僕は筋谷さんの話を聞いた後、宝石が盗まれたという現場に行く事になった。
 そこは少しかび臭く、長い年月使われていないと思われた――
- 第5話 「不審な黒い影」 -
 話によると、宝石があったのはその妹さんの部屋らしい。詳しいことはわからないが、あの後亡くなったのだろう……。25歳か、僕より1歳下だったときに死の宣告をされた女性。
 ――一体、どんな人だったのだろうか?



「ここがお嬢様の部屋でございます」
 この人はさっきの召使の人とは違う。だいぶご年配の方だ。確か名前は荒波トシさん。ここの会長、それに妹さんが小さいころからこの筋谷家に仕えていたそうだ。今は召使頭……といったかなそのようなことをやっているらしい。その荒波さんに連れられて、僕は現場に来た。
 入ったとたんかび臭い匂いがした。長い年月この部屋は主がいなかったみたいだ。恐らく、妹さんが亡くなってからこの部屋は誰も使っていないのだろう。少しでも使っていたら感じがかわるはずだ。
 それに妹さんが亡くなってから、掃除はするもののほとんど手を付けていなかったのだろう。家具などいかにも女の人らしい感じがした。テーブルクロスやカーテンには華の刺繍がしてあるし、本棚や棚にも花の模様が描かれていた。
 それにしても広い部屋だな。僕のアパートの何倍だろうか……。大きいベッドやテーブル。ソファまだ置いてあるのにまだ余裕がある。貧乏人の僕からみたら ――かび臭いのが玉に瑕だが――天国のような住まいだった。まぁ、住みたいとは思わないけれど。
「で、その宝石がしまってあった場所はどこですか?」
 僕がそう訊くと、荒波さんはさっと動き、ある棚の前まで移った。綺麗な花の模様が描かれていていかにも女の子らしい棚だった。否、棚というより化粧台……のような感じだ。その棚は、上から2段目の引き出しだけが開けっ放しになっていた。
「その、上から2段目の引き出しの中に入れておいででした」
 上から2段目……っていうとここか……。僕は、開けっ放しになっている引き出しを眺めた。

 手袋をはめて引き出しを全て出す。中には女性物のアクセサリーがたくさんあった。一目で高級とわかるような物ばかり。どれも綺麗に整頓されていてまるで新品のように輝いていた。
 しかし一個だけ中身が空のものがある。その中に今回盗まれたという宝石が入っていたのだろう。
 僕はとりあえずその棚を中心に調べてみた。鑑識の話によると何もない……とのことだったが、僕には“何か”があるような気がして ――しばらく調べた。



 ふと耳をすますと、廊下で足音がしている。1人の物ではない。2人……否、3人ぐらいだろうか?話し声はせず、ただ足音だけが聴こえた。どこに向かっているのか ――もちろん足音だけではわからないのだが、僕はなんとなくこの部屋にくるような気がしたので立ち上がって扉を見ていた。
 僕の予想は当たり、その足音はこの部屋の前で止まり、扉が開いた。

 そこには筋谷さん、それに僕を筋谷さんのところに案内してくれた召使の女の子。
 ――あと……もう1人は僕の知らない人物だった。



 その人物は変だった。
 いや初対面、それも名前も知らないうちに変というのはちょっと悪い気もするが……変なものはしかたない。
 見た目は普通の女の子。結構可愛いし、それなりにもてるだろう。髪の長さは肩にかかるぐらいで、身長はざっと160Cm……というところだろうか。スタイルもよく、顔も整っていた。
 ここまでは至って普通というかまぁ一般の女の子である。
 ――問題なのは、その子の着ている服とその子からくる感じ……。

 服は頭から足の先っちょまで全てが黒。本当に真っ黒なのだ。髪も真っ黒―― まぁ、これは純粋な日本人であれば普通の事なのだが――上には黒のハイネックを着ていて、黒のズボンに黒のベルトをしている。靴……ブーツだろうか?それももちろん黒である。爪、つまりマニキュアだがそれはやっていなかった。

 全身が真っ黒のせいもあるだろうが、とても普通とは思えない感じだった。というか全身真っ黒の時点で普通じゃないような気もするが……うーん人にはそれぞれ“ふぁっしょんせんす”ってもんがあるからな。
 でも、服のことを置いたって十分に、十二分に変だった。
 すごく自信満々で自分の前に道がまっすぐ伸びてるぞこのやろうっ!!てな感じで、まぁ……なんというか一言でいうと自信満々のアホ……もとい馬鹿。――― ってこれじゃあまり変わらない気もするが。
 兎に角、自信満々で突っ走っていきそうな感じがした。
 そして、僕がこの世の中で一番お近づきになりたくないようなタイプの子だった。



「どうだねっ!何かわかったのかねっ!!」
 筋谷さんが訊いてきた。少し口調が強くなってきているところをみるとだんだん元に戻ってきているらしい。これでは僕がまた“ガマガエル”と呼ぶのも、そう遠くはないかもしれない。
「いえ、まだ特にわかったことはありませんが……」
「何もわかっていないのかねっ?!何かあるんじゃないのか、その言い方は!!」
 はっ……全くこいつは、人がまだ全部言い終えないうちに口挟みやがって。少しは黙ってろってんだ。
 そんな風に思っているなどとは露ほども見せず、僕は営業スマイルで答えた。
「ただ1つ、不審な点がありましてね。この盗まれたという宝石の入っていた引き出しの取っ手ですが ――鑑識が調べたところ、指紋が発見されなかったそうです」
「それのどこが変なのだね?犯人は手袋でもしていたのではないか?」
「えぇ、その可能性はあります。しかし、なかったんです。指紋が一切」
「――??? それは一体どういうことなのだねっ」
 はぁ、わかれよおっさん……てわかるわけねぇかガマガエルだもんな。
 と、考えていると、謎の黒人間が口を出してきた。

「それはつまりこういうことですか?
 この部屋は筋谷さんの妹さんの部屋。毎日とはいかなくても月に1回は絶対掃除はするはず。もちろんこの引き出しにもほこりがたまるから掃除をすることになる。しかし、その時掃除した人の指紋もない……」
 ふーん、この黒人間、結構考える頭はあるらしい。……まぁ、頭よさそうな感じはするけど。でも別の意味で ――ていうか色んな意味で――怖そうだからなぁ……。
「えぇ、そういうことです」
「しかし、犯人が全てふき取っていったのかもしれんぞ」
 そうなのだ。犯人がふき取っていったというのは大いに考えられる……。だが、そうなると少しおかしい点が出てくる事になる。
 この引き出しの取っ手、少し複雑な形をしていて掃除などもしにくそうである。その上、結構大きめの彫刻がしてあって、とてもじゃないが1回ふき取ってO.Kとはいかないのである。
 鑑識の資料によるとやはりその鑑識も同じことを考えたらしく念入りに調べたという。けれども指紋は一切検出されなかった。
 そうすると、犯人は時間をかけてふき取った=掃除をしたことになる。そんなに時間のある犯行だったのだろうか?――― ンなわけないよな。何か、他に方法があるはずだ。
 その事は、はこれからじっくり考えることにしよう。
 そこで、僕はさっきから気になっていた黒人間について筋谷さんに尋ねてみた。



「まぁ、それはこれから調べてみるつもりです。ところで筋谷さん、そちらの方はお知り合いですか?」
 そう言ったら筋谷さんはもちろん、荒波さんやもう1人の召使の妃とも驚いた顔をした。何か驚くことでもあったのだろうか?ふと見ると、黒人間は……笑みを浮かべていた。
 3人はしばらく顔を見合わせ不思議そうな顔をしていた。そして、少し目配せをし合った後、他の2人と同じく不思議そうな顔をした筋谷さんがこう言った。



「県警の方ではないのかね?」



「…………え?」
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