台 詞 で 創 作 1 0 0 の お 題
[ 58 ] 口が寂しいのは誰のせい?

 ぐるるるるるるるるるる

 盛大に音がなる。
 これは決して床に寝そべってる犬からしてるわけではなく、洗面所の洗濯機が回ってるわけでも無い。
 テーブルに乗った一枚の皿。
 それを見て恨めしそうに彼女は言った。
「……あたしも食べたかった……」
 俺はそれを見ながら「そうか」とだけ返す。
 ちなみに今は食器洗いをしている途中で、カチャカチャとそれらが音を立てた。
「食べたかった!!」
 まるで駄々っ子のように繰り返す彼女に深くため息で返してやった。
「そうは言っても、もう無いんだから仕方ないだろう?それとも全てを食べてしまったビスターを責めるか?」
「ンな事しないわよ!子供に駄々こねるなんて、ガキじゃないんだから!」
 ――今ここで俺に駄々をこねるのはガキじゃないのか、と苦笑い。まぁ、いつもの事、か。
「それよりアスティ、仕事はどうした?」
 今の時間ならまだ会議だったはずだ。なのに彼女はここにいる。――さては、抜け出してきたのか?
 そう思っていると彼女は気まずそうに視線を彷徨わせる仕草をとった。
「さ、サボリじゃないのよ?ただ、ちょっとヤなヤツが居て……その、ね?わかるでしょ?」
「嫌なヤツって……評議長の事じゃないだろうな?」
 ぎくくっと肩が揺れる。……はぁ。
「だって仕方ないじゃない!あたしが女だからって甘くみやがって、あのバカ!いつ、そのムカツク面にお茶ぶっかけてやろうかと思ってたのに自分だけ先に『用が出来ましたので失礼』とか!は?ふざけんじゃないわよ!!」
 上手い事マネをしながら彼女は言う。
「ちょっと頭良くて期待されてるからって、全員が全員そう思ってるわけじゃないって話よ!あの伊達眼鏡いつか絶対割ってやるんだから!」
「……伊達、なのか?」
 ふと沸いた疑問を口に出してみる。
 彼女はコクンと頷いた。
「うん、だって昔かけさせて貰ったもん」
 ……。……どういう事だ?
「――嫌なヤツ、なのに眼鏡かけさせて貰える程なのか?」
 怪訝そうに訊くとアスティはパタパタと手を振った。
「やっだぁ、昔の話、昔のね。6年くらい前?冒険から帰ってきてすぐ辺りかしらねー。まだあなたがあたしを追いかけてきてなかった時」
 口元に指をあて昔を振り返っているのか、彼女は上の方を見ている。
「話がある、とか言いながら眼鏡外すからさぁ、ちょっと気になってかけてみたのよ」
 そしたら度が入ってないの!、とケラケラ笑いながら彼女は言う。……が、なんだろうこの嫌な感じは。
「……念の為に訊くけど、評議長とは仲良かったのか?」
「仲良いっていうか幼馴染だし。小さい頃からずっと一緒だったわよ。そうね、それこそ離れたのは冒険に行ってた一年くらい……でもそれで帰ってきてしばらくしたらすんごい嫌味なヤツになっちゃったのよ!!
 ことあるごとに突っかかってきて、あろうことか呼び方まで変えてさ!ライラさんよ、ライラさん!今までアスティって呼んでたのに!あたしも悔しいからそうしてやったわ!」
 ……。
 頬を嫌な汗が伝った。
 ぷんすか怒る彼女を見ながら、非常に嫌な仮説を思いついたからだった。

 ――評議長、もしかしてアスティの事好きだったんじゃないだろうか、と。
 そういえば昔挨拶に行った時にはにこやかに対面しておきながらも目は笑ってなかったような気が……。
 今思うと当然か。
 好きな子が勝手に冒険に出たかと思えば、一年して帰ってきたら男がついてきた。それでそのまま結婚、子作りエトセトラ。
 ……あぁ、俺が評議長の立場だったら絶対嫌だよな。
 そう思うとなかなか彼は人が出来ている。ような気もするが……。

「毎回毎回ネチネチネチネチ文句垂れてさ!昔はあんなんじゃなかったのに!ほんっとムカツくわよ!ギルバートのバカ!!」
 ピク、と思わず反応してしまう。
「……ギルバート……?」
「あ、昔の事思い出してたらつい昔の呼び方しちゃったわ。訂正、訂正、ファンネルのバカ!!」
 訂正したって呼んでる相手は変わっていない。なんだかムカッときてしまう。
 俺は洗い終わった食器を食器立てに並べた。布巾で拭いてしまってしまおうと思っていたけれど、それは後だ。
 テーブルの方へ向かい、アスティの脇に立つ。
「? どうしたのランディ?……って、ちょっと!」
 首を傾ける彼女を抱きしめた。
「――他の男の事、あんまり考えるなよ」
「ハァ?!ちょっと、どうしたのよ!?」
 腕の中でもがく彼女を抑えるようにぎゅっと抱きしめる。
「ランディさーん、ね、離してよっ。あのねぇ、何を心配してるのか知らないけど……アイツとはどうにもならないわよ、あたし」
 そんな事を言うので、腕を緩めて彼女の顔を覗き込んだ。
 心なしか顔が赤い。
「あたしが冒険してる時に好きになったのは誰?逃げ帰ったあたしを追いかけてきてくれたのは誰?――あたしと結婚したのは誰なのよ?
 あなた以外にそんな感情、これっぽっちも沸かないの、わかってるんでしょ」
「アスティ」
「……って何言わせるのよ、もう!あー、もー、やめやめ、ね、離して!」
 ぷいっと顔を背けながら言う彼女の顔は真っ赤で、それが本当に可愛い。
 そしてそんな彼女を離せるはずも無く、
「嫌だ」
 俺は緩めた腕をもう一度背中に回した――のだが。

「おかーさん」

 ビクン、と腕の中の体が反応した、と思った次の瞬間には勢いよく突き飛ばされていた。
「ゴフッ」
 も、モロに腹に入った……。
 痛む腹を押さえながら立ち上がると、トテトテとビスターが駆けてきた。
 それを見てアスティの目がまるでハートのようになる。
「やあああぁん、ビスターぁぁん!!今日も可愛いわねええ!!!」
 ほとんど叫びながら、駆けてくるビスターに抱きついた。
「おかーさん、帰ってくるの早かったんですね!それで、あの、あのね、ボク、おかあさんの分のおやつも食べちゃって……その、ごめんなさいです」
「い、やああんんっ、いいのよ、いいのよ、そのくらい!!」
 フルフルと首を盛大に横に振る。そして、
「多めに作らなかったパパが悪いんだから!ね!」
 ――責任転嫁か。
 とは思うものの、俺もまさかビスターのせいにしようなんて事はこれっぽっちも思わないので「そうだぞー」と返しておく。
 けれどビスターは納得出来なかったのか
「ダメです」
 と首を振った。
「簡単に甘やかしちゃダメなんですよ!ボクだってもう5歳なんですから!……って言っても、食べちゃったおやつは戻せないので……」
 そう言いながらごそごそとポケットを探る。
「おじいちゃんにお菓子貰ってきました!はい、おかーさんにあげます!」
 小さな手のひらに乗っているのは可愛いサイズのマドレーヌ。綺麗にラッピングされたそれは明らかに手作りのもので。
 それを不思議に思って訊くと、すぐに返答がある。
「老人会の集まりで貰ったって言ってました」
「あら、でもそれはビスターがおじいちゃんに貰ったんだから、ビスターが食べなくっちゃ」
 アスティの言葉にやはり首を横に振って、
「おじいちゃんが良いって言ってくれたから大丈夫です!だから、はい!」
 押し付けるようにして渡す。
「そ、そう?じゃあありがたく頂くわね。ありがとう、ビスター」
 そう言って頭を撫でると、ビスターは嬉しそうに笑った。
 そして受け取って貰えて安心した、というような表情をし――それがすぐに凍りついた。
「ご、ごめんなさい……そういやボク、おとーさんの分、貰ってきてないです……!」
 すぐに貰ってきますね!と走りだそうになるビスターを呼び止める。
「大丈夫。パパはママに貰うから、な」
「え゛」
 既にラッピングを解き、そのマドレーヌを開いた口へと持っていっていたアスティが嫌そうな声をあげる。
「い、嫌よ。折角ビスターがくれたんだもの、これはあたしだけで味わうの!」
 言い終わるやいなや、パクッと全て口に含んでしまう。
 ……全く。
 何故か逃げ出そうとするアスティを捕らえ、顎を持ち上げた。
「んっ、んんっ」
 無理やり唇を開くとマドレーヌの味がやってくる。
「っぷはっ、ちょっ、もう!!!」
「――ごちそうサマ」
 そしてビスターの方へ向き直り、
「ありがとうな、ビスター。お礼に好きなお菓子作ってやるぞ。何が良い?」
「えっと、じゃあ、じゃあ――!」



「……ホント、信じらんない。子供の前でする?フツー」
 呆れた顔でこちらを見ている彼女はその台詞と共に盛大にため息をついた。
「しかもあんなんされちゃ折角のマドレーヌ、味なんてわからなかったじゃない……ビスターがくれたのにっ」
「ハイハイ、悪かった、悪かった」
 そう返しながら泡だて器を動かした。――リクエストにより、お菓子作り中なのだ。
「ダーメ、許さないわよ」
 くんっ、と後ろに引かれる。ボールを取り落としそうになるがなんとかこらえた。
「アスティ、今は作業中だから……」
 と、とりあえずボールを安全な場所に置いて振り返ると上を向いて目を閉じた彼女が居た。
「……アスティ?」
「この体勢ならわかるでしょ――キス、して」
「……は?」
「ンもう、口が寂しいのは誰のせい?さっきのマドレーヌ奪いみたいなのじゃなくて、ちゃんとしたのだからね?」
 思わず息を吐いた。つい、それに笑いが乗ってしまうのは仕方ない。
「ハイハイ、了解しましたよ、お嬢さん」
「――からかい禁止」
 ククッと笑って彼女の腰に手を回す。そして顔をゆっくりと近づけた――



 * * *



「勘弁してください」
 金色の髪が下に垂れた。心底嫌そうな声で、そして泣きそうな声で。
「なによ、あたし達の話が聞きたいっつってのはアンタでしょクソジジイ。ご要望にお答えして話してやってるんだからつべこべ言うんじゃないわよ」
 そう言ったのはアスティで。
 俺は項垂れる彼の前に紅茶を出しながら内心同情をした。
「言ったよ、確かに言ったよ?でもだからと言って、そんな――ラブラブ場面ばっか話す事ないだろうが!俺にとっちゃ、アスティ、お前の事は娘みたいに思ってるのに、そんな、……ノロケ話ばっかり!」
 お父さんは悲しい!、と金髪の少年は言う。言われた相手は“少年の母親”のような年齢なので傍目にはかなり奇妙な会話だ。
「うっさいわね、わざと選んで話してるに決まってんでしょ。黙って聞きなさいよ」
 そう言ってまた新たな思い出話を始めようとする彼女を、少年は遮った。
「ちょっと待った!その前に訊いておきたい事があるっ!」
「……何よ」
 少年は渋面を作った。
「さっきから気になってたんだが――話に登場する、やたらめったら可愛い男の子は……まさかとは思うが、その、まさか……」
 どうにも歯切れの悪い言い方に俺は首を傾げるが、アスティはかなりイライラしているようだった。
「はっきり言いなさいよ」
「いや、俺の思い違いならいいんだが……その――ビスターって」

「僕の事だけど、何か文句でも?」

 いつ来たのか、開け放たれていた扉の向こうには金髪の少年と同じくらいか少し上くらいの少年が立っていた。
 赤みがかった濃い茶髪に赤茶の瞳。
 同じ色を持つアスティはその少年を視界に捉えると、文字通り飛び上がった。
「ビスター!!!」
「お久しぶりです、お母さん。お父さん。元気でしたか?」
 軽く頭を下げてからこちらへ向かってくる。
「元気よー!……あ、でもちょっと元気無いかも」
「?」
「だって、ビスターが居なかったんだもの!!!やあん、もう、相変わらず可愛いいいいい!!」
 ガバッと抱きついたアスティを受け止めるビスター。その突進に耐えられるくらいには成長しているらしい。
 するとその様子を見ていた少年がこの世の終わり、といったような表情になった。
「……か、かわ……か、わ、いい……?!?!」
 そして手をわなわなと振るわせる。
「ビスターとは無縁な、言葉が。可愛いアスティの口から?!?!」
 うああああああああああ、と絶叫する少年。正直うるさかったりする。
 そう思うが口に出さない俺とは違い、アスティの考えは口と直結らしい。
「うっさいわよクソジジイ!可愛いビスターに可愛いって言って何が悪いのよ?!」
「い、いや。確かに俺の子孫だ。そういう面で見れば、可愛いけど――」
「ファルに言われても全然嬉しくないね」
「っ!ホラッ!やっぱり可愛くない……!!!」
 さめざめと泣き真似をしながらもソファを立ち上がり、ビスターの方へと向かっていく少年、ことファルギブさん。
 ――ちなみにこんなナリだがアスティの曾おじいさんにあたる人らしい。

「大体さぁ、アスティの話ん中じゃめちゃんこ可愛いのに、なんで現実はこんなに口が悪いんだ!そんな子に育てた覚えはありませんよ!!」
「育てられた覚えは無いね。……それに僕の口が悪くなったのはお前のせいだろーが」
 そしてバシッとさも当然のように金髪頭を叩いた。
「いっつもいっつもくだらない事ばっか言いやがって。それに毎回ついてかなきゃいけない僕の身にもなれって話だよ」
 やれやれ、と肩を竦めるビスター。
 うーん、でも確かにここ一年くらいで随分口悪く成長したなぁ。……今の所ファルギブさんに対して、だけだけど。
 そんな事を思っていると、ファルギブさんがガバッと立ち上がって胸を張った。
「それを言うならいっつもいっつもくだらない事ばっか言わせやがっ――あ、嘘ですうそ。勿論言いたくて言ってるんです、すいませんすいません」
 ビスターのみならずアスティまでゆらり、と臨戦態勢に入ったのを見て平謝りに転向する。
「全く、アンタ見る度にアンタの血があたしやビスターに流れてる事思い出して不快だわ。ねー、ビスター?」
「えぇ、本当にその通りです」
「うううう、ひ孫とその子供がじっちゃまを苛めてくるよお……」
 めそめそと泣くじっちゃま称する少年を見て苦笑しつつ、一人キッチンに向かい、お茶請けのクッキーを持ってきた。
「まぁまぁ、三人とも今は仲良くして。お菓子でもどうですか」
 カタ、と皿をテーブルに置くや否や、
「仲良くなんて無理!ええいっ、ジジイに食べさせるくらいならあたしが全部食べる!」
「何をー!!俺様だって負けてられっかああ!!!」
 バババババババッと二人は手を動かし――
「……おい」
 ――あっという間にお皿は空になってしまった。
「二人とも!いい年してるんだから子供みたいな喧嘩はやめてください……」
 もっきゅもっきゅと口を動かす二人を叱りながらため息をついた。――今回の味見してなかったから食べたかったんだが……。
 と、そこまで思ったピンと思いついた。
「アスティ」
「ン?」
 未だに口の中でクッキーと格闘しているその顔をくいっと持ち上げて、
「っっ!!!むぐっ、っ」
「ぎゃあああ!!!ちょ、ランディ君何してんだああああ!!!」
 向かいのソファからファルギブさんが立ち上がって叫んだ。しかしそんな事は構わず続けて、
「――――――っ、と」
 ……とりあえず味もわかったしこの辺でやめとくか。
 まだ口の中にものがあって叫べないアスティが抗議の視線を向けてくる。
「……仕方ないだろ、まだ俺も食べてなかったから味みたかったんだよ」
「〜〜〜〜!! (っごくんっ) 〜〜だからって、この状況でやんなくてもいいでしょ!?」
 頬を赤く染めた彼女はチラッとファルギブさんとビスターの方を見る。
 ファルギブさん、叫んだ時と同じポーズのままで固まってら……。
 しかしビスターは実に冷静なようで、ハァと大げさに息を吐いた。
「いいですよ。相変わらずなようで安心しましたから。まぁ、――ちょっと僕もクッキー食べたかったですけど」
 すると突然ファルギブさんが復活し、
「あ、だったら俺が口移しで――」
「いるか!!殺すぞ!!!」
「すいませんすいません」
 カッと一瞬で般若になったビスターにこっ酷く怒られていた……。
 少し見ない間に本当に随分たくましくなったなぁ。
 なんて、苦笑しつつ空の皿を持ってキッチンへ向かう。……もう一度焼くかな、などと考えていると、
「ランディ」
 アスティがついてきていたらしい。
「どうした?」
「どうした?じゃ無いわよ……もう、わかってるんでしょ」
 クイッと服のすそを引かれる。
「お口直し!」
 そして顔を上に向けて、目をつむる。――やれやれ。
 腰に手を回し、リビングの喧騒をBGMに彼女に口付けた。
ビスターの両親と、ファルちゃん。
ようするにライラ家の集い、みたいな。

2010.5.21.