運命」だった。
 重苦しい雰囲気の中で管弦楽器と金管楽器が競うようにメロディを作り上げていく。
 ついでに漫画的表現で言うと、Σが横に出てると嬉しい。「ガーン」なんていう擬音がついてるともっと嬉しい。

 つーか、

「おい、そこのバカ」

「ん?」
「なんだぁ?」

 絢人と、何故か名塚も反応して声を返してきた。
 俺はパソコン画面を見つめたまま続けた。
「これはどういう事なのか簡潔に説明してくれ。納得のいく説明じゃなかったら俺マジでお前の担当やめる」
「えっ!?な、なんでいきなりそんな事言い出すのさ!今まで僕らうまくやってきただろう?!それをなんでだよ、貴靖!!」
 悲壮な表情で絢人が駆け寄ってくる。ギギギギギィと首を回してそちらに視線を移した。睨みの視線を。
「なんで、ってお前――――」
 画面を指差す。
 そう、いきなり雰囲気の変わった所を、だ。
「――“いきなり”こんな事されたら嫌にもなるだろ!なんだよコレ、途中までの展開はどこに行ったんだよ!?散歩中か?散歩中なのか?!早く探してこいバカヤロウ!!!」
 ぜはーっ、ぜはーっ
 息を荒くして言い放った。
 あぁ、なんかもう泣きそうだ。早くに仕上げたってだけで感動なんかするんじゃなかった。ちゃんと中身を確かめて、それから感動したって遅くなかったのに。ちくしょう俺のあの喜びを返せ。
 けれど絢人は謝る雰囲気も無く、ただ首を傾げた。
「貴靖一体何を言ってるんだい……?」
 コイツ、しらばっくれようってのか?!
「何って、コレだよココ!!読んでみろよ、お前がどんだけ酷いモンを書いたのかを!!!」
 ぐいっと腕を引いてパソコンの正面に立たせる。絢人の視線が俺の指差す所に移って、そこから右へ、下へと動いていった。そしてその表情は険しいものになっていった。
「……何だいコレ。僕覚え無いよ」
「は?!でもこれお前の小説だろうが!」
「いや、違うよ。僕こんなの書いてない」
「じゃあ誰が書くっつーん」
 だよ、
 と。
 全部言う前に絢人の向こうに立っていた名塚の顔がやたらニヤけてるのが見えた。

 ……。
 …………。
 ………………おい、まさか。

「うしし、オレの力作どお?」
 ニヤけて名塚が言う。
「いやぁ、妄想はデータとして残しておくべきって格言があるだろ?それも確かにそうだ、って思って小説にしてみてんだよ。シロートにしてはオレって文章書くのうまくね?ね?」
 周囲が氷点下地域になったのに気づかないのか、ヤツの周りはまだ赤道直下の気分のままだ。
 つーかなんだよその格言、絶対今お前が作っただろ。
「女の子の名前はまだ決めてねぇんだけどさ、ビジュアルは絶対グラビアアイドルのナコちゃん!あぁ、彼女ホント可愛いよな。華奢な感じなのにグラマーでさぁ」
 ニヘニヘと知りたくも無い情報を話し始める能天気名塚のために俺は拳を握り締めた。
 見ると絢人も同じように用意している。
 お互いの目があった。阿吽の呼吸ってヤツだ、何を考えているか手に取るようにわかる。俺も全くもって同じだよ、絢人。
 そして、

 ガゴッ

「ぷべっ」

 いっせーのーで、の掛け声も無く、それなのにやたらとシンクロした二人の動き――つまりは右手を振り上げて名塚の頭に下ろすという――がクリーンに決まった。
 奇声を上げて名塚は書斎の床に倒れる。うまい具合に絨毯地域を抜けて冷たいフローリングの上に突っ伏した。
 それはさながら殺人現場の死体で。白いチョークで周りを囲いたくなること間違いなしだった。
「名塚ァ、お前マジ頼むよ。俺まだ刑務所に入りたくないんだ」
「本当だよ名塚。温和な僕も怒るよ」
 再び絢人と目が合う。阿吽の呼吸パート2だ。俺達は一緒に大きく息を吸って、

「くだらん妄想をしたりそれを小説におこしたりするのはいいが、わざわざここでやるな!紛らわしい事をするな!!」
「シロートって、もしかして初めての小説なの!?なのにあれだけ書けるの?!羨ましいを通り越して妬ましいよ!!!」

 二人同時に口を開いた言葉は全くシンクロせず、「えっ」とお互い顔を見合わせた。
 誰だよ阿吽の呼吸とか言ったヤツ。――――俺だよ、ちくしょう!!!!!
「絢人、お前反応するのはソコじゃないだろ!」
「え、いや……その、つい」
 だってホラ、とマウスを操作させて続きを表示していく。
 俺は途中で耐え切れなくなって声をあげたが、まだ先が随分あるようだ。
 ざーっと読んでみると、なるほどこれは深夜に口走ってた妄想が確かに小説になっている。
 そういえば昔絢人が初めて書いたのだという小説を読ませて貰った事があるけど――アレは小説なんかじゃねぇ。ただの箇条書きの集合だ、と思ったものだった。
 読み進めて、
 そして、気づいた。
「……あれ? ここで終わり、だよな? ……っあ!」

 “何も映っていなかった”のだ。もし映っていたとしても、男にそれを認識する時間があったかどうかは難しい。
 何故なら、もう男は事切れていたからだ。その頭に振り下ろされた、もう一撃によって。


 ……名塚の自作小説のあと、「その瞳には、」の続きが入っていたのだ。
「あ……」
 思わず漏らした呟きに、絢人が勝ち誇ったように笑った。
「で、何だっけ?僕の事、バカだって?」
「う……」
 まぁ、基本的にバカだとは思うが――という言葉は飲み込んで(当然だが)――俺は言葉に詰まった。
 バカ名塚のせいだったのに、絢人がふざけていたのだと決め付けてしまっていた。
「ご、ごめん……すいません……」
「あっ、えと、いや、まぁ、いいんだけどさ」
 妙にしおらしくなった俺に慌てたのか、絢人は両手を振って笑い飛ばしてくれた。
 それを見て何故か同じように笑い出す名塚。
「よくわからんけど、謝る貴靖ってのも新鮮でいいな!」
 お前いっぺん死んどけ。全部お前のせいだよ!
 ギリッと睨みつけてやると、「あ、そういえば」と全く無視して話を進め始める。
「書いてったはいいけどラストだけどうしてもうまく行かなくてさぁ。どーすればいいかなぁ」
「……うーん、僕は書き始める前に結構きっちり決めちゃうからなぁ。あんまり参考にならないと思うんだけど。ちなみに大体は決めてるんでしょ?どういうの?」
 その言葉を待っていました!と言わんばかりに名塚は顔を輝かせた。
「おう!勿論女の子と超カッコイイオレがイチャコラしてちょっぴりHでアハンウフンで、後は超イケメンなオレ似な子供が出来て、その子が大きくなったらまた同じような展開が起きて、超イケメンなオレの息子――ドラマなら一人二役だな――が女の子を助けて、その二人もまた――みたいな感じなんだよ、わかるだろ?!」

「わかるわけねーだろ!!」

 バゴッ

 と再度腕を振り下ろした。
 思考はどうあれ、やはりシンクロだった。
 何なんだよそれ、ラストなのかよ本当に無限ループじゃねぇか、ハマりだよそれは!!
 とか色々思ったけど、もう途中で思考を停止する。放棄したとも言う。

 そしてフローリングに伸びた“死体”は、さっきよりも長く死体のままのようだった。
 人騒がせの罰だ。甘んじて受けやがれ、と、白テープを彼の周囲に設置しながら、俺は思ったのだった。
2010.4.26.