棘を持つ薔薇の様に、人を傷つける事で自分を守るのか?
 結局は……自分の事しか、考えないってことだな……。


第1話 「旅に出ようか」

「なんでフレアは旅をしているの?」
 ココロと出会って一週間、いたって普通に過ごしてきた。しかしココロはというと、出会ってからというものこればかりを訊いてくる。
「ちょとした目的があってね」
 その問いに返す言葉はいつもこれだけ。目的は……言えない。

 自分でも本当にいいのか迷っているのに人に言うなんて出来るはずがない。

「それじゃぁさ、もういっこいい?」
「んー。質問によりけり……だな。 言ってみ?」
「フレアは何の職業なの?」
 ココロは興味を持ったら絶対にくらいついて離さない。私は旅の理由を話せないことに、ある種の罪悪感を持っていたから、これについてはちゃんと答えた。
「時間操作人(タイムナビゲーター)だよ」
「時間……操作人? それどういうものなの?」
「むー……なんて言えばいいのかな?簡単に言うとだ。時間を操ってどんな時間、世界にでも行けるようにする人。つまり天然タイムマシンってところかな」

 ちなみにタイムマシンとは時間操作人と一緒のことを機械が変わりにやってくれるという文明の機器だ。やったらごつくお値段もかなりすごい金持ちだけの道楽だが。
 しかしこの時間操作人、最初からある程度の能力がないとなれないのだ(自慢っ)。だから人数も少なく、科学的な物……タイムマシンが出てきたのだった。

「へー。それで旅の目的は?」
 うぅ……しつこい……。しかたないから本当の目的は伏せておいて少し言ってやるか。

「七色の石が織り成す物語。いつの日もどこの世界でも『ニジ』は生きている。この世界も例外ではなく。
 伝説はこうあった――
 『古来より伝わりしニジノカケラ。 全てを集めよ。 汝の扉いざ開かれん』
 いつの日もどこの世界でも『ニジ』は生きている。この世界も例外ではない」

 言い終えた後で、一息ついた。
「ココロは知ってる?この伝説。世界……いろんな時間で生まれたニジノカケラを全部集めて、あるところへ持って行くと願いがかなうんだってさ。
 私は今、このカケラを探しているんだ」
「フレアは何か願いがあるんだ?」
「あぁ、あるよ」
「そっか。見つかるといいねソレ」



 そんな会話をしてから2日……、私はある本を手に入れた。

 「ニジノカケラ伝説 カケラの在り処と経緯」

 とてつもなくうさんくさい物だった。著者は記されていない。装丁もとてもお粗末な物で汚い。
 露天で安売りされていたのをちょっとした興味から買ったのだ。

 パラパラパラパラ

 とりあえず宿に戻って本を読む。ココロは「出かけてくる」とか言って何処かへ行っている。
 ココロ……炎妖精なんだろうけど年とかいくつなんだろうなぁ?っていうか炎妖精ってあんなに小さかったっけ?
 ……考えていても埒があかないので、私は本を読むのに専念することにした。
「さて。読みますか」
 誰とともなく声をかけ、最初のページを開けた。
 最初のページは目次欄だった。

 目次――
 アカノカケラ ―― 紅い少女と彼女を愛した少年
 モモノカケラ ―― 桜貝の願い
 キイロノカケラ ―― 時は巡る
 ムラサキノカケラ ―― 尊い紫
 ミドリノカケラ ―― 羽の理由、そして……
 アオノカケラ ―― ひと時の幻想

「あ……れ?」
 私は気づいた。ニジノカケラというぐらいだから七色あるはずなのに、一色足りない。
「赤……桃。黄色に紫、碧、青……あとは橙?」
 オレンジか……。
 ふと、ココロの髪の毛の色だと思い出した。

 そういえば、ある本で読んだことがある。炎妖精は『炎』の名に相応しく皆真っ赤な髪の色をしているらしい。
 しかし、ココロの髪の色はオレンジ。
 んー……アルビノみたいなものなのか? 少しひっかかるな……。

 そんな事を考えているとドアが勢いよく開かれた。
「ただいまフレア!!」
 ココロが帰ってきたのだった。
「お、ココロお帰り。見てみろよコレ」
 そう言って私は本をココロに見せる。
「どう思うコレ? 一色足りないだろ。何か秘密があるのかな」
「えっ? あぁ、そうだね……どうなんだろうね?」
 ココロはどこか動揺しているようだった。
 その様子が気になりはしたが、まぁ、人それぞれ何かがあるのだと思い、何も言わなかった。

「さてと。それじゃ当面の行き先が決まったぞ!!」
 私はあれからあの胡散臭すぎる本をしらみつぶしに読んだ。
 その結果……アカノカケラを探しに行くことにした。

 アカノカケラのところに書いてあった話では、ある少女とある少年の話らしい……。
 ただ「少女」「少年」としてしか書いておらず名前はわからなかったが、最後の方に場所らしきものと年号が書いてあったのでたぶん行けると思う。
「それで、どこに行くの?」
 ココロが訊く。私はこう、答える。
「アルカ15年 夜半月(よわつき)十日 ハルスへ!!!!」




 ◇ ◆ ◇




 ドスンッ バキッ

 酷い落ち方をしてしまった。
「いってぇ……・くそぉなんなんだよここは!!!!」
 思わず悪態をつきながら体を起こし――
「うわぁ……すごいね……」
 ココロが感嘆の声を上げた。

 そこは一面のバラの園だった。

 見渡す限りの赤。
 私は打った体の痛みも忘れ、見入ってしまった。

 カサッ

 どれくらいそうしていたのか、いつの間にか近くに人が立っていた。
 20歳ほどだろうか、ほがらかな笑みを湛えた青年だった。
 彼は尻餅をついたままの私と、その横のココロを見て笑みを深めて、言った。

「あの、そこからどいて頂けると嬉しいんですけどね」

 笑ってはいるが……言外に「早くどけ」と言っているのが丸分かりである。
 それに気づいた私は、早急に立ち上がりココロを抱き上げた。
「し、失礼しました。あの――ところで変なことをお聞きしますけど……今って何年ですか?」
 そして謝りついでに少し質問をする。
 ちゃんと“飛べた”かどうか知りたかったからだ。
 まぁ、私の天才的な技術なら間違えるなんて到底ありえないだろうけどな!
 なんて事を思ったのも束の間、返ってきた言葉は私をどん底に突き落とす。

「え?今は……アルカ25年だけど……?」
「25年?!?! えっ、15年じゃないんですか?」
「う……うん」

 なんてことだ。
 予定より10年も後の世界に来てしまったらしい。……くっ、私が間違えてるなんて!
「じゃっ、じゃぁ何月何日ですか?!ついでに、ここってどこですか?!」
「へ? あ、あぁ今は夜半月十日で、ここはハルスだけど。 どうかしたのかい?」
 彼は私の剣幕に驚きつつも答えてくれた。
 それを聞いてとりあえずホッとした。
「んー、日にちは合ってるみたいだな。ま、なんとかなるか」
 10年後に来てしまってはいるがいつでも移動できるわけだし私はとにかく、カケラの事を探すことにした。
 ……10年後でも少しは情報があるかもしれないのだ。
 ふと、ココロを見ると呆然とコチラを見ていた。そういえばココロにはどうやって行くとかちゃんと言ってなかったような。

「あ……の……?」
 同じく呆然としてたらしい青年が話しかけてきた。
 その顔には不審感があらわになっている。
 私は慌てて取り繕うように両手を胸の前で振りながら返した。
「あっ!!すみません!ちょっと頭が混乱しちゃってて。えっと、そ、そうだ。 ここらへんで赤い石みたいなのを持ってるっていう人知ってます?」
 まぁ、いきなり訊いてもわかんないだろうけど――一応、って事で。
 そんな軽い気持ちで訊いたのに、青年は事も無げに答えた。

「赤い石……?僕は一応持っているけど……」
「えっ!!!いきなりビンゴ?!」

 無意識の内にガッツポーズをとる。ココロも、そして目の前の青年もわけがわからない……といった顔をしていた。
 しかし、頭を少しかくと青年はこう切り出した。
「ま、とにかく立ち話もなんだし……家に来るかい?」
「はいっ! おぃっ、ココロ行くぞ~♪」
 いきなりのビンゴに舞い上がってしまった私は即答する。
 即答した私に驚きつつも
「じゃあ、こっちだから」
 と言って歩き出した。

 青年に連れられてバラ園を歩いていく。
 そのバラは深紅ではなく……何というのだろう。とても言葉では言い表せない、綺麗な色をしていた。

 私はそのバラを見て、少し悲しい気分になった。