天使の羽はたいてい白か、黒。
しかし、世の中には“ 突然変異 ”というものがある。
そして――どの世界にも――この世界にも、天使はいる。

白にも、黒にも、愛されずに生れてきた天使がいた。
その天使の羽は……

第6節 ミドリノカケラ “ 羽の理由、そして… ”

「いい?アルリィ。貴女は天使。誇り高きアラバートの天使よ。
 貴女はこれから皆を引っ張っていく、そんな天使にならなくてはいけないの。お母さんやお父さんは一緒に行けないけれど頑張るのよ……。私たちは、いつでも一緒よ」

「待って……待ってよ……!!!
 一人にしないで!!一緒にいて!!ねぇ……、お願い……一緒にいてよ……。
 母さんっっっっ!!!!!!!!」





「アルリィ? ちょっと起きなさいって。 もう起きないと、神官様に怒られるよ!!」
「……夢……?」
「はぁ? あんた……、さては寝ぼけてるわね!もう何泣きそうな顔してるのよ。なんか嫌な夢でも見たの?」
「あ……うん。ちょっとね。大丈夫」
「そう。それじゃ、私先にいくからね!アルリィもさっさと着替えて来るんだよーー!!」
「わかったよ、ルータ」

 最近同じ夢ばかり見る。名前も知らない女の人と男の人が出てくる夢。
 何かを言っているのだが、聞き取れない。
 わずかに聞き取れるのは「アルリィ」と「アラバート」。
 それと……「母さん」と叫ぶ自分の声。
 ……バカバカしぃ……あたしには母さんなんていない。生れて間もない時に、この聖院の前に捨てられていたんだ。
 だから――母さんなんていないんだ。


 ここはハルミア王国にある都市イルーカ。
 あたしのいる場所はイルーカの南西に位置するイルミアのイルミア聖院だ。
 表向きは、皆が通う教会みたいなものだ。
 しかし、本来の姿は「天使見習教習所」。ひらたくいえば天使の学校である。
 あたしはそこの3回生。今年で卒業――予定――の天使だ。
 天使……天使の羽というものは大抵、白か黒が相場である。しかしあたしの羽の色はどちらでもなかった。
 あたしの羽は……碧だった。


「ミス・アルリィ。 わかっているでしょうけど……今月で13回目の遅刻ですよ?」
「はい……すみません」
 ルータに起こされたけどなんとなくもう一回夢を見たくてまた眠ってしまったのだ。案の定遅刻して、神官様に起こられるあたし……。
『明日は絶対に遅刻しないっ!』
 そう誓ったのはいつの日だったか――
「ミス・アルリィ?ただでさえ成績が落ちてきているというのに、遅刻ぐらいどうにかしなくてどうするんです!」
「明日は、絶対に遅刻しませんから!!!」
 そう言ってあたしは駆け出した。後ろで神官様が何か、呟いた。呟いた言葉はわかってる。
 皆、そう、言うんだ。

『所詮、碧の羽か』


 ――なんで碧なの?
 ――あたしだって「白」や「黒」が良かった、皆と一緒が良かったのに。
 ――お願いだから、羽の色で区別しないで。
 ――ちゃんと「あたし」を見てから評価してよ。



「・・リィ……アルリィっ!!!」
「ん……?あれルータ。どうしたの……?」
「どうしたもこうしたもないでしょうが! あんた、授業中にいきなり倒れて!!」
 あ、そういえばここ医療室だ。ルータに言われて、やっと気が付いた。
「あたしが倒れた?」
「そうよ。 何かぶつぶつ言ってると思ったら、いきなりバッターンよ?!」
 ルータはかなり怒ってるらしい。
 しかし……あたしには倒れた記憶がない。正確に言うと、朝神官様に説教されて、逃げてからの記憶がない。
 ――どうしたんだろう……あたし。
「兎に角!明日は卒業試験なんだからね!今日はちゃんと休んで明日に備えるように。抜け出したりしたら私、本気で怒るからねっ!」
 ルータはあたしの羽をつんつんやって、言った。
「折角綺麗な羽持ってるんだから、ちゃんと卒業しなさいよ」
「うん……ありがとうルータ」
「どうも。 じゃ、私部屋に戻るから。 お休みアルリィ」
 ルータがドアから出て行くとき、彼女の左耳のピアスが光った。


 ――彼女はああ言ってくれるけど、彼女の羽は白。
 ――だからわからないんだ。
 ――碧の羽を持つ、あたしの気持ちなんて。


「えー、では今から第143回生の卒業試験をはじめます」
 神官様がそういうと今年の卒業生たち――あくまで、予定――は皆、神妙に頷いた。
 あたしも、その一人だった。
「皆、知っているとは思うけど、もう一度説明をしておく。
 この森に一人一人の「大事な物」が置いてある。あ、でも本物じゃないぞ。偽者だ。君たちはそれらと闘ってナンバープレートをとってくる。番号はさっき教えたとおりだ。もし、違うナンバープレートが現れたとしてもそれは取ってこないように。
 よし、それじゃはじめよう。 笛を鳴らしたら、順番に行くんだ」

 ピィーーッ

 笛が鳴る。試験が、始まった――





 ザッザッザッザ
 あたしは歩いていた。神官様は「森の中」としか言っていないので、ただ歩くしか出来ないのだった。
(……あたしの大事な物……なんだろ? うーん、あっルータにもらったピアスとか?……なわけないか)
 ただ黙々と歩みを進める。もちろん一人だ。静まり返った森の中で、あたしの足音だけが聞こえる。
「……リィ」
「えっ?」
 突然、声が聞こえた。
 何か……誰かいる……?立ち止まって耳をすませてもそこに広がるのは沈黙ばかり。「森」なのに鳥のさえずりさえ、聞こえてこない。
 ――ということは……ここは“異空間”。ここが試験会場というわけなのだろうか。
 あたしはさっと身構え、四方に目を配る。

 ……………………。

 しかし、何も聞こえてこない。しばらくすると極度の緊張と「身構える」という動作によって疲れてきた。
 あたしはもう一度周囲を見渡し、何もいないことを確かめ、息を吐いた。
「……ルリィ」

 ザザザザ

「なっ、何?!?!」
 突如、回りの木々が揺れだした。

 そして目の前に人が……碧の羽を持った人が現れた。

 いや、正確には人「達」が。綺麗な女の人と、男の人だった。
 あたしはさっ、とその場を離れ、間合いを取る。その人たちは……動かない。
 と、女の人が動いた。碧の羽をたたみこっちに近づいてくる。
「貴方たち誰? 試験の邪魔しないでよ!!」
 あたしは叫び、呪文を唱える。一刻もはやく試験を終わらせないと、卒業出来ないのだ。こんなところで遊んでるわけにはいかない。
「風斬覇 -ウィンダ- !!」
 この風の呪文、見た目地味だが、殺傷力に長けている。風が刃物となり、敵に飛んでいくというものだ。この呪文をくらった場合、結界を張るか、それを上回る風系の呪文で返すしかない。
 しかし、この人達は何もせずただ……立って……

 え……?

 風の刃は敵に向かって行き……敵を……すり抜けた……?おかしい、生身の人間じゃない。
 背筋がゾっとなった。
 この森でゴーストが出るなんて――聞いたことない。

「アルリィ……、会いたかったわ……」

 女の人がこっちに歩きながらそう言った。男の人はただ、微笑んでいた。
「だっ、誰なのよ! あたしはアンタ達なんて知らない! 帰ってよ! 試験の邪魔しないでよ!!」
 あたしは怖くなって、声が震えてるのがわかっていたが、虚勢を張って怒鳴った。
 しかし、女の人は歩みを止めることもせず……あたしとの距離が縮まっていった。
「アルリィ……」
「あたしは知らないっ!!どっかに行っ…………!!」
 『どっかに行って』そう言おうとした瞬間、女の人に抱きしめられた。さっき魔法が通り抜けた体のはずなのに――その体はちゃんとした、「イキモノ」の体だった……。
「会いたかった……、会いたかったわアルリィ……っっ!!」
 女の人は、あたしを抱きしめながら涙を流していた。
 ――あれ?
 いつだったか、同じような体験をしたことがあるような気がした。
 既視感?いや、違う。実際に起こった事だ。
 でも、それがどこだったか思い出せない。
 私はそれを思い出そうと、必死で頭をフル回転させた。……女の人に抱きしめられていることも、忘れて。


『アルリィっ!! 少しの間だけだから! すぐに迎えにいくから! ごめんね……ごめんね……』

 頭の中で、声がした。

 ――誰?
 ――貴方、誰?
 ――お……母さん……?
 ――あたしは……
 ――あたしは……誰?





 次に眼が覚めたのは医療質のベッドの上だった。
 あいかわらず無機質な空間だ……、と思い、あたしは少しだけ笑った。

 ――あい……かわらず……?
 ――あたし?
 ――誰?
 ――あたしは誰……?

 思い出せない。何もかもが暗闇に溶け込んだかのように。
「アルリィ!!!」
 扉を開けて、誰かが入ってきた。
 碧色の綺麗な髪を、肩のところで揃えていて、左耳には、星の形をした綺麗なピアスを着けていた。
「あんた、大丈夫だったの? 試験の途中でいきなり倒れたとか聞いて……」
 すごく心配そうな顔をして訊いてくる。あたしは笑顔を作って答えた。
「大丈夫です。 もうなんともないみたいですし」
「は?……あんた何で敬語なの?」
「え、だって……その……」
 私が言葉を濁すと、彼女はこっちへ寄ってきた。
 そして、ベッドの横の小さな棚を見た。
 いや、棚を見たんじゃない。――棚の上の物を見た。

「こ……、これは……」

 私も棚の上を見た。そこには手のひらに乗るほどのサイズの、碧の石があった。
 石……というより宝石みたいな感じだった。
天使の羽はたいてい白か黒。
しかし世の中には突然変異というものがある。

嫌な事があったら、それを忘れようとする器官が働くんだ。
君には、嫌な事があったんだね。
もう何もかもやり直したい、って思った……?

記憶がないと悲しい。
――だって誰も思い出せないから。寂しいから。
記憶があると悲しくない。
――皆を覚えているから。一人じゃないから。

でも本当は……記憶がある方が悲しいんだ。
 ――いつも孤独だから。それを嫌でも認識させられるから。


アンタも一人なの?
ミドリノカケラ
 そこでふと、思い出した。
 ――母さん 父さん そして、姉さん。

 ……でも、自分の事はやっぱり思い出せなかった。