雨の中横たわる人影。
 そしてそれに覆いかぶさるように泣き叫ぶ女性。
 彼女は言った。
「待って……待って……あと少しだから、お願い……待って!逝かないで!!」
 彼も言った。
「だ……だめだ……もう……眠いんだ…………」
「やめて!眠ったらだめ!ねぇ!眠らないで!」
 彼の体を揺さぶるもその体は冷たくなりつつある。
 冷たい雨に打たれて彼女自身の体も急速に冷えていく。
「……待ってって……待ってって言ったのに!!!」
 彼女の腕の中で優しく微笑む彼は既に息絶えており、遠くからは助けて貰うために呼んだはずの救急車のサイレンが聞こえてきていた。
 今頃……着いても遅いのに――

 彼女は彼の手を取り自分の手を合わせた。
 その手は彼女の物より一回り大きく何か安心させてくれるものがあった。
 しかし今は安心させてくれるものではなく……ただ、彼が死んでいるということを肯定する証にしかならなかった。

 彼女は咽び泣いた。
 冷たい雨に晒されながら。
 彼の冷たい手を取りながら。

 そして彼女は彼の横に寝そべった。
 両手を天に掲げ、

「さ よ な ら」

 そう呟くと手に持っていた錠剤を上から落とした。



 助けるために駆けつけた筈の救急隊員達は何も……誰も、助けることが出来ず、物言わぬ体になった二人の男女を静かに運んでいった。



 * * *



「うっうっうっうっ……」
「何泣いてんの?」
 クーラーをガンガンにかけたリビングルーム。ソファに座っているのは女の子4人、それに男の子が3人。
 夏休みの宿題を皆でやろう、という事で集まっているのだった。もう夏も終わり、宿題をほったらかしで遊べた時間は消えていった。そして最後には手の付けられていない宿題が残ったのだった。
 “一人だったら遊んでしまう!”、いつもはバラバラになる皆の意見が珍しく一致して一同はある人の家に来ていた。
「泣きすぎ。ただのドラマだろ?」
「そんなぁー、だってすっごく可哀想じゃない!彼女を庇った彼が死んじゃって後を追うように彼女も……うっうっ……」
「……だってなぁ?私は別にどうも思わないし。なぁ、ナナ?……ナナ?」
 フレアに名前を呼ばれたナナはフレアからは背中しか見えない体勢をとっていた。
 が、突然向き直り沙雪さんの手を取ると言った。
「さゆちゃん!!!わかる!!!わかるよ!!悲しいよねーーっ!!」
「ナナちゃん!!」
「さゆちゃん!!」
 お互い抱き合い泣きまくる二人を他所に、美沙君はただTV画面を見つめたままだった。こういう場合にはいち早くからかう為のセンサーが反応しそうな美沙君なのに……今日はどこかおかしい。
「美沙?どうしたんだ?」
「あ? あ……、いや何でもないが……」
 手を振り作った笑顔をこちらへ向ける。
 フレアは不審に思ったが美沙君にも色々あるのだろう、と思って何も訊かなかった。

「ところで」
 その美沙君が口を開いた。
「ところで君達は宿題終わったのか?」



 ピシャーーンッッッ

       ゴロゴロゴロゴロ



 今まで晴れていた空が突如として曇りだし雷が鳴りはじめた。

「「「―――――…………まだ」」」

 美沙君以外の6人は口を揃えて言った。
「……ったくそれなら昼ドラなんて見てないでさっさとやったらどうなんだ」
 美沙君は盛大なため息をつくとリモコンを取って電源をOFFにした。まだエンディングの途中だったので流れていた曲がなくなり、一瞬静まりかえる。
 その様子を見て6人はものすごくむかついたがいかんせん勉強の事になると分が悪い。ましてや今回は向こうは終わっているのであってこちらに付き合ってもらっているのだから。
 その上此処は美沙君の家だった。……更に分が悪くなる事間違い無しだ。



 * * *



 しばらくするとフレアと山下君、それにココロが「出来た」と言った。
 これで残りはナナと沙雪さん、それに刳灯だけとなった。

「うー……わかんねぇ……」
 刳灯が頭をかきむしりながら呟いた。沙雪さんもナナも一生懸命やってはいるのだがなかなか先へ進まないようだ。
 そこで美沙君は考えた。
「時間が少ないんだからそれぞれ先生になってやれよ。私は監督として見といてやるから。ホラ、わかったらサクサクやりたまえ!!」
 さっと美沙君はそれぞれの腕を掴み勝手に配属を決めた。
 フレアは刳灯に、山下君は沙雪さんに、ココロはナナに。
 ――美沙君はもしかして恋愛沙汰に詳しいのだろうか?さり気なく刳灯と沙雪さんにお得な配属にしているあたり天然なのか計画なのかが非常に疑わしい。もちろん当のフレアと山下君はその事を知らない……ハズだ。
 ちなみにココロは刳灯の事も沙雪さんの事も知っている。

 ……そんな中、ナナはこの配属を見てピーンと来たようだ。
「ふーん……なるほどね」
「な、なるほど……って何が?問題わかったの?」
 ココロが明らかに不機嫌な口調で問う。いつもの可愛らしい声ではなく少しつっけんどっけんな声だった。だがニヤニヤ笑うナナはそんなことおかまいなしだ。
「ふふふふふ、ははははは」
「――……みっちゃーん、僕怖いから代えて欲しいー……」
 ココロは口元に手を当て美沙君へとSOSコールをした。
 だが美沙君は何かを考えているようでココロの助けに気が付いていない。
「諦めろココロ。刳灯は手ごわいぞ?」
 突然ナナが諭すようにココロの肩に手を置いた。
「なっ、何の話だよ!!」
「ふっふっふ……ホラ、見てみにゃさいっ!」
 そう言ってナナは刳灯と刳灯に勉強を教えているフレアの方を指差した。

「……だから此処はこうなって……だな……」
「え? それじゃ、此処はどうなるんだ?」
「だーかーらー、お前はこっちの事だけ考えるからダメなんだ、見てろよ?」
 半分呆れたような口調で問題集を指差すフレア。刳灯ははっきり言ってフレアが近くに居るというだけで集中出来なくなると言うのに問題を解くために隣に座ったりされて心臓はドックンバックン、顔は徐々に紅くなっていっている。
「……おぃ?ちゃんと聞いてるのか?」
「あ、あぁ。聞いてるよ」
 少し上目遣いで見上げてくるフレアに聞かれ咄嗟に目を逸らして答えた。もし目が合ってしまったら自分は何を口走ってしまうかわからないのだ。
 フレアは「聞いているのならいいが……後から困るのはお前だからな」と言って問題の解き方の説明を続けた。

 側から見るとラブラブにしか見えないことを此処に記しておこう。



「――……ちょっと刳灯殺してくる」
 いきなり席を立ちフレア達の方へ向かおうとするココロをナナが押しとどめた。
「まぁ、ちと待ちなさい。私が美沙に言って先生交代して貰うからそこで勉強を武器にいじめる……ってのはどぉ?」
 『お主も悪じゃのぅ』、『ぬふふ、そういうお主こそ』、などという時代劇の悪代官よろしく不適な笑みを称えてナナは言った。その顔は何かを企んでいるとしか思えないのに頭に血が上っているココロは気づかない。
「よっ、よろしくお願いします、ナナ!!」
 バッ、と土下座の形を作りココロが言った。
「「おーい、みっちゃーん」」
 ナナとココロが声を合わせて呼ぶ。
 すると美沙君が気づいたようでこちらへ来た。
「終わったのか?」
 腕を組み、上から見下ろしてくるので……ものすごく怖い。
「えへへ、まだv」
「―――――…………早くしたまえ」
「で、さ!ココロの説明じゃよくわかんないからフレアと先生代えて欲しいのー」
 ナナはフレアと刳灯の方を向き顎で示した。
「……でも、なぁ……。実は刳灯から頼まれていたんだが……」
「何を?!何を頼まれてるの?!?!」
 突然ココロが美沙君の腕を掴み言った。
 美沙君は驚いたようで腕を掴んだ手を離すのを忘れるほどだった。
「な、何を……って。いや、刳灯がフレアを先生にして欲しいって言っただけだが?」

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ

 ココロの背後に見えるはずもない炎が立ち上がった。
 美沙君とナナは思わず「うわっ、熱っ」と言ってココロから遠ざかった。



「フレアー。僕と先生交代だってぇ〜v」
 ココロが作った笑顔を振りまきスキップ(もどき)で二人の方へ歩いて(?)行く。
「え?交代?……って事は私はナナの先生……という事なのか?」
「うんっv」
 にこやかに答えるココロ。どこからどう見ても悪魔の笑いなのだがフレアは気づかない。……が、刳灯はココロの思惑に気づき不機嫌そうに顔を歪ませた。
「フレア……俺まだあの問題わかんねーよ……」
「何?さっきさんざん教えただろうが!何でわかんないんだ」
 精一杯フレアを留まらせようとする刳灯だが、ココロは強かった。
「刳灯ぃ〜v 後は僕が教えてあ げ る v」
 にっこり、と笑うココロ。
 それを見てナナと美沙君は思わず背筋がゾッとなったとか。
「そうか。それじゃ頼むぞ。刳灯は物覚えが悪いらしいから根気が必要だ」
 ポンッ、とココロの頭を叩くとフレアはナナの方へ向かった。



「フレアよろしく!!」
 ナナが手を挙げ言う。フレアはその手をパチンと叩きながら言った。
「あぁ、よろしく。……ところで、美沙。これは何かの陰謀だったのか?」
「ん?何がだ?」
「さゆちゃんと刳灯の事だよ。お前わざとあの配属にしただろ?」
 フレアがめんどくさそうに問題集を取り上げるとパラパラと捲った。
 そしてナナに「此処やって、出来たら言って」と言って手渡した。

「……ふーん。気が付いていた……という事か?」
「まぁな。私はお前ほど鈍くない」
 顎に手を当て面白そうに話す美沙君と対象的に嫌なそうな顔をして話すフレア。ナナは問題集そっちのけで会話に聞き耳を立てていた。
「大体ココロも刳灯もわかりやす過ぎる。あれで気づいてなかったら馬鹿みたいじゃないか。私はそこまで鈍感なつもりはない」
「……確かにあれは少し露骨なぐらいだな」
 ふっ、と笑いながら美沙君は言う。
「だが、私が鈍い……というのは何の事だ?」
「何だ、お前。私が気が付いてなかったとでも思ったのか?」
「?」
「相手に覚らせるようなヤツは鈍いって事だよ」
 ため息をつきながらフレアが言う。美沙君はそれを聞いてまた笑った。
「何だ、フレア知ってたのか」
「当然……だろ?」
「まぁ時間遡れば分かることだからな」

ナナは問題をそっちのけで聞いていたが話しが全然つかめなかった。二人とも肝心なところを伏せて話しているからだ。だが二人はそれでわかっているらしい……。
「ナナ、出来たのか?」
 いきなりフレアがこっちへ向き直って訊いた。
「えっ、あっ……まだ……」
「ったく、早くやれよ?」
「ところでフレア?フレアはどっちにするの?」
「は?」
 ナナはフレアを手で呼んで言った。
「あの二人だよ。どっちにするの?」
「――……ったく、お前は……。 まぁ、問題終わったら教えてやるよ」
「ホント?!やったぁ!それじゃぁ頑張るぞ!」
「……」



「どっち……か……」
 フレアは自分にしか聴こえない声で言った。
「そんなの……私に選ぶ権利なんてない……」
 そして自分の手を見つめて言った。
「二度と、……二度と冷たい手を取ることなんて出来ない……」





夏の終わりの事だった。
本編への付箋をこんな所で出していいのかれんたさんよ?
さー、本編にご注目!いつかは謎が解けるでしょう!
え?謎じゃないって?……そっそげな悲しい事言わんといてぇな!(誰

ちょっぴりいつもとは違うシリアス路線で。
んでいつもより支離滅裂で。
……………………………………・いやっほぅ!!!(ヤケ

2003.8.31 - 執筆 / 2005.3.20 - 加筆修正