台 詞 で 創 作 1 0 0 の お 題
[ 41 ] 好きじゃないというか嫌い。

 今、正に目の前に居る相手は、今のトコロオレの一番好きじゃない……というか嫌いなヤツで、
「……」
 何故か黙りこくったまま、こちらを睨みつけてきている。
 ――いや、コレはアレだ。目は口ほどに物を言う、ってヤツか。
 ヤツが何を言いたいのかはよくわかっていた。
 つまり、
「直哉ならもう帰ったからな」
 こういう事なんだろうと、そう思う。



 * * *



 今日は土曜日で半日授業。テスト週間だから部活も無くて午後はフリーだ。
 終学活が終わるや否や、遊ぼうぜ!とウキウキ気分で斜め前の席の直哉を誘うと「オーケー、お前の家で勉強会だな」と返された。
 帰りがけに近場のファーストフード店で昼飯を済ませ、そのままオレの家で来て、マジで勉強会をやって――

 と、ここまでは良かった。そう、至って普通だったんだ。
 例えオレの頭の悪さが深刻過ぎて直哉にケチョンケチョンにされてようと、だ。――日常茶飯事だから、というワケでない。念の為。

 ちっと喉が渇いたし、ジュースでも持ってくるわーと部屋を後にし一人一階へ降りる。
 台所へ行きストックの炭酸ジュースのキャップを開けてコップに注いで。
 あ、そういやお菓子もあるんだっけ、とお菓子棚を探ってコップと一緒にお盆に載せて二階へ上がり。
 うお、両手塞がってるから開けらんねー、とドア越しに直哉を呼んだ時だった。

「あ、直哉さん。東堂さんが戻ってきましたよ」

 ――部屋の中から知らない声が聞こえてきたのだ。

「おう、今開ける!」
 ガチャと音を立てて開けられたドアの向こうを訝しげに覗いても誰も見当たらない。
 素晴らしいまでの幻聴か、はたまた白昼夢か、ある意味泣きたくなりそうになりながら机の方に行くと、さっきまでは無かったモノがそこにあった。
「……直哉、コレ」
 それは一冊の絵本で、オレが小さい頃に両親に買って貰ったモノだ。
「あ、ごめんごめん。本棚見てたらあったから、つい」
 机の上の教科書と一緒に床に下ろしながら直哉がそう言った。
 そして、
「俺も持ってるんだぁ、この絵本。いいよな!コレ。俺さ、この案内人が大好きでさ」
 なんてしみじみ付け加えたりして。
 その様子に、“……ふむ、案内人なんていたっけ?”なんて薄情な事を考えてるのを顔に出さないようにして「そか」と返しつつ、コップを直哉の前に置く。
 な、内容を思い出さない内に下手に相槌を打つのは危険だからな!
 オレの薄情な思いには全く気付かなかったようで、直哉は何だかとても嬉しそうに続けた。
「最初はな、すんげーヤな感じ、とか思ってたんだけど。なんか、こう、……さ、今は好きだなぁ、って思うんだー」
 まるでニヘニヘという効果音がついているのか、と思う程のゆるみ顔で正直ウザくなる一歩手前だ。
 ……て、それよりも。
「“最初”とか“今”とかっつーよりも、そんなに性格変わるキャラだったっけ……?」
 おぼろげに思い出してきた記憶を頼りにそう言うと、直哉はキョトンとした顔をした。
 その反応に若干首を傾げながら絵本を手にとって表紙を捲った。
 タイトルは「夢前案内人」。
 簡単に言うと、夢の中で迷ってしまった人を案内人が導いてくれる――とかそういう感じだ。
 最初から最後まで案内人はそれなりに良い人で通ってると思うのだが……。
 そう思って直哉の方を見ると、何やら小声で呟いているようで。
 しかも、……どこ見てしゃべってんだ……?
「――直哉?」
 流石に怪しいんで恐る恐る声をかけてみると、ハッとしたようにこちらを向いた。
「へっ、あ、おう!えっと、その、うん……」
 向いた……のは良いが、返答がこれまた怪しすぎる。
 一体何なんだ、と直哉が見ていた辺りを見て

 全身から血の気が引いた。

 オレは生まれてこの方幽霊なんて見た事が無いし、そもそも信じちゃいない。
 しかし、いやいや、まてまて。待ってくれ。
 今、この目に映っているモノは何だ?

「あっ!大変です、直哉さん。東堂さん、僕の事見えてるみたいです……っ」
 その人物は慌てたようにそう言って、直哉の後ろにサッと隠れた。
 ……隠れた、が、隠れ切れてないので緑色のスーツが見えている。ついでに言うとシルクハットも。
 思わず壁に頭を打ち付けたくなるのを必死で抑えて立ち上がり、直哉の後ろに回った。
 そして、
「――直哉クン、この方ご紹介して」
 歯のガチガチは根性で抑えきって、大真面目にそう言った。

 直哉はしばらく悩んだ後、オレが持ちっぱなしだった絵本を取ってページを開いて指を指す。
 指された先は緑の帽子に緑のスーツ、片眼鏡をかけた案内人で……
「コレ。名前はヘルメス、偽名だけど」
 絵本を指していた指を傍らに佇むその人物へ向けながらの台詞。
 オレの頭にはハテナマークがいっぱいだ。いや、つーか、
「なんで偽名よ?」
 首を傾げると「あぁ、それは」とその“案内人”が答えた。
「ちょっと記憶喪失で元の名前忘れちゃったんですよ。嫌ですね、年で」
 オレ等とそう変わらなさそうな面でその台詞か……と少し引きそうになったが、頑張って抑える。……オレさっきから抑えてばっかじゃんね。
 なんてげんなり考えながらぬぼーっとそちらを見ていると、直哉が慌てた様に両手を顔の前で振った。
「えっと、その、ヘルメスは……別に怪しいヤツなんかじゃなくってさ!」
 あたふた、という効果音が聞こえてきそうな慌てっぷりだ。
「なんつーか、俺の命の恩人っつーか、幽霊でもなくて……なんだっけ、ホラ。……せ、精霊!そう精霊っぽいので!」
 なっ?、とその“ヘルメス”さんとやらとアイコンタクトを取りながら頷きあったりして。
 そんでもって聞いてもいないのにぺらぺらと彼等の出会い話を語り始めたりして。
 ――オレは本当に全く、何も言ってないワケだけど。



 少々焦り気味だったので若干わかりにくかったが、かいつまむとこういう事らしい。
「つまり、お前の去年だか一昨年だかの自殺未遂騒ぎアーンド植物人間一歩手前状況を脱した際にお世話になった、と。そゆ事でおけ?」
「自殺未遂じゃねぇよ!アレは事故なの、事故!」
「あー、ウン、そゆ事にしとくけど」
 ムキーッと怒る直哉を軽くあしらってオレはヘルメスさんの方へ向く。
「それで。何でまだ直哉と仲良しこよしさんになってんですか?もう用は終わってるんじゃぁ……」
 その問いにヘルメスさんは困ったように頬をかき、やはり困ったように笑った。
「いえ、僕としても一度関わった“人間”にその後も会ったりするのは仕事上ダメなんですけどねぇ」
 なんて言いながら、チラリと直哉の方を見てまた苦笑。
「この人。些細な事ですぐに夢に囚われちゃう体質みたいなんですよ」
「……?」
「一昨年に起きた“事故”で一度夢に囚われたって話をさっきしたでしょう?それを僕の力で呼び戻して現世に送り返した――普通の人ならもうここで“こちら”や“僕”の事はすっぱりさっぱり忘れるハズなんです。
 ところが直哉さんときたら記憶は持ったままだし、尚且つ度々こちらに来てしまうようになったんですよ!」
「……。……?」
 スラスラと身振り手振りを加えて話してくれるがいまいち理解が及ばない。
 決してオレの頭が悪いからじゃない……と願いたい。
「普通に寝てる時にも来るし、ちょっとした貧血でも来るし。……そうそう!この間なんて学校の階段から落ちて意識を失った、とかで、こっちに来たんですよ!僕はもう肝が冷えましたよ!!」
 ぷんすかと怒っているヘルメスさんを見て、あぁ、アレか。と思い出す。
「……わり、アレ、オレのせいなんスよね」
「はい?」
「いやー、オレってば課題丸写しさせて貰おうと直哉のノート家に持って帰ったら、肝心の提出日に持ってくんの忘れてて。 んでオレと二人、罰くらって荷物持ちにされて、やったら重たい資料を両手にえっちらおっちら階段を下りてたら……まぁ、ズルッと行っちゃいまして」
「……そ、そうだったんですか」
 なはは、と頭をかきながら笑うと直哉に叩かれた。
「笑い事じゃねぇって!お前がズルッと行ったのに巻き込まれただけだってのに、俺の方が被害にあってたじゃねーか!」
 そう。その時直哉になだれかかって二人とも派手に階段を転げ落ち――るハズだったんだけど、
「聞けよヘルメス!コイツ、一人だけくるっと回って着地したらしーんだ!
 近くに居た先生の話によると小さく“10点満点…!”とか呟いたんだってよ!最低だと思わね?!俺なんてズダダダダッと階下へ一直線で意識失った状態だったっつーんに!」
 ……思わず視線を明後日の方向へやってしまう。
 確かにそんな事を口走ったような気がするし、直哉だけが一人転げ落ちたのも事実だったからだ。
「直哉さん……運動神経無いから……」
「おまっ!そゆ事言うなよ!」
 さめざめと泣きまねなのか、ハンカチを取り出して目元を押さえるヘルメスさん。……芸が細かいな。
 直哉はというと顔を真っ赤にしてほっぺたがフグ状態だ。
 それを宥めるか、もっとからかうか、と考えていると急に立ち上がり、
「東堂!トイレ!借りるから!!」
 ドタドタと部屋から出て行ってしまった。

「……ありゃ、ご機嫌ナナメになっちまったな」
「そうですねぇ、直哉さんらしいです」
 勢いよく閉まったドアを見ながら残された二人は各々呟いた。
 そしてなんとなく顔を見合わせ意味もなくにっこり。
 ……。
 ……て、なんか脂汗浮いてくるんですけどおおお!!
 さっきまでは直哉が居たし、ちょっとネジも飛んでたから深く考えてなかったけど、よく考えたらこの人“人間”じゃないわけで。
 うあーうあー!!
 と、表情は変えずに色々考えていると、ヘルメスさんは真剣な顔をしてこちらを見ながら言った。
「――東堂さん」
「はっ、はい!な、なんでしょう!?」
「……。あぁ、あまり怖がらないでください。別に取って食いやしませんから」
 にっこりと微笑みながら言う台詞も、あえて言われる事で怖さが増す事をこの人は知らないのだろうか。正直マジこえええ。
 それが伝わってしまったのか、「まいったな」と呟きながらヘルメスさんは続ける。
「うーん、いまいち信用はされてないようですけれど――信じてください。僕は直哉さんが心配なだけなんです」
「心配……?どういう事です?」
 そう返すとヘルメスさんはサッとドアの方へ視線をやり、周囲を警戒するように見渡した後、
「慎也さんって知ってます?」
 と言った。
 あぁ、もちろん。知ってるも何も、
「双子の弟っしょ?直哉の」
 その答えにヘルメスさんはコクンと頷いた。……けど、アイツが何かあんのか?
「単刀直入に聞きますけど――その、慎也さんってどういう人なんです?」
「へっ?ど、どうって……えーっと――学校では品行方正成績優秀人当たりも良いし、先生受けも良いって話聞くし、友達も多いんじゃねーかなぁ?あとめちゃくちゃモテるって噂だナ」
「……“学校では”とは?」
 そう訊かれて、オレも思わずドアの方を確認してしまう。これを直哉に聞かれるとマズい気がしたからだ。
「直哉には絶対言わないでくださいよ、たぶんアイツ知らないからさ」
「えぇ、勿論」
「――学校以外では、というより“オレには”かな。すんげーヤな態度ばっかで!もうかんっぺき嫌われてる。いや、オレも嫌いだけど。ガンたれてくるしさり気なく嫌味な事言ってくるし――嫌われてるってより憎まれてるっていう表現のがあってる気がするくらいでさ」
 そしてもう一度ドアの方をチラリと見て、
「あと……ヤベェくらいのブラコンな気がする……」
 そう、オレに対しての態度は独占欲の表れなんじゃないかと思ったりもする。直哉と仲良くしてんのが気に食わねーんだろうけど。
 ――てめちゃくちゃ憶測で語っちまったけど、大丈夫かオレ?!
 と思ってヘルメスさんの方を見ると、
「やっぱり……そう、ですか」
 少し青ざめたような顔で小さく呟いた。
「僕は今まで色んな人達を見てきましたし、所謂“そういう”人が居るのも十二分に知ってます。だから偏見とか別に持ってるわけじゃないんです、そう、断じてそうじゃないんです。
 でも!」
 そこで一度切って、大きく息を吐いた。

「……直哉さんに関しては別です」

 沈黙が続く。耐え切れなくなったのはオレの方で。
「ま、まさかヘルメスさんも直哉の事、好きとか――」
「違います」
 ズバッと切られた。うぅ、ちょっとした冗談で場を和ませようと思ったのに。
「そういうんじゃ無いんです。僕は、本当に直哉さんが心配で」
「だから心配って、それに何で慎也のその……アレな感情が関係あるんスか?」
 ヘルメスさんは少しためらうように唇を噛んだ。けれどしばらくして口を開き、こう言った。
「夢に――」
 言い始めると同時に目を閉じ、そして、何かを決心したようにゆっくりと開いた。

「夢に囚われた人を助けられるのは原則として“一度”なんです。 そりゃあ些細な事で来た場合はノーカウントなので、この間の階段のモノくらいは大丈夫なんですが……。
 もし、また“あの事故”の時のような囚われ方をしたら、僕は助け出せる自信がありません」

 自信が無い、って……。
「じゃ、じゃあ何か?!もしまたいつか直哉があんな風になっちまったら、もう、意識が戻らないかもしれないって事か?!」
 そうだ。あの事故でだって絶望的だと言われてたのをオレは知ってる。意識が戻ったのは医者だって頭をひねるくらいの奇跡だった、って。
「直哉さんがあの時夢に囚われた直接の原因は確かに“事故”でした。転倒した際にぶつかったストーブの故障による火事。 でも精神的な圧迫を受けていたのも確かなんです。――その原因は慎也さん。勿論ご両親の態度も若干含まれますが。
 今はもう家族仲も良く、慎也さんとも上手く行っていますけれど……その慎也さんの異常なまでの感情が再び何かの原因にならない、とは断言出来ないんですよ」
 ……確かに、慎也なら何かやりかねん。そう思ってしまうくらいにアイツの感情は度を越えている気がする。
「見ている限りではまだ大丈夫ですけど、いつ爆発するのか心配になるくらいで……」
 ううむ――オレもそれに同意だ。
「――わかった」
 首を縦に振りながらそう言った。
「学校とか、直哉と一緒に居る時はオレがなるべくフォロー出来るようにしますよ」
 だから、とヘルメスさんの肩に手を置く。
「ヘルメスさんは夢とか、そういう方面からお願いします。一緒に直哉を守ってやりましょう!」
 ついでに鍛えてやれ、とこれは胸の内だけで思っておく。
 ――だって、なんかヘルメスさん過保護っぽいんだもんなぁ。



 そして二人でやんやかんやと話していると、

 ガチャ

「ごめ……俺、炭酸ダメなの忘れてた……」
 なんだかげっそりとした直哉がやっと部屋に帰ってきた。
「マジかよ。大丈夫か?……そゆ事は事前に言っといてくれよなぁ、直哉。オレ何も知らずに出しちまったよ」
「う、わり……最近飲んでなかったからすっかり忘れてた」
 長いトイレだと思っていたが、まさか腹壊してたとはなぁ……悪い事した。
「んー、じゃあもう今日は帰るか?暗くなんの早くなってきたし。後は自分で頑張って勉強する、ぜ!たぶん!」
「たぶんじゃなくて、絶対しろよ。赤点になるぞ」
「……ハイ」
 ガックリと項垂れる。ちくしょー、めんどくさいぜ。
 そんな事を思いながら直哉の帰り支度を見ていると、
「じゃあ僕もそろそろ向こうに戻ろうかな」
 と、ヘルメスさんが言った。
「戻る?」
「えぇ、仕事がありますし。ちょっと上の方へ」
 そう言って指すのは天井――じゃないな、たぶん“空”のそのまたずっと上か?
 さっきまでナチュラルに話してたから忘れそうになってたけど、そうか。この人“人間”じゃなかったんだ。
 それにしても仕事かぁ。オレ等と大して変わりそうに無い面してんのにスゲェんだなぁ。なんて思っていると、直哉が突然声を上げた。

何で?!

 ……ん?……んん?どしたんだ?
「今日はずっと一緒に居るって言ったじゃんか!俺いっぱい話したい事あるのに!」
「な、直哉さん……落ち着いてください、ね?ちょっと仕事が入っちゃっただけですから、また今度――」
「嫌だ!今日じゃなきゃダメだ!」
 ……おーいおいおい。なんつー聞き分けの無いだだっ子だ、お前は。
 ヘルメスさんも呆気に取られて固まっちゃってるし。……っと、でも石化はとけたのか、ふぅと息を吐いて、
「――仕方ないですね……でも今回だけですよ」
 困ったように笑った。
 ヘルメスさん、それ甘やかし過ぎですよ。とは流石に言えなかった。切羽詰ったような直哉の態度に茶化す場面では無い、と思ったからだ。

「じゃあ、ちゃんと勉強しろよ!」
「ハイハイ……」
「それでは、失礼しますね、東堂さん」
 ぺこりと頭を下げるヘルメスさんに、オレも同じように頭を下げる。そして小声で話しかけられる。
「――慎也さんの事も、よろしくお願いします」
「――了解しました」
 過保護マンではあるが、備えあれば嬉しいな、もとい憂いなし、だ。
 仕方ないのでオレも過保護マンの仲間になろうかと思う。勿論、崖から突き落とすライオンの父ちゃんになる時も必要だとは思うけど。
 じゃあなー、気をつけて帰れよー、とヒラヒラ手を振ってお見送り。

 そして。



 *



 ピーンポーン

 直哉が帰ってから30分程経った頃だっただろうか、インターホンが鳴った。
 ちゃんと真面目にやっていた勉強を止めて一階に下り、カメラを確認する。
 そこに映っていたのは、
「げ……何故に慎也が……」
 ブラコン弟こと、慎也その人だった。
 オレは大きく息を吐いて肩を落とす。何でと言われるとこうだ、“めんどくさそうだから”。
 アイツがわざわざオレのトコに来るなんて直哉絡みでしか有り得ないし、それ以外はあって欲しくない。

 ガチャリ

 扉を開けて、なるべくにこやかスマイリーな顔で応対をする……でも、なぁ。
 今、正に目の前に居る相手は、今のトコロオレの一番好きじゃない……というか嫌いなヤツで、コイツときたら、
「……」
 何故か黙りこくったまま、こちらを睨みつけてきている。
 ――いや、コレはアレだ。目は口ほどに物を言う、ってヤツか。
 直哉と瓜二つの顔。身長はこっちのが高いか?直哉と話す時より若干上の視線を受け止めつつ気付かれないようにため息をついた。
「……何の用かな?弟クン」
「……」
 問いに答えは返してこないが、それでもヤツが何を言いたいのかはよくわかっていた。
 つまり、
「直哉ならもう帰ったからな」
 こういう事なんだろうと、そう思う。
 その答えが合っていたのか、慎也は「そうか」と呟いた。
 でもそこから立ち去ろうとせず、やはりこちらを睨み付けたまま、こう言った。
「――直哉に手を出すなよ」

 ………………。
 ――ほわっつ?!

 いやいや、イカンイカン、そんな微妙過ぎる外国人さんのマネしたって意味が無い。
 それよりこのバカは何て言った?
「学校でもベタベタしやがって、その上家にまで呼んだりして、目障りなんだよお前」
「おおおおお、おお前言うに事欠いてそれか!!!」
 猫被るのにも程があんぞお前!誰か!誰か!学校関係者の方、コイツを見てください!この猫さんを!!
 と、叫んで暴れだしたい衝動に駆られるがなんとか、……なんっとか、抑える。
 このバカはそう、オレが直哉に手を出す=所謂そっちの人、と思っているワケで。断固!断固抗議させて頂く!――とは思ったものの、すぐに否定しても何だかつまらない気がして、ムクムクと湧き上がってきた悪戯心に身を任せてこんな事を言ってみた。
「ほおお、へ、へえええ。どエライ独占欲のカタマリですなぁ、慎也クン。
 ……そんなんじゃ横から誰かにかっ攫われんぞ」
「攫う?お前が?」
 はんっ、と鼻で笑われた。
 もうムカムカムカッときちゃいましたよオレ。ほっぺた押しつぶしてアッチョン○リケ状態にしてやろうか!!いや、それよりもチャウチャウの方が屈辱的か……ハムスターでやるとかあいいんだよなぁ、アレ。
 ――って違う違う、そうじゃないだろ今は!何とかコイツを言いくるめないと!!……まぁ、それも実際には違うんだけど。
「オレじゃあなくてもな、他に候補は何人もいらっしゃるワケ。お前は直哉しか見てないからわかんねーのかもしんないけどな!」
 トーゼン“男”じゃなくて“女”だけど。……そう何人もこういうのが居てたまるかってんだ。
 しかし、慎也はオレの言葉に驚きもしないで
「だから?」
 と来た。
 むっ、か、ムカムカムカムカムカ!!!!!!

「お前本当に性格悪いな!そんなんじゃあ、直哉には絶対好きになって貰えないな!確定だ!きっと直哉が好きになんのは、お前と正反対の、心から優しいヒトだろうぜ!そう、そりゃあもう優しげで――」

 と、ここまで言ってふと思い出す。
 今日出会った不思議なヒト、ヘルメスさんは何だか優しそうな感じがしたよなぁ、と。
 直哉の事も随分心配してたし、直哉も慕ってたみたいだし。
 あぁ、そういえば絵本見ながら好きとか言ってたっけ――

 ……ん?
 …………おぉっ?
 なんだか良い事思いついちゃったんじゃないの、コレ!

 思わずニマニマする口を手で隠しながら慎也の方を向くと、見下すような目でこっちを見てやがる。見下ろしてんのはこっちなのに!
 いや、それはいいんだ。こっちには切り札があるからな!
 オレはゴホンと咳払いをしながらこう言った。

「……慎也クーン、キミ、直哉に好きな人が居るの知ってた?」

 すると見下すようにしていたその目が見開かれ、眉間に皺が寄っていく。さしずめ、「なっ?!」と言うトコロだろう。
「知ーらないんだぁ。兄弟なのにぃ。あぁ、兄弟だからかぁ。オレには教えてくれるのにねぇ。カワイソーな慎也クン」
 ブフーッと押さえもせず噴出した。っかっかっか!おもしれぇ!
 もっと追い討ちをかけてやれ、と何を言おうか考えた所で、
 ……慎也が死んだような顔をしているのに気付いた。
「?! し、慎也くーん?」
 怖くなって小さな声で呼びかけると、慎也はハハッと自嘲気味の笑いを零した。
「そうだ。僕は結局直哉に信用されてない。何も、肝心なものは何も言わないんだ。僕は何でも言ってるのに!僕は、僕は……!」
 ダンッと玄関脇の柱を叩く。石の柱なので当然ビクともせず、代わりに慎也の腕を傷つける。……まぁ、それはどうでもいい。
「慎也、お前なぁ。“何でも言ってる”ってウソだろそれ。直哉に全部言うってんなら、お前のその気持ちだって言わなきゃなんねーだろ。え?もしかして言ってんの?なのにムシされてんの?それならか〜〜わ〜〜いそ〜うvvv って感じだけど、違うんだろ?」
 ――間に入った台詞は勿論嫌味だ。普段言われてる分のおかえしである。
「東堂……張り倒すぞ」
「そういう発言が出るって事は少なくとも“言ってる”ワケじゃねぇってこった。もし言ってるなら“言っている!!”とか言いそうだもんな。……で、全部を全部伝えてるって事でも無いのに、直哉には全部を求めてる、と?
 ハーン、とんだお笑い草ですな。求めすぎるヤツは嫌われる、正に王道!いや、むしろ正に外道?」
「東堂……殴り倒すぞ」
 見上げてくる瞳に剣呑な光が灯るのを見て、“これはヤバイ”と本能的に思った。
「とっ、兎に角!あんまり直哉に色々求めるなよな!アイツだってきっといっぱいいっぱいなんだ。それなのにお前がそんなんじゃ、すぐに容量はちきれちまう。――お前だってそれを望んだりはしねぇだろ?」
「それは……、当然だ」
「だったら!こんな風にココでオレを脅したりしねぇで、もっと、なんかこう、建設的な事しろ!信用されてないって感じるんだったら、もっと信用して貰えるように努力しろ!ていうかマジでオレんトコ来んな!」
 わかったか!なら帰れ!、とそう付け加えてオレは家の中へさっさと入ってしまう事にした。
 あーあー、折角勉強してたのに時間無駄にしちまったぜ!
 と、愚痴を垂れながら二階の自室へ上がろうとすると、

 ピーンポーン

 またもインターホンの音。カメラを覗くとまだ慎也が居て。
「何、まだ用あんの?」
 今度はもう外に出るのが億劫なのでカメラ横の受話器を取って応対する。
『……』
 おいおい、まただんまりかよ。今度はカメラ越しで顔がよく見えねーから、何言いたいのかわかんないっつの。
「もしもーぉし、何か用ですか、って訊いてん――」
『……悪かったな、色々と』
 ――はい?!
 思わず目が点になった。
 慎也はそれだけ言ってすぐに家の前から居なくなったみたいだけど、オレはあまりの驚きでカメラに誰も映ってないというのにしばらくそのまま固まってしまっていた。
 だって、あの慎也が、オレに……謝った?!
 ええと、つまり、謝ったって事は自分の否を認めてる、って事であって!
 受話器を戻した腕はそのままガッツポーズへと移行した。
「ヘッルメスさぁん!オレやりましたよ!」
 絶対に声は届かないがついそう叫んでいた。
 ウンウン、オレ頑張った!直接的に直哉を守ったワケじゃないだろうけど、それでもこれは価値ある事のハズだ!
 ウムウム、オレエライぞ!好きじゃないというか嫌いなヤツに結構長い間付き合ってしゃべってやったし!

 ヨシヨシ、エライオレ!
 エライから今日はもう勉強しなくていいや!!

 にこやかにそう決め付けて、勉強開放の祝いに炭酸を一気飲みする。
 喉を刺激する物体が駆け抜けるがそれも心地よく、オレは実に晴れやかな気分で空のコップを机に下ろしたのだった。



 * * *



 調子に乗った後のテストの点が悪いのは、実に日常茶飯事的な事なので詳しくは言わない事にして。
「あ、東堂さん。こんにちは」
「ヘルメスさん、どもっす」
 そしてこれも最早日常茶飯事になりつつある光景だ。
 直哉の向こうに佇む緑の人に、軽く頭を下げて、挨拶を交わす。

 オレもちょっとだけ夢の中でこの人に会ってみたいなぁ。
 ――そんな事を考えながら。
思った以上に長くなった。
思った以上に東堂がウザかった。
思ったよりも慎也が可哀想じゃなかった。
以上!

2009.3.22.