フレアが呟いた言葉に、僕は疑問を覚えた。
 いや、呟いた言葉に、じゃない、さっきから話している事全てに疑問を覚えていた。未だによくわからない、一体彼らは、どういった話をしているんだろうか?
 この人――ヘイドルさんとその仲間が村を襲い、人を殺したのはわかってる。けど、その後はよく……全く、わからなかった。
 それで、僕がそっと隣を見ると、その様子に気づいたのか、彼女はこっちを見て笑った。
「お前には関係ない事だよ」
 何だか、突き放されたような気がした。

第12話 「魔術師」

「村には、もう人が居なくなっていた。あったのは、千切れた肉片だけだった」
 額を抑えて、うめくように言ったその言葉に思わず震えが走る。
「ふと後ろを振り返ると、少年が立っていたんだ。私は、もう全ての村人が消えてしまったんじゃないかと思っていたから、かなり驚いた。なぜここに、こんな少年がいるのか、とても不思議に思った」

 僕の想像力は乏しいほうでもなければ、秀でているわけでもなかった。けれどその様子は、その様子だけは、何故かすぐにイメージが浮かんできた。
 ……まるで見たことがあるみたいに。

「でも、そう思った時にはもう遅かった。突然、目の前に少年が来たかと思うと、見えない手で横から突き飛ばされたように、倒された」

 僕の頭には少年の姿が浮かんだ。長めの髪に目は隠れていて、笑った口元だけが見える。前髪を……あげようとしている。
 あげないで、何でかわからないけど、唐突にそう思った。

「その少年は口元だけが見えていて、その口は笑っていた。私はわけもわからず、とりあえず立ち上がると少年を見据えた。
 『君は誰だ?』
 私がそう聞くと、少年は目にかかった髪をあげて笑った。
 『誰だと思うんだ?』
 楽しそうな瞳は紅色に光っていた。そしてそこらに居る、普通の少年のような笑顔を浮かべてこちらに近づいてきた」
 ヘイドルさんは右腕を抑えながら、小さな、脅えたような声で話し続ける。
 僕はその話によって、リアルに思い浮かぶ光景に酷く動揺しながらも……一言一句逃さぬように耳を傾けた。

「私はそんな答えを返してきた少年に、もう一度尋ねた。
 『君は、誰だ?』
 武術の心得がある訳でもなく、魔法と言えば“回復”しか使えない。それでも、何となく……そう、本能的に、背中を向けて逃げ出してはいけない相手だ、と思った。だから私は剣の柄を握り、答えを待った。
 『うーん、そうだなぁ。別に誰でもいいんだけどね。 とりえあず俺の事は“J(ジェイ)”とでも呼んでおいてよ』
 『J……?』
 本名でも、作られた偽名でもない、省略された呼び名に私は疑問を覚えた。
 でもそんな私に構いなどせず、少年は笑って言った。
 『うん。 まぁ、最も、アンタが俺の事を呼ぶのはそう何回もないだろうけど』
 『……え?』
 『だってさ、ホラ。死んで貰う予定だし』」
 ガチガチ、と震える事による歯の音が部屋に響く。
 ヘイドルさんは相変わらず脅えたようにしていたし、フレアは押し黙ってた。
 そして僕は、気持ち悪いほどのリアルなイメージに、今にも倒れそうだった。
 だって、

 ――視えたのは、違う場面だったから。

 あげた髪の下から現れたのは、紅い瞳と青い瞳。
 僕の頭の中で、オッドアイの瞳は悲しそうに笑って言った。
『邪魔はしない、……俺もそのつもりだから』
 つい口が開く。
 いや、正確に言えば口を開いたのは“僕”じゃなかった。
『えぇ、わかってるわ。……皆によろしくね、J』

 頭の中で響いた言葉に、僕は思わず頭を押さえる。
 フレアはそれを見て、訝しげにこっちに手を伸ばしてきた。
 でも、次の瞬間、僕は何もかも――忘れていたんだ。



 + + +



「あら、お見送りでもしてくれるの?」
 私はふいに足元にかかった影を見て、後ろを向かずにそう話しかけた。
「……」
 たぶんそうだろうな、とは思ったけど、影の人は答えを返してはくれなかった。
「別にいいの。というか、あんまりこういうのはして欲しくないかな。……ほら、永遠のお別れって訳でもないしね」
 極力明るい声を出すけれど、それでも返してこない彼に少し苛立った。
「何か、言いたいことでもあるの?」
 振り向くと、額に手を当てて、……?
「泣いて……るの?」
 泣いてるような、そんな雰囲気を纏った彼が立っていた。
 私は思わず駆け寄ろうとした、けれど、これからの事を考えたらそれはしてはいけない事だ、と踏みとどまった。
「ねぇ、泣かないでよ。これは私が決めたことなんだから」
「でもっ!」
 手を退けた顔には、瞳には水滴。やっぱりね、と思いつつ、でも、……苛立ちはつのる。
「……でも、何? だったら何が出来るって言うの?止められるの、ねぇ? 何も出来ないくせに、“でも”なんて言わないでよ!」
 はぁ、はぁ、と肩で息をした。
 彼は悲しそうな顔をして、首を振った。
「ごめん……でも、俺、何も出来ないのが悔しくてっ」
 私は、泣きそうになるのを堪えて言った。
「大丈夫。 きっと上手くいくから。だから……それまで貴方はちゃんと支えてあげること、いいわね?」
「……わかった。 ピスも、……こんな事言うの、酷いと思うけど、頑張れよ。もう、邪魔はしない、……俺もそのつもりだから」
「えぇ、わかってるわ。……皆によろしくね、J」
 彼に背を向けて、歩みを進める。
 何年後になるかわからないけど、あの人を救えるのは私しかいないから。



 + + +



「……ぃ、おぃっ!大丈夫か?」
 パチパチ、と頬を叩かれる感触がした。
「――……え、何?」
 焦点を合わせた先には何だか心配そうな顔のフレアがいた。
「何、じゃねぇだろうが。突然頭抑えて倒れたんだぞ」
 倒……れた?
 ふと気が付くとそこはベッドの上で、フレアの後ろにまだ顔の青いヘイドルさんも立っていた。
「あ、うん……大丈夫。 ちょっと疲れてただけみたいだから」
 そう言って起き上がろうとしたけれど、何だか頭が重い。その様子を見たのか、フレアが大げさにため息をついて僕を布団に沈めた。
「ちょっと横になってろ。別にお前は寝たまま聞いててもいい話なんだからな」
「……うん、ごめん」
 心配そうな顔のフレアは消え、ヘイドルさんに向き直ったのは怖い、僕の知らないフレアだった。
 僕はまだ痛む頭に手をやって、何かもやがかかったような感覚があるのに気づいた。 何で……倒れたりしたんだろう? そんな事を思ってたら、フレアが椅子に腰掛ける音がして、
「さ、続きを話してもらおうか」
 ヘイドルさんは右腕を押さえて、小さく頷いた。



「その後は……成す術もないまま、少しずつ傷を付けられたんだ。 私には理解出来ない言葉で、回復しようにも時間が足りなかった。 ただ逃げ回るしか出来ず……」
「なるほど。 それで命からがら逃げ出して、ここまでやって来た、ってトコか」
 口元を手で押さえ、フレアが言った。何処か自嘲気味な笑いも乗せて。
 けれど、その言葉にヘイドルさんは首を振った。
「……いや、逃げれなかったんだ。 一回、確かに殺されて……でも、気づいたらこの街の近くに居た」
「殺された? でも、だったらどうして生き返れたんだ。お前の魔力じゃ死人を生き返らせるなんて……というか、自分を生き返らせるなんて事出来ないだろうが」
 眉を顰めたフレアがそう言ったけど、ヘイドルさんはまた首を振る。
「わからない。でも、確かに……一回死んだ筈なんだ」
 頭を抱えて黙ってしまったヘイドルさんに向けて鋭い視線を送っていたフレアは肩を竦める。
「まぁ、それはどうだっていいんだけどな。 ……兎に角、お前の知ってる事はこれくらい、って事か?」
 言葉は返さずに、首を縦に振った。
「――って事は、もう用済みだよな」
「え?」


       ザシュッッ


 腕が千切れて飛んだ。

「う、うわああぁぁっっ!!?!?!」

 ――ような、気がした。


 フレアは立ち上がるとまだベッドに横になっていた僕を起こして、纏めた荷物を手にとった。
「本当は殺してやっても良かったんだけどな、どーやらこっちにも不始末があったようだから許してやる」
 僕は「?」を浮かべながら、掴まれた腕とフレアの顔と、千切れたと“思った”腕を押さえて床にへたり込んだヘイドルさんを順番に見た。
「え、な、何? どうなってんの?」
 確かに腕が千切れて赤い鮮血が出たと思ったのに、部屋はそのままで腕はついたままだ。
 そんな僕に彼女は「ほら」と言って荷物を突き出し、ドアへと促す。
 そして思い出したように呟いた。
「――ついでに、宿代と昼飯代、払っとけよ」
 わけのわからないまま、ドアは閉められ、僕らは呆然とした顔で座り込んだままのヘイドルさんを部屋に残したまま、宿を後にした。



「ちょ、ちょっと待ってよ!」
 宿を出てから、まだ僕の腕を掴んでる状態でフレアは早足で道を進んでいた。僕はただ引っ張られるままで。 宿から5分くらい歩いてから、やっとそう言えたのだった。
「ねぇ、ちょっと、フレアってば!何がどうなってるのさ!」
 その言葉に彼女は足を止める。
 そして僕の方を振り向くと、その冷たい瞳を向けてきた。僕はその視線に一瞬怯んだけれど、ここで下がるわけにもいかず、ぐっ、と手を握り締めて言った。
「どうなってるのか……説明してよ」
 フレアは視線を外してため息をつくと、また僕の腕を掴んで歩き出した。
「ちょっっ、聞いてるの?!」
「あぁ、聞いてる。 ……だがな、話すにしても此処じゃダメだろうが」
 確かに此処は街道のど真ん中。結構人通りが多いから、話をするには適してない場所だった。
「とりあえず行かなきゃいけない所がある。 そこに行ったら話してやるよ」
「行かなきゃいけない所……?」
「サーリスに……行かないと」
 心なしか焦ってるような口調で。 僕は何も言わなかった。

 引かれるままに進んでいくと、だんだん人通りが少なくなってくる。どうやら裏路地に入ったらしい。昼だというのに辺りは暗く、人もほとんど居ない。いたとしてもあんまり関わりあいたくない類の人達ばかりだ。
「ね、ねぇ! そのサーリス村ってホントにこっちでいいのっ?」
 何だか危ない区域に入り込んでしまったようで、ちょっと怖くなっていた。
 すると唐突に彼女は歩みを止め、正面から僕の腕を掴んだ。
「人目につかない所に移動しただけだ。 サーリスへは魔法で渡る」
 ……場所移動の魔法? フレアそんなの使えたっけ、と思う間もなく、彼女は言葉を紡いでいた。
『移動(ムヴァース)』
 光が僕らを包み込んで、裏路地から消えた。



 ◇ ◆ ◇



「…………」
 悪臭が、漂っていた。
「全滅、か」
 ポツリと漏れた言葉。何故かその言葉を発していた人はうっすらと笑っていて。
「……何で、笑ってるのさ」
 彼女はこっちを見ずに答えた。
「いい気味だ、って思ってるからかな」
「なっ!!!?」
 なんて事を、そう言い返そうと思ったら、フレアは僕を置いて村へと入っていってしまった。 ぶちまけようとした嫌な思いが胸の中に残ってしまって、気分がますます悪くなる。 
 すたすたと歩いていってしまった彼女の後を追って、僕も村へと入った。

 “人だった物”がたくさん転がる中、フレアは向かうべき先を知っているかのような足取りで一軒の家に向かっていた。 綺麗に手入れされた花壇にも血が飛び散り、やけに赤い花が目に付いた。
「……酷い」
 無性に泣きたくなって、僕はその花の側にしゃがみこんだ。 そんな僕を他所にフレアは家の中へと入っていった。 しばらくそうした後、僕も家の中に入った。

「めちゃくちゃやったみたいだな……」
 中に入るとフレアがそう呟いていた。
 確かにめちゃくちゃだった。綺麗な物は何一つなく、何もかもが壊されていた。
 そして……、
「人間、って脆い……、な」
 床の血溜まりの上に“人だった物”が二つ、横たわっていた。
「……」
 返す言葉がなくて、ただ、手をぎゅっと握り締めた。
 フレアの方を見ると、彼女は無表情でソレ等を眺めていて……でも、突然こっちに向き直った。
「此処で話をするのは辛いか?」
「え……、此処……って、この状態……で?」
「あぁ」
 大丈夫だよ、ってそう言えそうな気もしてたけど、やっぱり無理だった。
 力なく首を横に振る。
「そうか。……じゃ、ちょっと待ってろ」
 フレアは僕をそこに残したまま部屋から出て行った。
 そして10秒もしてないような一瞬で戻ってきた。
「……?」
 やってる事がわからなくて、疑問符が頭の中でぐるぐる回る。彼女は今度は部屋の中にあった二つの物に手を向けて、その状態のままで僕を見る。
「ココロ」
「……な、何?」
 真剣な顔をして見てくるものだから、怖さと不安が一気に増えた。
 そして彼女は言う。
「私は“フレア”だけど、フレアじゃない。 今の私は、魔術師ルカ、だ」

 彼女が飛ばした光の中で、人が蘇るのを見た。