「お年玉ねぇ……貰えるとしたら何がいい?」
「キス」
「って事でフレア君!!」
「却下」
 ぽむっ、とフレアの肩を叩いたナナに即座に返されたのはこんな言葉だった。
「……いや、まだ何も言ってないんですけど」
 肩に手を置いたまま目を点にしてナナは言う。確かにまだ何も言っていない。
 しかしフレアは大げさに溜息をついて、肩に乗った手を取り払う。
 そしてジト目で口を開く。
「次に来る言葉が想像つくから、先に却下してやったまでの事だ」
 何か文句あるのか?、とでも言いたげに。
「そっ、そんな!!――フレアってばいつから読心術が使えるように?!」
 いやいやそーじゃなくて、とやはりジト目のままフレアは返す。
「読心術も使えるけど、この場合はだなどーせいつものパターンだろーから――」
「……ど、読心術使えるのかっ?!」
 パタパタと手を振りながら説明を始めるフレアの横に突如黒ずくめが現れた!
 何故か目をキラキラさせているが……それはまぁ、この際無視しておくことにしよう。
「あぁ、この私にやってやれない事はない。……って、美沙……お前どこから沸いてきたんだっ」
 ちょっぴり吃驚したのかもしれない。フレアは胸の辺りを押さえながらそう言った。
「さっきから居たぞ。それよりも本当に読心術が使えむぐっぐがっ?!」
「はいはい、みっちゃんはうるさいから黙ってね」
 話を途中で中断されたのが嫌だったらしい、ナナは美沙君の口を塞いでその上頭に拳を振り下ろした。まぁ、結果は言うまでもないだろう。……黒いゴミが出来たのでゴミ箱持ってきてー!
「ふー、ゴミは消えたしっ。さてさて、フレア君話の続きと行こうじゃぁないか!」
 何でフレア君なんですか、とか言いたいことはいっぱいあるようだがフレアはゴミ箱に押し込まれた美沙君を見ながら溜息をついた。ここでソレを訊いて中断してもメリットが何もないからだ。
「兎に角、だな。いつものパターンで来ると、今の時期なら一つしかないだろう」
 ちなみに“今の時期”とは年の瀬、12月も終わりの時期である。

 つまりは恒例の――年越し大会。

「どーせまた“フレアの家に行きた〜いvv”とか言うつもりなんだろーが」
 全く……とフレアは腕を組んでまた溜息。
「うわぉ!だいっせいかい!いやぁん、フレアってば私の言う事は何でもわかっちゃうのねんv」
 乙女ちっくに内股で腕をフリフリ、ナナさん。……ぐは!脳内に1000のダメージ!!
「……バカな事言ってんじゃねぇっての。大体お前、私が返した言葉ちゃんと記憶してんのか?」
 フレアが返した言葉――“却下”。
「はっ!?そ、そういえばそんな事を言われたような言われてないような!!」
 大げさに驚いた仕草をしたナナだが、しばらく顎に手を当てて悩んでいるかと思うとこんな事をほざいた。
「えーと、言われてないって事で!」
「いや、言ったから。てかホント無理」
 額に手を当て若干疲れ気味なフレアさん。
 しかしナナはそんな事おかまいなし!とフレアに縋り付いた。
「……なんで?去年は大丈夫だったじゃんかー」
「去年は……ホントはダメだったんだけどお前が勝手に決定したんだろうが!――兎に角今年は無理!」
 バッ、と胸の前でペケマーク。
「理由はー?」
「年越しの時に家を貸す約束しちゃったから!」
「……お、おぉう」
 その意外な答えにナナは思わず呻く。
 そして浮かんだ疑問が頭の中を駆け巡る。フレアが……家を、貸す?誰に?
「し、質問!」
「何だよ、ナナ」
 ナナがしばらく黙っていたのでもう諦めたと思っていたのだろう、フレアは既にその場から離れかけていたが不意にかけられた言葉に足を止める。
「ど……どなたにお家をお貸しになったんですかっ?」
 何その微妙な敬語。ナナは余りの意外さに口調がおかしくなってしまったらしい。
「どなたって――両親?」

 両親!! フレアからこんな単語が聞けるとは! しかも何で疑問系?!

 と、まぁ、こういう考えがナナの頭を駆け巡ったかどうかは定かではないが、兎に角ナナには理解出来ない事があったようだ。眉間のしわがそれを物語っている。
「両親、って何で家を親御さんに貸すことになるの?!大体フレアってば木のまたから生まれた悪魔だったんじゃ――あ、ごめんごめん、ウソウソv 軽いジョークってヤツv」
 ジト目で迫ってくるフレアに汗をかきながら慌てて弁解する。
 フレアは小さく息を吐くと、こう言った。
「普段は別に暮らしてるんだけど、人をいっぱい呼ぶことになったからでっかい場所が欲しかったんだと。だから私の家を提供したまでの事だ。……わかったか?ダメな理由」
「むぅ……わかった」
 流石にご家族関連となると手が出せないと悟ったのか、ナナは渋々頷いた。
「あ、て事はさ。もしかしてフレアは今年はそっちで過ごすの?」
「いや、私はあちらに加わる予定はないからな。何処か適当に初詣でもして時間を潰すさ」
 肩を竦めて言うフレア。ナナは「そっか」と返した。
「あー、でもフレアん家行きたかったのになー。それじゃ今年はドコに行けばいいのやらっ」
 自分家で大人しく過ごす、という手は最初から見えていないらしい。
 しかし、うーむと唸っていたかと思うと、突然走り出し――そして飛びつく。

「くーちゃん!!!」
「うわっ、首をしめるな!首を!!」

 恋する乙女くーちゃんこと、妖狐族の刳灯だ。
 ナナはその刳灯に後ろから派手にタックルをかまし、首に腕を巻きつけて拘束した!(良い子はマネしちゃいけません)
「やっほぅ、くーちゃん!ところでさっ、正月ヒマ?」
「う、うぐっ……」
「ねぇ、ヒマかって訊いてんの?!どうなのさー?」
 首に手をかけているのは計算なのか、天然なのか。最早ヒトとは思えない顔の色をした刳灯が苦しそうに呻いているのに気づかず、ナナは問いかけを続けていた。……が、
「ナナ、お前腕。腕」
「腕ぇ?」
 フレアは呆れた顔で自分の腕を叩いて、その手で刳灯を指差す。
 その動作にナナは「おおぅっ」と言って、慌てて腕を放した。
「いやぁー、ごめんごめん。悪気はあったんだけど」
「あったのかよ!!……ったく、やめろよないきなり飛びつくの……」
 ゴホゴホ、と咳をしながら刳灯がぼやいた。
 けれどナナはそんな事おかまいなし!ともう一度問いを繰り返す。
「で、どうなの?正月ヒマなの?」
「……ヒマ、だけど。それがなん――」
 未だ喉を痛そうに擦っていた刳灯が、全てを言い終える前にナナはガッツポーズをした。
 そして叫ぶ。

ぃよっしゃぁあ!!!
 そんじゃぁ、正月はくーちゃん宅にて呑めや歌えやドンチャン騒ぎ大会にけってーい!!」

「いやいや、待てまて!俺はまだンな事了解してねっ……ぇ……んですが、その」
「……ナナ、銃で脅すのはやめんか」
 いつの間にやらナナは手に銃を持って、それをくーちゃんの背中に突きつけていた!……無論、おもちゃの銃である。――で、あると願おう。
「にゃっはっは、ヤだなぁ。ちょっとした冗談だよぉ。ただ、この銃を使うことで私の意見を通してもらえればいいだけだしv」
 それを世間では脅しというのでは……、と一連の会話を聞いていた周りの人達は思った。
「……で、どうなの?」
 ナナはやはり銃を突きつけたまま――お、おもちゃだと思いたい――にっこりと笑った。
 刳灯はちょっぴり怯えて涙目になりながら、こくん、と首を縦に振った。



 * * *



 ――大晦日当日。
 R学園から程近い場所に位置する公園に、彼等は集まっていた。
 陽も落ち、暗くなった園内に声が響く。
「ひぃー、ふぅ〜、みぃー……っとよっしゃぁ、これで全員集まってるね!」
 手元の紙を見ながらナナが頷いた。
「んじゃぁ、参りましょうかぁ!さぁ、くーちゃん家へれっつらゴー!」
「……はいはい」
 疲れ気味の刳灯が小さく呟き返す。
 そしてポケットから小さな石のような物を取り出すと、園内の一番大きな木の方へと歩いていった。皆もそれに着いていく。
 ちなみに今回の“皆”は――ナナ、フレア、ココロ、美沙君、山下君、沙雪さん、ファル、ビスター……という“いつも(?)”な面々と、フレア同様家の集まりには参加しなかったので追い出されていたグリッセルとレイサーの二人を加えた、計十名だ。それに刳灯と刳灯のお兄さん、華南が加わる事になる。
『解!』
 石を構えて刳灯が言い放ち……周りに居た人達と共に、次の瞬間にはそこから消えていた。



「兄ちゃん、ただいまー」
「あ、くーちゃんおかえり〜」
 パタパタとエプロン姿で駆けて来るのが刳灯の兄ちゃん、華南である。灰色の髪に黒い耳の刳灯とは違い、髪も耳も真っ黒なのが特徴だ。
「華南さ〜ん!お邪魔しますっ」
「お世話になります」
「こんにちは!」
 以前刳灯の家に来た事があり、華南にも面識がある人達は軽く挨拶をする。
 面識の無いグリッセルやレイサーは深々と頭を下げた。
「グリッセルと申します。こっちはレイサーといいます。いつもお宅の刳灯君にはうちのフレアがいつもお世話になっているようで……」
 ……て、保護者の顔合わせですか。まぁ、似たようなモンかもしれないのだが。
「いえいえ、こちらこそ。くーちゃんがフレアちゃんに迷惑かけっぱなしで。あ、刳灯の兄で華南と申します。そうそう知ってました?くーちゃんってばお宅のフレアちゃんの事――」
 あらやだ奥さん知ってました?あそこのスーパーの卵、値上がりしたんですのよ?……そんな感じの口調な華南。次に言う言葉は恐らく――フレアちゃんの事、好きなんですよv――という所だろうか。
 そしてソレを察したのか、刳灯が真っ赤になって華南の言葉を遮った。
「兄ちゃん!!!!」
「ん?どうしたの、くーちゃん」
 どうしたも何も無いのだが、とりあえずこの会話をやめさせなければ!顔を真っ赤にした刳灯はそう判断すると、ビシッと廊下の奥を指差した。
「な、鍋が沸騰して噴いてるぞ!!!」
 たぶん……と自分にしか聞こえないくらいの声で小さく呟く。
「えっ、そ、それはいけない!グリッセルさんレイサーさんすみません。あ、皆楽しんでいってね」
「はーい!」
 ナナが代表して答える。華南はにっこり笑うと、大急ぎで廊下の奥へと消えていった。
「……っふー、全く兄ちゃんは……油断も隙もあったもんじゃない……」
 それを見送りながら小さく呟く刳灯。
 そしてそれを見るニヤケた目――これは主にナナとファルで、あ、沙雪さんもだ――、少し困ったような苦笑交じりの表情の山下君や美沙君、一人冷ややかな目のココロに我関せずのフレアやビスター。
 どうやら華南が次に言う言葉は皆にもわかっていたらしかった。
 刳灯はバツの悪そうな顔をして頭をかいて、
「――こっち……どーぞ」
 ぼそぼそとそう言った。



 * * *



「えと、兄ちゃんは今、年越し蕎麦作ってるから……それまで何するか、なんだけど」
 通された部屋に皆が入ったのを確認した後、刳灯が言った。
 するとグリッセルとレイサー、それに山下君は
「じゃ、僕は華南さんを手伝ってくるよ」
「あ、私も一緒に参ります」
「あっ、あたしも一緒に行くー!」
 と言った。そして刳灯に台所の場所を教えて貰うと、部屋から出て行った。

「んで……何するよ?」
 残された人達にそう問いかける。
「んーむ、どーしよっかなー。お菓子とかお酒とかいっぱい持ってきたんだけど、華南さんが作ってくれてるお蕎麦があるから今は食べない方がいいしねぇ〜」
 はちきれんばかりに膨張した鞄を指差して言ったのはナナ。……てお菓子はまだしもお酒て。まぁ、今回は法律で許されてる年齢の人が居るからまだいいのだろうが。
「そうだな。今何か食べたら折角華南さんが作ってくれた美味しい料理が入らなくなる可能性がある」
 うんうん、と頷いたのはフレアだった。フレアも以前ここに遊びに来たことがある内の一人で、その時にばっちり華南の作る料理の虜になっていたりする。
 んーむ、と皆悩んでいたのだが、「あ」とファルが声を上げた。
「そんじゃさ、それまで正月らしく花札するってのはどーだ?!」
 ――まだ年は明けてないが、まぁ、細かい事は気にしないでおくとする。
「なるほど……花札か。ふっ、確かに正月らしいな!そうだな、折角だし何か賭けてやるか?」
 なかなか良い事言うじゃないか、と美沙君が首を縦に振る。
「賭けるって何賭けるのさー?僕お金とか無いから、それは無理だよ?」
 そうココロが言うと、
「確かにお金はちょっと……私、持ち合わせも大してありませんし」
 と、沙雪さんも困ったような顔をして呟いた。
 すると今まで黙っていたビスターが「それじゃぁ」と切り出した。
「王様ゲームみたいにして、勝った人が何か命令出来る様になる、とかでいいんじゃないかな?」
「そうだな。それが良さそうだ」
 じゃぁ、とフレアは刳灯の方を向く。
「花札、あるか?」
「あぁ、当然。昔は仲間内でよくやったモンだ。言っとくけど、俺負けなしだぜ?」
 刳灯はニヤリと笑ってそう言った。そして部屋の隅に位置している棚の方へと歩いていき――

 ひ ら り

 そこへ辿りつく前に、上から何か落ちてきた。
 無論ここは建物の中だ。頭上から物が落ちてくるなど、普通では有り得ない。
 皆が恐れと興味を混ぜ込んだ視線を送る中、訝しげな表情をしたフレアがそれを拾い上げる。
 そして大きく溜息。

「刳灯、花札はヤメだ」
「え、何で」

「作者が花札のルールを忘れたと言っている……」

 ……。
 …………。

 なら最初っから花札の話とかだしてんじゃねーよ!!
 ゴゴゴゴ、と皆の背後に炎が燃える。

「――ったく、しゃーねーな……それじゃトランプでもいいか?」
 比較的早く背後の炎を消した刳灯がそう言った。
「うん、トランプにしよー!どっかのバカたれが花札のルール知らないとかほざいたからって私達の遊びを止められるワケじゃないしね!!」
 にゃはっ、と爽やかな笑顔でナナ。……うっ、これはちと痛いっ。
「……だな。で、トランプつっても色々あるだろ?何やるんだ?」
 棚から取り出してきたトランプを受け取りながら、フレアが言った。
「神経衰弱!」
 美沙君が勢いよく手を上げた。
「ダメ、却下!神経衰弱なんかしたらお前、全部ひっくり返せそうだからな」
 フレアが即座に却下する。
「ポーカーは?」
 と、ココロ。しかしこれもまた冷たく却下。
「花札のルールもわからんバカがポーカーのルールを知るはずないだろう!?」
 ……否定はせん。
「それじゃぁ、七並べはどうかしら?」
 沙雪さんがそう言った。



「よし、皆にカード回ったな?じゃ、7のカード持ってるヤツは出してー」
 そう言いながら刳灯がクラブの7を出す。
 そしてダイヤの7は沙雪さんから、スペードの7はファルから出た。
「……ハート持ってる人は?」
 返答はなし。……あれ?
「刳灯、これってホントにカード全部揃ってるの?」
 訝しげにココロがそう訊く。刳灯はちょっと焦ったように「当然だ!」と答えた。
 皆の顔を見渡しても、故意に隠しているようには見えない。フレアは隣に座っていたファルと顔を見合わせるとふぅ、と溜息をついた。そして口を開く。
「ビスター……お前のクラブのキングの後ろに張り付いてる」
「え?――あっ!」
 ペリ……と、引き剥がす音が聞こえて、ビスターがハートの7を差し出した。
「ご、ごめん。僕気がつかなくて」
 どうやら何かが糊の役割を果たして、キングに張り付いていたらしい。
 しかし、そうなると疑問が沸き起こる。
「な……んでわかったんだ? はっ、もしか読心術?!」
 キラキラさせた瞳で美沙君が言った。いやいや、ビスターも知らなかった事だからこれは読心術の類じゃないと思うぞー?
 その問いかけにフレアとファルはまた顔を見合わせ小さく笑う。
「なんなら他のカードも当ててやろうか?」
「へっへっへー、皆驚くぞー?!」
 ニヤニヤと笑うファルに皆カチンときたのだろうか、「ならやってみせてよ!」という言葉に彼等の魔術が始まる。

「……ハートのエースはココロ、クラブは美沙、スペードとダイヤはナナ」
「2と3のハートがくーちゃんだなっ。そんで2のクラブがビスター、スペードがさゆちゃん、ダイヤは俺」
 あれよあれよと言い当てられて、残りはキングのカードだけ。
「ダイヤはココロ、ハートは私が持っている。スペードが刳灯、クラブが美沙」

 パタン
 全てのカードが並べられて、綺麗な長方形を作っていた。
「う、うわぉ……すっごー!!ホントに当たっちゃったよ!?」
「す、すごい。読心術でこんな事が……」
 いや、だからそれは違うって。
「本当にすごいなー、フレアにファルちゃん。どうやったの?」
 興味津々!といった表情のココロに二人はニヤリと笑ってこう答える。

「「ハンドパワーです」」

 ――て、おいおいっ!
 (Mr.マリックとふじいあきらの対決見た方ならわかるはずっ)

 と、まぁ。不思議世界で楽しめたのはいいとして。
「……七並べする前に終わっちゃったねぇ」
 ぽそり、とナナが呟く。
「そうだな……じゃ、もう他のヤツやるか?ほら、ババ抜きとか」
 ぽむっ、と手を打って刳灯が言った。
「いいですね、ババ抜き。結構ハラハラ感が味わえますし」
 ビスターがそれに同意する。「あ、でも」と言ってフレアとファルの方を向くと、
「フレアさんはまだしも、このバカゾンビはマズくありません?」
「ちょっと待てビスター!フレアだって俺と同じ事やったっちゅーのに、何で俺だけ?!」
「それはお前の日頃の行いが悪いからだっ。胸に手を当てて訊いてみろ!!」
 ペタ
「――何も悪くないって言ってるぞ!!!」
 どどんっ、と胸を張って答えるファル。俺は悪くない!と顔に書いてあるよーだ。
「……あー、うん。それじゃ私もファルも次のは見ておく事にするよ。それならいいだろう?」
 そのやりとりに苦笑しつつフレアが提案する。確かにこの二人がまたさっきみたいにカードを当てる事が出来るとしたら、ババ抜きなど出来るハズがないのだ。自分が引くカードの中から有利になるカードだけを引くことだって出来るのだから……。
「んっ、そだね。それじゃぁ、二人にはじ〜っくりと我等の戦いぶりを見て貰おうじゃあないかぁ!」
 ナナがうむっ、と頷きながらそう締めくくった。



「皆カード回ったか?そんじゃ、ペアになってるのは真ん中に捨ててってな」
 フレアとファルの二人が減ったとは言え、人数は六人。これだけ居るとなかなかペアになる数も多くはならない。現に真ん中に捨てられたペアカードは僅か5対だった。
「さてさてっ、そんじゃあじゃんけんして引く順番決めよっか!」
 グーに握った手を差し出したナナがそう呼びかける。皆も手を出して、じゃんけんをする。どうやら順番は 刳灯→沙雪さん→ココロ→ナナ→ビスター→美沙君 というようになったようだ。
 そして(ナナ曰く)戦いが始まる――

「おぉぅっとぉ!刳灯選手っ、さゆちゃんのカードの中から慎重に1枚引き抜いたっ。引いたのはダイヤの7!!これは刳灯選手っ、7のカードを持っているからペアペアになる事が出来るぞ?!」

「……っとぉぉ?!沙雪選手っ、考えるようなその表情が堪らない!流石は美少女!大好きだ沙雪さん!(By学長っ!) そして沙雪選手……ココロのカードの――おおおおおっっとおおぉぉ?!?!
 そいつは……そいつはあぁあっ、ジョーカーだあああぁ!!!!
 不適に笑う、悪魔の影に魅入られてしまうのか沙雪選手っ。それともその悪魔からは逃れ、右から2番目のスペードのジャックを引いて自分のカードのジャックとのペアペアになるのかっ。さぁ、どうする?!」

「――て、ババ抜きの実況なんてするヤツがあるかあぁぁあァッッ!!!」


 スパパパァァンッッ


 爽快な音と共にファルの頭に突如としてたんこぶが現れる!
 ……ようするに殴られまくってるって事なのだが。
「な、なんだよう、フレア。ただ俺は皆の緊迫感を読者の皆様にもお伝えしようとしただけで……」
「そーいう考えを持つのは別にいいがっ、それならカードの中身まで教えるんじゃない!!!」
 片手に特大ハリセンを持ったフレアが息を荒くして怒鳴る。……てハリセン?
「ふっ、フレア、お前それどっから――」
 ハリセンにある意味トラウマを持っている美沙君が怯えた声を出した。
「ん、これか?これは山下から貰ったんだが」
 これがなかなか使い心地がよくてな〜、とフレア。美沙君はビクビクと震えている。
「……じゃなかった。兎に角ファルッ、お前は静かに見とけっ」
 そしてババ抜きをしていた面々を振り返り、
「ごめんな。もっぺんやり直して貰えるか?今度は何も言わせないから」
 にこやかに言い放った。なんとも怖いお人である。
 ギロリ
 不意にフレアが天井を見上げる。……うっ、こ、怖い!
「わかった。じゃぁ、最初っからやり直して――そうだな、今度はジジ抜きにするか。ババだとジョーカーが余るってのがわかっててちょっとアレだからな」
 刳灯がそう言って、皆のカードを回収し始める。
 そして念入りに混ぜてその中から1枚抜き取り、トランプケースの中に入れて蓋を閉じる。
「じゃ、分けるとするか。さっきみたいにペアのは真ん中に捨ててな」

 ファルちゃんのおバカな実況に邪魔をされたゲームが再び幕を開けた――

 シュッ
        パサッ

  パシュッ
        パサッ

 カードを引く音と、ペアになってそれを真ん中に捨てる時の音。
 これだけが部屋の中に静かに響いていた。
「フレア……俺様ちょーぉつまんねぇんだけど」
「そう言うな、さっきあんなパフォーマンスしてしまったからな。我慢しろ」

 シュッ
        パサッ

「フレアぁ……」
 カードの音しか響かない部屋でファルが情けない声を上げる。
 フレアは小さく溜息をつくと、すっくと立ち上がった。
「ちょっと私達、台所行って手伝ってくるな」
「え、あ、あぁ」
 いきなりの発言にちょっと吃驚したものの、今は真剣勝負!小さく頷き返しただけで、刳灯はまたカードの世界へと戻っていった。
「ほら、ファル行くぞ。あっち行ってもつまみ食いとかして邪魔すんじゃねーぞ?」
「もっちろん!ばかばか食べまくりますとも!」
 ズバシッ
「……ごめんなさい」
「わかれば宜しい」



「どうも〜、お手伝いに参上しましたっ」
「あまりお役に立てるとは思えませんがお手伝いにきました〜……ってもう出来上がっちゃってますね」
 ここの台所はカウンターキッチン式で、そのカウンターに隣接してダイニングテーブルが置かれていた。そしてその上にはとぉ〜っても美味しそうな匂いを漂わせる、とぉぉ〜〜っても美味しそうな年越し蕎麦が!!
「うっは、すんげぇ美味そうっ」
 じゅるっ、と今にも食いつきそうな表情のファルちゃん。フレアもそこまでは行かないが、唇をかみ締めてソレを見ている。
「あ、良いところに来てくれた。今お盆出すから向こうに持っていってくれるかな?」
 カウンターの向こう、薬味のネギを切っていた華南がそう言った。
 手伝いをする、と言って来ていた山下君やグリッセル、レイサーもカウンターの向こうでちょこまか働いているようだ。
「わかりましたっ。このファルギブッ、命に代えてもこの蕎麦を全て食べます!!」
 いやいや、食べるなっての。フレアが思わず頭を叩いて黙らせる。運良くお盆を取りに行っていた華南には聞えていなかったらしい。
「たぶん3つくらいしか乗らないと思うからとりあえず乗る分だけ運んでくれるかな。
 後のは僕達が持って行くから」
「はい、わかりました」
 大きめのお盆を受け取りフレアが頷く。確かに蕎麦の入ってる器が大きいのでこれでは3つ程しか乗らないだろう。
「ほら、ファル。ぜーったい落とすんじゃないぞ。落としたら、お前の蕎麦なしだからな」
「よっしゃ!まかせとけっ。このファルギブッ、命に代えてこの蕎麦を守り抜きます!」



「さー、野郎どもっ!飯だ、メシ!!」
 バァンと開けたドアの向こう――そこは戦いの真っ最中。
「うわっ、またババ引いちゃったよ〜」
「後は4がくれば私は上がり……4、4、4、……4よ来るが良い!!」
 ちなみに戦っているのはナナと美沙君だった。他の四人は既にあがっていたようだ。
「おわー、醜い敗者の争いってヤツかっ」
 部屋の真ん中のテーブルに蕎麦の器を移しながらファルが言った。目ぇ、輝いてますよ。
「あの二人が残ったんだな。それで?誰が最初にあがったんだ?」
 同じようにお盆から移しながら、フレアがそう訊いた。
 その問いに答えたのは言葉ではなく動作。
 刳灯がすっと手を上げた。
「へぇ、刳灯か。お前ババ抜きも強かったんだな?」
 意外そうに眉を上げて言うフレア。しかしそれを聞いていたココロがぶすっとぼやく。
「悪運が強いだけだよっ。 あの時僕だって8を引いてれば……」
「バッカココロ。悪運でも何でも勝ちは勝ちなんだよ!やーい、負け犬ー!」
 確かにそれはそうなんだが……なんだか子供みたいだぞ、刳灯。

「やったぁー!!あっがり〜〜!!」

 少し離れた場所で熱戦を繰り広げていたナナが声を上げた。どうやら目当てのカードを引くことが出来たらしい。そして反対に負けてしまった美沙君は背後に縦線を背負って打ちひがれていた。
「これで美沙がドベか。あ、そういや賭けの話はどうなったんだ?」
 ふと思い出して尋ねるフレア。
「確か勝った人が何か命令出来る様になる……とか言ってましたよね」
 答えたのは沙雪さん。そう、確かそんな事になっていたハズだ。
「となるとくーちゃんが命令権を得た、って事か。それでくーちゃんはどんなコトを言うつもりなのかなっ?!」
 ドキドキワクワクとウザいくらいにはしゃぐファル。
 けれどのその期待(?)を裏切って刳灯は静かに首を横に振った。
「いや、俺はいーよ。それに全員が参加してないのにそれで勝ったってダメだろ?」
「そっかなー。あ、それじゃさ、参加したヤツにだけの命令権だったらいいんじゃね?」
 そのファルの提案にも首を振る。
「俺はいーの。まぁ、後で全員でやる事があってそん時にも勝ったら命令させて貰うけどなっ」
 と、不敵に笑って刳灯は言った。



 * * *



「ぷはーっ、食った食った!!」
 パンッと両手を合わせてごちそーさまっと軽く頭を下げる。
「ファル……お前食べんの早過ぎ」
 横でまだ半分以上残っている状態のビスターが呟いた。確かに他の皆もビスターと同じくらい残っている。
「だって〜、すんげぇ美味しいんだもんっ。あー、俺毎日こーいう美味い飯が食いてぇなぁ……」
 華南さん弟要りません?なんて付け加えて。
「いやぁ、僕としてもそこまで言って貰えると嬉しいよ。弟はくーちゃんがいるからいいけど、また遊びに来てくれた時は腕を振るうよ」
 にっこりと華南が答えた。

「あ、食器はまとめて運ぶからそのお盆の上に重ねておいてくれるかな」
 ココロや沙雪さんはまだ食べているようだが、もう皆ほとんど食べ終わったようだ。
 食事の終わった面々は再びトランプゲームを始めたり、テレビをつけて正月番組を見ていたりした。
 ――時刻は只今11時50分。
 あと10分で今年も終わり、という事でカウントダウン番組ではかなり盛り上がっているようである。
「すごいな、毎年毎年……なんでこんなに面白くない番組をたくさん作れるんだか」
 正月番組には否定的らしいフレアが呟く。そしてさっきまで隣にいた刳灯に「そう思わないか?」と訊こうとしたのだが――
「あれ、刳灯?」
 刳灯はそこに居ず、それどころかいつの間にか部屋からも消えていた。
 別に探す必要はないのだが、何だか気になったフレアは台所へ行って洗い物をしている華南に尋ねる。すると華南は「あぁ」と小さく笑って、
「くーちゃんなら2階のバルコニーに居ると思うよ。毎年、年越しの時はあそこに行ってるようだから」
 その場所を教えてもらい、フレアはそこへ向かった。



 玄関から延びた廊下の突き当たりの階段を上って、一番右端の部屋から外へ出る。
 白い息を吐きながら、外を見つめる刳灯が居た。
「……あれ、フレアどうしたんだ?」
 その姿はファー付きのダウンジャケットにほわほわの手袋、マフラーはしていないが、ジャケットについているファーでかなり暖かそうだ。
「完全装備かよ……」
 部屋の中に居たそのままで出てきてしまったフレアが思わず呻く。妖狐族は気温の変化に弱いから比較的温かいとは言え――それでも外は寒かったのだ。
 それでも今更部屋に戻ってコート着てからまた来るというのもめんどくさい。フレアはそのままでバルコニー用のスリッパを履いて外に出た。
 そして刳灯の横に立った瞬間、
「そんな格好で寒くないのか?」
 横のもこもこ刳灯がそう声をかけた。
「寒いに決まってるだろ!……ったく、お前がいきなりどっか行くから」
 最後の方は手を口元へと寄せたので聞き取りにくかったが、隣に居た刳灯にはばっちり聞えていたようだ。
 一瞬にして顔が真っ赤になる。そしてしばらく考え込んだ後、ダウンジャケットを脱いでフレアの肩にかけた。
「……!? あ、え、お前その……」
「探しに来てくれたお礼……ってヤツだから、素直に着とけ」
 かなりこっ恥ずかしいのだろう、明後日の方向を向いてぶっきらぼうにそう言った。
 フレアもそれにつられて赤くなりながら、「ありがとう」と呟いてジャケットを着込んだ。

「お前さ……毎年、年越しの時はここに居るんだって?」
 少し暖かくなったフレアと少し寒くなった刳灯。隣に並んで外を見ていた。
「あぁ、兄ちゃんに聞いた?」
 コクン、と軽く頷く。
「何か理由でもあるのか?」
「……いや、別に大した事じゃないんだけどな。――中に居るより、外に居たほうがなんかこう……天国に近くなれるような感じがして……さ」
 そう言って空を見上げる。珍しく雲ひとつない星空。
「今俺には兄ちゃんしか居ないけど、やっぱ昔はちゃんと居たわけだよ。父親とか母親とか――だからその人達にも年越しの挨拶を、ってな」
 傍から見れば馬鹿みたいだけどな、と言って自嘲気味に笑う。
「そんな事……無いさ。そうか……親孝行者だな、刳灯は」
 フレアは優しく笑って、そう言った。

「そういえば」
 しばらく空を見上げていたフレアが不意に口を開いた。
「……何?」
「お前本当に“王様”にならなくて良かったのか?」
「あぁ、その事」
 ふーっ、と息を吐き出して手すりに寄りかかる。
「別に命令したい事とか欲しい物とかも無かったしな――あ、でも」
「何かあるのか?」
 手すりに寄りかかった状態で顔だけフレアの方を向く。そして笑ってこう言った。
「お年玉とかなら欲しいかも」
「はぁ?……でも賭けはお金はしないって――」
 訝しげに眉を顰めたフレアの声を遮って刳灯は付け加える。
「勿論、お金じゃないモノだよ。あ、当然“お金じゃ買えない物は〜”とかじゃねーからな?」

 “お金じゃ〜”はカードのCMの事を指しているのだろうか。つい買ってしまったペアルック――って、ペアルックをつい買うヤツがいるかあぁ!!
 ……と話が逸れてしまったようだ……軌道修正、と。

 刳灯の答えにフレアは小さく笑った。
 手すりにひじを付き、顔だけを刳灯の方へと向けて尋ねる。
「お年玉ねぇ。お金以外で貰えるとしたら何がいい?」

「キス」

 間髪入れずに、言葉は返ってきた。

「……は?」
「いや、だから、キス」
 これで口の端が上がっていたり、おどけたような声で言っていたのならまだからかいだと……そう思えたのかもしれない。しかし刳灯は至って真剣に――フレアを見つめて、そう言った。
「なぁ、わかってんだろ俺の気持ち。……って言ったから当然なんだけど。兎に角さ、こんな状況で好きなヤツと二人きり――そーいう事考えちまうのは仕方ないだろ……大体二人きりってだけでも限界点越しかけなのにその上俺の服とか着ちゃっててさ?……お前、襲うぜ?」
 少し辛そうな顔をして見つめてくる刳灯に、フレアは何も言い返す事が出来ず固まっていた。
 そして見つめあいながらも時は流れ――

「ぷっ、冗談だよ、冗談!」

 さっきの真剣な顔はどこへ行ったのやら、刳灯は口元に手を当てて笑い始める。
 しばらくそれを見つめていたフレアだがやっとからかわれたのだと理解したのだろう、顔を真っ赤にして刳灯をぼかすか叩き始めた。
「わっ、馬鹿、痛いって!」
「全くお前はっ……お前は……!!」
「悪いっ、ごめんって。もう叩くなって」
 笑いながらフレアの手を受け止める。それを振りほどこうとするフレアに合わせて手を離す。
「でも――全部ホントなんだからな」
 離した瞬間、小さく、本当に小さくそう呟いて。



 ピッ

 突然電子音が鳴り響いた。
 そしてそれは秒数毎に続けて鳴り始めた。
「……なんだ、これは?」
 正体のわからない音に不安感を抱いたのか、フレアは強張った表情で辺りを見渡した。
 けれど刳灯がすぐに言った。
「俺の時計の音だよ。30秒前からカウントするように設定してたんだ」

 ピッ

「そ、そうなのか……一体何の音かと思ったじゃないか」
 ほっと胸を撫で下ろす。その間にも電子音は響いていた。

 ピッ

「刳灯」
「ん?」

 ピッ

「色々とその……ありがとう、な」
「何が?」

 ピッ

 鳴り響く電子音の中、フレアは優しく笑う。
 ――こんな私を好きになってくれて、ありがとう。
 声には出さないで、そう呟いた。

 ピッ

 残り5秒――

 ピッ

 残り3秒――

 ピッ

 2秒

 ピッ

「刳灯」

 1秒

 ピッ

「……どうした?」



 ピッ
ちゅっ



「フレ……ア?」
 呆然としながらも、確かに頬に感じた感触を逃さないかのように手で包み込む。
「……王様の、ご要望だったからなっ」
 ぶっきらぼうにそう言い放つ。そして真っ赤な顔で睨む様な視線のまま刳灯を見た。
「こ、この事は誰にも言うなよ?!……わかったな?!」
「あ、あぁ……」
 促されるままだったが頷く刳灯に満足したのか、フレアは踵を返すとバルコニーから出て行った。
「言っちゃダメだからな!? あと――服、ありがとう」
 そう、付け加えて。



「……えーと、はい。
 年明け早々、俺は外で凍死してますか?マッチ売りの少女、マッチ無いバージョンですか?」
 ようするに夢じゃないか、と言いたいのであろう。
 刳灯はフレアがキスしたのとは反対側のほっぺたをぎゅーっと抓る。
「いたっ」
 ――当たり前である。
「痛い……て事は、夢じゃない?」
 そしてこれが現実だと認識するや否や、彼は口を開いた。



「ナナ」



 がさりっ、と近くの木が揺れた。
 その直後、屋根からシュタッと黒い影が下りてくる――って、木は関係ないんか!
「撮れてる?」
「もっちろんだとも、王様!」
 ナナはコートは勿論、マフラー、手袋、耳当てまで着けた重装備だ。それにその手にはデジタルカメラが。無論、起動中。
「我がCKLカンパニー、機械部門の技師達に作らせた特注品!どんな天候だろうと、どんな場所だろうと、最適な環境で撮ったのと変わらない映像を貴方にお届けします!――て事で完璧ですよん、王様!」
 ちなみにCKLカンパニーとはナナの実家である。ナナはそこの総帥、リーゲン=カルラ氏の一人娘なのだ。
 それにしても何故王様……も、もしかして。
「しっかしホントに吃驚したよー。王様の命令で綺麗な星空だから撮っててくれ、って言われて屋根に張ってたらいきなりラブコメ始めちゃうんだもん!何回噴出しかけたか!!もう、思わず星空そっちのけでノンフィクション映画撮っちゃったよ!」
 その言葉に刳灯は小さくガッツポーズ。
「よし、ナナ!それじゃそのテープ」
 そう言って手を差し出し――軽く跳ね除けられる。
「え?」
「にゅ〜っふっふ、ダメですよ王様v 家来のワタクシめは“撮れ”と言われただけでありますので、そのテープを差し上げるワケには行かないのでありますよ王様v」
 でも……、といかにも越後屋な感じにニヤリ。
「今なら、このテープのダビングテープがなんと5万円!うっはぁ、なんてお得!すごい!」
「……お前、それはぼったく――」
「あ、それじゃくーちゃんはフレアにこの事バレてもいいんだ?わお、塵一つ残らないで、地面に影だけ残るのがたやすく想像出来ますねぇ」
 つまりは跡形も無く消される……と。
「ナナっ、お前卑怯だぞ!それにテープに5万円ってなんだ、高すぎるぞ!!」
「ヤだなぁ、王様。“ダビングテープ”が5万円ですよv “マスターテープ”は10万円vv」
 ニヘニヘ、と手でごまスリスリ。越後屋どころか、さしずめ悪魔のようである。
「……お前なぁ、ホント頼むか――」
 涙目で弱弱しい声をあげる刳灯を遮って、ナナは「ん〜」と口元に人差し指を当てて考え込む仕草をする。
「私も、お年玉が欲しいんだよね。ほら、そろそろ経済的にヤバい感じだし」
「嘘つけ、嘘を!大体お前家出してるくせにちゃんと親父さんから金貰ってんだろうが!」
「――へぇ、くーちゃんそんな事言っちゃってもいいんだ?」
 キラーン、とナナの目が光る。
 そして手すりに寄りかかると、芝居がかった口調で……こう、言った。

「……お前、襲うぜ?」

 ひゅるるるるー……
 風が吹いて、木々を揺らした。
「ナナ……頼むから」
「あ、勿論くーちゃんの言った意味で、じゃなくて“ヤ”の人とか暗殺者とか使った方ねv」
 にぱっと無邪気に笑って怖い事を吐く。ちなみに“ヤ”の人とは……まぁ、つまり“ヤ”の人だ。その次に“ク”がきて、“ザ”の人だ。
 その無邪気さに殺られたのか、刳灯はガクッと膝をついた。
 そしてガバッと顔を上げて叫ぶ。

「ああああっっ、新年早々嬉しいんだか悲しいんだかっ――勘弁してくれーーっっ!!」

 生物学上、イヌ科の彼に幸いあれ。



 * * *



「……くーちゃん、今頃フレアちゃんに告白とかしちゃってたりしてね!」
 1階の奥の部屋、縁側に佇む彼は一人笑う。
「ね、父さん母さん。僕ら――幸せだよ」
 手の付けられていない酒の入ったお猪口が二つ。
 華南は自分用のお猪口を空に掲げて、嬉しそうにそう、言った。





 まぁ、何はともあれ!今年もこいつ等共々、よろしくお願いします!!
てことで、正月小説でした。いやはや、長いのに最後まで読んでくださってどうもです!
さて……去年は31日に必死に書いてた正月小説。 今年は1日なってからも書いてましたがな!!!
色々とおかしいトコもあるかもしれませんが、そこはそれ画面の前でツッコむだけに留めておいて下さい。

それでは皆さん、良いお年をお過ごしくださいませー!!

2006/1/1  「既視感」 れんた