台 詞 で 創 作 1 0 0 の お 題
[ 38 ] む、意外とガードが堅いな

※ [039] 前提での話です。

「なんかさー」
 前を行くファルギブがダルそうな声を上げる。
「何だ?くだらない事言ったら突き飛ばすぞ」
「……酷いっすよ、フレアさん」
 しくしく、と泣きマネをしながらも前に進む。
 マネだったその声は、洞窟に反響してまるで本当に泣いているように聴こえてきていた。

 ここはとある……えーと、なんとか、とかいう集団の地下組織?があるとかいう。……まぁ、そんな感じの所に続く道だ。
 大っぴらに本道を使うワケにもいかないので、仕方なく随分昔に閉鎖されたらしい道を進んでいた。
 地下水脈が豊富な土地らしく、随所に水が流れ、湧き出ていた。
 そのせいか湿気ムンムン、深部に行くにつれ、今度は氷のように肌をさした。

「うひー、寒いっ!……で、さっきの続きだけどさー」
 ファルギブがそう言ったので今度は「何だ?」とだけ返した。
 また色々付け加えてもどうせ言いたいのだヤツは。
「いやぁ、俺等ってば怪我とかすぐ治るし、魔力いっぱいだし、とーぜん死なないじゃん?だったら暑さ寒さにも強くして欲しかったと思わね?」
 うううっ、とブルブル震えながらヤツは言う。
「あとさぁ……ついでに、魔力いっぱいさんだし無敵状態なんだから殲滅作戦でもよくね?――とか思ったりして」
 てへ、と後ろをチラチラ振り返りながら付け足す。
 ……全く。
「お前、そこまで行くと“人間”じゃなくて“ロボット”だぞ。神経も感情も無かったらつまらんだろーが」
「んー、まー、そうなんだけどねー」
 ふーぅ、と小さく息を吐いて肩をすくめるヤツを後ろから見る。要するに暇だから何か話しをしたかったって事だったんだろうか。
 勿論そんな事に付き合う義理は無いので私から話題を提供する事もなく、ただひたすらに前へ進んだ。

「お、やっとご到ー着」
 あからさまに人工物です!というような設備のある空間に出た。
 空間と言っても広くは無い。小規模な空調設備とドアロックの為の機械が置いてあるだけ。
「パスとか知ってんのかぁ?てーか、まだ使われてんのかねー、コイツ」
 コンコン、とドアを叩きながらファルギブが言った。
 私は首を横に振る。
「随分前に閉鎖になった通路だ、恐らくロック等されていないだろう。……まぁ、向こう側からバリケードされてるかもしれんが」
 そしたらその時だ、とドアノブに力を入れる。

 ギ ギ ギギギギィ

 ドア分の重量だけが手にかかり、扉は開かれた。
 その向こうにはさっきまで通ってきた道よりかは幾分ましな通路が奥の方までのびていた。
「うげええ、まだ歩くのかよー。もう俺様疲れたぁー」
「……やかましいぞ。もう近いんだから軽口は慎め」
「ウーム、りょーかい」
 開けた時と同じような音を立てながら扉が閉まった。

 しばらく歩くと、今度はもっと豪勢な扉の前に出た。
 恐らくこの向こうはもう人が居る空間なのだろう。自然と体に力が入った。
「んじゃ開けるぜー」
 ポチ、と扉の脇に設置されていた機械を弄ってボタンを押す。これはどうやら自動式だったようだ。

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ

 大きな扉はそれに見合う音を立てて開かれた。
 僅かな隙間が出来て、そこから向こうが伺いしれた。
 1cm、2cm……徐々に開かれていく扉の向こうは、明らかに動揺しているようだった。
「……全部開き終わる前に確認するぞ、ファル」
「おうともよ。――トップ以外は皆殺し、でいいんだろ?」
「……。……――あぁ」
 出来ればトップ以外に手を出したくは無いが、今回は無理そうだった。事前の調査によれば、この集団はメンバー一人一人が何かしらの集団のトップで、全員、悪の思想に囚われているらしい、から。
 要するに、“カミサマ”の手駒ばかりが集まっているらしい。
 そしてトップはと言うと、驚いた事に“カミサマ”の一人、ゲームのプレイヤーが生身で入っているとの事だった。
 ソイツも一緒に殺してやりたいが、恐らく殺せない。ルーツァと同じように不老不死の体を持っているはずだから。

 扉が開く。
 銃弾が飛んでくるが魔法でバリアを張って弾き飛ばす。もし当たってもさして問題では無いのだが。
「じゃあ、ファル。……なるべく急所一突きで、な」
「――りょーかい、っと」



 * * *



「な、な、何なんだ貴様等はッッ!!こ、この世界の者では無いな?!――ハッ、さてはリランディアの言ってた……っ」
 こちらを指差し口をパクパクとさせて、まるで金魚だ。
 さーて、と。コイツマジで不老不死なのか試してみよっかなー。
 幸い。
 ――フレアはまだ手こずっているようだし。

 ザリッ

 足を進めると靴が砂を噛んで嫌な音が響く。

 ザリッ

 その音が響く度に一歩一歩後退していたが、すぐに壁まで辿りついた。
 ったくもー、イヤんなるね。こんな三流じみた悪役だなんてさぁ?
 泡でも噴きかねない程にパクパク動かす口はきっと何かを言っているのだろうが、こちらには聞こえない。
 んと……じゃあ、まずしゃべれない方にした方がいいのかなー。
 スッと人差し指と中指を立てた右手を首元で動かした。ブシュッという音がして、声帯が潰れた。
 あぁ、でも参ったな。下手に読唇術とか身につけるんじゃなかった。何言ってるかこれじゃあまだわかっちまう。

“ こ の ば け も の め ”

 その動く唇に手を押し付ける。
 少し念じるだけで肌は伸びて口だった空洞は無くなった。
 のっぺら状態になった口元を震える手が何度も行き交ったがその事実について叫ぶ事すら出来ない。

 ハッ、なんて愉快で。
 なんて、つまらない光景だ。

 絶望に震えて動かなくなったヤツを見下ろしていると、遠くからこちらへ近づいてくる足音が聞こえた。
 フレアがノルマを達成してこちらへ向かってきているんだろう。
 ……俺と大して数は変わらなかったのに、時間、倍は違うな。

 その足音がここに着くまでに引っ付けた口と潰した声帯を元に戻した。
 あぁ、しまった。ぐじゃぐじゃにして不老不死を確かめるつもりだったのに、忘れてたや。



 *



「ファル!早かったんだな?」
 少し息を切らせながら入ると、全くもって涼しげな顔のファルギブに迎えられた。
 その脇にはリーダーだった男。既に確保してたのか。
「すまない、待たせたな。……少し手間取った」
「ん、いいってば。それにさ、ホラ。俺ってば何やらせても一流だから!こんだけの差があっても気にしない事、だぜ!」
 ……コイツ、後で往復ビンタでもしてやろうか。
 相変わらずの俺様発言に若干ムカッと来るが、私が遅れたのは事実なので言い返す事は出来なかった。
「ま、まぁ、いい。それより、ソイツ……ホントにプレイヤーか?」
 見た目はここの世界の人間と変わらないのでもし間違っていたらどうしよう、なんて思うけど。――間違っていても、結局殺すだけ、か。
「んー、よくわかんねーや。手っ取り早く殺して確かめてみる?」
 ファルギブがそう言って右手に光を灯した。そしてその手はソイツの左胸に添えられて――

「ダメだ!!」

 思わず叫んでいた。
「……無駄に、殺すな」
 握り締めた拳には、ついさっき奪ってきた命が、その痕跡が、残っているというのにとんだ偽善魂だ。
 何か言い返されるかと思ったが、ファルギブは軽く肩を竦めて
「ンー、ま、ルーツァに見せればわかっしな。とりあえず気絶させて連れてくか?」
「あぁ……そう、するか」
 ドスッと手刀が入り、意識をなくした体がドサッと地面に落ちた。
 私は左手を向けてソレを魔法で宙に浮かし、右手で空を斬った。
 空間が裂けて黒い世界が現れた。そしてその向こうに呼びかける。
「ルーツァ!捕えたから持っていく!籠の用意を!」
 籠とはまぁ、檻の事だ。何せ牢獄など使う事もなかったのでそういう施設もなかったらしい。だから、急遽作ったというワケで。……檻とは呼べない稚拙な物(勿論デザインも)なので籠と呼んでいる。
「じゃあ、ファル。私は先に行くから。いっぺんここ閉じるけどいいか?」
 捕えたプレイヤーを先に黒い空間に押し込み、自分も半分入った状態で訊いた。
「おうっ。んじゃあ、俺様はもちっと観光でもしてから帰りますかねー」
「……まぁ、程ほどにな。別にアスレアのトコに帰っててもいいからな。その場合は後で連絡入れろよ」
 スルスルと斬った場所を閉じていく。別の箇所から入ってきたルーツァと共にその空間からプレイヤーを運び出した。



 *



 修復された空間は何事もなかったかのように、そのままだ。
 さっきと違う事は、ここに、絶望で震えていたヤツが居ないくらいか。

 あー、ホントにミスったなー。

 ガシガシッと頭を掻いた。
 不老不死を確かめそこなったのもそうだけど、何よりフレアにあんな事を言わせてしまった。

 最初に会った時からそうだ。
 暴走気味の時は容赦なく殺していくのに、少しでも理性があるとフレアは血を、死を極端に恐れる。
 当然自分は死なないので、他人の、にだ。
 やっぱり魔術師になる前の生活が、そしてなった要因が関係しているんだろうなぁ、とは思う。
 一方的な迫害の後の両親の死。それによって暴走した自分が知り合いを殺したという事実。
 トラウマに、確実になっているのだろう。

 ハァ……

 思わず息を吐いた。
 そりゃあ俺はフレアじゃないから、フレアの気持ちがわからないのは当たり前なんだけど。心情を全く察知出来ないってのも困りもんだよなー。
 殺すべきヤツはさっさと殺してしまえばいい話なのに。
 フレアや、他の魔術師、それにアスレアに会ってからは少し抑えられるようになったけど、それでもまだこんな風に思う自分が居る。

 本当は昔。フレアに会って自分の力を理解した時。
 もうそれで必要な事は揃っているじゃないか、と考えていた。
 いくら傷つけられても死なない体に膨大な魔力。一方的な殺戮を繰り返していけば俺を阻む者も拒む者も居なくなると思った。その結果として世界が無くなっても、いいと思っていた。
 だって、一人でも!一人だけでも!俺を理解してくれるヒトが現れたから。
 ――――これでもし、フレアが俺より強くなかったら本当にそうしてたかもしれない。
 そしてルーツァの筋書き通り、フレアを好きになって、それで。

 それで、もう、おしまい。

 今にして思うと恐ろしくガキっぽい考えで笑いたくなる。
 でも一方でまだ殺戮願望が胸の奥で渦巻いている……。敵対する人間を見るとすぐに殺したくなる、出来るだけ悲惨な形で。
 きっと俺も幼い頃の記憶に囚われてるんだろうなぁ。
 あのクソ親父のせいで、日常的に死体見てたし。てか日常的に殺されかけてたし。あぁ、ヤだねぇ。確実に血は受け継いでるらしい。

 ぐあああああっ、と思わず頭を抱えて蹲った。

 血を全部流しきって、綺麗な血と変えて欲しい。そうじゃないと、この殺戮願望がいつ、周りにいる親しい人に向くかわからない。
 もしアスレアを手にかけてしまったら?後を追おうにも死ねないこの体で。ましてや自分が殺した相手を生き返らせる事なんてもっての外で。
 いや、そんなのする前から悩んだって仕方ないってわかってるけど。やった後で悩んだ方が仕方ないよな。じゃなくて、やらない、って!やらない、俺は……そんな事、しな――



「……お前、さっきから何してんの?」



「――……へ?」



 *



 振り向くと、新たに斬られた空間から上半身だけひょっこり出したフレアが居た。
 その顔は呆れてるようで、……今にも噴出しそうで。
「……いつから見てた?」
「ぐああああああ、のあたりから」
 ブフッ、と耐え切れなくなったようで盛大に噴出しながらそう返された。
 一瞬で顔に血が上って熱くなった。み、見られてたとは……。
「いやー、ファルちゃんもそんなベタな悩みのポーズ取るんだなぁ。安心しろ、後で皆にもリアクション付きで伝えてやるから」
 何を安心しろ、と?!
 慌てて言い繕おうとして立ち上がって、フレアの腕をガシッと掴む。
「ん?何だ?」
 ニヤニヤ、という言葉が周囲を舞っているようだ。
「う、ううう……その、この件はどうぞ内密に……」
 ボソボソッと言うと、腕を掴んでいた手に、そっと手を乗せられた。
 パッと顔を上げると……
「じゃあ、貸しにしとくな?」
 やはりまだニヤニヤ顔でフレアはそうのたまった。
 そして、よいしょっ、という掛け声と共に手を掴まれ空間に引き込まれた。
 この黒い空間はどうも居心地が悪い。思わず手をぎゅっと掴むと、
「いつになく甘えんぼさんだなー?一人で怖かったんでちゅかー?」
「……フレアさん、頼むから。後で何でも言う事聞きますから!!!!」
 明らかにからかいモードに入ったフレアにそう言った。普段あんまりこういうのにのらない分、ノるとすごいんだよな……。
 すると、フッ、と小さく笑ったのが聞こえ、
「ったく、何があったのか知らねーけど、無理すんなよ?しゃーねーから今回は黙っといてやるよ」
 ポン、と頭に手を置かれた。
 それがとても気持ち良くて、つい涙腺が緩む。

 こうやって、いつも、いつでもフレアに救われてる。

 ある意味、ルーツァの思惑通りになっていた。
 俺は、一番はアスレアだと断言出来るけれど、絶対にいつか世界が終わるまでフレアの側からは離れられないから。
 向こうが俺の深層心理に気づいてるとは思ってないけど、それでもいつだってこうして気持ちを軽くしてくれる。側に居てくれるから、ふざけた軽口を叩いておちゃらけていられる。
 いつか俺が暴走しても、絶対に止めてくれるって確実に信じられるから。

「……ん、ありがと、な」
「どーいたしまして、ってな?」



 * * *



「よォ、金髪長髪バカさんさぁ、泣いたんだって?」
 アルスラの家に行くと、金髪短髪チビことリーテスがこんな事を言ってきた。
「は?誰が?どこで?何時何分?この星が何回周った時?」
 すぐさまそう返すとあからさまに呆れた顔をされた。
「……バカなのはわかっていたが、ここまでとはな……恐ろしいまでにガキだな」
「ガキにガキって言われたかねーよガキ。誰が言ってたんだ、ンな事」

 ダダダダダダダダダダダダッ

 バンッ

「フレアさん!!!!!ちょっ、約束が違うじゃあないですかい!!!」
 廊下を走り扉を勢いよく開けて叫んだ。
「は?何の事だ?」
 テーブルについてお茶をすするフレア。その向かいにはアルスラ。……出来る事なら周りの人間に知られないようにしたい、けど。
「ホラ、アレだよ!約束したのに、リーテスに話したろ?!」
 なるべく本質を言わずにそれとなく伝えようとするが、
「は?だから意味がわからん」
 あ、あくまでシラを切るつもりか。……ンむ、意外とガードが硬いな。
 それならばもういっちょ!
「ぐ、ぐあああって感じのアレだっての!!!」
 ちょっと恥ずかしくなってプイッと顔を背けていると、ポムッと手を叩く音が聞こえた。
「あぁ!アレか」
「そう、アレだよ!リーテスに話したんだって?!約束したじゃあないですかぁ、フレアさん……!」
 そう言うと、フレアは少し慌てたように顔の前で手をハタハタと振った。
「いやいや、待て待て。私は言ってない。約束を違えたつもりはないぞ」
「じゃあ、誰が!?」
 と、そこまで言って、ふと思い当たった。
 あそこに、他に居たのは誰だ?

 そうだ……確か空間の向こうには。

「ルーツァ……?」
「あぁ、きっとアイツだろ。最近リーテスとも仲良いみたいだし。さては怒られるのが嫌で私の名前でも使ったか……?」

 ガタンッ

 フレアが椅子から立ち上がった。
 その顔はちょっぴし……いや、かなり凶悪で。

「あのゲスヤロウ、殺す」

「うわっはあああい、ちょっ、いきなり極論じゃあないですか、フレアさん!!!」
 サッと空間を斬って行こうとするフレアに縋り付いて押し留めようとする。しかしその力は及ばず、自分諸共空間に引きずり込まれてしまった。
「止めるな、ファル!」
「いや、全然止まってないじゃない?!」
 ズンズンと進んでいくフレアにしがみついてるので精一杯だ。

 全く!

 空間を出るまでの間、それはすごく短い間だったけれど、ソレを思いつくのには十分で。

 結局は俺はフレアに頼ってるし、フレアも俺に頼ってる。
 だって、確かに俺はフレアに止められる事もあるけど、その反対の方が圧倒的に多いもんな!

 ルーツァは成功したよ、あぁ、まったくね!
 それは結果的に嬉しい事だけど、やっぱり悔しい事でもある。

 だから。

「……おけ、止めない。今日は俺様も加勢しちゃうぞー!」
「ヨシ、その意気だ!!」
 ガシッとお互いの手を高く上げて強く打ち鳴らしたのだった。
 そして数分後には床とお友達になったルーツァが目撃されたとかなんとか。
 なんとなくファルちゃんは危ない人かなーって感じで。まぁ、頭の悪さもヤバそうですけど!

2008.10.12.