台 詞 で 創 作 1 0 0 の お 題
[ 23 ]  身体の内まで知ってるくせに。

 残された時間はあと僅か。
 全てが無くなる前に、私が出来る、事は。



 * * *



「はぁ……」
 パサリ、と本を捲りながら私は深く息を吐いた。
 最近は何だか夢見が悪くて、普段と比べて随分睡眠時間をとっているというのに、まだ眠い。
 少し眠気を覚ますために、今読んでいる箇所にしおりを挟んで私は立ち上がった。

 私の部屋は東と北に窓があって、他の部屋より日当たりは多少悪いけれど風通しだけは良かった。
 窓を開けると爽やかな風が吹き込んできて、私の髪を揺らす。
 ふと下を見下ろすと茶色い髪が見えた。
 私達の中に茶色い髪を持つ人は1人しか居ない。――マスターだ。

 マスターの名前はルカと言って、私達はマスターと呼ぶこともあれば、ルカと呼んだり、Lと呼んだりする事もあった。でも時々来るマスターの知り合いやジャックは彼女の事を“フレア”と呼んでいた。
『どれも私の名前だよ』
 いつだったか、どれが本当の名前なのかと訊いた私に彼女はそう答えた。
 何でも複雑な事情があるらしく、いくつかの名前を使い分けているらしい。……その意味はよくわからなかったのだけど。

 私は下に居るマスターに声をかけようと手を上げて。
 ――異変に気づいた。
 いつもしている筈のピアスを、していない。
 そういえば朝食の時もいつもならポニーテールにしている髪を下ろしていた。その時から既にピアスはされていなかったのだろうか。
 たかがピアスじゃないか。と、そう済ませてしまいたい気もしたけれど、マスターのつけるピアスは普通のとは理由(わけ)が違う。
 有り余る魔力を抑えるための、制御ピアスなのだ。
 そしてそれを外す、という事は。
「マスター……?」



 * * *



 部屋から見ているとマスターはどこかへ行く途中のようだった。
 私は途中、庭に居たジャックに声をかけて、少し出かけてくると言って出た。
 勿論、マスターの後を追いかけた。

 彼女の向かった先は家からの大きい道を逸れた少し先。
 十字架の立ち並ぶ小さな墓地だった。
 そこはマスターの話によるとマスターの“マスター”が眠っているらしい。そしてその“マスター”の家族や、村の人が。
 私達の住んでいる所は外界とは特別な魔法で切り離されていて、普通の人は入ってこれないけど昔は普通に繋がっていたらしい。 その頃はそこはエルフの里と呼ばれて、たくさんのエルフが住んでいたそうだ。
 最も今は村の跡すらもない、広い土地が残っているだけなのだが。
 と言っても彼らが全て滅びたから、とかそういう理由ではなく、ただ移住したのだと聞いた。今は隣の国の端っこで、以前と同じ名前の村を作って平和に暮らしているとの事だ。
 兎に角そこにあるその墓地には、昔この地に暮らしていたエルフの民が眠っていた。

 マスターはその中にある、他と比べると少し大きい墓の前にひざをついた。
 あの下に眠る人を私は直接には知らない。
 墓に彫られた名前は「ルーラ=バギアン」。没後500年は過ぎていた。
 その前にひざをついたマスターはいつの間にか持っていたらしい花を置く。そして目を瞑ると祈りを捧げた。私もそれを後ろから見ていて、同じように祈りを捧げる。
 目を開けると、マスターはまだ目を閉じていて。まだ祈りを捧げているのかな、そう思っていたのだけれど。

「ルーラ……私は、もう――だめだ」

 そのまま放った言葉に、私は目を見開いた。
 何が、ダメ……なの。マスター?
 私が後ろに居ることに気づかず、彼女は続ける。

「あいつら、とうとうここまで来たんだ。ルーラが何重にも張り巡らせてくれてた結界なのにな。はは、あいつらも相当研究したのかも」
 くす、と小さく笑う。
「王家直属秘密部隊だってさ、笑っちゃうよな。バカみたいな名前つけてさ、秘密部隊だったら名乗った時点でもうダメだっつの。ホントバカな連中ばっかりでさ――バカだから、命令されたコトの意味すら考えなくて、遂行する事しか考えてなくて」
 ヤツ等、バカの1つ覚えみたいに。

「 殺 し や が っ た 」

 そう言ったマスターの腕は、震えていた。
「あはは!信じられるか、あいつらとうとうやりやがった!何やっても死なない私達への対抗手段を考えてきやがったんだ!信じられるか、ルーラ!本当にあいつら……やりやがったんだ!」
 ひざをついて墓を見上げるマスターの目には涙。
 そして口元に笑み――自嘲気味な、笑み。

「関節で全て切り離して、それを鎖で戒めて、それぞれの部分を国のあちこちに掘った穴倉につめて術で封じるんだとよ!!」

 ジャリ、と土に手をついた音が聞こえた。

「しかもそれを“私”にじゃなくて、家に居た、ジャックや皆に――したんだ。その上両腕と両足を切り離された状態の私に、見せ付けて、……リーダー格の男が“精神攻撃ですよ!”とか、言ってた……っけ。
 はは、大した精神攻撃だったよ。泣き叫ぶアイツ等に何もしてやれない私!血を飛び散らしてただの塊になっていくアイツ等を助けてやれなかった私!戻ろうにも切り離された両腕と両足は鎖で囚われてて、もがく私をあざ笑うヤツ等……!!!」

 ポタポタポタ、と涙が土を濡らした。

「信じられるか、ルーラ。あんな事を平気でやってのけるモノが“人間”だなんて、信じられるか……?」



 + + +



 私はそれを後ろで聞いていた。
 聞いていたけれど、思考は飛んでいた。

 夢見が悪かった。
 酷く嫌な夢だったから。

 夢見が悪かった。
 酷くリアルで生々しい夢だったから。

 夢見が悪かった。
 ―――――――――――― 夢 じ ゃ 、 な か っ た 。



+ + +



 まだ早朝、誰も起き出していないような時間にバタバタバタと大きな音が聞こえた。
 2階に自室を持つ私は東側の窓を開けて下を見て、誰か、大勢がこの家に来ていることを知った。
 私はまたいっぱいお客さんが来たな、そんな事を考えながら服を着替えて、隣の部屋に眠っているレイサーを起こして、同じように起こされたらしい皆と一緒に下へと行った。
 階段を下りるとすぐに誰かとマスターの会話が聞こえた。
 その声はまだ遠くてよく聞こえなかったけれど、相手の男の人(だと思う)が楽しそうな声を出していたので私達はきっと古い知り合いでも来たのだろう、とそう考えた。
 だから私は皆をリビングで待たせてお客様を迎えに行った。
 パタパタパタ、とスリッパの音が廊下に響く。その音に気づいたのは相手の男の人の方が早くて。
「……おや、わざわざおいでになってくださったようだ」
 そう言ったのが聞こえて。

「逃げろピスウィルタ……!!!!!」

 マスターがそう言って。
 すぐにはそれが理解出来なくて。
 次の瞬間、



 ザシュッ



 マスターの腕が、飛んだ。
 ピッ、と血が飛んできて服を紅く染めた。

 何これ、何コレ。
 意味がわからない。
 お客様ではなかったの?何で逃げろだなんて言うの?
 何で――マスターの腕が……無いの?

いやああああああっっっッッ!!?!!!!??

 頭をかかえてその場に座り込んでしまった私を庇うようにマスターが飛び出す。
 けれどあと少しでこちらに来てくれるという所で、今度は足を切り離された。
 バランスがとれなくなった体は自然と傾いて、床に倒れた。
 目の前に腕と足を切り離されたマスターが居て、血が溢れていた。
「ピス……逃げろ……っ」
 私はその言葉が聞こえている筈だったのに、聞こえていなくて。
 ただ、倒れているマスターを助け起こそうとして。
「これは珍しい」
 さっきの男に髪を掴まれて、無理やり立ち上がらせられた。
「炎妖精ではないですか。こんな“モノ”までここに居たとは。……まぁ、いい、連れていけ」
 そして抵抗など無意味なくらいの力で、庭に引きずり出された。
 既に庭にはリビングに居た筈の皆もいて。
 グリッセル、レイサー、サラスナ、クルル、ユタカ、テライチ……ジャック。
 皆囚われていて。
 しばらくして、マスターが出てきた。――出されて、来た。
 その体は今や胴体と頭だけで、変わり果てた、なんて言葉使えないくらい酷い。酷い。……酷すぎる!

マスタァァッッ!!!!!

 叫ぶ私達を尻目に、さっきの男がマスターを蹴った。
「貴様!フレアになにしやがった?!?!」
 ジャックがもがきながらそう叫んだ。すると男がその陰湿そうな目を細めてそっちへ向かっていく。
「おやおやおや、これはこれは。ジャック=ギルガ……首都イーゼでの戦いの時にただ1つ見つからなかった死体ではありませんか。まさか一緒に居たとは……ふっ、驚きです」
 嘗め回すような視線でジャックを見る。ジャリ、と音がしてバッと音の方を見た。
「……や、めろ。お前等の目的は私の抹殺だろう!? そいつ等には手を出すなっ」
 マスターが首を上げて、男を見ていた。
「おやおやおやおや!まだ話せたとは!普通の人間ならとっくの前に出血多量で死んでいる筈なんですけどねぇ、流石に“魔術師”……これくらいではさほどダメージにもならないか?」
 おどけたような調子でマスターに近づいていった男は、すぐ側まで来るとポニーテールにされた髪を掴んで上に持ち上げた。
「本当に馬鹿ですねぇ、貴女は!手を出すな、だなんて無理な話ですよ。元より、彼等に用があったのですよ僕等は。ふふふふ、貴女への精神攻撃ですよ!」
 そう言って、手を上げる。
 それが合図だったのか、私たちを拘束していた人間が体勢を変えて腕と胴体の付け根辺りに隙間を作った。
 そして。

 何か、熱いものが肩から噴き出した感じがした。

 思わず口から悲鳴のような音が漏れる。
 周りに居た皆も同じようにされて、叫び声を上げた。レイサーが痛いと泣き叫ぶ声が響いた。

「やめろ……」

 今度は足。

「やめてくれ……」

 今度はもう片方の腕。

「頼む……っ」

 残った片方だけの足も切り取られて。


やめろおおおぉぉぉっっッッッ!!!!!!!!!!


 首に刃物が入る感触がして、 そこからの記憶は、 無い。



 + + +



「……酷い光景だった。皆血だらけになって、もうしゃべらなくて、うるさいくらいのレイサーの叫び声もパッタリやんで……って当たり前なんだけどな。喉からバッサリ切られて、声なんか出る筈も無くて」
 語りかけるように、懺悔するかのように。
「――ごめん、ルーラ。私約束破っちまった」
 ぼそり、とそう呟いた。
 そして微かな音を立てて墓の前に置かれる宝石の破片。……ピアスの破片だった。
「あんまりもう覚えてないんだけど、気がついたら体戻ってて、代わりに私を押さえつけてた男の体が胴体と頭だけになってた。アイツ等を拘束してたヤツ等はとっくの前に切り刻んで、この世から存在を消してやってた。
 男はさァ……あんなに酷い事しやがったくせに、いざ自分の番となると命乞いするんだよなぁ。何考えてんのかなぁ。バカだよなぁ。ホントバカだよなぁ……。あんまりうるさいから声出せないようにして、それから頭真っ二つに切って、脳みそ取り出して見せ付けてやった。なかなか貴重な体験だよな!生きながら、意識がありながら、自分の脳みそ見れるんだぜ?!――はは、私も十分……酷い事、やってるな」
 ぐい、と涙を拭ってピアスの破片へ視線を移す。
「ルーラに作ってもらったピアス、いつの間にか割れちゃってた。制御、ピアスだったんだもんな。きっと余りに非力なもんで無意識に力を願ったのかもしれない。気がついたら金具しかなくって、これでも集めたほうなんだけど……全部の破片は見つからなかった」
 置かれた破片は歪で、全てを継ぎ合わせても綺麗な円形にはならないだろうと思われた。飛び散った破片は、飛び散った血に紛れて消えてしまったのだろうか。
「ピアス、絶対外さないって約束してたのに……外さなきゃならないような状況を作らないって約束してたのに。
 ――ルーラ、私、本当にもう……だめだよ。
 1度ならず2度までもアイツ等を死なせてしまった。どちらも私のせいで。私が居なければ死ななかった。殺されたりしなかった……あんな酷いやり方で!」
 握った拳から血がぽたりと落ちる。

「私は……もう、この世界から消えようと思う。
 すぐには無理だけど、方法はもう考えてある。準備も、始めた。
 ねぇ、ルーラ、貴方の所へ行くよ。……最も逃げ出す私を迎え入れてくれるとは思えないけど」

 彼女は立ち上がり、
「とりあえずピアスはファルギブに作ってもらう事にするよ。今まで守ってくれていて本当に、ありがとう」
 頭を下げた。



 私は頭を下げているマスターを見ていた。
 自分の見たもの、聞いたもの、信じられなかった。
 あの嫌な夢が本当は夢じゃなくて、私は本当は2度目の死を経験していて、3度目の生を受けていた。
 1度目は死んだ理由も生き返った理由も全て知っていて、わかっていて、承知していた事だった。
 でも今度はどう?
 私は死んでいた事すら知らなくて、勿論生き返ったことも知らなくて。
 ――マスターにただ1人、その事実を背負わせて……!!

 マスターがその場から居なくなるのを待って、私は家へと逃げるようにして帰った。
 逃げる?何から。……この事実から?
「逃げちゃダメだ。逃げないで、逃げてはダメ!」
 だってあの人は何と言った?

『私は……もう、この世界から消えようと思う』

 マスターはきっと死ぬ気なんだ。
 今回の事や今までの事、全部自分のせいだと思ってる。思い込んでる。
 そんなの、全然違うのに!
「死なせやしない……絶対に」
 ギリ、と歯を噛み締める。

 すると突然ドアをノックされた。
 私はドアの方へ行き――
「グリッセル……」
 心なしか青ざめた顔の、彼が居た。
「ど、どうしたの?どこか具合でも悪いの?」
 そこまで訊いて、はっ、と思い当たる。
「まさか……あそこに居たの?!」
 彼はコクン、と頷いた。
「ジャックに貴女はどこだ、と聞くと出かけたというので……久しぶりにルーラのお墓参りをしようと思って行ったら、そこに貴女が居て。……ルカが、……ルカ、が」
 ポタリ、と雫が落ちる。
 私は彼を部屋の中に招き入れ、椅子に座らせた。
「聞いてたのね、グリッセルも」
「はい……」
 力無く頷く。そして彼は顔を上げると私を真正面から見据えた。
「ピスも最初から聞いていたようですね。ルカは……やはり死ぬつもりなんでしょうか?私はあの方についてきて長いですが、あんな気弱な状態を見たことがありません……」
 彼はマスターと共に居る時間が私達の中で1番長い。そう、ジャックよりも。
「マスターJを1度亡くした時でさえもあそこまで沈んでおられませんでした。最もあの時はジャックの死に際を見ていないし、何より契約する事での救いがありましたから」

 グリッセルはジャックの事を“マスターJ”と呼ぶ。何故そんな呼び方を?と昔訊いたら、
『ルカを救ってくれた方ですから』
 と返された。ジャックは決して“マスター”ではないのだが、彼なりの敬意の評し方なのだろうか。

「そうなの……やっぱり今回は酷いのね」
 私は彼の話を聞いて確信する。
 やっぱりマスターは本気で、この世界から居なくなってしまう気なのだ。
 拳をきつく握ってそう考えていると、グリッセルが不安げな表情をした。
「ピス……貴女は何を、考えているんですか」
 疑問ではなく、わかった上での質問形式だ。
「私の事なんて身体の内まで知ってるくせに。――考えている事なんてお見通しなんでしょう?」
 自嘲気味に笑って、そう答えた。



 * * *



 マスターを止める。
 絶対に死なせたりしない。

 私を最悪の場所から救ってくれた、いつでも助けてくれたマスター。
 貴女にはいつまでも、ずっと、笑っていて欲しい。
 皆と共に、安らかな日々を過ごしていて欲しい。
 それが叶った時に――そこに私が居なくてもいいから。

 今度は私が貴女を助ける番なんですよ。



 さぁ、残された時間はあと僅か。
 全てが無くなる前に、私が出来る、事は。
タイトルをつけるなら「決意」とかそんな感じで。微妙にグロくてすいません;;
これはニジノカケラ書き始めた頃からずっと考えていたストーリーなので文字に出来て一安心です。
ネタバレ満載ですが現時点ではたぶん誰にもわからないと思うのでま、いっか、みたいな。

2006.9.10.