作家と編集の話。編集が可哀想な話でした。
2009.3.23.
台 詞 で 創 作 1 0 0 の お 題
[ 53 ] 帰るよ、君の元へ。
「悲恋モノが書きたい」
そう、ヤツが突然言い出したのは食後のデザートにいざ手をつけようとスプーンを構えた時だった。
「……」
あえて聞かなかった事にしてスプーンをゼリーへと侵略させようとすると――
「悲恋モノが書きたいんだよ!!」
――どうやら無視はダメらしい。もう一度ヤツがこちらを見ながら言った。
「……悲恋モノが書きたいんだよ、聞いてるの貴靖?」
「あああ、聞いてるよ、聞いてるともさ!でもわけわかんない事突然言うな!」
グサリ、とゼリー国に侵略が成功はしたものの、口の中へと運ぶこと叶わず、俺は仕方なく話に付き合ってやる事にした。
「悲恋?悲しい恋と書いて悲恋? お前、この間の未亡人と刑事の恋が悲恋じゃなかったとは言わせないぞ!それにちょくちょく入れてくる恋愛要素、ことごとく悲恋てんこもりじゃねぇか!読者からのお便りで“先生は以前悲しい恋でもされたんでしょうか……”って真剣に心配してくださってるのも届いてるんだぞ!――それはまだお前んトコには渡してないけど!」
全くもってけしからん話である。
何を書かせても悲しい要素を入れてくるヤツがわざわざ“悲恋モノが書きたい”だと?
「今までお前の方針がソレだったっぽいから何も言わなかったけどなぁ、俺ははっきり言って悲恋モノが嫌いだ!現実でも結構悲しい別れが存在するのに、何で本の中でまで悲しいモノを見なくちゃいけない!?泣きたくなるような思いをしなくちゃいけないんだ!」
ダムッと机を叩く。
買ってきたマスカットゼリーがぷるるんと震えた。
――と、ふと我に返る。
あばばばばば、なんか俺語っちゃった?!ヤベ、変な事口走ったような……!
内心あくせくしながらチラリとヤツの方を見ると――呆気にとられたような顔をしていた。
「貴靖……君……」
ヤバイ。なんかマジでヤバイ事を口走ったようだ、とりあえず謝ろう。
そう思っていると、
「君――現実ではやっぱり悲しい恋をいっぱいしてきたんだね……!」
……ん?
「ヨーシ、じゃあ今度も悲恋でゴー!だね。だから情報提供よろしく!あ、今度はね、ファンタジーだからかなりぼかすし、大丈夫だよ!」
……は、い?
「今度はねぇ、所謂現代ファンタジーってヤツで、あ、勿論推理モノだから安心して!それで探偵役の子が女の子!犯人だと思って追いかけてる相手が男の子で超能力者っぽいのなんだ。それで、それでね!」
「ちょっと待ったぁああ!!」
ウキウキワクワクで話すヤツの台詞をぶった切って俺は立ち上がった。
「……何?」
「何じゃないでしょーが、作家先生!お前まった俺の話を使おうとしてんのか!ていうか何か?!もしかして今まで悲恋要素がもがもの話ばっかだったのは、俺の実体験が反映されてるからか!?そんなに俺の恋は悲しかったのか?そうなのか?!俺は読者の皆様から同情されるくらいの悲しい恋ばかりしてたのか!?」
はぁっはぁっと肩で息をする。
またもヤツは呆気にとられたような表情のままこちらを見ていた。
そして、
「貴靖……」
悲しそうな顔をして一言。
「何を今更……」
……。
…………そう、来るか。
「もうずっと前に自覚してると思っていたよ。そりゃあ恋愛経験ゼロに近い僕が言う事じゃないから黙っていたけどね?どう思っても悲しくなるくらいのモノなんだもの。だから、つい僕も恋愛はこんなに辛く悲しいモノばかりなんだと――」
「あああああああ、ちくしょう!!だって仕方ないだろ、付き合ってる時は幸せ一直線だけど、お前に話す時点で別れてんだ!別れの時は悲しいんだ!今までの思い出が塗りつぶされるくらい悲しくなるんだ!だから、話す時にそうなっちまってもしゃーねーだろおおおお!!!!」
うおおお、と頭を抑える。
勿論悲しいからとかじゃない。こっ恥ずかしいからだ。
何で改めてこんな事をコイツに言わなきゃなんねーんだよ!
「……そうか……そういえば僕も最初の方はウキウキで楽しく聞いているのに、別れの所まで行くと悲しくなって、そのままの気持ちで原稿を書いてしまっていたからね……悪い事したね、貴靖。これからは別れの部分ははしょってくれて構わないよ」
「構わないって、何、次からも俺が話す前提でしゃべってんだよ!」
もうやってられん!とスプーンを取り上げゼリー王国への侵略を開始する。
まだヤツは何か言っていたようだが、ここはもう無視を決め込んで俺は世紀の侵略者に徹したのだった。
*
「じゃあ、次の締め切りは来週の土曜日だから。忘れないように」
ヒラヒラと手を振ると「忘れるなよ!」と車の窓から叫ばれた。……ご近所迷惑になるよ、貴靖。
僕は玄関の扉に鍵をかけ、もう来客も無いので外の電気も消し、キッチンへと戻った。
そして冷蔵庫からお茶を取り出してコポコポとコップに注ぐ。
ゴクゴクと飲んで
「っくー、美味い!」
なんて言いつつ腰に手を当てる。……かなり親父くさい上に、お茶だからサマにもならなくて悲しいけどね。
「んーそれにしても……」
コップを食器洗い機に入れてボタンをポチリ。グオングオン動作を始めるソレを見ながら考える。
――タカ、本当に自覚無かったんだぁ。
そっち系の話をして貰う時、いつも最初の方はにこやか笑顔なのに、最後は曇りまくって台風真っ只中!みたいな状態になるんだ。勿論――内容も、だけど。
だから僕までなんだか悲しい気持ちになって、つい文章にもそれが出てしまうんだけど。
でも、そうだなぁ。
次の話は心がけてハッピーエンドにしてみようかな?
探偵役の女の子は勘違いして超能力者の男の子を犯人として追っかけていく。
でも本当は男の子の方が探偵で、悪の組織を追ってたんだ。
いくつもの事件を通して心を通わせていく二人――でも終盤になって男の子は組織の元へ一人だけで向かわなければいけない状況になる。
……いつもの調子で行くと、男の子はココで死んじゃって、女の子が悲しい気持ちを押し込めて事件解決!みたいになるんだけど。
ウン、今回はこうだ。
---
「大丈夫。帰るよ、君の元へ」
黒髪が風に舞った。力を使って浮き上がっていく体に縋るようにあたしは言った。
「絶対!絶対だからね!待ってるから――絶対、帰ってきて!」
暗くて表情はもうよく見えない。
けれど、彼は微笑んだ。――そんな風に思えた。
「うん。わかってる。お前一人残して逝ったり出来ないよ」
そして掻き消えてしまった。力を使って移動したのだろう。
あたしは何もなくなった空間を見つめて立ち尽くしている。
嫌な予感はした。背筋が震えてくる程に怖い。
――でも、信じる。
あたしに出来ることはこれしかないから。
*
とあるビルが火事になったというニュースがテレビで流れていた。
焼死体が幾つか見つかり、その中には“黒幕”の名前もあった。
「……やったんだ、ね……」
でも、なら、なんで!帰ってこないの?!
涙が頬を流れ落ちた。
彼の言葉が頭の中で繰り返される。――帰るって、言ったのに。
空はもう暗く、月が出ている。
彼を見送った日もこんな夜だった。
そう、思い出して泣き崩れそうになると
ピンポーン
チャイムが鳴った。
「……こんな時間に……誰?」
慌ててティッシュを何枚か引き抜き顔を拭う。目は赤くなってしまっているだろうが、仕方ない。
玄関まで行って扉を開ける。
――いけない、いつも鍵をかけるようにと言われていたのを忘れて……
扉の向こう、ずっと見たかった顔があった。
「ただいま。……帰ってきたよ。君の元へ」
そう言って、彼は笑った――
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「お?今回は大々円じゃねーか、珍しいなぁ」
数日前のやりとりをすっぱりさっぱり忘れたのか、貴靖は原稿を読み終わってそう言った。
「あぁ、今回はね。うーん、なかなかハッピーエンドも良いものだねぇ。救われる気持ちっていうのがわかった気がするよ」
「……お前、それ今までの俺の話が救われないって暗に言ってんのか?」
――おや、バレましたか。……なんて冗談だけど。
「いやいや。そんな事無いよ。それは被害妄想ってヤツだよ、貴靖」
「……ちくしょう」
ちょっと涙目になったタカの頭をポンと叩き、
「だいじょぶ、大丈夫。君にもきっとまた幸せな恋が訪れるさ」
「あやと……」
だから、と、ニンマリする。
「またネタのご提供、よろしくお願いしますよ〜」
瞬間、涙目から涙が零れ落ちたのを見たが、ここはそれ。
あえて見なかった事にしておくのだった。