台 詞 で 創 作 1 0 0 の お 題
[ 71 ] 恋愛を運命に求めるな。

 どうしても僕は皆を幸せにしてあげたいらしい。

 そう言ったら、彼はうんざりしたような顔をした。そして一言、「あーあー、ウン、お前の好きにすればいいよ」。と、これだ。
「もう!ちゃんと聞きなよ、僕、今すごい良い事言っただろう!?」
 バンッと机を叩いて立ち上がる。
「勿論ね、どこかで幸せが生まれたら、別のどこかで不幸せも生まれているかもしれない。でもね、出来たら僕は皆に幸せになってもらいたいんだよ!」
 世の中がどう控えめに見ても悪い方向に向かっている今、せめて空想の世界だけでも、と。
「そりゃあ?僕の小説は、どうしても人が死んだり事件が起こらないと成り立たないような話ばかりだけど……でも、せめてこれからすぐに死ぬような人でも、幸せだなと思えた瞬間があったんだという事をきちんと描写して、そしてその間だけでも確実に幸せにしてあげたいんだ!」
 ゆっくりと一音一音噛み締めるようにして僕は言う。
 それを見ながら彼は、

 ずずずずっ

 と、茶を飲んだ。
「うん、だから好きにすればいいじゃん」
 湯のみから離された口がすぐにこう言った。
 ……ぷちっ。
「なんで君は――そんな投げやりなんだい!!!!!」
 ドバァンッとテーブルを叩く。僕用の湯のみが少し揺れてお茶が零れた。
「僕の言ってる事、ちゃんと聞いているのかい!?」
「いや、そりゃ聞いてるけど――」
「けど!?」
「――……熱く語るのはいいし、それは聞いてやるけど、結局最後に決めるのはお前だろ。そして書くのもお前。俺の意見なんて関係無いじゃねーか」
 な?だから好きにしろって、と肩を竦める。
 僕は首を横に振った。
「わかってない……わかってないよ君は。関係無い、どころかそれが一番重要なんだという事が何故わからないんだい!」
「はぁ?」
「いいかい、貴靖。“幸せ”というとそりゃその基準はたくさんあるし、人それぞれだけど――やっぱりね、“恋愛”を絡めると表現しやすいと思うんだよ!好いた相手に好かれた瞬間、どんな状況だって、どんな価値観を持っている人だって、幸せになると思うんだ!
 勿論それ以外だって、どんな場面にも応用の利く状態が色々ある!はず!……例外は“最後”だけどね。まぁ、そこはともかく」
 ゴホンと咳払いを一つ。

「――まぁ、もう大体の察しはついていると思うけど……また貴靖の恋話、提供してください!」

 と言って彼の方を向くと、

「あーあーあーあーあーあーあーあーなにもきこえないおれはきいてないあああーーー」

 ……おいっ。
 僕は彼の側に歩み寄り、耳を塞いでいる両手をひっぺがした。
「頼むよ貴靖!僕の推測が当たっていれば、まだまだ君にはネタ――じゃなかった、過去の恋愛話のストックがあるんだろう!?」
「ストックって言うな!つーかあったとしても言わなきゃいけないってこたぁ、ねぇだろ!」
「そんな事言わずに、ねぇ貴靖!運命的に恋愛を演出してみたいんだよ!貴靖ならそんな運命的な恋の一つや二つや三つも四つもしてきてるんだろ?!」
 ガクガクと服を掴んで揺さぶっているとガバッと彼は立ち上がり、
「だああああ!!!別に恋愛入れなくってもいいじゃねーか!運命?ンなのはどうとても演出出来るだろ!恋愛を運命に求めるな!」
 叫んだ。
「それになぁ、運命的な出会いとかってのは終わってみれば勘違いハイさようならってだけのモンなんだよ!遅刻しそうになって走ってた時に角でぶつかった女の子に恋したり、昔引っ越した子と偶然に再会したり、うっかり本屋で同じ商品に手を伸ばしたお姉さんとか、入院した時にお世話になった看護婦さんに告白されようが終わってみたら過去の一ページに過ぎねーんだよ!」
 声を荒げて言い放つ貴靖。
 僕は呆然としていた。

 ……こ、こいつは……今、ネタを四個もさらっと言いやがったぞ?!

 現実は小説より奇なりって本当だったんだなぁ。とかしみじみ考えつつも僕は行動を起こしていた。
 すかさずネタ帳とペンを取り出しスタンバイ。
 そして、
「一つ目から順に詳細頼みます!!!」


 瞬間、僕の頭にはげんこつが振ってきたのは言うまでもない。
 ……ちくしょうめぇ。
 頭のこぶをさすりながら彼の方を恨めしそうに見ると、知ったことかという風にお茶をすすっている。
 しかしあの恐ろしいまでの漫画的ネタが四つ、そのままにしておくのは勿体無さ過ぎる。
 ――ヨシ、今度彼の好きなコーラと何かお菓子を買って、それをエサに絶対聞き出してやるぞ!!
作家と編集の話。

2010.5.20.