台 詞 で 創 作 1 0 0 の お 題
[ 96 ] 自分の心を知るなど不快なだけ。

 目の前には可愛い幼馴染。
 大きな瞳、色素の薄い髪、どこからどう見ても美少女な彼女はその可愛い口からポツリと呪詛を紡ぐ。
 ……ううん、実際に呪いの言葉を言ったわけではないけれど、少なくとも、今現在の私にとってはそれに近いものだった。
「あのね春ちゃん……あたし、高野君に告白しようと思うの」
 可愛い可愛い幼馴染。
 彼女に告白されたいと思う男子は同学年に、いや学校中に溢れている事だろう。なんの、私だって性別が違えばきっとそう思っていたに違いない。勿論、現実には同性なのでそこまで思わないけど。
「そ、そっか……」
 それは良かったね、とか言ってあげるべきなのだろうか?と一瞬考えたが、“良い”というのは若干違う気がする。そういうのは告白してOKを貰えた時にでも言ってあげるべきなのだろう。
 ……でも、それを考えると、私は彼女にそう言ってあげる事が出来ないのだろうという結論に至る事になる。
 何故なら、私はその“高野君”の事をあまり好いていないからだ。

 高野君、というのは同じクラスの高野誠二(たかのせいじ)の事だ。
 不本意ながらも中学三年間ずっと同じクラスの、イケすかないヤロウだ。
 しかし奈津――あぁ、言うのを忘れていたが幼馴染の事だ。倉野奈津(くらのなつ)という――や他の女の子達からは、カッコイイ優しい素敵だのなんだの、そういう評価を貰っている。
 確かに見た目は良いのかもしれない。成績だって悪くはない。人当たりだって問題無く、気さくで爽やかという印象を持っている人が多いらしい。
 けれど私に言わせれば完璧過ぎてどこか気持ち悪い人間、という所だ。
 いつもニコニコ笑顔なんて傍から見れば寒気を覚えるくらいで。
 一・二年は奈津も同じクラスで、よく高野としゃべりたがったから一緒に会話はしたけれど、出来れば口もききたくないくらいには嫌っていた。
 ……いや、嫌うというのでは無いかもしれない。
 精神的に――苦手だったのだ。
 多分最初は苦手、というだけだったのに、奈津が……あんなにもメロメロ(たぶん死語だな)になってしまうから、嫉妬も合わさったのだろう。同性愛の気は無いが、大親友を取られているような気持ちになったのは確かで。その思いがいつのまにか高野への怒りに変わるのはそう遅くなかった。

 まぁ、そんなワケで私視点で見ると嫌な人間である高野に、奈津は告白しようというらしい。
 中学三年生になってクラスが離れた事で焦りを感じたのかもしれない。まぁ、もう7月なのでそれだと“今更”という感じではある。更に言えば、休み時間とかによくウチのクラスに来るから話はするし、そこまで切羽詰ることも無いとは思うのだが……。
 そう思った私は一応それを訊いてみる事にした。
「でも奈津、なんでいきなりそう思ったんだ?」
「いきなりって事は無いんだけど……その、ね。噂を聞いちゃって……」
 うるうると瞳に涙を溜めて奈津は言う。
 手にはすっかり汗をかいたジュースのコップ。ただでさえ暑いのに、両手にしっかと握っているもんだから急速にぬるくなっていってることだろう。
「噂?」
「うん……春ちゃんは聞いてないかな?なんか高野君、好きな人がいるらしいの……」
「……へぇ、で?」
 フーン( ´_ゝ`)とばかりにコップをぐいっとやると彼女の視線がこちらに向いた。
「で、じゃないよおお春ちゃん!!もうちょっと興味持ってよおおお!!」
「ごめんごめん。いや、そんな噂聞いたこと無かったよ」
 慌てて取り繕うように手を顔の前で振る。
「でも、高野に好きな人が居て、それでなんでいきなり告白、なんて流れになるんだ?」
「……だって。もし高野君がその好きな人と両想いになって付き合い始めたら――もう告白なんて出来なくなっちゃうもん。失恋するとわかってても不完全燃焼だけは嫌!後々引きずるの目に見えてるんだもん!」
「あー、なる……」
 と相槌を打ったものの、その言い方に「ん?」となる。
「や、なんて失恋するって“わかってる”んだ?もしかしたら好きな人って奈津の事かもしれないじゃん」
 そう。幼馴染でフィルターがかかってるから、とかじゃなくて本当に奈津は可愛い。さっきも言ったけど、学校中に奈津を好きな人がいるはずだ。
 私だって男だったら――……いや、この考えは不毛だからやめておこう。
「高野が誰を好き、ってのはまだわかってないんだろ?だったら望みはあるじゃないか」
「えっ、そ、そう……かなぁ……」
 途端紅くなる頬をぺちっと叩いて、
「そう!やる前から弱気になるなんて奈津らしくないぞ!気合だ、気合!」
「気合!う、うん、頑張る!」
 ぐっと拳を握り締めて気合を入れる女子二人の図。
 ……周りから見たら何事か、と思われそうだけど――まぁ、仕方ない。告白ってのは死地へ赴くくらいの覚悟がいるものなのだ。……たぶん。

 兎にも角にも、告白を決めた奈津は私に一つお願い事をしてきた。
「明日の放課後に告白するから、春ちゃんお願いっ、高野君呼び出してください!」
 パチンと手を合わせて拝まれる形になる。
「えっ、えええ?!自分で呼び出したらいいんじゃないのか?ホラ、手紙とかさ」
 よくある果たし状……もといラブレターってヤツだ。
 それで告白せずとも、呼び出しくらいは十二分に効力を発揮するハズ。
「だって……もし下駄箱に手紙入れてるの他の人に見られたら嫌だもん。恥ずかしいよー」
 今から告白しようって人がそれくらいで恥ずかしがってどうする!……とは思うものの、たしかに不特定多数の人に知られるかもしれないというのは些か恥ずかしい……というのもわかる。
「春ちゃんなら同じクラスだし、さりげなーく呼び出す事も出来るでしょ?ねっ、お願い!」
 さりげなく……ねぇ。
 奈津は知らないのだ、彼女が間に立っていない時、私が極力高野を避けている事を。
 全く持って不運な事に席が近いので話しかけられはするのだが、それも出来る限り早めに終わらせることにしている。
 だからそんな風に基本こちらからは話しかけない私が、高野を呼ぶ事自体が全然さりげなくないわけで。
「春ちゃん……」
 ……うっ、そ、そんな目で見ないで欲しい!
 うるうると、昔やってたチワワのCMを彷彿とさせるどこか逆らえない可愛さで彼女は言う。
「お願いっ!春ちゃんにしか頼めないの!!」



 * * *



 ええ、ああ、わかってますとも、自分が奈津に弱いって事は!!
 私は結局奈津の泣き落としに負け、呼び出し係に就任してしまっていた。
 昨日の宣言通り放課後に告白を決行するらしいので、私は放課後ここに残っていて欲しいと伝えるだけだ。
 文化部の人は放課後=部活だが、ヤツは運動部だったのでもう引退している。……剣道部だったのだがついこないだ奈津に引っ張られて引退試合を見に行ったので、これは間違いない。くっそ暑い中、折角の休日が潰れて嫌だった事をよく覚えている。奈津が楽しそうだったので差し引きゼロという事にしたけれど。
 まぁ、引退したとは言え部活に顔を出したりするかもしれないから、そうなる前に早めに言っておかなければ。
 私はそう思い、手っ取り早く朝一番に言ってしまう事にした。
 教室に入り鞄を置いて、ぐるっと回転。斜め後ろの席に座るヤツに話しかける。
「高野」
「ん?どうしたんだ、麻川(あさかわ)」
 何か本を読んでいたらしいヤツが顔をあげてニコリと笑顔を向けてくる。
「麻川から話しかけてくるなんて珍しいな。もしかして宿題でも忘れた?」
 ンなわけあるかバカヤロー!
 と言ってしまいたい所だが、ええいここは抑えろ。
「……放課後ちょっと時間あるか?」
 ヤツにしか聞こえないくらいの大きさで呟く。
「ん、あるけど……何?」
「じゃあ放課後、ここで待っていて欲しい。いいか、忘れて帰ったりするなよ」
 またぐるっと半回転、そして立ち上がる。後ろで何か声が聞こえたような気もしたが、それは無かったことにして私は教室を出た。
 校舎の造りのせいで同学年と言えど離れた場所にあるクラスもある。奈津の所がそうだった。
 階段を一つ下がったその教室に行って知り合いに奈津を呼んでもらう。
「あれ、どうしたの春ちゃん」
 どうしたの、じゃないだろーに……まぁ、朝の時間にこっちまで来る事はあんまり無いから仕方ないかもしれないけど。
「アレ、言っといたから。放課後ウチの教室に、な」
「えっ!もう言ってくれたの?!流石春ちゃん仕事が速い……!」
 パアァッとまるでお日様のような笑顔を浮かべる奈津。ああ、同じ笑顔でもこっちは本当に癒されるなー。
「そんなわけだから忘れないように」
「うん、うん!ありがとう春ちゃん!よーし、気合入れとくね!」
 ぐっと拳を握って奈津は言う。
 ああ、その意気だ……と返したものの、どこかでため息をつく自分もいる。
 ――もし付き合う、なんて事になったらやっぱり友情より愛情なんだろうなぁ……なんて思ってしまったからだ。
 うう、それでも奈津が幸せだと私も嬉しいし――相手がアレでも――、うまくいくといいな。

 教室に戻るともうほとんどの人が来ていて、程なくチャイムが鳴った。
 私は自分の席について担任の到着を待っていたのだが、ついっと不意に机の端に紙切れを乗せられた。
 見てみると斜め後ろの席から高野が手を伸ばしてそれを乗せている。……何やってんだ、コイツ。
 不審に思いながらも受け取り、四つ折のそれを開いた。
『放課後って何?』
 私はペンを取り出し、その文字の横に小さく書き込んだ。
『用があるから、残っててクダサイ』
『用って?ここでは言えないの?』
『言えないから、放課後。出来れば一人で』
『わかった』
 話の意味は伝わったハズだろう。という事でそれ以上は返信せず、四つ折紙は筆箱へしまった。

 そして時間は過ぎ、あっという間にもう放課後だ。
 途中昼休みに奈津が「やっぱりやめるーーー!」などと弱音を吐くので、それを撤回させるのに随分気力を使ったが、その甲斐あってなんとか無事に告白は決行されそうだ。
 ホームルームが終わり、皆教室から出て行く。
 いつもは大抵少し残っているものだが、今日は面白いくらいにすぐに帰っていった。うーん、奈津の幸運故か?
 まぁ、兎に角こちらとしては願ったり叶ったり、だ。
 さてじゃあ奈津を呼びに行こう、と立ち上がる。
 ただ呼ぶだけなら携帯でも、と思うかもしれないが、いいやそれは考えが甘い!だってどっちにせよ告白の場面では二人きりにさせてあげなければならないのだ。
 奈津が来た後で自分だけ出て行くというのは場面的にどうにもよろしくない。
 それよりも呼びに行って、奈津を応援しつつ送り出し、廊下で待っておく方がよっぽどいいというものだ!相手が高野では限りなく嫌だが、きっと気分は結婚式で娘を送るお父さん!……うん、それいいなホントに。
 なーんて事を考えながら立ち上がり、いざ行かん!と教室のドアに手をかけたら、
「えっ、麻川?!俺に用があるんじゃなかったのか?!」
 後ろで高野が驚いたように声を上げた。
「あるけど……何でそんなに驚くんだ」
「驚くも何も、麻川、もう帰るのかと思うじゃないか!」
 そう言われてなるほど、と思う。確かに私の手には鞄が握られていて、すぐにでも帰れる状態だ。放課後残れと言っておきながら、そんな状態の私が教室から出て行こうとしたら驚くのも無理は無い、か。
「あ、いや……帰らないよ。ちょっと待ってて」
 そう言って教室を後にする。
 少し歩いた先の階段で奈津は待っていた。
「奈津」
「はっ、春ちゃん!!!」
 ぱたぱたっとこちらへ駆けてくる。
「心臓ばっくばくだよう!このまま死んじゃったらどうしよう!!」
「あー、大丈夫大丈夫。そこまで心臓もヤワじゃないだろ」
 ポンポンと肩を叩いて、
「ホラ、高野教室に一人だから、頑張ってこい」
 送り出すように背中を押す。
「えっ、春ちゃん一緒に来てくれないの?!」
「へっ、何で?行かなきゃいけないの?」
 告白ってのはサシでやるのが普通だと思うのだが……。
「ううっ、も、勿論告白する時は一人だけど……他の教室に勝手に入るのとか怖いもん!」
 うるうるうるうる。……ああ、ちくしょう私は本当に弱いな!
「……わかった。じゃあ教室までな。奈津が入ったら私は出て行くから」
「うん!ありがとう春ちゃん!!」
 ったくこれじゃあ娘を見送るお父さんじゃなくて、「後は若いお二人で」なお見合いおばさんじゃないか……。こうなるのが嫌だから教室から出てたのに……。ハァ、まぁ、いいか。
 ペタペタと廊下を戻り、教室の前で深呼吸――をしたのは奈津だけだったが―とりあえず一息つく。そしてドアを開けた。
「麻川!」
 途端、高野が私の名前を呼ぶ。
 どこか安堵したような表情だったが(そりゃまぁ、置き去り状態だったのだから仕方ないか)、それはすぐに変わった。視線は私の後ろに向けられている。
「……倉野?」
「た、高野君、ひっ、久しぶり!」
 厳密に言うと――いや、言わなくとも大して久しぶりというわけでもないのだが、テンパってるんだろうなぁ。
「高野、奈津がお前に話があるんだと」
「……え?」
「ほら、奈津頑張ってこい。私下に居るから」
 ぽんぽんと今度こそ背中を押して送り出し、その勢いのまま教室を出た。
 ――――ウーン、やっぱり気分はお父さん。しかもちょっぴりダメな思考回路のお父さんだ。……だって、もしうまくいったとしても、すぐに「実家に帰らせて頂きます!」なフレーズが出るんじゃないかと期待してる。
 ……本当にダメだな私は。
 結果がどうなろうとも、これを期に奈津離れをしなきゃいけないかもなぁ……。

 *

 人が居なくなって静かな校舎では、教室内の声も風に乗って聞こえてくる。言葉が聞き取れるわけではないけど、やっぱりどこか居心地が悪いので、私は階段を降り、下駄箱の辺りで待つことにした。
 ここなら絶対に通るし、待ち合わせにもいいだろうと思ったわけだ。
 しばらく携帯を弄りながら待っていると、メールの着信があった。
 差出人は奈津で、件名は無し。本文には『(T_T)』オンリー。しかしたったそれだけなのに、結果は十分に伝わった。……ダメ、だったのか。
 すぐに立ち上がり階段を駆け上がる。
 不謹慎なお父さんになってたのがいけなかったのだろうか、いや、でも私の考えなんか関係無いハズで、ああ、でも奈津悲しんでる、ちくしょう高野のばかやろう!!!
 そんな事を思いながらの一段飛ばし上がり。しかし四階分一気に駆け上がるというのは少々キツいもんがある。三階くらいになるともう一段飛ばしは出来なかった。息を整えながら、一段一段上っていっていると、上から誰かが下りてきた。
 奈津か?と思って顔を上げると……
「麻川……」
 残念な事に高野だった。
 いや、いつもなら確かに「残念」で済ませられるだろうけど、今は違う。コイツは――奈津を振りやがったんだ!
「高野、お前!なんで奈津を振ったんだ!」
 思わずそう言ってしまっていた。
 しかし私の剣幕に動じる事なく、高野は口を開く。
「好きな人がいるから、倉野とは付き合えない。それだけ」
「それだけ、って……でも、奈津は可愛いじゃないか。付き合ったら好きになるかもしれない!」
「その理屈は現在進行形で好きな人が居る俺には通用しないよ。俺は好きな人と、付き合いたいと思うから」
 一段、一段降りてきて高野との距離が縮まる。
「でも、……それは……」
 高野の言うことは正論だ。そんな事はわかりきってる。でも、奈津が可哀想だ。だって、あんなに好きだって言ってたのに!
 何と言い返せばいいかわからなくなってきて言いよどんでいると、近くまできていた高野に腕を取られた。
「っ、何?!」
「俺は“麻川が”用があるんだと思ってたのに」
 丁度逆光のような状態になっていて、高野の表情はわからない。
「……離せ」
「ねぇ、前から訊きたかったんだけど……もしかして麻川は俺の事嫌いなの?」
 ドキッとした。
 そりゃ結構あからさまな態度だったからバレてるとは思ったけど、こうして面と向かって言われるような事は無かったからだ。
「……その反応は肯定、かな。……だからさ、そういう麻川から用があるって話しかけられて嬉しかったんだけど、まさかこういう展開になるとはね」
 ギリッと更に強く腕を掴まれる。
「ね、付き合ったら好きになるかもしれないんでしょ?だったら今嫌われてても望みはあるって事だよね」
「高野……?」
 トン、と同じ段まで下りてきたので表情がわかるようになった。
 ニコリといつものような笑み――を貼り付けて、
「……ん、こっちの話」
 そう言いながらパッと腕を離した。
 私は握られた所を摩りながら、訝しげに高野を見た。……いつもと変わらない笑顔のハズなのに、いつもよりも更に気持ちが悪い気がするのは気のせいか?
 っと、こんな事してる場合じゃなかった。奈津の所へ行かないと!
 そう思って階段を上がっていくと、
「麻川」
「……何」
 高野に呼び止められた。
「もし今後、誰かが麻川を仲介に使おうとしてもさ――全部断って。お願いだから」
「は……?」
「期待損したくないから、頼むよ」
 何をわけのわからん事を、と思いつつもとりあえず「わかった」と返しておく。……ていうか今後、ってコイツまだ次があると思ってんのか、果てしなくむかつくヤローだな。……まぁ、絶対無いと言い切れない辺りが悔しいが。
「それだけか?」
「うん、呼び止めてごめんね」
 にへらっと笑って高野は言う。
 先ほどとは違う、“貼り付け”ではない、普通の笑顔――と、そう感じた――だった。

 *

 いざ教室についてみると、奈津があまりに普通の状態だったので正直拍子抜けした。
 下手したら泣きまくってるのでは無いかと危惧していたのだが……。
「あ、春ちゃん。えへへ、振られちゃったー」
「えへへ、って奈津お前……!!」
 無理して笑わなくてもいいんだぞ、と言うと、ウウンと首を横に振られた。
「自分でも驚いてるんだけどさぁ、なんかあんまり悲しくないの。……多分もうわかってたからだと思う、失恋するって事。だから自分の気持ちにケリつける為に告白したようなもんだし、もしOK貰ってたらかえってそっちの方が怖いかなーなんて」
「でも……」
 何だかこっちの方が悲しくなってきた。無理してないとは言うけれど、とてもそうは思えない。
「高野君さぁ、やっぱり好きな人いるんだって。あたし、あの言葉は嘘じゃないと思う。ていうか多分わかっちゃったし。……だからさ、それでホントに諦めついたっていうか!
 って、わわ!春ちゃんが泣いちゃってどうすんのよー!」
 ……え?
 言われて頬に手をやると確かに濡れている。
「だって、奈津、あんなに好きだって言ってたのに……!っく、そ、高野のっ、ばかやろ……」
「だーかーらー、もういいんだってば。ね、春ちゃん」
 ぽんぽんと背中を叩いてあやすように奈津は言う。これじゃあいつもと立場が逆だ……。
「まぁ、これからはまた新しい恋を探すよ!だからさ、春ちゃんも恋愛するのだー!」
 うにゅうにゅと頬を挟まれながら言われたが、それには賛同出来なかった。
 だって、奈津の――他人の事だってこんなに悲しく感じてしまうのに、それが自分になったら一体どうなってしまうのだろう?
 もし、気づいていないだけで私が誰かに恋をしていたとしても、自分の心を知るなど不快なだけ。そんなのはずっと気づかなくてもいい。
 そう返すと、盛大にため息をつかれてしまった。
「もー、そんなんじゃ先が思いやられるよー。春ちゃんには幸せになって欲しいんだからね!」
 一気にお姉さんのようになってしまった奈津に抱きつき、鼻声で言い放つ。
「私は奈津が居れば幸せだよ……!」
「うっ、春ちゃんそれは殺し文句……!」



 * * *



 そしてそれからというもの。
 奈津は今までと変わりなくウチのクラスに遊びに来て、私も交えて高野とおしゃべりをしている。それは告白する前とまるっきり同じ光景で、それはそれで不思議な感じがしたものだ。
 不思議と言えばもう一つある。
 ――何故だかアレ以来、高野が更にウザくなったのだ。
 事ある毎に話しかけてくるし、こないだなんて一緒に帰ろうなどとのたまってきた。勿論丁重にお断りした。
 奈津は奈津で、
「まーだまだ春ちゃんは渡せないもんねー」
 とか言ってるし。

 自分の心ならともかく、他人の心なんてのは知ろうとしても無理な話だし、きっと知った所で不快なだけかもしれない。でも、全く意味がわからない行動を取られるというのも不快ではある。
 知りたくないけど、知りたくなる。
 ――……ハァ、心ってのはホントに面倒くさいものだなぁ。 
2010.9.14.