台 詞 で 創 作 1 0 0 の お 題
[ 20 ]  触ったら10万取るから。

 娘が嫌そうな顔をしたのがよくわかった。
 しかし僕はそれでもこの行為をまだやめれそうにない。
「……その面以上行ったら追加だかんね」
 テレビの黒い部分に写った口が動いて、そう言った。
 僕は真剣にその言葉を受け止めると、
「金本」
「はっ、ここに」
 扉の所に居た彼に命令を下す。
「ただちに100万ほど用意しろ!」
「はっ!了解致しました、リーゲン総帥!」



 * * *



 ついこないだ、折角取れた休みに妻と共に絶賛家出中の娘の所へ遊びに行った。
 あの子が家出したのは全部僕のせいなんだけど、流石に半年も向こうからアクションが無いのは寂しくて、密かに秘書の金本に調べさせていたっけ。
 でもずっと忙しかった企画が終わって、やっと取れた休み。
 ちょうど妻も何も用事がなくて、2人で一緒に――ナナには内緒で突撃したのだった。
 ……まぁ、その日はお友達を連れてきていたりして追い出されちゃったんだけど。
「ナナ、楽しそうだったね」
「えぇ……とっても」
 家に帰る途中、車の中でそんな会話をした。
 まだ家に居る時のナナはいつもどこか不機嫌で、僕と口をきいてくれない日……どころか、口をきいてくれる日の方が少なくて。通わせてた学校でも余り友達はいなかったようだった。
 だから家出が原因とは言え、新たな環境で友達に恵まれたことが、この上なく嬉しかった。
「もうあんなにリアクション激しいのなんて見たの何年ぶりか!帰れー!だって、可愛いね!」
 思い出すだけで笑みが零れる。

 まだ妻が“ちゃんとしたヒト”としてこの世界に在った時は感情の起伏の激しい子だったと思う。よく笑い、よく怒り、そしてよく泣いた。
 けれどその妻も亡くなり、僕は仕事が忙しくなって余りかまってやれなくなった。
 それに――ナナにとっては“死んだ”妻も、僕にとっては生きていて、たまに会いに行ったりもしていたから……それを勘違いした節もあったのだろう、だんだんと僕との会話は少なくなっていった。
 勿論世間一般から見れば、死別はともかく、離婚・再婚は最早当たり前の事だ。けれど当たり前とは言え、当事者にとっては当たり前、で済まされることではない……特に、子供にとっては。
 ナナから見れば僕はダメな父親だっただろう。
 小さい頃に母を亡くし、片親の僕は仕事に没頭。その上誰とも知らない女性と密会めいた事を繰り返していたのだ――これで心を閉じてしまわない子供の方が少ない、と思う。
 そして今から遡って7ヶ月と21日前。
 僕はL……妻を助けてくれた、魔術師ルカとの約束を破って、妻と再婚した。
 これが、決定打だった。

「あの後すぐに出て行っちゃって以来だもんねぇ」
 しみじみと思い出にふける。
 あの頃と比べてなんという変わりようか。
 まぁ、少し変わりすぎていたような気がしないでもないけど……。
「でも良い事よね」
 妻のミウナがそう言って、
「うん、そうだね」
 僕は笑いながら、頷き返した。



 * * *



 そして冒頭に戻る。……もとい、その少し前に。

 再び運良く取れた休み、というか無理やり取った休み。今度は僕単品だけでナナの家へ遊びに行った。
 今日は土曜日で、でもどこにも遊びに行かないだろうと予測している。何故なら雨が降っているから。
 僕は鼻歌交じりに運転しながら着いたら何をしようかと考えていた。

「……2日連続かよ」
 着いた途端、目の前の可愛い娘はそう毒舌を吐いた。
 それすらも愛しく思える僕は相当重症だったのだろう――こうして言葉を返して貰えるだけで、こんなに嬉しい。
 しかしそんな僕を気味悪げに一瞥したナナは、
「ちょっと今取り込み中なんですけど」
 そう言った。
「え?!何、何で?!え、今日は休みだし、雨だし、特に何も用は無いんじゃなかったの?!」
 勿論そこら辺は秘書の金本に調べさせているのだ。彼に失敗は無い。
「いや、何でそうきっぱりと言い切れるんですかねぇ?ま、用が無いのは確かだけど」
 その時やっと背後から聞こえてくる音楽に気づいた。
 廊下の奥をチラリと覗いた後、ナナの顔を見ると……
「ただ今絶賛ゲーム中」
 おわかり?、とそう、言った。



 結局ナナは僕をまた追い返したがったけれど、外は雨だし2日連続というのが少し良心を痛めたのか、渋々だったけど中へ入れてくれた。
 一人暮らしには大きすぎる程の4LDK……ココのお金は僕達の方で出してるから、こんなに無駄に広い所を借りたのもこちらへの当てつけなのかもしれない。
「ちょっと、ぼさっと突っ立ってないでさっさと入ってよ」
 ぼーっと考えていると怒られてしまった。僕は慌てて入り、そして、
「こ、これは……!!」
 見たところ60型くらいの大型テレビに映った特大のヒゲ親父を見た。
 これは、ホラ、アレだ。赤い帽子をかぶったキャラクターが、きのこをとって大きくなったりコインを集めたりする……あぁっ、何だっけ名前が思い出せない!
 ナナはそのテレビの前に座るとコントローラーを取ってピコピコとやり始めた。
 僕は横に座るとナナの手の動きの速さに驚きながらも画面を真剣に見ていた。
「わっ!ななな!? こ、怖いなあのモンスター!……あれ、行き止まり……?」
 無言でやり続けるナナと反対についつい声を出してしまう。
「……うっさいなぁ。横でぐだぐだわめかないでくれないかな、気が散るから」
 一旦ポーズボタンを押して停止させ、ナナは言った。僕はうぐ、と少し後ろに下がってしまう。
 けれど、横から見ても後ろから見ても内容は変わらないワケで。(それは当然なんだけど
 確かにモンスターは怖いし、道も妙に複雑で鍵とかよくわかんないけど――すごく面白そうだ!
 どんどん進んでいくナナに恐る恐る声をかける。
「な、ナナちゃーん……?」
 ピコピコピコピコ
 うっ、無視か……でも!
「ナナ!あ、あのちょっと父さんもソレやってみたいなぁ、なん――」
 て、と言い切る前に、

「 絶 対 ヤ ダ 」

 こちらに顔を向けもしないで冷たく言い放たれてしまった。
「でっ、でもナナちゃんもう1時間も続けてやってるんだぞ。そんなにやったら目悪くなるから……」
「おあいにく様、今日びの子供は1日に何時間やろうとも目が悪くならないシステムになってるんです」
 ピコピコピコピコ
 機械音と共にそう言われて衝撃が走った。
「そっ、そんな事になってるなんて父さん知らなかった……!!!!」
「ンなワケねーだろ、このボケバカナスカス。豆腐の角に頭ぶつけてさっさと死ね」
 ピコピコピコピコ

 ……。
 …………。

 あれぇ……なんかちょっと父さん傷ついちゃったかも。
 それに豆腐の角って……。

 少し自分の父親としての存在意義を考えていると、軽やかな音楽が流れた。
 見ると赤い帽子のヒゲ親父が金髪縦ロールのお姫様を無事に救い出したらしかった。
 つまりはゲームクリアということだろうか。……それなら!
 そろりそろり……とゲーム機に手を伸ばす。そしてあと少しでコントローラーを掴める!そこまで行ったのだけれど。
「勝手に触るな」
 やっぱりナナに見つかってしまって、さっとコントローラーの場所を移されてしまった。
 それでも尚やろうと試みると、ナナは突然立ち上がって
「触るなって言ってんでしょーが!……もし触ったら10万取るから」
 指を突きつけて言ってきた。
 ……あれ?……って事は。
「えっと、それはつまり10万払ったら触っても良いって事かな?」
 その瞬間ナナはしまった、とそんな顔をした。しかし前言撤回は受け付けない!
「良いって事だね!よし、そうと決まったら早速――」
 僕は携帯電話を取り出すとピッピッと操作をした。
「――あ、金本?至急金が必要になった。とりあえずは10万必要だ、すぐに持ってきてくれ」
 その電話を切るやいなや、インターホンが鳴り金本が現れた。……は、早いなぁ。
「どうぞ、10万入っております」
 そう言って渡された封筒。それをナナにさっと差し出した。
「う……金にモノ言わすなんて卑怯なっ!大体っ、金本来るの早過ぎるよ!ストーカーかお前は!」
「はっ!」
 ビシィッ、と金本に指を突きつけて言ったナナに金本は淀みなく答える。……いや、でも、そうなの?
「ふふふ、でも、兎に角これで10万払ったから父さんも遊ばせて貰うよ!」
 無理やり封筒を握らせて声高々に宣言する。
「くっ、くそぅ……!」
 いそいそとコントローラーを握ってゲームを始める僕の後ろで、ナナが悔しそうに呟いていた。

「むっ?! んんん……む、難しいなコレは。うおっあっえ?!な、何これ半透明になってる!!」
「だああああ!!!うっさいなぁ、黙ってやれよ黙って!!!」
 横(もとい後ろ)で見てたのとは全然違う、難しすぎる……!
 僕はやっても意味が無いとはわかっていても、必要以上に体を動かしながら何とか前へ進んでいく。
「敵にぶつかったからだろー!ホラ、そこの箱ド突いて、そしたらキノコ入ってるからそれとって戻せばいいっしょー!ああああ!!なんで星取り忘れんの、信じられないいいい!!!」
「そっ、そんな事言っても見るのとやるのじゃ大違いなんだよ!?」
「知るかい!……ってあー、死んじゃった。また最初っからだよ、コレ」
 本当に大違いだ。何でナナがあんなにさささっと行ってしまえてたのかがわからなかった。
 ピコピコピコピコ
 しばらくは無言で没頭する。さっきナナが言っていた星とやらもちゃんと取って――。
「わわっ!?ボーナスステージ……?」
 マップの端の塔みたいな所に入るとボーナスステージに行ったらしかった。
 と、いう事はもしかしてこれで1面は越せたということだろうか!?
 僕はパァァッと顔を輝かせてナナの方を向いた。
「ホラ、見てナナ!父さんもやれば出来るんだよ!!」
「はいはい、それじゃソコ終わったらもう止めてよね。言っとくけどもう父さんに変わってから1時間半経ってますから。……そうだったよね、金本?」
「はっ!ナナ様がリーゲン総帥とお変わりになってから1時間と30分、5秒経ちました」
 うっ、そんな秒数まで言わなくってもいいのに……。
 でも僕は出来ることならこの続きもやりたい。それを表情で訴えてみる。
 ナナが嫌そうな顔をしたのがよくわかった。
 しかし僕はそれでもこの行為をまだやめれそうにないのだ。
「……その面以上行ったら追加料金だかんね」
 テレビの黒い部分に写った口が動いて、そう言った。
 僕は真剣にその言葉を受け止めると、
「金本」
「はっ、ここに」
 扉の所に居た彼に命令を下す。
「ただちに100万ほど用意しろ!」
「はっ!了解致しました、リーゲン総帥!」



 * * *



 その日、午前中の、しかもかなり早い時間に行ったというのに結局僕は延々とゲームをやってしまった。でも赤い帽子のヒゲ親父のだけでなく、レースゲームもしたしRPGというのもした。……わからない部分が多かったけれど、ナナが毒舌ながらもわかりやすく説明してくれたし。
「ホンットーに良い子になったよなぁ」
 帰り道、というか駐車場までの道のり。隣を歩く金本にそう話しかけた。
「そうですね。私が言うのも何ですが、あちらに居られた時よりも随分明るくなられましたしね」
 夕日で光った眼鏡の奥は見えないけれど、きっと優しい目をしているのだろう。彼はそういう人だ。
「そういえば金本。あの場では軽く流したけど――まさか君、普段もあぁしているんじゃないだろうね?」
「……“あぁ”、とは?」
 僕は少し言葉を出すのを躊躇する。でも決心して言った。
「家の、ナナの家の玄関前に張ってる事だよ」
 そう、彼に対してナナは軽い意味で“ストーカー”と言ったのだろうが少しシャレにならないのだ。
 何故なら。
「君が僕の下についてもう5年。その5年の間によく君の事を見てきたよ。君は――ナナを」
「総帥」
 遮られる。眼鏡の向こう、表情は読み取れない。
「……うん、別に反対するワケじゃないんだ。むしろ君なら僕も良いと思う。でも、」
 そこまで言って彼を見る。
「君はいつまでもナナのお守りじゃなくても良いんだからね?」
 金本は僕の下に秘書としてついて5年。でも生まれた時から僕の家に仕えてくれていた執事のような存在だった。そして15年前、ナナが生まれてからはナナのお守り兼教育係としてよくやってくれていた。
 近くで見るようになって5年、でもそれ以上ずっと彼を、彼とナナを見てきていて。
「でも僕として、君のその気持ち。ナナを想う気持ち……嬉しいよ」
「……はい」

 駐車場に着いた。
 今日は自分で運転してきたから、別々に帰ることになっていた。
 鍵を開け、乗り込む。エンジンをかけてお気に入りの音楽を選択した。
「それでは私はまだ寄るところがありますので……」
 先に発進させていた金本が窓を開けてそう言った。
「あぁ、それじゃ僕は先に帰ってるからね。ごくろうさま」



 駐車場を出る前に窓を開けて、あの子の居る部屋の辺りを見上げた。
 昔のあの子からは到底考えられないくらい変わった、そう思っていたけど。それは僕がただ見ていなかっただけなのかもしれない。勿論、可愛くて可愛くて仕方がないのは前からだったけど。
「嬉しいんだけど、親としては金本に攫われそうな感じでちょっと楽しくないんだよねぇ」
 なんて。
 そんなバカな事を考えながら、僕は車を発進させた。
1つ前の「019 : 帰れ」と繋がってます。今度は父親のリーゲンさん視点。
ホントは母親のミウナさん関連もうちょっと入れて、フレアも出す予定だったんだけど書いてたら
思ったより暗くなったのでやめました。……結構気に入ってるからまた別の話に出すかもだけど。

一応金本(かねもと)のビジュアルは眼鏡でスーツ。頭脳明晰容姿端麗がいいなぁ。(夢見すぎです。
基本クールで鉄面皮。何事にも動じず、それでいて人一番純情で一途。
仕事ではキツめだけどナナには若干優しい感じの微妙な照れ屋予定。……って何だソレ!(恥

2006.9.6.