死霊使いとゾンビの日常、ビスター疲労編。
2004.12.5.
台 詞 で 創 作 1 0 0 の お 題
[ 3 ] はい、馬鹿決定。
「なな、ちょっとイイ?」
パタパタと走りよってきたファルが突然やりだした事は、随分前に頭の隅に追いやられてしまっていた子供の遊びだった。
「なんか思い出せなくってさ。ほら、名前の文字数で色々決めるヤツあったじゃん? ――おーさま、ひーめ、ぶーた、こじき〜♪ とかそういうヤツ。それでさ、それ以外ってどんなんがあったっけ?」
全く思い出せなくってさぁ、と笑うファルに僕は
「それ以外ってあったっけ?」
と、訊き返した。
すると僕の返した言葉が意外だったのか、ファルは心底驚いたようにまた言ってくる。
「なかったっけ?」
……これにまた“あったっけ?”と聞き返してやりたい所だが、そんな事をするとファルが相手だ。ずっと“なかったっけ?”と“あったっけ?”の繰り返しになってしまうのが目に見えてる。
なので僕は大げさにため息をついてみせた。
「――もしあったとして、何でそんなのが知りたいんだよ?」
もし僕が大人で、ファルが子供だったとしたら、こんな風に返すのはたぶんよくない事だと思う。でも僕は大人ではないし、ファルも子供ではない。だからこれを言った時にファルがいくら悲しそうな表情をしたとしても、良心はちっとも痛まないのだった。
「ンまぁ!もうビスターってば何て夢のない発言をするのかしら!お母さん、そんな子に育てた覚えありませんことよ?!」
育てられた覚えは全くないし、育てられたいとも思わない。
そう返してやるのさえも億劫だ。
「はいはい、もういーから」
軽くあしらうと、どこで覚えてきたのか一瞬にしてその紅い瞳に透明な液体が溜まりだす。
「びえええん、ビスターの馬鹿ぁっ。ソレ、ボクのアイスだって言ってたのにぃーっ!」
……どうしてくれようか、コイツは。
限りなく殺意が芽生えるのを自覚する。
普段からこういう事を四六時中言ってるヤツだとはわかっているが、今回は全く意味がわからない上にそういう事をする必要性すらあるのかどうか。
……と、まぁ、考える事は色々とあったのだが、意識的に起こした行動は一つだけだった。
「ふええぇぇ……――ってえ゛えぇぇぇ?!?!? ちょっ、ちょっタンマ!それは痛いっ!痛いってばあぁ!!」
突然泣きまねをやめて叫びだしたファルを他所に、僕は医者が使うような透明なビニール手袋をはめ、とても太い針の注射器を取り出した。
注射器が入っていた鞄から薬品箱もとりだし、ドクロマークが描かれた瓶を手に取った。
これは普通の人間なら一滴で死に至り、もし死なない類の生き物でも半永久的に仮死状態に出来るという優れものだ。ちなみにこれは以前知り合った義賊の頭領から貰い受けたものだ。
「使うのは初めてだけど、相手がコレだし――ま、いっか」
「よくねぇ!全然よくねぇっ!」
ズビシッ、とボケキャラのくせしてかなり鋭いツッコミを入れてくる。でも僕はそんなツッコミは軽くかわし、注射器の中に薬品を吸い込ませる作業を続ける。
「……よし、これでいけるな」
よく医者がやっているように、挿す前に1、2滴針から出す。
「くふふふ」
思わず笑いがこみ上げてくる。“ごっこ”ではあるけれど、こういうのは好きなのだ。
すると、そんな僕を見て本当に怖くなったのか、ファルが突然土下座をしてきた。
「すいませんっ!俺が悪ぅございました!!ですから、どうぞそのあぶなっかしい、蜂のケツについてるモノをお仕舞いになってください!!!!」
蜂のケツについてるモノ……?
何の事言ってんだコイツ、と思ったがすぐに思い当たる。確かコイツは自分の嫌いな物や苦手な物を遠まわしに言う癖があったんだった、と。
そしてそれをきっちり思い出してから、ニヤリと笑って言ってやった。
「あぁ、この注射器の事?」
ビビビクウウゥッッッ
かなり大げさなリアクションで体をビクつかせるその様子を見て、心の奥底に追い詰めて出られなくしてあった筈の“良心”とやらが少しだけ痛んだ気がした。
かと言って、また馬鹿な事をほざかれちゃたまらない。
僕はとりあえず注射器と薬品箱を仕舞い、未だに震えているファルにそっと歩み寄る。
「ファル、そう怖がるなってば。お前が変な事言わなかったら注射したりしないからさ」
暗に“変な事をしたら注射するぞ”という意味を込めて、言ってやる。
それが伝わったのか、……いやきっと伝わっていないのだろう。言った瞬間、ファルはパアアアァァッ、と周囲に花を咲かせ、満開の笑顔を見せたから。
* * *
「で?結局さっきの話は一体何が言いたかったんだよ」
思ったより追い詰められてなかった良心がちくちくと痛みを訴えてきたから、僕はやさしぃ〜く訊いてやる。
ファルはさっきの満開の笑顔を持続させたままだった。
「うん、いや、さ。なんかそういうの面白いよなー、って唐突に思って……って、あぁ!!思い出したっ!」
ぽむっ、と手を打つと今度は左の親指の腹に右手の人差し指を添えた。
そして――
「えーっと、ビ・ス・タ・ー・バ・ル・ラ・イ・ラ……っと」
僕の名前の文字数分移動して、右手の人差し指は左手の小指で止まった。
最初にファルが言ってた“おーさま、ひーめ♪”のヤツでは王様になるその位置。
けれどもファルはそれではなく、別の物を当てはめた。
「天才ー、普通ー、馬鹿ー、天才ー、普通ー、馬鹿ー……」
そして小指で止まったときの言葉は。
「おぉっ! はいっ、ビスターは馬鹿にけってーい!」
僕は高らかにそう宣言した彼の腕をキツく掴み、
「そうかぁ、ファルはそんなに注射が好きだったんだなぁ♪」
自分でも怖いくらいの笑顔で笑いかけてやった。
「へ? あ、あ、う、ぎゃあぁぁ!!やめてえぇぇ!!」
ふん、自業自得ってヤツだよ。
白目を向いて気絶したファルを投げ捨てて、そう思った。