台 詞 で 創 作 1 0 0 の お 題
[ 87 ] 見捨てないでいてくれて、有難う。
昔、あの子が言ってくれた言葉を今でも覚えている。
*
彼女はわたしの横に立ち、一緒に夕日を見て、それからぽつりと呟いた。
「前から言っておきたかった事があるんだ」
ん?と首を傾げてそちらを見る。
「なんだい、改まって」
彼女はこちらを見ずに、ただ、紅い夕日を正面から受けている。
その目が閉じて、そして口が開いた。
「……見捨てないでいてくれて、有難う」
くるりとこちらに向き直った彼女の表情は真剣そのもので。
「いきなりやってきた生意気な子供だったのに、放り出したりしないで、最後まで――今もこうして一緒にいてくれてありがとう。ここに来て結構経つのに……感謝の言葉をきちんと言ってない気がしたから……」
ふわり、と茶色の髪が揺れる。
少し哀しげに笑うその瞳は夕日と同じ紅い色をしている。……忌み嫌われた、色だ。
「いいんだよ、フレア」
わたしは言った。
「本当は君にしてあげたい事、出来てない。不甲斐ないわたしなのだから――礼など、受け取れないよ」
魔法使いでも屈指の力を持つと周りに囃され、いい気になっていた自分を省みる機会でもあった。
エルフ族の長、賢者などと言われてたのに、こんな小さな女の子一人救ってあげる事が出来ない……。
そんな事を思っていると、目の前の顔がどんどん曇っていっていたのに気がついた。
――しまった。
「ルーラ……それは違う。違うよ!」
――彼女には、他人の考えている事がわかる力があった。
最近はその力も制御出来るようになっていたのだが、感情が高ぶるとやはり力が出てしまうらしい。
わたしの心の声を聞いて、さっきよりも、もっと哀しげに……フレアは言う。
「私は、ルーラ達に本当に救われてるんだ!こんな変な――気持ち悪い力を持ってる私なんて、どこかへ追いやられたって仕方ない。現に村では殺されたんだ。……死ねなかったけど。
でもそんな私を皆優しく迎え入れてくれた。一緒にいてくれた。……それだけで嬉しかったんだ」
村で彼女が何をされたのか、それは大体聞いていた。
……随分と、酷い事になったらしく、それを語る口調さえも痛々しく見えたものだった。
「私には言葉しか返せないけど、それでも、――ありがとう。
ルーラも、皆も、本当に優しい人達ばかりで。私、幸せ者だ。本当に……ここにきて良かった。」
まだ少し哀しそうな顔だけど、それでも笑う彼女を見てわたしも釣られて微笑み、
そして手を伸ばしてその頭を撫でた。
「……そう。じゃあ、ありがたくお礼を受け取るよ。フレア、素敵な言葉をありがとう」
言葉はそれだけで魔法だった。
受け取る、と言った瞬間、体の中でざぁっと風が吹くような感覚が走る。
夜と朝の中間点、冷たくて寂しいその風は彼女に似ていた……。
その優しい感情で僅かながらの温かみは加えられているものの、どこか哀しい雰囲気の風だった。
「さぁ、そろそろ家に入らなくてはね。晩御飯の用意をしよう」
ぽんぽんと肩を叩き、家の方へと促す。
「わかった!じゃあ先に行ってるから」
駆け足で去っていく彼女の背を見つめながら思う。
あの風の印象そのままに、きっと彼女の行く末は辛くて厳しいものになるのだろう。
そしてその道を彼女が歩みだす頃、わたしは側にはいてあげる事は出来ないから。
夕闇の差し掛かる空を見上げ、息を吐く。
――いつか、あの風をやわらげてくれる人と出会える事を切に願う。
この村を出た後も、“幸せだ”と言えるように。
何の罪も無いあの子が、これから先の長い人生を生ききる為に。
早く、世界のどこかから――あの子の元へやってきてくれないか。
2010.7.26.