「はい、これ」
 そんな言葉と共に目の前に差し出された袋からは、あま〜い香りがしてきていた。
「――な、なんだこれは……ドッキリか?」
「何で君はそう心が狭いかな。 ちょっと用があって、余ったからやるっつってんの」



 はじめに、言っておこう。
 ここ、R学園のある場所には時間と言うものは存在しない。……いや、存在するが、それは作者によってものすごく捻じ曲げられたりするものなのだ。 よって、現実世界とはなんら関係の無いときに関係のないイベントが行われたりすることもある。
 そう、例えば桜が花びらを落とし、つくしは胞子になって飛び散る頃に、砂糖菓子が多く出回る行事が起きたりする事も……ないとは、言えないのだ。



『……ぐすっ、ぐすぐすっ……』
 始まりは校内放送から聞こえたあまり似つかわしくない泣き声だった。
「――……朝っぱらから泣き声なんて流すなよ、悪趣味だな……」
 変クラスの委員長フレアは流れてくる放送を聞いて、思わずぼやいた。確かに朝っぱらから全校配信の校内放送で泣き声なんぞ流さないで欲しい。……それは誰もが思うことだろう。
『ぐすっ、ぐすぐすぐすっ……皆ぁ……元気かぁい……?』
 しばらく続いた泣き声の後、いつもより100倍は情けない(当社比)学長の声が聞こえて来た。
『僕は……僕は……っ、うえええぇぇぇえぇぇーーーーーーんんんっっっ!!!!』
「……何なんですか、この人。 先生、何か知ってます?」
 いつに無く教卓の側の椅子で震え上がる担任の守山先生に尋ねる。守山先生は一生懸命に首を横に振ってはいるが、その動揺ぶり、誰が見たって何か知っている。
「父さん、知ってるんだったら言ったほうがいいぞ? なんせ葬式代ってのは高くつく」
 美沙君なりに父を心配しているようなのだが……少々あからさますぎる。
「そうですよ、先生。 私もまだ刑務所に入りたくは無いですからねぇ……」
 その言葉を引き継ぐように指の関節を鳴らしながら近づいてくるフレア。気の弱い守山先生には、耐えられなかった。
「わわわわわわ、わかった!!! 話すから! 話すから、まだおてんと様に近づけないでくれ……!」

「……つまり、学長はたったそれだけの事で朝っぱらから全校生徒に迷惑ぶっかけてるんですね?」
 未だ校内放送から泣き声が聞こえてくる中――変クラスのスピーカーは既に大破していたが――守山先生からワケを聞いたフレアは腕を組んで聞き返した。
「う、うむ」
「学長さんもやるねぇ、でもすっごいウザv」
 その会話が聞こえていたのだろう、少し遠い場所から“いつも”のナナの声が聞こえてくる。
「ナナ……まぁ、そう言ってやるなよ。 誠吾はアレでも割とピュアな心の持ち主なんだから」
「ピュア? あれの何処がピュア……?」
「わかんないね……。 みっちゃん「ピュア」って意味わかってる?」
 ナナのところへ遊びに来ていた刳灯とココロも話しに入ってくる。この2人、何だかんだ言って割と一緒にいたりするのだ。まぁ、一緒に居ても喧嘩ばかりなのだが。
「む、わかっているに決まっているだろう!? 純粋な、って事だろ?」
 立ち上がって3人の所へ行き、何やら討論を始める美沙君。フレアはその様子を見てため息をついた。
「兎に角……それは仕方のない事でしょう? 昨日は休みだったし、何よりさゆちゃんは風邪ひいてるし……」
「いや、でも、本人はそれを知らないんだよ。 何でもさり気なく会おうと思って1日中家の前で座り込んでたらしいんだが――結局会えなかった、貰えなかった、だったらしいし」
「「……はぁ」」
 珍しいことにフレアと守山先生のため息がハモる。
 フレアは「ま、とりあえずスピーカー直しますか」と言って、光を生んだ。
 そして大破したスピーカーに投げつける。
『……ジジ……ガガ……ジ……ピ、ガッ……ガガッ……――そこでっっ!!!!!!

 キーーーーンッ

「な、なんでこんなに音がでかいんだ……?!?!」
 直った瞬間、学長の物凄くでかい声が聞こえて来た。クラスの皆は思わず音量設定の方を凝視する……が、音量設定は「小」。……なるほど、学長室の装置を使ってわざわざでかくしているらしい。

『僕は考えた! たぶん、例のお菓子業界の陰謀に巻き込まれたくなかったのだろうと!そう、こんなイベントに乗っては本当の愛を伝えられない、と彼女は思ったのだろうと!! あぁっ、僕はなんて心の広い人なんだろう! ……彼女のためにここまでするなんて!!! 皆、遠慮せず褒め称えたまえ!
さぁっ、さぁっ! 学長先生様はとても素晴らしい方です!と声を大きくして、言いたまえ!!!』


「……どうしようか美沙。 私は久しぶりにに人に殺意を感じたぞ?」
「い、いや、待て早まるな! アイツも結構大変なんだ!!!」
 どす黒いオーラを全身に纏うフレアを美沙君が宥める。

『……ふむ、それで、だ。 このR学園は実質僕の家のようなモノ!と、いう事はこの世で1番偉いのは僕ということになる!ふっふっふ、つまり1番偉い僕は何を決めてもいいわけで。
 突然だが、明日をバレンタインデーにする!!!!!


「……はい?」

『以上! 昨日渡しそびれた子や、告白しそこなった子は大いに頑張るように! 男子もちゃんとアピールしておくんだぞ!皆っ、健闘を祈ってくれ……!!!!』



 そんなこんなで、今年、R学園には2日もバレンタインデーが出来ました。
「いや、待て! そんな投げやりでいいんか作者!!?」
「作者に問いかけたって無駄っしょ、フレア。 ま、気軽にいこーや」
 美沙君が左から、ナナが右から、それぞれに怒り狂うフレアを宥めていた。



 * * *



 ――翌日。
 学長の思惑通り、学園の至る所でカップルが誕生したり、無残に敗れたりしていた。
「ふっふっふ、あぁっ、僕は本当になんて素敵な人なんだろう! 沙雪君もきっとくれるよなっ♪」
 自惚れもいいところである。しかもこの人、沙雪さんが好きな人を知っているはずなのに……とうとう壊れたか?
 ここは学長室。迷惑極まりない学長が生息する場所である。パッと見は普通の学長室だが、もう少しよく見てみよう。そう、例えば何気なく本棚に飾られたフォトスタンド……移っているのは、自分ではない。また不自然に壁に貼り付けてある世界地図(ちゃんとした世界地図ではなく、誰かの落書きなのだ)……裏を返せば沙雪さんのポスターだ。
 ――学長室、改め“学長の変態室”……といったところだ。
「……しかしもうお昼だぞ? おかしいな……はっ!そうか、沙雪君が恥ずかしがりやさんだから僕に渡しにこれないんだな! はっはっは、僕としたことが忘れていたよ!今行くよ、沙雪くぅ〜〜んっ」
 とことん、お目出度いヤツである。



 学長が自惚れまくっていた時、変クラスではまた変なことが起ころうとしていた。

 昨日休んでいた山下君。理由は風邪なんかじゃなかったようだ……何故なら、今こうして居る山下君は病み上がりとは思えないほどに元気だったからだ。いや、元気というか……ま、いつも通りだったわけだが。
 その山下君。4時限目が終わると徐にロッカーに向かって紙袋を持ってきた。周りの人達はクエスチョンを浮かべながらその行動を見る。ナナが訊いた。
「尚ちゃん……その紙袋、何?」
 ツンツンと紙袋をつつきながら山下君の表情を伺う。
「あ、これ? いや、実はさ――」
 そう言いながら中身を取り出す。
 取り出されたのは可愛くラッピングされたお菓子。それも、めちゃめちゃ美味しそうな。
 ガタンッ
 ナナと同じようにその様子を見ていたフレア、ココロ、刳灯。思わず座っていた椅子を倒して立ち上がった。
「ちょ、ちょっと待て山下。 お前誰かから昨日の事聞いたのか……?!」
「で、でも聞いてたとしてもしょうちゃんが持ってくるのは怪しすぎるよ、フレア!」
「……ま、まさか誰にも靡かないと思ってたら――尚吾、お前そんな趣味が?!?!」
 3人とも顔面蒼白になりながら口々にしゃべる。ココロなんてフレアの後ろに隠れるほど怖がって(?)いる。彼の脳裏にはある事が思い出されていたようなので、その気持ちはわからなくもないが。
 ある事とは……少し昔に遡らなければならない。あれは確か山下君の飼い猫が病気になった時のこと。
『こ、ココローーーっっ!!!』
『ど、どうしたのしょうちゃん?それにその猫は……???』
『みっ、ミーちゃんが危ないんだ!獣医のとこ行こうと思ったけどわからなくて』
 気が動転していたのか、何なのか……山下君はココロに抱きついたのだった。
 ぞぞぞぞっっ
 思い出して、背中をかけぬける悪寒。ココロはますますフレアの後ろに隠れた。
「……へ? いや、別に何も聞いてないけど……何かあったのかい?」
 紙袋から大量のお菓子を取り出しながら山下君が訊き返す。
「――ほ、ほっんとーに何も聞いてないんだな……?」
「聞いてない。 ……どうせ聞かなくてもわかるような気がするけど」
「「「…………!!!!!」」」
 ふぅ、とため息をつきながら吐き出した言葉に3人はまた後ずさる。
「どどど、どうしようフレア! やっぱりしょうちゃんって……!!」
「いやっ、考えるなココロ! ありえそうで怖いじゃないか!」
「……確かに、尚吾ならありえそうで……怖い……」
 こそこそと隠れ話す3人に訝しげな視線を向けながら、山下君は横のナナに尋ねる。
「昨日何があった?」
「ん、別に何もないけど……あぁ、そういえばあったっけ」
 ぽん、と手を打ってナナは言った。
「何か学長が今日をバレンタインデーにする、って」
「…………はい?」
「一昨日のバレンタインにさ、さゆちゃんからチョコ貰えなかったらしくて。そのせいで勝手に作ったの」
 体育館裏と屋上とか行ったらすごいよ?、顔の前でパタパタと手を振りながら続ける。山下君は腕を組んで考えた。
(ん……、つまり今日はバレンタインでこの3人の反応は……。 ――っっ!!!?)
「ま、待て! そういう意味じゃない!これはただ試作品が余ったから持ってきただけだ!!」
 3人の方に近寄りながら慌てて弁解する山下君。
「言い訳するところがますます怪しい! もうしょうちゃんなんて……っ、ハリセンホモ馬鹿になっちゃえ!」
「――いや、それもどうかと思うんだけど」
 正気に戻ったのか、フレアがすかさず突っ込む。確かにそれは……嫌だな、すごく。
「……試作品って、何の?」
 同じく正気に戻ったのだろう刳灯がお菓子の1つを持ち上げながら訊く。山下君は言いにくそうに口を開いた。
「い、いや……実は妹がいきなり遊びに来てお菓子の作り方教えてくれって言うもんだから――」
「妹? 尚ちゃん妹居るんだ?」
 ナナが少し驚いたように言った。
「あ、あぁ。 いつもは別に暮らしてるんだけど、バレンタインが近いからって少し前から泊まってるんだ」
「ってことは、そのお菓子の山は……それで、か?」
「うん。 やっぱ教えるにはやりながらの方がいいだろ? だから一緒に作ってんたんだ」
 ちょっと時間経っちゃったけど……、と山下君は4人にそれぞれ渡す。中身はクッキーだった。
「へぇ……割と美味そうじゃないか」
 さっきまでの不審な視線をさっさと取り払ったフレア、透明のラッピングシートの上からお菓子を観察(!)する。そして徐にリボンを解くと、中の1つを手に取った。
「食べてもいいのか?」
「どうぞ」
 ぱくっ
「結構美味しいだろ?」
「あ……あぁ、美味い。 料理が趣味というのもわかる気がするな」
 にっこりと微笑みを浮かべながら頷くフレアに、山下君は少し照れたように頬をかいた。
 そんな2人によからぬ想像をしたココロと刳灯。確かに今の2人“だけ”を見るとその一方に想いを寄せている(勿論、フレアにだ)ヤツ等は少し嫌な汗をかくかもしれない。……でも、なぁ?
「ぼ、僕も食べようっと!!」
「尚吾! 俺も食べていいんだよなっ?」
 この2人がフレアを好きというのは、鈍感キングの山下君以外は周知の事実――フレアも知っているのだ――なのだが……ちょっぴり悲しくなるくらい焦っている。わざとらしく声を大きくしたりして、注意をフレアから逸らした。
「いいよ。 甘いものが苦手な人にはちょっとキツいかもしれないけど」
 ぱくっ
      ぱくっ
「「美味い!」」
 2人にとっちゃ不本意なことだろうが、口を開くと思わずハモってしまった。
「そう? あ、ナナもどうぞ」
「うん、それじゃいただきまーっす」
 ぱくっ
「おー、美味いじゃん。 尚ちゃん、意外とやるねぇ!」
 このこのぉっ、とわき腹をぐりぐりやっていると廊下から何かが聞こえてきた。

 ズゴゴゴゴゴゴゴゴゴッッッッ

「……や、やばい。 アレが来る……」
 いち早くその音の正体に気づいたフレア、さっと周りを見渡した。
「どうしたの、フレア?」
「美沙は何処いったんだ?」
 教室の中に黒いモノはいなかった。
「みっちゃんなら廊下に居るけど……呼ぶ?」
 といつの間に移動したのか、ドアを開けた状態でナナが訊いた。フレアは深く頷く。ナナは「おっけ」と小さく言うと、廊下でたそがれていた(らしい)美沙君を引っ張ってきた。

「なな、何だ!? こらっ、服を引っ張るな!!」
 美沙君はナナの手を払いのけて服を元に戻すと、連れてこられた場所に居た人達の顔を見る。
「――何かあったのか?」
 首を少し傾げて視線を投げかける。フレアはその視線を受け止めながら、山下君に何か呟いた。それを聞いた山下君、「そうだな」と頷くと紙袋の中からお菓子の袋を1つ取り出した。
「はい、これ」
 そんな言葉と共に目の前に差し出された袋からは、あま〜い香りがしてきていた。
「――な、なんだこれは……ドッキリか?」
「何で君はそう心が狭いかな。 ちょっと用があって、余ったからやるっつってんの」
 ずい、と袋を突き出して無理やり握らせる。美沙君は未だにクエスチョンマークを飛び回らせている。……が、すぐに思い当たることがあったらしい、頭の横にぽんっ、と電球を灯した。
「なるほど!誠吾のバレンタインデーだな! ――……って、ええぇぇっっ!?!?!」
 ずざざざっ
 そこらへんの机や椅子をなぎ倒しながら後ずさる。そしてこれならドッキリの方がよっぽどマシだぞ、と声を荒げて言い放った。その様子に先ほど同じような反応を示した3人や山下君は「またか」とぼやいた。
「違うから。 これは違う理由で作って、余ったから君にもわけてやるってこと」
 別にいらないならいいけど、山下君はツカツカと歩み寄って手から袋を取り上げようとする。が、1度貰ったモンは何があっても返してやるもんか!というセコい本能が反応したらしく、それは成功しなかった。
「ち、違うなら別にいいが……もしかして、自分で作ったのか?」
「そうだけど。 文句でも?」
 何故か美沙君を相手にすると喧嘩っぽい口調になってしまうようだ。山下君は無意味にバックに炎を背負いながら美沙君を見下ろす。その炎を垣間見たのか、美沙君もまた炎を背負う。
「ははは、文句なら腐るほどあるぞ!! ふああぁっはっはっは!!!」
 ……熱いったらありゃしねぇ。
 皆同じように思ったのか、すかさず2人の間に入って宥める。けれどフレアだけは違う行動をした。
「美沙」
 紙袋の中からもう1つ、お菓子の袋を取り出すと美沙君の方へ投げる。無事にそれをキャッチした美沙君、首を傾げてフレアを見た。
「……何だ? もう貰ったぞ?」
「違う。 お前にやるんじゃないんだ……ちょっと、な」
 そう言って美沙君の耳元で小さく言った。
「ちょっと一芝居打って欲しいんだ」
 と。



 ズゴゴゴゴゴゴゴゴゴッッッッ
「ふふふ、沙雪君! 今行くからね〜っ、あぁ、僕はなんて優しいんだろうか!!」
 廊下を走ってはいけません、そう書いてある貼り紙さえも接がれてしまうような風を生みながら学長は走っていた。勿論、廊下には生徒がわらわら居るのだが……皆学長の性格は嫌と言うほどわかっているので、あの音が聞こえた途端救急車を避ける車のように壁に張り付いていた。
 関わり合いになるくらいなら、無様な姿を晒したって良いのだろう。
「はっはっは! 君達、僕の為に道を空けてくれているんだね!ありがとう! ありがとう……!!」
 キラキラと少女漫画の如く光を撒き散らす学長。避けていた生徒は迷わず顔を壁に向けて見ないようにした。
「ふっ、そうか君達には僕のこの素敵すぎるオーラがきつ過ぎたんだね! ははっ、すまないね!」
 何事も自分の良いようにしか解釈出来ない学長は、笑いながら走り抜けていった。
「……早く学長転勤せんかな……」
「いや、無理だろ。 もう諦めよーぜ……」
 まだ壁に張り付いたままの誰かが、そうぼやいていた。

 ガラガラガラッッ
「やぁっ、今日も良い天気だね、諸君!!」
 言っておくが、外はザーザーの雨だ。クラスに居た人達は揃いも揃ってジト目を向ける。「天気が良いのはてめーの頭ン中だけだろーが」と思いながら。
「ややっ、何だかじめじめしているじゃないか! いけないね、いけないね!こう、もっとハッピイに生きなきゃ!」
 沙雪さんが居なかったらすぐさまアンハッピーになるくせに、この学長先生様はかなり上がっているらしい。
 舞い上がりまくる学長を見て、フレアが呟く。美沙君がぎこちなく頷く。
「せ、誠吾! よう、元気だったか?」
「ん、美沙。 元気だったぞ、そっちも元気か?……そういや最近碧さんを見ないんだが」
「母さんか? あぁ、先週の水曜から仕事サボって温泉行ってるよ。 私も父さんも置いてかれた」
「何っ?! 碧さん、1人で行ったのか……?」
「あぁ、そうなんだよ! 信じられないだろ? ったく、いつの間に手配してやがったんだか……」
 いつの間にか目的を忘れて碧さんを批判する話題に変っている。フレアは「あの馬鹿っ」と悪態をつくと、諦めたように2人に近づいていった。
「……おぃ、美沙。 お前何か渡すものがあったんじゃないのか?」
「え? あ、あぁ! そうだった――ほら、これ」
 フレアに突然背後に立たれたのが怖かったのかもしれない、ものすごい速さで例のお菓子を突き出した。
「な、何なんだこれは……バレンタインのならこの前くれただろう?」
 そう、昔から付き合いのある2人。勿論義理チョコだが、美沙君は学長にあげていたのだ。
「いや、これは私からじゃなくて実は……だな」
 ごにょごにょと口を濁す美沙君。フレアはその様子に一瞬ど突いてやろうかと思ったらしいが、すぐに助け舟が出たのでやめておいた。
「あー、これね。 さゆちゃんからのヤツなんだって!」
 ぴょこんっ、と学長の横に飛び出したナナ。
「さゆちゃんね、実は学長においしいチョコをあげようと思ってたんだけど、頑張りすぎて熱が出ちゃったの。 でも絶対に学長にあげたかったから、だから絶対に失敗しないクッキーを作ってみっちゃんに渡してって頼んだんだよ」

 ずっきゅーーーんっっ!!!!

「なな、ななな……何だって……!!!!!!???」
 空耳ではなく、何処かで銃声がして学長の胸(心)を貫いた。
「さ、沙雪君……そんなに僕の事を……っっっ」
 美沙君の手から袋を奪い取ると胸にぎゅ〜っと抱え込む。
 バキッ
       バリンッ
「う……クッキー割れてるよ、絶対」
 そんな呟きも空しく、学長はますます腕に力を入れる。
「あぁっ、沙雪君! ありがとう! 君の気持ちはしっかり受け取ったよ! ふふふははははっっ!!」
 そしてビシィッ、と山下君を指差すと高らかに言い放つ。
「どうだ、参ったか山下! 沙雪君の心はもう僕のモノなのだ! てめーは負け犬だ!ははははははっっ!!!」
 ドタドタドタッ
 ガラガラッ
 スキップにも似た走り方でそのまま去っていく。
 その場を沈黙が支配する。



「い、いや……あの……山下、悪かったな……」
「はは、別にいいけどね。 ただちょっとムカつくかなってだけで」
 べきっ
 手を動かした先に掃除用具入れがあったのが悪かったのだろう、その戸は見るも無残に壊れた。
「別に何言われたって平気だけどね……。 アレを沙雪君のと思って涙を流すほど喜ぶあの人を見てると、哀しくなるだけなんだよ。 あぁ、でも失敗したな。毒でも仕込んどきゃ良かったよ」
 遠くをみるような目のまま、口を動かす山下君。 周りに居た人たちは寒気を感じて思わず腕を摩った。
「す、すまん……でもまたこの日が増えるのもどうかと思ってな……」
「そっ、そうだな! それを考えると救われたということだ!」
 いつに無く黒いオーラを放つ山下君を一生懸命宥める。
 が。
「あははっ、でも学長も傑作だよね! きっと学長室か家で尚ちゃんのクッキー、泣きながら食べるんだよ♪」

 ぴきっ

『あ゛ぁーーーっっ、なんちゅー事言い晒すんじゃこのボケエェッッ!!!』
 ケタケタと笑うナナにそう言える人は――居なかったようだ。
 引きつりまくる山下君と、同じく引きつりまくる皆はそのまま昼休みが終わるチャイムを聞くまで動かなかった。
 いや、動けなかった。



 余談 …… 山下君は沙雪さんから当日チョコを渡されていたらしいです。
はっはっはっは!!!! ……あ、いや、ちょ、そのハンマーはちょい痛いような気が……ぶへえぇっ!!!

ってことで(どういう事スか)季節外れまくりのバレンタインネタで。
砂糖菓子つったらこれしか思い浮かばなかったんです。
呪うなられんたの稚拙な発想を呪いたまえ!(嘘ですから!

2004.4.14 - 執筆