そして放課後。
 また来るであろう藤乃さんを見たくなくて、HRが終わった後、すぐに教室を飛び出した。
 手伝いが早めに終わることを祈って、あえて鞄は置いたままにしておく。
 英語部屋に向かうと斎川先生はまだ居なくて、鍵も開いてなかった。
「――担任も持って無いのに、何してるのよ……」
 そう思いながら部屋の前で待っていると、程なくしてダンボール片手にやって来た。
「ごめんごめん!やっぱり文学部の部室にするわ~。こっち来て~」
「……文学部? 勝手に使っていいんですか?」
「いいわよー、だってわたし顧問だもの。幽霊部員ばっかりだけど」
 ……それっていいのか、とちょっと思う。

 文学部の部室は所謂部室棟にあって、その中でも特に寂れている雰囲気を漂わせる一画に位置していた。
「ヨイショっと」
 扉を開けてダンボールを床に置くとうっすら積もったホコリが舞い上がる。……しばらく誰も来てない証拠だ。
「まずはココの掃除ね!上の方からハタキをかけていって、床は水拭きね! その後は本棚の本とこの書類の内容と照らし合わせてチェックする!ミスがあったりしたら、パソコンで新しい書類を作る! オッケー?」
「全くオッケーじゃ無い。……サトミちゃんは閻魔様に舌引っこ抜かれると良いと思うわ。――なぁにが、“英語部屋が手軽でいっか”よ!ハナっから文学部の掃除に使うつもりだったんじゃないの!」
「あれ?バレちゃった?」
 反省の色無し。テヘッと笑って、ゴメンゴメン許してね、と全然悪びれない様子で謝るフリ。
「ね、お願い!幽霊部員ばっかりで誰がいるのかもよくわからないし、頼めるの祐美ちゃんしか居ないのよ~」
「……結衣は?」
「結衣ちゃんは……ちょっと苦手だもの」
 ……。たぶんゆーちゃん同様、結衣の小さい頃に何かしたクチなんだろうな、と思う。それで嫌われたか。自業自得だ。
 全然“オッケー”な気分では無いけれど、うるさく縋り付くものだから渋々首を縦に振る。

 教室と比べると狭いけれど、たった2人で全部やるには随分骨が折れた。
 他愛の無い事を話しながら、時には作業そっちのけで本を読み始めるサトミちゃんを説教しながら、黙々と進めていく。
 全ての作業を終えて、ふと外を見ると空には若干橙色が混じり始めている。
「祐美ちゃんありがとう~!助かったわ~。これであと1年は放置して大丈夫!」
「放置しないで、小まめに作業してください、お願いだから」
 そうしたらもうちょっと楽な作業になると思うのに……本当に勘弁して欲しいくらいの量だった……。
「もうこれで終わりよね?私、帰るから」
 すっくと立ち上がってサトミちゃんに告げると、
「うん、ありがと~。今度美味しいデザートバイキングに連れてってあげるわね!」
「……その約束が破られない事を期待してるわ」

 部室棟から出て途中の水場で手を洗う。
 制服はホコリのせいで所々汚れてしまっている。大まかな汚れはハンカチで拭いたけど……クリーニング代も請求してやろうかしら。
 そんな事を考えながら教室に向かう。
 階段を3つ上がり、東校舎の奥から4番目。
 教室の手前まで来て明かりが灯ってないのを見て、しまった、と思った。
 もうきっと誰も残っていないだろう――つまりは鍵が閉められている。
 ……参った、職員室に行って取ってこなきゃ。
 そう思って踵を返した時だった……中から――声がしたのだ。
……は……な、……の?
ち……じゃ、い
 よく聞こえない。それに誰かもわからない。
 とりあえず鍵は開いているのだ、と思って扉まで寄って、ガラス部分から中が見え、……た。

「っ?!」

 慌てて扉から離れて、壁にべったり張り付いた。
 ちょっと待って、お願い、心臓静まって、あの、中に、居たのは……
……な話が、あるの
何ですか……?
 さっきより近くに来た事によって中の声が聞き取れるようになった。視覚だけの情報に聴覚も加わる事になる。
 間違い無い――中に居るのは……、
「あ、あのね、渡辺君!」
 藤乃さんと――
「……だから何だと言っているんです、藤乃さん」
 ――渡辺秋、その人、だった。

 教室の中には恐らく二人だけ。
 そしてあの藤乃さんの切羽詰ったような台詞。秋の声から若干怒気が感じられるのが気になるけど……この状態、は。
 この先を聞いちゃいけない、聞きたくないと思っても体が動かなかった。
「も、もう気づいてるかもしれないけど――わたし、渡辺君の事が、ね」
「……」
「すっ、好きなの!! だ、だから――わたしと付き合ってください!!!」
 藤乃さんの声。すごく必死だ。
 少しの沈黙の後、それに声が返る。
「……、……ありがとう」

 ………………。
 …………。
 ……。

 や、っぱり……そう、なん、だ。

 “ありがとう”って。
 そういう意味だよね?藤乃さんの告白を受け入れたって事だよね?じゃあ、蒼依が言ってた、『好きな人』って、ホントに藤乃さんの事だったんだ。私、私……こんなトコで何して、バカ……みたいっ!!!

 唐突に溢れてきた涙を拭う為に腕を動かす。
 その間にも中の会話は進んでいく。
「じゃ、じゃあ――付き合って、くれるの?嬉しい! わ、わたしね――購買で助けて貰う前から、ずっと渡辺君の事カッコイイ人だな、って思ってたの!だからあの時助けてくれて、本当に嬉しかった!」
 ……私、だって、藤乃さんなんかより、ずっとずっと前から、秋の事見てた!
「すぐに好きになっちゃったわ!だって、好きにならない方がおかしいと思わない? 皆が噂してるけど、渡辺君って王子様みたいよね。見た目だけじゃなくて、紳士的っていうか……素敵よね」
 ……私も秋の事、好き、だった!
 私だけの王子様になって欲しいと思ってたのに。嫌われてるってわかっても、他の人なんか好きになれなかったのに……!
 ボロボロ涙が出てきて止まらない。
 ハンカチを取り出そうとして――さっき服の汚れを拭いた物しか無い事に気づいた。……もう1枚は、教室の中じゃないか。
 どうしよう。ハンカチどころじゃない、鞄が置いてある。でも、中に入るの?二人の会話が終わるまで待って?耐え、切れない。
 そう思った時だった。
「……僕は、」
 秋の声が聞こえた。
 やだ、やめて。その次に何を続けるの。藤乃さんの良い所?僕は貴女のこんな所を好きになりました?……やめて、やめて!やめて、聞きたくないっ!!!!!
 勢い良く両腕を動かして耳を塞――

 ガタンッ

 ――ごうとして、腕が扉に激しく当たった。……しま、った。
 中からこちらへ向かってくる気配がするのに、体が硬直してしまっている。
 ややあって扉が開かれ、藤乃さんが顔を出した。
「あれ、新城さん?」
「ご、ごめんなさい!お邪魔しちゃって、あの、私、まだ鞄置いてて、ごめんね、鞄取ったらすぐに帰るから、ごめん……ごめんねっ」
 何で謝ってるのかわからないくらいに繰り返して、教室に入って鞄を取った。
 その時に窓際に視線をやってしまった。教室に入ったらいつも確認してしまう――癖みたいなモノだった。
「新城、さん……」
 『しまった』、そんな顔でこっちを見ている。
 そ、そりゃあそうよね?こんなシーン他の人に見られるのって恥ずかしいものね、ごめんね、ごめんね……秋っ。
 数秒見つめてしまって、ハッとなる。今更だけど、泣いてたのが気づかれなければいい、と思った。
 鞄を手に出口に向かう。
「本当にごめんね――あ、あの……おめでとう、藤乃、さ、ん……」
「聞かれちゃったのね、恥ずかしい~……。えへへ、ありがとう、新城さん」
「じゃ、じゃあ、私、帰るから……っ」
 廊下を駆けて、階段も駆け下りる。嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ!もう、嫌だ――私っ!!!



 バスッ
           「うあっ!?」
              「っ?!」



 2つ目の階段を下りていた時、踊り場を曲がった瞬間に誰かにぶつかった。
 体勢を崩した私を受け止めてくれて、
「悪ぃっ!大丈夫か?」
 そう言ってくれるその声は、今、一番聞きたかった声かもしれなかった。
「ゆ、ーちゃんっ!!!」
「何だ、祐美かよ。今迎えに行こうと思ってたんだぜ……って何、オマエ、また泣いてんのか?」
 すっと顔に手が伸びてきて涙を拭ってくれる。
 その仕草に、優しさに、涙腺と、気持ちのタガが消えうせた。
「私、私っ、ゆ、ーちゃん……私、ねっ!!!」
 学校なのに、周りを確かめる事もせずに名前で呼んで、そして抱きついた。
「ゆ、祐美?! マジでどーしたんだ?」

「私っ、好きだった、好きだったのに、バカみたい、おめでとうってわけわかんない!全然おめでたくなんか、ない、うれしそうになんか、して欲しくない、無理、かもしれなかっ、たけど、でもっ、でもね、私、隣に私が、いた、かったの、に! っく、でも、もう無理なの、無理になっちゃった、うあ、あ、あああああああんっっっ」

 泣き崩れるってこういう事言うんだ、って、どこかで客観的な自分が判断してた。
 へたり込んでしまう私を抱き上げてゆーちゃんが近くで「大丈夫だ」って言ってくれる。
 たぶん何が問題で何が大丈夫かなんてわかってないと思う、けど、それがすごく安心出来る。
「何があったのかよくわからんが……朝泣いてたのと同系か?」
「っく、う、」
 横隔膜が震えて声が出せなくて、代わりに何度も頷いた。
「ここまでの事だし、俺に縋ってきたんだ……話してくれるよな?」
 これにも頷く。もう誰かに言ってしまいたかった。
「帰る準備は万全か?俺の車で一緒に帰るか?」
「っ、く、い、いい、の?」
「いいから言ってんだ。……立てるか?」
 足が地に着けられるけど、力が入らなかった。
「……無理か。まー、生徒は少ないと思うけど、抱いて運んでもいいか?」
「え、で、でもっ」
「反論は受け入れられマセン。とりあえず下駄箱まで運ぶから、靴履いて待ってろ。その間に俺は斎川に言ってくる」
「っんで、サトミ、ちゃんっ?」
 少し震えの治まってきた状態で、そう訊くと、
「アイツが俺に帰り送ってやれ、って言ってきたからな。それに帰りに声かけろって言ってたし」
「そ、う……っく」
「ま、そんなワケで――ヨッ、と」
「っ?!?!」
 こっ、この体勢は……っ!?
「や、やだゆーちゃん、恥ずかしいよ!!」
 ――お姫様抱っこ、だったのだ……。
「ばっか、動くな!コケる!ちゃんと俺の肩に手ェ回して安定させとけ!」
「ご、ごめんなさ」
 慌てて言われた通りに腕を回すと、ぐっと顔が近くなって、それがまた恥ずかしさを増す要因になる。
 でも、
       ぎゅっ
 腕に力を入れて上体を上げて、顔を埋めた。
「ゆーちゃん――」
「ん?」
「――大好き、ありがと……」
「何、気にすんな。俺に取っちゃ、いつまでもお前はお姫様なんだからな」
「うん、……ありがと」 



 * * *



 言っていた通り下駄箱まで抱いて運んでくれて、そこからはなんとか自分で歩けそうだった。
 斎川先生も来てくれて、
「お義姉さんに連絡しとくから。事情はよくわからないけど、ゆっくり休みなさいね」
「うん、ありがと、ございます」
「豊(ゆたか)君。――結衣ちゃん、今日は部活早く終わってもう家に居るから。……覚悟しといたら?」
「マジで?! ……斎川、お前も来ない?」
「わたしはまだ仕事があんのよ!それが無かったらアンタなんかに声かけないで祐美ちゃんと一緒にもう帰ってるわよ!」
 駐車場で言い争いはやめて欲しい……。泣いたせいか疲れてしまった私は座席に乗り込むと、うとうとし始めてしまった。……なんて現金な事だ。
「あ、祐美?おい、眠いのか?」
「……う、ん……」
「まー、泣いてるよりマシか。斎川、お前後で覚えとけよ!」
「ごめん、何の話かしら? もう忘れたわ」
 車が発進する振動を感じる。
 裏門だろうか……停止して、それからまた動き出す。

 次に気が付いた時は、もう家の前に着いていた。
「祐美、起きれるか?家、着いてるぞ」
「あ、……うん、ありがと……」
 着いてから起きるまで、しばらく待っていてくれたらしい。
 緩慢な動きで座席から降りる。もう涙は引っ込んで、目の辺りが痛くなってるだけだ。動作が鈍いのは眠たかったからか。
「祐美ちゃん、起きた?サトミちゃんから連絡貰ったわ、大丈夫なの? あぁ、豊君、ありがとうね」
「いや、別に俺はいいんだけどさ……えと、その、結衣ちゃんは?」
「今はシャワーよ。部活から帰ったらいつもだけど……結衣ちゃんに何かあるの?」
「いっ、いや!居ないならいいんだ! っと、祐美の部屋に行ってるから、しばらく姉さんも結衣ちゃんも来ないでくれよな!」
「……いいけど……変な事したら結衣ちゃんに言いつけますからね」
「……俺、この家でホント信用無ぇな……」
 二人のやりとりをBGMにぼやっと立っていたけれど、次第に覚醒してきた。
 それと同時に、さっきの藤乃さん達のやりとりが頭の中で再生される。……涙が、出そうになった。
「ゆーちゃん、上……」
 母さんの前では泣きたくなかった。無駄な心配はかけたくない。
「おぅ、じゃー、姉さん!結衣ちゃんの事だけは頼んだ!あと飛び蹴り覚えてるから、すぐにやめさせて!」



 扉を開けて自分の部屋に入る。
 ゆーちゃんにも入って貰って二人してベッドに腰掛ける。
 しばらくそうしていて、話す決意を固めていた。それから――ようやく全部話そうと決心して。
 でも、いざ話始めるその前に玄関から話す声が聞こえてきて、それが階段を駆け上がる音になり、何だろうと思って扉まで行くと、向こうから勢いよく開かれた。

「……え」

「っ、は、ぁ、ハァッ、 新城――さ、んっ!!」
 黒縁眼鏡の向こうの瞳が、いつもみたいな冷たさを微塵も感じさせないから一瞬誰か、似た、別の人かと……思った。
「わ、渡辺……」
 扉から後ずさる。
 何で?何で?!
 そればっかりが頭の中を舞っている。
 目の前に秋が居る。私の家に、部屋に、居る。……こんな光景、見たのは一体いつ以来なのか。思い出せないくらいもう遠い。
 夢か、幻か、それならこんなに混乱する事はなかったハズだけどっ。
 わけがわからなくなって、後ろにいるハズのゆーちゃんに助けを求める。けれどいつの間に移動したのか、後ろではなく、ゆーちゃんは横に居た。
「……牧原、先生?何で、こんな所に……っ」
 まだ息が上がっている。その合間合間にそう言って、睨みつけた。
「それは半ば俺の台詞だが。委員長が何でコイツの家に来るんだ。……それもこんなに息を切らせて?」
 横から前へ、私を庇うようにして立ったゆーちゃんの後ろで、私はただただ、秋を見つめていた。
「僕は――新城さんに、話があって」
 秋がそう言った瞬間、カッとなって口から言葉が突いて出る。
「何の話よ。……わざわざ藤乃さんと付き合う事になりました、って報告?さっきは祝福をありがとうって?……帰って、帰ってよ!!!」
「ちっ、違う!僕はっ」
「もう嫌!そんな話全然聞きたくない、知りたくない!私の事嫌いなんでしょう?!知ってるんだから!! ……だからっ、そんな事わざわざ言いにこなくたっていいじゃない!嫌いなんだったら、もうほっといてよ、もう……っ!」
 ――あぁ、もうダメだ。
 また涙はボロボロ。わめき散らしてみっともない。でもどうしようも無かった。
「もう、全部っ、やめる!やめた!悲しいのも痛いのも、冷たくされるのも、もう嫌なのっ。アンタの事なんか――もう忘れっ」

祐美!!!

 突然の大声。
 ……あれ、でも、ゆーちゃんの声じゃ……無い。
「っる……ん、だ、から……」
 涙で潤んだ瞳を声の発信源に向ける。
「……ウソ、今……」
「祐美。僕は――」
 一歩こちらへ踏み出し、それに合わせて後ずさろうとする私をゆーちゃんが押し留める。
「――コレが原因なんだろ、祐美。ちゃんと話し合え……その方がきっと……いい」
 そして庇うようにして立っていたその位置から退いて開きっ放しになっていた扉から出て行ってしまった。
「ゆ、ゆーちゃん……!!」
 パタンと扉は閉められ、それは外界から切り離されたように感じた。
 こんな所に居たくない。私の事を嫌ってる人と一緒になんか、居たくないのに!!
「ゆーちゃんっ!ゆーちゃん!!!」
 ガチャガチャとノブを動かしても開いてはくれない。
 そのノブを掴んでいた手の上から、彼の手が重ねられる。瞬間的に振り解こうとして、でも思いのほか強いその力に押さえつけられてしまった。
「祐美――君にとって、牧原先生って何なんだ?呼び捨てだし、家にまで来てるし……まさか、本当に付き合ってるのか?!」
 っ!
 強く握り締められて激痛が走った。
「い、たい!離してよ!」
「――質問に答えて」
 少しだけ緩められ、でもまだ抜け出せないくらいの力で握られたままそう言われた。
 もう本当に嫌だ。何でこんな事、何でこんなっ。
「……だったらどうなのよ。それがアンタに何の関係があるの?無いでしょう?!わかったら、もう離して!帰って!!」
 手をノブに置いたまま崩れるようにして床にへたり込んだ。
 涙が制服にしみを作って、床には水溜りを作り始める。
 ――ふいに、手が緩められる。
 ポスンと、解放されて落ちてきた手を見て、それから、横に立っている彼を下から見上げた。
「……関係無い?」
 ストンと隣に中腰になって、今度は私の肩を掴んでくる。

「関係無いわけない!僕には君だけだったのに、どうして……、いつかはまた一緒にいられる日が来るって信じてたのに!!!」

 肩からずらされた手が背中に回り、そのまま抱きしめられる。
「君が僕を嫌ってたのはわかってた。でも、そんなんじゃ諦められないくらいに好きだった。ずっと、もう、本当にずっと、好きなのに!なのに、君は――っ、君は、他の男に心を奪われてるのか!!」
 痛いほどにきつく抱きしめられて苦しくて、でも、もっと胸が苦しくなった。
「好き、なんて……ウソ、でしょ?」
「何でこんな所で嘘なんかつかなきゃいけない!?」
「だって!だったら、藤乃さんは!?好きな人がいるって言って、それは藤乃さんだったんじゃなかったの!?」
 もうこの話は聞き飽きた、っていうくらい皆、噂してる。
「それに……さっき、告白の後に、“ありがとう”って、言ってたじゃない!!」
「アレは告白してくれて、ありがとうって意味だ!今までの全員に言ってる!それをアイツが勘違いしただけだ!いつもはあの後に断ってたんだ! それに……僕は確かに好きな人がいる、って言って断ったけど――それが藤乃さんだなんて一言も言ってない。
 噂より、僕の言葉を信じられないのか?!」
 体を離され真正面から見つめられる。
「でも、私の事……嫌いなんでしょ?」
「違うっ。僕は、君が僕の事を嫌いなんだと知って――嫌いな相手から好かれるのは嫌だろうと思って、そう演技してただけだ!」
「けど、いっつも怖い顔して睨んできてたじゃない!!」
「……っ……あぁ、しないと――――話せて嬉しいから顔が緩むし。それに、苦しかったんだよ……僕は好きなのに、君に嫌われているという事が」
「だったら……」
 だったら、私達、この数年間何してた事になるの?!
 お互いに勘違いしあって、好きなのに嫌いあって、自分で勝手に傷ついてでも諦められなくて!
「っふ、っく……っ!!」
 涙が零れ落ちる。
 なんてバカな事してたの、本当に、なんて……。
「祐美」
 呼ばれて肩がビクついた。
「僕はもう限界だから、君の感情なんてもうどうでもいいのかもしれない」
「……え」
「好きなんだ。君の事が。 嫌われててもいい、でも誤解だけはして欲しく無いから、もう誤魔化さずに言うよ」
 その真剣な目を真正面から見つめ続ける事が出来なくて、視線をずらしてしまった。
「……君が、牧原先生を好きでも。僕は……君の事を、、、、、」
 最後の方は言われなかったのか、それとも聞こえなかっただけなのか。私の耳までは届かなかったという点では同じで。
 でも彼はそれまでにも自分の気持ちを言ってくれている。
 だから私もそれに返さないと……!

 さぁもう全部終わりましたと言わんばかりに立ち上がろうとする彼の服をぎゅっと掴む。
「……しゅ、う!」
「?!」
 もう何年ぶりになるのか、下の名前で呼ぶのは。
「私、あのね、……秋と一緒なの。私も嫌われてるって思ってたから、嫌ってフリをして。でも、でもね」
「……いいんだ。別に無理して合わせてくれなくても」
「っ!? 違うわよ!!」
 諦めたような表情で否定してくる秋にカッとなった。
「じゃあ何だ?僕らお互いにそんなバカな事をしてた、とでも?ハッ、そんな……馬鹿な」
 心底呆れたように息を吐く。私だって、そう思ったわよ!でもっ。
「……バカな事してたんだから仕方ないじゃない!だって秋も同じような事思ってるなんて知らなかったんだもの! 私は、嫌われてるんだったら……こっちも嫌ってやる、って思ってたけど……でも無理だった。
 好きな気持ちって誤魔化せなくて辛くて、悲しすぎて、でも藤乃さんが出てきて、今度こそ諦めようって思って……それも苦しくて。
 それくらいに、私も秋の事が好きなの……!!」
「――じゃあ、牧原先生は? 何なんだ?恋人、じゃなかったのか」
 うっ。そういえばさっき勢いでそんな事言っちゃったんだっけ。
「そ、それは……売り言葉に買い言葉っていうか……その、全然違うのよ?ええと、だから」
 説明しようとするけれど、これは果たして私の一存で言ってしまっていいのだろうか?
 学校の人には伏せてる内容だから、いくら秋とは言えホイホイ言える気はしない。
 するととてもタイミング良く――扉の向こうで聞いていたんだろうか――、ゆーちゃんが部屋に入ってきた。
「俺が説明してやるよ。――俺と祐美は身内、叔父と姪だ」
「……身内? なるほど……それならあの馴れ馴れしさも納得がいきます」
「ハァン、馴れ馴れしいとは言ってくれるな。俺もお前からの視線の理由がわかって良かったよ。そーかそーか惚れてたのか、祐美に。で、俺に嫉妬してたワケか。ハッ、ガキめ」
「見せ付けるようにしてたくせに、よく言う。でも、そこで聞いてたんでしょう? 祐美は、」
 グイッと引っ張られて背中側からすっぽり抱きしめられる。
「もう僕の物です。手出しは無用ですから」
 ぼ、僕の物!?
 驚愕の顔で無理に振り返ると、不思議そうな顔をされた。
「あれ?そうだろう? 僕は君が好きで、君も僕が好き――何の問題も、無い。だから……もう離さない、君は僕の物だ」
「……じゃあ、秋は私の物……?」
「あぁ、勿論。だからもう誤魔化さないで、全部言葉で、行動で伝えて。いいね?」
 コクンと頷いた。
「ついでに指きりしておこうか。破ったらハリセンボンじゃすまさないから」
「ど、どういう……」
「破らなきゃいいって事だよ、ホラ」
 物騒な事を言われてビビるけれど、指を取られて絡められる。
 そして、
「…………――好きだよ、祐美」
 そう囁かれて、顔が一気に熱くなった。
 それと同時に嬉しさが押し寄せてきた。やっと――実感が沸いた気がした。
 自分の今の状況――人物相関図が随分入れ替わる気がする。それからもう感情を誤魔化さなくてもいい事、少なくとも今までみたいな苦しみはもう無い事。秋と一緒にいられる事。
 それに今の体勢を思い出して、――更に顔が熱くなってきた。
「……祐美、顔が真っ赤だ」
「だって……嬉しいんだもの仕方ないじゃない!秋は嬉しくないの?」
「嬉しくないハズが無い。……今だって、襲いたくなるのを必死で抑えてるのに」
 ……お、そ?
「ハイハイすとっぷストーップ!そこで終わり!お前ら離れろ!!」
 秋が言った言葉を理解する前にゆーちゃんによって引き剥がされてしまう。
「お前らイチャイチャイチャイチャ、俺がまだ部屋に居る事忘れてただろ!」
「あ、ごめん、ゆーちゃん」
「僕は覚えてましたけど、それに何の意味が?居ても居なくてもさしたる問題じゃありませんから」
 秋の辛辣な言葉がゆーちゃんにズブズブ突き刺さっているのがわかった。……今までこんな風に失礼な事言ったりした事無かったのに……ここが今学校じゃないから?
「お前、本性出してきたって感じだな。……祐美、本当にこんな腹黒いヤツがいいのか?!今からでも遅くないぞ!」
「何言ってるのよ、ゆーちゃんったら」
 ニコッと笑って彼の手を取った。
「秋だから――いいのよ」